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193/216

193、ただこのときを、オレは/わたしは

「…………は? 今、何て言った?」


「ですから。オリムラ様であれば、この都市に残られていますよ」


 フォルトナの発した情報に言葉を失う。


 凛が? ここに? リスチェリカに戻ったんじゃないのか?

 だが、オレの混乱もよそに、フォルトナは特に何も含みの無い様子で言った。


「数日前から、調査班として他の学生たちとダンジョンに潜られております」


「ダ、ダンジョン!? どこのだ!?」


 リスチェリカのダンジョンか? いや、フォルトナは先ほどこの都市に残ったと言った。さすれば、そのダンジョンは――――――


「実はトイチ様が発たれてから大きな地震がありまして。その折に、近場の湖で洞窟が発見されました。内部の構造や魔物からダンジョンであると断定され、発見直後から調査隊が派遣され――――」


「……須藤の奴も言ってたな……」


「スドウ?」


「いや、こっちの話だ」


 確か魔法都市近辺にダンジョンが1つあると言っていた。

 オレが魔法都市にいた時点では見つかっていなかったのに、旅に出た途端に見つかるとは何たる奇遇。間が悪いにも程がある。オレが定期的に戻ってこなかったツケをまさかこんなところでも支払う羽目になるとは思わなかった。

 とはいえ、旅の道中でその情報を知っていたとして旅程に変わりはなかっただろう。全速力でレイラの故郷を目指していたはずだ。


 だが、もし凛が挑んでいると知っていれば話は別だ。


「凛のやつ、何だってダンジョンに…………」


 あいつだってリスチェリカやフローラ大森林でダンジョンの恐ろしさは嫌と言うほど知っているはずだ。

 だというのに、何故わざわざ魔法都市に残ってまでダンジョンに潜ったのか。

 まるで理解できない彼女の行動に歯噛みする。


「今からでも助けに行った方がいいな。フォルトナ、至急ダンジョンの場所を教えてくれ。流石にこの都市の人間と凛だけじゃ手に余るはずだ。今からオレも潜りに――――」


「その心配は、無いように思われますが……」


 フォルトナの目が妖しく光る。


「いや、あるだろ。お前はダンジョンのヤバさを理解してない。あんなもの、まともな人間がクリアできる代物じゃない」


「……? ああ。なるほど、なるほど」


 ふむふむ、と一人得心した様子のフォルトナのペースは崩れない。オレはこれだけ焦っているというのに、この女は一切その態度を揺るがさないのだから嫌味の一つも言ってやりたいぐらいだ。


 だが、今はその時間すら惜しい。


「何を納得してるのか知らないが、さっさと場所を――――」


「ただいま戻りましたー! フォルトナさーん! やー汗だく汗だく! 大浴場空いてますかー!」


 明朗な声が、通路に響いた。

 そして、ばらばら、といくつかの足音。


 振り返る。


 その声に、聞き覚えがある。


 いいや。いいや。

 聞き覚えなんて、ものじゃない。

 その声を、聞き紛うことなどない。


「……………………凛?」


「え……ゆー……くん?」


 頬に泥を付け冒険用の装備に身を固めた少女、織村凛がその笑顔を固まらせて立っていた。フォルトナに向けて振られていただろう右手が、そのまま空中でぴたりと固まってしまっている。


