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200、北の果てからの凶報

 その後、眠ってしまった少女が目を覚ますのを半日ほど待った。

 凛やレイラ、リアにもリスチェリカに戻るのを待ってもらっている。


「目、覚ましたか」


 魔族の少女が目を覚ます。

 彼女の場所は処置室から病室に移された。

 病室内で待っているのはオレだけだ。フォルトナは他の学生を置いておくべきだと主張していたが、オレの一存で問題ないと伝えた。まあオレ自身が出来る限りここでの話を他の人間に聞かせたくなかったからなのだが。


「…………ありがとう、ございます。助けて、いただいて」


「いや、それはいい。身体は大丈夫か?」


 オレの心配に魔族の少女は目を丸くして、ふふ、と小さく微笑した。


「本当に、アルティちゃんの言う通りですね」


「アルティの?」


 先ほどから、少女は繰り返しオレの知る魔族の名を口にしている。


「はい。アルティちゃんが、よく言っていたんです。トイチさんは、とてもお優しい方だって」


「あいつがぁ? オレを?」


 信じがたい。アイツがオレを褒めるなど、幻覚でも見せられていいたんじゃないか? 同名の別人という説も無くはないが、生憎オレにはアルティなどという名前の魔族の知り合いがそう大勢いるわけではない。


「そういや、何でオレが十一優斗だって分かったんだ? 面識はないはずだが」


 彼女の口ぶりでは、オレが十一優斗であることを確信していた。

 あのずぼらなアルティが事細かに外見の特徴を伝えていたとも考えにくい。


「そう、ですね。魔力が、同じだったものですから」


「魔力…………?」


 彼女の言葉に思わず自分の掌を見る。もちろん、掌を見たところで魔力の色など見えはしないのだが。


「紹介が遅れましたね。わたしは、メフティス・ローテルと言います。ご覧の通り、魔族です。どうぞ、メフィとお呼びください」


 メフティス。やはり聞いたことのない名前だ。


「アルティちゃんとは、昔からの友達です。幼馴染、と言えばいいでしょうか」


 アルティの幼馴染……?

 あいつに友達がいたこと自体が驚きだというのに、それなりに長い年月を共にしてきたらしい。


「……その、いきなりわたしの話をしてしまい恐縮なんですけど……わたしは、魔力欠乏症なんです」


「魔力欠乏症?」


 どこかで聞いたことがある。確か、魔法都市の授業に参加していた時に耳にしたはずだ。


「はい。魔力を生み出す魔臓。それが機能せずに、魔力を生み出せないんです」


「……魔族なのに、魔力欠乏症なのか」


 その意味はオレの想像する通り、まさに致命的なものだ。

 オレたち人間に置き換えれば、血液を新しく生み出せないということに他ならない。身体を巡るはずの命の源を、自力で作ることができない。難病と呼んで片づけることも難しい。


「そう問われるということは、トイチさんも、魔族にとって魔力がどれだけ大切なものか、お分かりいただけているんですね……」


「まあ、何となく察しがつく程度だけど」


「恐らく、お察しの通りです。わたしは、外部からの魔力供給が無ければ数日と経たずに死んでしまいます。それは生まれてから、ずっと」


 彼女は淡々と語るが、その事実は想像を絶しないほどの苦しみの中にあっただろう。

 常に生命維持装置が繋がっていなければ死んでしまう。そんな状態で、ずっとこれまで生きてきた。その苦しみに共感できると嘯くことすら憚られる。


「……さっきの質問にお答えしましょう」


 オレの沈黙に、取り繕うようにメフティスが続けた。


「わたしはアルティちゃんから、魔力供給をしてもらっていました。毎日のように大量の魔力のこもった魔蔵石を送ってくれていたんです」


「あいつが…………?」


 魔蔵石。魔力を蓄えることのできる石。オレもその実物は見たことがある。

 それを誰に見せられたか。


 そこまで考えて、記憶を手繰り寄せるまでもなくすべてに合点がいく。


「…………ふっ。くっくっく」


 思わず笑いがこみ上げてきて、喉を鳴らして笑ってしまう。


 脳裏に過るのは犬歯をぎらつかせて獰猛に笑う、一人の少女。


 何がもふもふ天国を作るだ。

 何が弱肉強食の世界だ。

 独りよがりで弱者に容赦がなく、ただただ自然の摂理を体現している?


