198、幕間、そして次なる演目
バレッタとの訓練をヘロヘロになりながら終え、オレは学園の入り口である門の脇に立っていた。
行き交う人も多く、オレを十一優斗と認めると口々に挨拶を告げていく。何ともまあ有名になってしまったものだと思いながら、オレは気恥ずかしさに少しだけ俯いた。
だから彼女が近づいてくるのに気づかなかったのだろう。
とんとん、と控えめに肩を指先で叩かれる。
「……お待たせしちゃった?」
「いや、そんなに待ってない。そっちこそ特に変わりはないか」
そこに立っていたのはローブ姿の少女。背丈はオレとほぼ変わらないぐらいのはずだが、猫背になりがちな彼女はそれよりも小さく見える。灰色のローブで姿を隠してはいるがスタイルはよく、特定の部位に関してはオレの知る中でも最も大きい。どことは言わないが。
「うん、大丈夫。ありがとう」
オレの言葉に、レイラは遠慮がちにはにかんだ。
「ごめんね、ワタシの買い物に付き合わせちゃって」
「いや、別に構わない。ぶっちゃけ魔法都市にいる間は結構暇だしな」
凛の残業が終わるまで魔法都市に滞在していなければならないので、バレッタの面倒を見たり、他の学生諸君と勉強会なんかをやったりしている。
もちろん、オレ個人としては部屋で日がな寝ている方がいいのだが、部屋でゆっくりしていると誰かしら来訪があって結局引っ張り出されるので、最近はそうならないように逆に予定を入れておくという謎の防衛策を講じている。
「その、色々と学園の人たちに工面してもらってるんだけど、日用品を色々と揃えたくて……」
今日の買い物もその一環だ。
レイラの日用品の買い出し。彼女一人だと不安だということで、オレも付き添うことになった。同じ女子に頼めばいいのではとも思ったが、レイラがそういった関係を構築できていそうな相手がリアしかいないためオレに白羽の矢が立ったのだ。リアは、実は王女で箱入り娘のため、こういった庶民的な買い物には疎い。いや、まさかここにきてあの戦闘狂に王女要素があるとは思わなかった。
どこからか殺気が飛んできそうな気がしてオレは強引に思考を断つ。
「ま、適当に行くか」
「う、うん……!」
歩き出すと、たったったとレイラが後ろから付いてくる。
半歩後ろを歩くレイラは、ローブのフードをとろうとはしない。
……恐らく、魔法都市内を歩くのが怖いのだろう。
「レイラ」
「……? え――――」
そっと彼女が頭にかぶっているフードをとる。
「そんなに怖がらなくても、いいんじゃないか」
「っ……」
「一応オレもいるわけだし。変なことにはならないだろ」
「……うん。そう、そうね……ありがと」
レイラは少しだけ歪に笑った。その顔にはまだ緊張が残っている。だが、それでも、あのままではきっと彼女は燻ぶる罪悪感に焦がされ続けてしまうだろう。強引でも、彼女には少しでも明るいところにいて欲しい。
「ね、ユートくん」
「? 何だ?」
立ち止まってレイラの目を見る。
レイラは珍しくこちらから目を逸らすと、ぽしょりと囁くように言った。
「わがまま、言っていい?」
「……内容による」
「いいよ、って言ってくれないんだ……」
「オレは責任感ある男だからな。無責任な発言はしない主義なんだ」
「もう、いじわる」
戯れのようなやりとりに二人で小さく笑う。
「手……繋いでいい?」
「…………え?」
「……ダメ、かな?」
レイラが恥ずかしそうに自分の指先をいじりながらこちらを見上げる。
「一応聞くけど、誰と、誰が?」
「ユートくんと、ワタシが……」
「……マジ?」
「……その、そんなに、いや?」
「いや、嫌とかじゃなくてだな……!」
女子と手を繋いで街を歩くとかいう嬉し恥ずかし青春イベントが、まさかこんなタイミングで降ってわくとは思わなかった。
まあ、レイラとしても不安な気持ちがあるのだろう。オレが手を繋ぐことでそれを少しでも和らげることができるのであれば、それぐらいやぶさかではない。そう手を繋ぐぐらい。思春期の中学生じゃあるまいし。ほら、手を繋ぐだけですし。
「よ、よろしくお願いします…………」
緊張してカチコチになりながら右手を差し出す。
「……えへ。こちらこそ」
レイラは一瞬だけ驚いた様子を見せたものの、すぐに笑みを浮かべてオレの手を取った。
温かく、やわらかい感触が掌から伝わってくる。
何というか、こうして改めて考えてみると女子と手を繋ぐなんて初めてかもしれない。
もちろん、ソフィアやシエルなどと手を繋いだ記憶はあるが彼女たちは女子というか、子供のようなものだし、なし崩し的にリアや凛あたりと手が触れあったことはあってもこうしてしっかりと繋ぐということはなかった。
「なんか、ドキドキする……」
レイラの言葉にオレも「あー」と中途半端なうめき声を上げた。
