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197、弟子との一幕


 凛の残業が終わるのを待っている間、オレはかなり心安らかに魔法都市での生活を過ごせていた。

 面倒くさい勇者どももいなければ、自分に殺意を向けて来る人間もいない。魔物が大挙して襲い掛かってくることも、毒を盛られて拉致られることも、急に砂嵐に巻き込まれることも無いのだ。

 これほど安穏とした異世界ライフがあるだろうか。

 来たか? オレはついに安寧の日々を手に入れたのか? 異世界でスローライフをしていたら気づいたら最強になってしまうやつか?


 そんな風に考えていたバチが当たったのだろう。

 目下のオレの悩みの種が、ものすごい勢いで飛び込んできた。


「しーしょー!!!」


「ぐお!?」


 どーん、と背中からの衝撃を受け、思わずたたらを踏む。


 オレも場数を踏んだものだ。昔であればこの程度の衝撃でも吹き飛んでいただろうが、今ならばギリギリ何とか耐えられることもないぐらいに成長した。まあ、なんか背中の骨が嫌な軋み方をしてる気がするけどね!


 今日も今日とて体をボロボロに擦り切らしながら、飛び込んできた緑の弾丸にため息を返す。


「バレッタ……お前、毎回オレに飛びついてくるのやめろ。何? 闘牛なの? オレが赤いひらひらに見えてるの?」


 ちなみに、闘牛が興奮するのは目の前のひらひらする物体にであって、別に赤い必要は無いらしい。色に興奮するのは観客の方なのだそうだ。

 そんなうんちくもこの世界では誰にも通じず一人悲しみに暮れていると、バレッタ・ジモンは深緑の猫耳をぴこぴこと揺らして口をへの字に曲げた。


「えー、いいじゃんかよー減るもじゃないんだし」


「減るんだよな。オレの健康寿命あたりがガッツリと」


 オレが治癒魔法の使い手でなければ、腰の骨が二度や三度はご臨終になっている。


「師匠も飽きないよなー毎日毎日おれに怒って」


「毎日毎日怒られに来てるのは誰だ?」


「はーい!」


 にこにこと反省の色も無く笑っているバレッタを見ると、怒る気力も失せてしまう。


 魔法都市に来てからというもの、バレッタに再び魔法を教える日々を送っている。一応、オレと彼女は子弟の関係になるわけで、弟子に取ってしまった以上、教えを請われれば断るのも忍びない。

 まだ数日しか経っていないのに、こいつの活発さに振り回された疲労感から、もう既に一カ月以上は絡まれているような錯覚すらある。

 仮にも一国の王女なのだから、王女並みのお淑やかさをもう少し身に着けて欲しいとも思うが、オレの知るもう一人の王女も戦闘狂であることを思い出して諦めた。この世界の王女とかいうの、変なやつしかいねぇのか。

 ラインさんがこの姿を見たら泣くだろうな。


 ……まあ、ラインさんもバレッタに付いて魔法都市に来ているので、こんな光景を見られれば叱られるのは必至だろう。あとでチクるか。


 クラスメイトを先生に言いつける小学生レベルのことを考えていると、オレの背中にひっついたバレッタが「なー」と猫のような声を上げた。


「今日も魔法教えてくれよ」


「…………教えるっつってもな……お前、オレの指導なんかなくても、めちゃくちゃ魔法の練度上がってるじゃねぇか」


 久しぶりにバレッタの魔法を見せてもらったが、驚きのあまり思わず「おお」と声を上げてしまったほどだ。

 かねてから魔法の才に溢れていると思っていたが、見ない間にその腕はさらなる高みへと上り詰めていた。特に、オレの魔法を再現すべく詠唱を考案したと聞いたときには気の抜けた声が漏れたものだ。


「そんなことないって! 師匠の魔法の足元にも及ばないし……まだまだだ」


 バレッタはそう呟いて決意を再確認するように拳を握った。


「向上心があるのは結構なことだが、オレ要るか?」


「要る!! 色々とまた魔法見せてくれ!」


 ……そこまで真っすぐと断言されてしまうと、無下にするにも忍びない。


「ったく、分かったよ。付き合えばいいんだろ」


 幸い、先ほどカロスのところに行って、空間魔法の議論と訓練は終えてきた。この後の予定と言えば、レイラに街に買い物に行こうと誘われているぐらいだ。その予定までも時間はあるし、それまでこいつの面倒を見るぐらいは構わないか。