 バカバカしい。


 ……あいつは、ただのバカだ。本当に、バカだ。


「トイチさん……?」


 メフティスが不思議そうに首を傾げる。


 とびっきりに、友達思いの、バカだよ、お前は。


「ああ、悪い悪い。その魔力が、オレのものだったんだな?」


「はい。魔蔵石に添えられた手紙に、貴方のことがよく記されていました。とてもお人よしの勇者がいるのだと」


 少しばかり冗談めかして笑うメフティスに、オレも口の端を歪める。


「どうせなら、人柄に優れた超イケメンぐらいに褒め称えておいてくれりゃよかったんだが」


「もしそう書かれていたら、トイチさんだと確信できなかったかもしれません……」


「メフティスさん?」


「あっ。すみません、すみません!」


 ぺこぺこと頭を下げるメフティスを見て、気にしていない旨を伝える。


「……君のアルティとの関係と、オレを知っていた理由は分かった」


 次に問うとしたら、


「……続けて悪いけど、ここに来た目的を聞きたい」


「そう、ですね。その話をするために、わたしは今、ここにいるんですから」


 一息つくと、少女は続けた。


「……わたしは、貴方に、お願いがあって来たのです」


 確かさっきも同じことを言っていた。


「アルティを助けて欲しい、って言ってたな」


「はい。アルティちゃんは、今、反逆の罪で城に囚われています」


「…………は? アルティが?」


 どうしてまた、と言おうとして思わず口に手を当てる。

 彼女が反逆の罪に問われるとすれば、その理由にオレは心当たりがある。

 いや、心当たりどころじゃない。


 原因は――――――――


「……勇者であるトイチさんと内通していると言われ、罪に問われて……」


 メフティスの言葉に、こちらを責めるようなニュアンスはない。

 だが、それでもオレは自らの過ちを突き付けられたように錯覚して、眉を顰めてしまった。


「……アルティは、どうしてるんだ」


 だから少しばかり的外れな質問を投げかけてしまう。

 メフティスは目を伏せた。


「分かりません。ただ…………」


 メフティスが消え入りそうな声で続けた。


「このままだと、アルティちゃんは――――」



「――――処刑されてしまいます……」



 自分が聞いた言葉の意味を正しく解釈できない。

 何度も何度も反芻し、自分の中で意味を咀嚼しようとする。

 だが、何度噛み砕こうともただ一つの理解できない絶望的な事実を理解してしまう。


「…………処刑は、いつ」


「それも、明確な日取りまでは。城内でも色々と時間がかかるようで、三カ月は大丈夫だろうと…………」


 三か月…………


 最後にアルティに会ってから、もう三か月以上経過している。


 彼女が戻ってすぐに囚われたとしたら、もう既に――――――――


 いや、そんなはずはない。

 あのアルティだぞ。そうそう簡単に死ぬようなタマじゃない。


「お願いです。トイチさん、アルティちゃんを、助けてください……わたしは、それを伝えに、ここまで……」


 メフティスが病床で、目を伏せるようにして頭を下げた。


 …………アルティが処刑される。


 その現実を、未だに受け止めきれていない。

 だがオレが受け止めようが受け止めまいが、現実というのはオレを置き去りにして前へと進んでいくのだからたちが悪い。


「可能性があるなら、行くしかないだろ」


 誰に言うでもなく呟く。

 だが、それはメフティスの耳にも届いた。


「本当、ですか……?」


 正直なところ分からない点が多すぎる。

 何故このタイミングでアルティが罪に問われたのか。

 沈黙しているフォンズは何をしているのか。


 だが、それらの情報は後から確かめればいい。

 いずれにせよ、アルティを助けに行くというオレの決定には関与しない。


 何故助けるかって?


 そりゃ、オレが撒いた種だからだ。

 オレとの契約でアルティが死にかけているというのなら、オレも契約に則り彼女の命を救うだけだ。


 だが、


「もう何個か聞きたいことがある」


「?」


 メフティスは「わたしに答えられることであれば、何でも」と真摯にこちらの目を見る。


「その腕の怪我は?」


 オレの問いに、メフティスは悲しそうに少しだけ眉を下げた。


「……逃げるときに、他の魔族に」


 逃げる…………


「追手から逃げてきたのか?」


「はい。わたしはアルティちゃんと仲が良かったので、同罪だと疑われて拘束されていました」


「……どうやって逃げ出したんだ」


 こいつが逃げ出せて、アルティが逃げ出せない理由が分からない。


「……わたしは、警戒されていなかったんです。アルティちゃんと違って、戦う力もほとんどないですし、病気もありますから……」


 それが理由の1つ、とメフティスは繋げた。


「それに、わたしが逃げるのを手助けしてくださった人がいたんです」


 ……手助けをした者。


 それが、フォンズ・ヘルブロウという名前であればオレは憂いなくアルティを助けに向かえる。


 内心で祈る。

 頭の中に浮かぶ、最悪の可能性が現実のものとならないように。


「それは、誰だ」


「アルティちゃんと同じ六将軍の――――――アイリーン・ブラックスノウ様です」


 最悪の可能性が現実として立ち現れたことに、オレは感動にも似た絶望を覚えていた。


 アイリーンが、アルティの命を救うべく、メフティスを助けた。

 アルティの話を思い出すと、確かにアルティはアイリーンに懐いていた節がある。あの女のどこがいいのかは知らないが、アルティの前では品行方正の善良なる魔族を装っていたのかもしれない。

