2、至極当たり前の独りぼっち
神殿におけるご老人の熱弁の後、オレたちは神殿から別の場所へと移された。
道中の説明でここがどこなのかもある程度分かった。
ここは、王国リアヴェルトの首都リスチェリカ。王国内でもっとも大きい街で、荘厳な王城が特色だ。この王城、山を一つ切り出して作ったらしく、王の城という名に恥じない迫力を醸し出している。
先ほどまでオレたちがいたのは国教であるユータ教の総本山の神殿だった。普段は洗礼や儀式などに使われているらしいが、今回は特別にオレたちの召喚に用いたようだ。
元の世界に戻る方法も多くの奴が問い詰めていたが、それはあの老人――――司祭のじーさんにも分からないという。どうやら、オレたちを呼び出した神様のお告げを待つしかないらしい。
ってことは、どちらにしろオレたちは勇者としてやっていくしかこの世界で生き抜く術が無いわけで。中々どうしてあのじーさんは食わせ者だという印象を受けた。
そんなこんなで今は、神殿から出て小高い丘を稜線に沿って進んでいる。神殿は王城脇の小高い丘に立っており、街並みが広く見渡せる。眼下に広がる石造り特有の白っぽい街並みを眺めながら感嘆の息を漏らす。
「マジで異世界だ……」
現在の目的地は、騎士団寮。どうやら、オレらの育成にはリアヴェルトの誇る王国騎士団が関与するらしい。王国騎士団とかいうそのネーミングが胸熱だな。
なんていう数々の感想や感動を共有できる相手がいれば嬉しいんだが、生憎オレはまだ誰とも話せていない。
コミュ力は低いわけではないつもりだが、さっきの一連の流れでさらにグループ内の結びつきが強くなったらしく、よそ者を受け付けないオーラが半端じゃない。恐らく、異世界という環境でみな警戒心が強まっているのだろう。
独りゆえによく回る思考に身を任せながら、しばらく丘から見渡せる景色を楽しんでいると、突如視界が遮られた。
「へいへい、そこのきみ!」
目の前の障害物が声を発する。
「……ん? なんだ?」
突如としてかけられた声に一瞬だけ言葉に詰まる。
改めて焦点を近くに合わせると、目の前の障害物は一人の茶髪の少女。
オレではない誰かに声をかけたのかと思いきや、明らかにオレの方を見て言葉を発している。ってか、何でナンパのテンプレートみたいなセリフなの。
その少女は茶髪のポニーテルを揺らしながら、だらしなく頬を緩めて笑っていた。背はオレよりも頭一つ小さいぐらいだろうか? 見た目だけだと中学生にも見えるぐらいだが。
「もしかして、一緒に飛ばされてきた友達いない感じ?」
少女は初対面にも関わらずぶしつけな質問をぶつけてきた。
ぶしつけすぎて最近の子って恐ろしいな。何、神風特攻出身なの? まあ、神風特攻出身ならその時点で生きては帰ってこれないんだが。
「あんまりずばっと言うな。……まあ、でもそうだな。おかげさまで独り楽しくビューシーイングとしゃれ込んでるぜ」
そう冗談めかしながらサムズアップする。それを見た少女は目を丸くした後にぷっと吹き出した。
「あはははは!! なにそれ面白い! ねえ、名前何て言うの? わたしは織村凛! 凛でいいよ!」
小さめのポニーテールを揺らしながら快活に告げる。随分とスポーティな感じの子だ。元気ハツラツとはまさにこのこと。元の世界では、運動部でバリバリ活躍していたんだろうかね。
そんな推測を立てつつ、少女の差し出した手を握る。あ、汗ばんでないよね……
「オレは、十一優斗だ。よろしく」
オレのそっけない自己紹介にも織村は無邪気な笑顔を浮べた。
「ねえ、わたしと一緒にあっち行かない? ほら、てるまさ君たちのグループ。面白いよ?」
そう言って指を指す方向には話題のイケメン君、龍ヶ城輝政グループがリア充オーラを振りまいていた。大変遺憾なことに、まぶしくてオレには直視できない。
「あー、お誘いは嬉しいが遠慮しておく。ほら、既に出来上がってるグループに入ってって、空気ぶち壊しちゃうのも嫌だし」
それにあのリア充の空気にオレは耐えられそうにない。いや、耐えようと思えば耐えられるし、会話を合わせようと思えば合わせられるけど、そんな面倒事にわざわざ足を突っ込むほどマゾヒストではない。
なんて言い訳を内心で重ねていると、快活少女、織村凛は悩むような素振りを見せた後、笑った。
「んー、そっかぁ……残念。でも、もしよかったらいつでも来てねっ! じゃねっ!」
それだけ言うと織村はタッタッタと小走りで龍ヶ城たちの方へと帰っていった。なんか、小動物みたいな子だったな。
織村の帰還にともないチラリと龍ヶ城一味の何人かがこちらを見るがすぐに興味を失ったようにして、会話の輪へ戻っていく。
情けはご無用。最初に出遅れたのはオレの責任だし、お情けでどこかのグループに入れてもらうのも何か違う気がする。どうせこれから嫌でも一緒に過ごすんだし、必ず誰かしらと交友関係は生じるだろ。多分。
……え、大丈夫だよね?