「ほら、降りろ。訓練場に行くぞ」


「おう! 今日もよろしくお願いします!」


 嬉しそうなバレッタに手を引かれて、もつれるようにして駆ける。

 その背中で跳ねる彼女の長い髪を見て、どこか安心している自分がいることに気付き、仕方が無いなと笑った。




 訓練場に移動する。

 今の時間帯は他に誰も使っておらず、オレとバレッタしかいないようだ。


「おー! 貸し切りだな! 師匠! 全力! 全力のやつ見せてくれよ!」


「だから全力は無理だっつってるだろ。下手したら訓練場ごと吹き飛ぶっての」


 バレッタに言われて改めて考える。もし仮にオレの魔法を広範囲を破壊するためだけに使うとしたらどの程度の火力になるのだろうか。


 ドラゴンの大群を叩き落す際に用いた『風蕾(ヴィントリー)冥遍万花(アスフォデルス)》』は森なんかは簡単に吹き飛ばせるだろうし、『青斬』をやたらめったらに撃ちまくるだけでも周囲を滅多切りにすることはできてしまう。

 だが基本的にオレの魔法は対人、対魔物を想定しているため何か大規模な範囲を攻撃するといった用途には向かない。


 ……まあ、今後も街を焼き尽くしたりする魔王的なプレイングをする予定はないので、考えても仕方ないのだが。


「ああ、バレッタ。そういや、お前には見せてなかったな」


 そう言って『不可視の御手インヴィジブル・リアクタンス』を発現させる。


「? これ……見えないけど、魔力、の塊?」


 バレッタがオレの手、正確にはその上に纏った『不可視の御手』をぺたぺたと触る。


「そうだ。これは魔力に属性を与えずにそのまま物質性を与えたものだ。盾に使えばおおよそ大抵の攻撃は防げるし、攻撃に使っても相手からすれば不可視の鉄塊が飛んでくるようなもんだからな。形も自由自在だから、たぶん器用にやればピッキングとかもできる」


「す、すげぇ……」


 バレッタが目をきらきらと輝かせる。

 オレもこいつと同じく魔法に対しては強い興味を覚えているので、その気持ちは分かる。


「なんか、ソフィアも似たようなことをしてたな」


「……ソフィアが?」


 バレッタが思わぬ名前を上げて、オレは目を見開いた。

 ソフィア。かつてオレがレグザスで助けた奴隷の少女。狐人族の獣人で、とても賢い子だった。親元に送り届けて以来だが、まさかここに来て彼女の名前を聞けるとは。


「あれからソフィアと会ったのか?」


 バレッタとソフィアも面識がある。だが、オレの憶えている限り、ソフィアが『魔力操作』を使用していた記憶は無い。


「え? うん。あー、そうか、師匠は知らないんだったな。ソフィア、ちょくちょくデックポートとラグランジェを行き来してるんだよ。ギルタールの秘書として」


「…………は?」


 今しがた降ってきた情報に、脳が追い付かない。


「いや、おれも詳しくは聞いてないんだけど、ソフィアがギルタールに直談判して雇ってもらったらしい」


「いやいやいや! ソフィアが!? まだ子供だろ!?」


「この前14になったっつってたし、もうそんな小さくもないんじゃないか?」


 オレの中のソフィアのイメージはとても背の小さい女の子だ。奴隷として十分な寝食を与えられていなかったために成長が遅れていたことも起因しているのだろうが、それでもなお小さいことに変わりはない。


 まあ、それはオレの価値観が元の世界に寄っているからだろう。こちらの世界では14歳ともなれば既に働き出すことも珍しくない。珍しくはないのだが…………


「ギルタールの秘書って、危なすぎるだろ……」


 ギルタール・ゲッコー。南部の獣人たちを取りまとめる南部連合の副首長。かつては首長だったのだが、ラグランジェ転覆の罪に問われ副首長に格下げされた危険人物。そんな奴の傍月としてソフィアが仕えているなど、聞けば聞くほど卒倒してしまいそうになる。


「いや、それがそうでもないらしいぜ? なんか、この前見たときはギルタールのことめっためたに叱ってたし」


「あのソフィアが!?」


 気弱そうな少女のイメージが瓦解していく。


「そうそう。ギルタールも、流石に小さい女の子相手に本気でキレるわけにもいかないらしくてさ。はは、今思い出しても笑えるぜ」


 あの筋骨隆々とした巨大な虎男がソフィアの尻に敷かれている光景を想像してしまい、思わず頭を振った。


「ソフィアも、最後に別れたときよりすごいたくましくなっててさ。さっき見せてくれた師匠の魔法、と同じようなこともできてたし」


 確かにオレの魔力操作は、元をたどれば狐人族に伝わっていたものを真似て魔法にしただけのものだ。当時、ソフィアが使えていた印象は無いが、この半年ほどでソフィアも成長したということだろうか。