「…………お前、どうしてっ……いや、いつから……ああ、違う、くそ、怪我してないよな!? 大体なんで、ダンジョンに……いや、そうじゃなくて……」


 言葉が上手く出てこない。

 最初に彼女に言うべき言葉は謝罪だったはずだ。

 だが、オレの口はしどろもどろに空転し、頭の中で立て並べたはずの美辞麗句は、がたがたのハリボテとなって口から崩れ落ちていく。


「凛、オレ、お前に――――」


「ま、待って、ゆーくん!!」


 彼女に一歩歩み寄ろうとして、両の手を向けられて拒絶される。

 それを受け、足元が瓦解するような錯覚を覚える。


 …………そう、だよな。


 虫が良すぎる話だ。


 もうすでに、オレなど見限られているに決まっていた。

 見れば彼女の周りにはこの都市の学生と思しき人たちがいる。

 きっと彼女の処世術であれば、この場所で仲間を作ることなど造作もないことだったのだろう。

 彼女はまた自分の居場所を見つけた。

 なら、そこにオレがいる必要もなければ、彼女がオレとの中を修繕する必要性もありはしない。


 分かっていた。

 オレだけが独りよがりに、変わろうとして、それに彼女を利用しようとし――――


「い、今その、汗……とか、その汚れ……とか、すごいから…………だから、お風呂入ってからでい、いいかな? わたしも……話したいこと、あるし……」


 目を泳がせる凛の言葉に、オレはぽかんと口を開けてしまう。

 たっぷりと数秒の沈黙の末、「え、あ、ああ」と何だかとても間抜けな返事を返してしまった。

 その光景を見たフォルトナが後ろでくすくすと笑っている。

 凛はぽしょりと「またあとで」と呟くと、他の女子学生とつれだって、大浴場の方へと消えていく。


「だから申し上げたでしょう。心配はないと」


「……お前、知ってたのか」


 何をとは問えないが、フォルトナが何かを知ってオレをからかっていたことぐらいは分かる。


「さあ、何のことでしょう。もしかして、半月ほど前に既に彼女らがダンジョンを踏破し、今行っている調査は予備的なものに過ぎないということでしょうか?」


「……………………先に言え」


 かろうじて絞り出した悪態は、自分でも分かるぐらい弱弱しいものだった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 凛との唐突な再会から一時間ほどが経過した。

 場所は構内にいくつかある談話室の一つ。

 どうやら気を利かせてもらったらしく、今この場にはオレたち二人しかいない。

 レイラもフォルトナと少し二人で話したいと、彼女に付いていった。


「…………まずは、その。おかえり、ゆーくん」


 気まずい沈黙を最初に破ったのは、凛だった。


「……ああ。ただいま、でいいのか? お前の方こそ、ダンジョン、潜ってたんだろ? 危ないのにまた、何で…………」


 謝らなければならないと頭では分かっているのに、口から出てくる言葉は関係のないものばかりだ。


「…………その話の、前にその、わたし、ゆーくんに言わなきゃいけないことがある」


 凛はぎゅっと、拳を握りしめる。

 そして、一息吸うと、そのまま勢いよく頭を下げた。


「ごめんなさい!!!」


「…………凛」


 頭を下げたままの彼女に、言葉を返せない。


「もう何か月も前だけど、わたし、ゆーくんに酷いこと言った。だから、ごめんなさい……」


 家で彼女と交わした口論を思い出す。

 お互いに感情をぶつけ合い、相手の傷を抉った最低最悪のやりとり。


「…………凛。顔、上げてくれ」


「わたしね、ゆーくんに許してもらえると思ってない。でも、ずっと謝りたくて、それで――――」


「凛」


 彼女の肩を掴んでそっと顔を上げさせる。

 その顔は、今にも泣きだしそうで、いっぱいの不安で彩られていた。

 彼女のその顔に、ズキリと胸が痛んだ。


「オレこそ、ごめん」


「え…………」


「感情的になって怒鳴っちまったし、その前の発言だって軽はずみだった」


 彼女が考えて考えて、悩んで悩んで、ああいう振る舞いをしていたというのに。

 それを無視して、「本当の自分で向き合え」などと、自らのことを棚に上げて軽薄な言葉を吐いてしまった。


「ううん、ゆーくんは悪くないよ。わたしが全部悪くて……」


「いや、オレが悪いんだ。あのときだけじゃない。それまでのことも、全部」


「それまでって……」


「凛の言った通りだ。オレは逃げてた。オレは見ないようにしてた。オレは向き合わなかった。怖かったんだ。また、自分の手から大切なものが零れていくのを見るのが。嫌だったんだ。何かと向き合って、それを失ってしまうのが」