「いや、まあ別に悪いことはしてないんだけどな。オレとしても初めての体験ゆえの緊張は無くもないっていうか、何事においても初見はビビッてしかるべしというのが小心者たるオレの持ち味と言うか……」
しどろもどろに何を言っているのか分からなくなってしまう。
だが、オレの言葉の端を掴んだレイラが「え」と驚いた表情を見せた。
「ユートくん、女の子と手、繋いだことないの……?」
「悪かったな。生まれてこの方女子と手を繋いで街を闊歩するなんつうイベントには恵まれたことないんだよ」
「わ、悪くはないの! ワタシも、初めて、だし……」
二人でそんな風に言い合って照れているのだから目も当てられない。
「でも、意外かも。リンちゃんとか、リアちゃんとか可愛い子、いっぱいいるのに」
「……別に女子が周りにいようと、手を繋ぐ間柄のやつがいるかはまた別問題だろ」
気恥ずかしさやら何やらを誤魔化すために少しばかり早口になってしまう。だが、オレのそんな気持ち悪い言葉を受けても、レイラはその表情を変えなかった。
「うーん……でも、そっか」
レイラはそう言うと何かに納得したように頷いた。
その意味を捉えきれずにオレが首を傾げていると、ぽしょりと呟くように告げる。
「……もしかしたら、ワタシもまだ勝ちの目があるのかな」
その言葉にどきりとした。
「…………何の勝負か、聞いても?」
「ふふ、内緒。でも安心して。リアちゃんと、リンちゃんに悲しい思いはさせないから」
何を安心すればいいのか、何故凛とリアの名前が出て来るかもさっぱり分からず、オレが疑問符を駆け巡らせているとレイラに手を引かれる。
「行こう、ユートくん!」
「ちょ、あまり引っ張るなって!」
だが、その顔は少しだけ浮かれているように見えて。
オレも、ほんの少しだけ安心した。
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魔法都市に戻ってきてからおよそ一週間後、凛のダンジョン調査も一段落がつき、ようやくリスチェリカに戻ることになった。かくいうオレも、空間魔法の鍛錬や、魔道具の準備など前回の滞在時には手の届かなかった様々なことをできた。
今回戻るのは、オレ、凛、レイラ、リアの4人。
見送りはバレッタとフォルトナ、そしてテオを含めた数名の学生。
「なあ、師匠……本当に行っちまうのか……?」
耳を垂らしてしょぼくれるバレッタを見て、捨てられる子犬をほうふつとさせられる。
「別に今生の別れってわけじゃねぇ。魔法都市にはちょくちょく顔を出すっての」
「約束だからな! 次に会うときはまた師匠の魔法を使えるようになるからな!」
バレッタに見せたいくつかの魔法。彼女はそれを詠唱によって再現しようと日々試行錯誤している。オレにすらできないことに挑戦する彼女の姿は、とても眩しい。
絶対に本人には伝えないが。
魔法都市での生活は快適だ。ここでこのまま過ごせれば、苦しみも悲しみも無い日々を過ごせるだろう。
だが、それでもオレたちは戻らなくてはいけない。
為すべきことを、為すために。
だが、オレのそんな決意を断つように、焦った声が響き渡った。
「申し訳ありません! アトラウス様はいらっしゃいますか!」
「どうかなさいましたか?」
別れの挨拶を遮られたことに、フォルトナがほんのわずかに顔をしかめた。
だが、すぐにそんな表情の変化を収めると、学生に続きを促した。
「そ、それが……その、先ほど、珍しい訪問者が、アトラスを訪ねてきまして……」
「珍しい、訪問者ですか?」
そのややピンと来ない物言いにフォルトナだけでなく、場の全員が首を傾げる。
「はい。ええっと、その、勇者のトイチユート様に、お会いしたいと……」
「オレに?」
なお分からない。
オレに会いたいとわざわざ魔法都市を訪ねて来る人間だと?
心当たりがなく唸っていると、
「それで、どのような方なのですか?」
「えー、それが…………」
口を濁す学生にフォルトナがぴしゃりと言い切る。
「構いません。仰ってください」
「…………魔族です」
「は?」
口から息が漏れる。
「魔族の、女性です。大怪我を負っており、今は医務室に運び込んでおりますが、その、どう対応すべきかとアトラウス様にご指示を仰ぎたく」
魔族の女が、オレを訪ねてきた。
また、事件の匂いがするな、とため息を吐ききる。
「案内してくれ。オレをご所望なんだろ?」
ヒロインレースが白熱してきた。
さて、この話で3章が終わり、次話からは4章が始まります。
4章は書き終えていますが、推敲中なので少しだけ期間が空くかもしれません。
コメントやブクマ、評価など本当にありがとうございます。次章もよろしくお願いいたします。