 それにしたって、あのギルタールを平伏させるとは、ソフィア……強くなったな……


「師匠も一度会いに行ってあげてくれよ。会いたそうにしてたぜ」


 バレッタのソフィアを気遣う言葉からも、オレのいないところで彼女たちが仲良くなったことが窺える。


「ああ。そうだな。別に急ぎの用事はないし、明日明後日にでも少し会いに行くか」


「え、そんな気軽に行けるもんじゃなくないか……?」


「あー、まあ、そうだな」


 危ない。バレッタには転移魔方陣のことは伝えていない。学園の人間で転移魔法を知っているのはフォルトナとカロスさん、それにフォルトナが許可したごくごく一部の学生に限られる。

 大々的に公開していいようなものではない以上仕方ないのだが、オレとしてももう慣れてしまってつい口をついて出てしまいそうになる。


「…………もしかして、めちゃくちゃ速く移動できる魔法、とか」


「ん゛っ……!」


 バレッタの鋭い指摘に詰まったような変な声が出る。

 オレの反応を見たバレッタはしらーっと冷めた目でこちらを値踏みしてきた。


「妙だと思ってたんだよな……師匠が魔法都市に来たタイミングとかを聞いてると、ラグランジェを出てからフローラ大森林に行って、そこから帰ってくるのは結構難しいというか、かなり急がなくちゃいけない」


「ま、まあ、実際結構急いだからな」


「でも、基本的に移動は竜車でしてただろ? 少なくともラグランジェからフローラ大森林に向かうときはそうだった。なら、そんなに速くなるわけがなくないか?」


 こいつ……やはり頭の回転が速い……

 オレが言い訳を募ろうとするよりも速く、バレッタが呟く。


「もし常に高速に移動できる手段があるならそれで移動すればいいのに、師匠は竜車を使って移動していた……リン姉さんも一緒だったから、一人だけが移動できる手段ってわけでもないはず」


 徐々に可能性が狭まっていく。


「…………一度行ったことのある場所にだけすぐに行ける…………転移魔法、とか」


「んぐ…………」


 少ない情報からぴたりと正解を言い当てられてしまい、オレは思わず口ごもる。だが、沈黙の時間が続けば続くほど、それが正解であることを裏付けてしまう。

 オレは少しだけ悩むと、はぁ、とため息をついた。


「……正解だ。オレの弟子はなんて優秀なんだ……」


「ほ、ほんとか!? って、え!? 師匠、転移魔法使えるのか!?」


「しっ、声が大きい……! 一応、隠してんだよ……!」


「あ、ご、ごめん……」


 バレッタが両手を自分の口にぱん、と当てた。


「お前なら転移魔法がもし世に出回ったらどうなるか、分かるだろ」


「……あー、まあ……確かに、便利になるけど……色々と、その、うん……」


 バレッタはオレの言わんとしたことを理解したのか、微妙そうな表情を浮かべた。


「だから、このことは魔法都市でもフォルトナと古代魔法科のカロスさん、あと評議会の数人ぐらいしか知らない。お前も、口外しないでくれよ?」


「あ、ああ! 分かった、秘密にする!」


「だから声がでかい……」


 何ともまあ不安なことこの上ないが、せっかく彼女なりに推理して正解を出したのだ。それに対して嘘で答えるというのは、仮にも師匠として些かばかり不誠実に思えてしまった。


「な、なあ、師匠」


「…………何だ」


 上目遣いでこちらを見上げて来るバレッタ。

 嫌な予感がする。


「その転移魔法、おれにも教えて――――」


「転移魔法はダメ」


「えー!!!! ケチー!!!!」


 駄々をこねるバレッタに断固としてノーを突き付ける。


 だがオレとて意地悪で彼女に教えていないわけじゃない。転移魔方陣を描けるというそれはこの世界において底知れぬ価値を持つ。それこそ自らに身の危険が及ぶほどには。

 彼女がもしそのことで何か危害を加えられるようなことがあれば、オレは自分を許せない。そんなことにならないためにも、絶対に彼女に教えることはできない。


 だが、オレの思いはバレッタには伝わっていないようだ。


 やだやだと駄々をこねるバレッタにため息をつきながらも、昼下がりの訓練場の時間は気だるげに過ぎていった。


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