 まず第一に、自分とすら向き合えていなかった。

 だからこんな当たり前の感情の吐露すら、できなかった。


「…………オレも許してもらえると思ってない。ただ、謝らせてくれ。ごめん」


「ううん。許すなんて、そんな……わたしに、そんな偉そうなこと言う資格ないよ。ゆーくんは、許されなきゃいけないようなこと、何もしてない」


「いや、オレは……」


「わたしが、してないって言うんだから、してないの!」


 彼女の強めの語気に、それ以上反論をすることもできない。

 だが、少しだけほっとしている自分がいる。


「…………じゃあ、オレもだ。凛を許すなんて烏滸がましいことは言えない。そもそも怒ってすらいない」


「………………ほんと? 許して、くれるの?」


 凛の目に、涙が溜まっていく。


「だから言ってるだろ。許すも何もないって。……でも、お前がもし、許して欲しいって言うなら、許す。何度でも、いくらでも、許すよ」


 結界寸前だった彼女の目元から、つー、と雫が零れる。

 やがてそれはぼろぼろと目からあふれ出していき、ついに留まるところを知らない。


「うん……! うんっ……!!」


 泣きじゃくりながらも必死に笑顔を保とうとする凛の肩に手を添える。オレも、歪ながらに彼女に笑みを返す。


 ……それぐらいが、今のオレには限界だ。


「…………それと、これは自惚れ……なんだが、もし、もしだ。仮定の話だぞ?」


「?」


「その……お前が、オレに……その、何だ。まだ、好意を抱いて、いてくれているなら」


 凛がきょとんとした目でこちらを見る。


 あー、くそ。恥ずかしい。


「……その気持ちにも、向き合いたい」


「え…………」


「あ、いや、そうじゃなくてだな。まだ、その、答えは出せない。オレにもよく、分かってないから」


 恋だの愛だの好きだの嫌いだの、しち面倒くさい話はよく分からない。

 それに、この世界でやるべきことがまだたくさんある。


「でも、向き合って考えたい。ちゃんと、答えを出そうと思う」


 オレの言葉に凛が口を開けたまま固まる。

 涙も既に止まり、泣き腫らした赤い目でじっとこちらを見ている。


 くそ、ダメだ。自惚れが過ぎる。自意識過剰も甚だしい。何が気持ちに向き合うだ。ふざけやがって。穴があったら入りたい。何なら墓穴でもいいな。魔法を使えば墓穴ぐらい一瞬で掘れるだろ。