今後もぼっちかもしれないという事実に戦々恐々としつつ、騎士団寮までの道のりを独りさびしく楽しんだのであった。
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騎士団寮に到着してからすぐに、オレたちは食堂に集められた。
騎士団寮というから、宿舎のようなものを想定していたのだが、そんなことは無かった。
説明によると、寮内には宿舎はもちろんのこと訓練場や図書館なども内蔵された複合施設となっており、むしろ、ここがこの国の王城です、って言われても違和感のないレベルだ。はぐれたら間違いなく迷う自信があるね。
「では、まずは自己紹介をするとしよう」
壮年の男性がコホンと咳払いをした。
彼を囲うように立つ勇者たちのざわめきが止む。
「私はブラント・ヴァルヘイン。このリスチェリカの王国騎士団の団長だ。呼び方は好きにしてもらって構わない。君たちのような若者を無理矢理に呼び立ててしまったのは心苦しい限りだが、何卒、力を貸してくれると幸いだ」
パチパチとまばらに拍手が生まれる。
その後、団長さんがオレたちに自己紹介を振るが、全員が全員顔を見合わせるばかりで、名乗りを上げようとするものはいない。まあ、当然っちゃ当然だが。
そのまま無駄な時間が過ぎていくのだろうとタカをくくっていたところ、すぐに一人の青年が名乗りを上げた。
「誰もしないのであれば僕から。……僕の名前は龍ヶ城輝政。気軽に輝政と呼んで欲しい。今回はこういったことになってしまったけれど、全力を尽くしてみんなの助けになりたい。みんなとも仲良くしたいからこれからよろしく」
完璧な速さ、間、声量で、準備された原稿を読み上げるかのように淀みなく自己紹介を終えた彼に、龍ヶ城の周囲に人間たちも続く。
その後は、何も難しいことはなかった。オレを含めた全員が何だかんだと自己紹介を終えた。なんだか入学式の日を思い出すな。
オレは、自己紹介はそつなくこなした。こういうのはほどよい塩梅でやるのがベストだ。調子に乗りすぎると周囲から浮くし、だからといって普通すぎても覚えてもらえない。だから、ちょっとこいつ面白いかも、と思わせる程度の自己紹介をするのが周囲に簡単に受け入れてもらえるコツだ。
以上、誰に解説しているのか分らない、十一優斗監修、自己紹介のススメでした。
そんなくだらないことを考えていたにも関わらず、オレは何故だか全員の名前と自己紹介を一度で丸暗記できていた。人の名前を覚えるのは苦手だったはずなのだが……50人弱の名前を全員覚えられるとは。今でも誰が何て名前で、何を自己紹介していたかを鮮明に思い出せる。これは、勇者補正か?
そして、自己紹介の最後に王国騎士団団長のブラント・ヴァルヘインが締めくくった。
「……今日は、それぞれの部屋で休んでもらう。明日からは基礎的な訓練や、この世界での教養を学んでもらうのでそのつもりでいて欲しい。何か困ったことがあれば、気軽に我々騎士団員に頼ってくれ。全力で君たちをサポートしよう」
この団長さん、壮年だが凛々しい顔立ちをしており、中々に二枚目である。その佇まいからは、歴戦の猛者たる隙のない気を感じる、ような気がする。なんで、気がするだけかって? だって、オレに気なんて分るわけないだろ!
まばらな拍手を受けてブラント・ヴァルヘイン騎士団長が恥ずかしそうに微笑む。
「ありがとう。……ああ、そうだ」
団長が、何かを思い出したように言葉をこぼす。
「部屋割りだが、基本的には四人部屋か二人部屋になっている。できるだけ君たちの希望を取ろうと思うので、皆それぞれグループに分かれてくれ」
最後の最後に団長は多くのぼっち達のトラウマをえぐる、「はーい、二人組み作ってー」を投下してきたのであった。
え、オレ? はは。もちろん二人部屋を独りで使うことになったよ! やったね、部屋が広く使えるよ!