 だから、アイリーンが自分を慕っていたアルティを助けようとしているのは百歩譲って理解できなくない理屈だ。


 だが、それならなぜメフティスだけを助けた。

 わざわざオレに助力を請うために、魔法都市まで走らせた。

 そんな回りくどいことなどせず、アルティを直接助ければいいはずだ。

 アルティの方が警戒されていて助けられなかった? あの女が? そんなことを理由にして、わざわざこんな何倍も遠回りの道のりを?


 …………だから、これは。


 罠だ。


 オレを魔族の地に誘い込むための罠。

 アルティの友人であるメフティスを送り込めば、オレが断れないと知っているから。

 そもそもメフティスがアルティの友人であるかどうかも怪しい。嘘をついているようには見えないが、アイリーンの洗脳を受けているだけに過ぎないかもしれない。


 ……いや、それはないか。


 もしアイリーンがメフティスを洗脳していたとしたら、ここで彼女の名前が出るようなボロは出さないはずだ。むしろ、フォンズなどの名前を出してこちらの警戒を避けようとするはず。

 アイリーンは人の記憶を覗き見ることができる。アルティから盗んだ記憶で架空の友人であるメフティスという少女を作り上げた可能性も無くはないが、その線は薄い。ドラゴンたちの洗脳を見るに、そこまで緻密な洗脳をするのは容易ではないはず。

 むしろ、奴の悪辣さを考えるとメフティスは正真正銘本物なのだろう。本当の本当にアルティの親友で、実際にアルティが魔蔵石を送り続けていた張本人。


 …………すべてが嘘ならば、どれほど良かったか。


「トイチ……さん?」


 考え込んでいたオレを見て、メフティスが不安そうにこちらを見上げた。


「いや、大丈夫だ。アルティを助けに行く。もう何も――――」


 もう何も、取りこぼさないと決めたのだから。


 安心したのか、メフティスは目の端から涙をこぼす。

 メフティスにも休養が要る。案内役として付いてきて欲しいがすぐに動けるような状態ではない。

 どれだけ早くとも出発は明日だ。


 そのことを伝えると、


「分かりました……あの、魔大陸に行くときは、これが使えると思います」


 そう言うと、彼女は何もない場所から1束のスクロールを取り出した。


「……驚いたな。『持ち物(インベントリ)』か」


「よ、よくご存じですね。色々なものがしまえて、便利なんですよ。……と、そうじゃなくて。このスクロールには転移魔法が記されています。これで、一気に魔族の領域まで戻れるはずです……ここに来るのも、転移して来られたら良かったんですけどね……」


 そんなものが魔族たちの間には出回っているのか。

 既に転移魔法が実用化されていることにオレが戦々恐々としていると、何をどう思ったのかメフティスがあせあせとし始める。


「だ、大丈夫です。確かに、最初は転移するのが怖いかもしれませんが、すぐに慣れますので……! わ、わたしもまだ2回目とかですけど……」


 どうやらオレが転移魔法を怖がっていると勘違いしたらしい。

 的外れな励ましだが、それでも少しばかり気が楽になった。


「ああ。ありがとう。緊張してずっこけないように気を付けるよ」


 オレの言葉にメフティスがほっと息を漏らした。

 何となく彼女とアルティが上手くやっていた理由が分かる気がする。


「じゃあ、また詳しい話はあとで。病み上がりだし、少し休んだ方がいい」


「あ、ありがとうございます……」


 オレがそう言い残して病室を出ようとすると、


「あっ、あの……!」


「ん?」


「……いえ、なんでもないです」


 オレが首を傾げていると、メフティスはにへ、とへたくそな笑みを浮かべた。

 まあ、向こうに言うつもりがないなら強く聞き出しても仕方あるまい。

 そう思って病室を出る。


「さてと」


 罠だと分かっていても、行かなければならない。

 飛んで火にいる夏の虫にならなくちゃいけないとはな。


 そう内心でぼやいて、沈黙したままの通信指輪を指先で弾いたのだった。


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