 既に思考も定まらない中で、沈黙がやけに長く感じる。


 だが、答えは衝撃によって返された。


「うおっ!?」


 急に凛に抱き着かれ、そのままバランスをとれずに床に倒れ込む。

 凛が胸元で「へへへへ」と気色の悪い笑い声を上げた。


「おい。そんなに笑わなくてもいいだろ。これでも一世一代を賭けた、自意識過剰大告白だったんだぞ」


「わたしはゆーくんが好きだよ」


「っ…………」


 そのストレートな彼女の好意に、オレはまた言葉に詰まる。


「聞こえてない? じゃあ、もう1回言うね。わたしはゆーくんのことが大好き」


「……さっきと微妙に違ってないか」


「あはは。そうかも」


 「でも、ちゃんと届いた」と、凛は嬉しそうにはにかむ。


「……さっきも言ったけど、まだ、返事はできない」


「うん。分かってる。大丈夫。待つよ」


 彼女の目は、迷わずこちらを見つめていた。


「……それに、もし、もしね。もしも、返事が、もし悲しいものだったとしても、大丈夫。きっと、たぶん。恐らく…………もしかしたら…………」


「いや、めっちゃ『もし』って言うし、どんどん自信が失われてるんだが……」


 ただ、オレが知る彼女であればこんな言葉を吐けはしなかった。

 きっと、彼女もオレが会わない間に変わろうとして、変わったのだろう。


「あ、そうだ。渡さなきゃ…………えっと……はい、これ」


 凛が懐から何かを取り出す。

 きらりと輝くそれは、青い宝石を誂えた指輪。


「は? お前、これ…………」


「あっ! えっと、違う、違うよ! そういう意味の指輪とかじゃなくて! 魔法都市のダンジョンの底で見つけたんだ。ゆーくん、集めてたよね……?」


 それは、須藤神威も言っていた、ダンジョンの底にあるという鍵。

 凛がそれを持っているということは……


「本当に、ダンジョンを踏破したのか」


「……うん。色んな人に、助けてもらって」


 先ほど共にいた魔法都市の仲間たちだろう。

 だが、彼らがいかに優秀とてダンジョンをクリアするには、ある種の卓越した能力の持ち主が必要だ。


 恐らく、凛は彼らを主導して――――――――


「ゆーくんとね、肩を並べたかったんだ」


「?」


 凛の言葉の意味が分からずに、今度はオレが首を傾げる。


「ゆーくんは、すごい魔導士だから。わたしなんか、何の役にも立てなくて」


「そんなことは……」


 ない、という言葉の先は凛によって止められる。


「だから、最初は一人で魔法都市に残って色んな魔法とか、結界魔法を鍛えるつもりだったんだ。剛毅くんとかにすごいわがまま言っちゃったけど」


 熊のような顔を困り顔に帰る熊野の様子が目に浮かぶ。


「そしたら、ダンジョンが見つかって、もし、このダンジョンをゆーくんとか他の勇者のみんなの力を借りないでクリアできたら」


 少しぐらいは、ゆーくんに近づけるかな、って。

 凛は少しだけ悲しそうに笑った。


「オレに、近づく、なんて…………」


「きっと、ゆーくんならもっと簡単に、楽にダンジョンを攻略できたんだと思う。わたしはそんなに強くないし、頭も良くないから、2カ月近くかかっちゃった」


 そんなことはない。

 リスチェリカの最下層に至ったのは偶然ショートカットを見つけたから。

 フローラ大森林を踏破できたのは、構造が単純明快だったから。


 ただ、それだけだ。


「……でも、やったよ。ゆーくん」


 だが、凛は悲しげな笑みの中に、確かな誇らしさを覗かせている。


「まだまだかもしれないけど、わたし、頑張るから」


 凛はずっと、オレを真っすぐと見続けている。


「ゆーくんの隣に立てるように。ゆーくんに、傍に居て欲しいって、言ってもらえるように」


 確かな覚悟がその目に宿っている。

 そして事実として、彼女はダンジョン踏破という偉業を成し遂げた。


「…………そんなことしなくても、オレは……」


「うん。ゆーくんは、そう言ってくれると思ってた。でも、これはたぶん、わたしの問題なんだと思う。わたしが、わたしのまま。わたしとして、ゆーくんに……みんなに向き合うための」


 彼女の問題。


 凛自身が、納得し、咀嚼し、前に進むための儀式。

 そうであれば、そこにオレが口を差し込むことなどできはしない。


「…………分かった。けど、次はオレも連れてってくれ。荷物持ちぐらいなら務められるから」


「あはは! うん、そうだね。次は、一緒に」


 凛は笑顔の大輪を咲かせると、そのままオレを強く抱きしめた。


「いや、凛、お前――――」


「久しぶりに会ったから、ちょっとぐらい……ね?」


 オレが照れ隠しに文句を言うよりも先に凛にそう甘えられてしまっては、流石に何も言えない。


 彼女を抱きしめかえすのも何か違う気がして、オレは両手を手持ち無沙汰にしながら、今はただ彼女との関係修復を喜んでおこうかなと、そう思った。


凛はこの二カ月間、めちゃくちゃに苦労しています。凛、優斗と喧嘩した状態で長い間放置して本当にごめんな……


もしかしたら、3章と4章の幕間の話として「ぼっちなわたしの術法無双」を書くかもしれません。

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― 新着の感想 ―
[一言] 凛生きとったんかワレ
[一言] 仲直りおめでとう! まぁ恋愛感情についてもあっさり解決したりは無理だから仕方ないね リアが恋愛レースに本格参戦してないしね
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