188、最低最悪な答え合わせ
それから村を探索したが、他の生存者は見つからなかった。
だが、レイラの叔母だけが残っていたとは考えづらい。恐らくは、レイラの暴走を受けてどこかに避難した可能性が高い。
「それなら、村から少し離れた場所に遺跡があるから、そこかも……」
「遺跡?」
「うん。あ、遺跡って言っても結構きれいで、教会にもなってるの。……少なくとも、ワタシが住んでた頃は」
悲しげに眉根を下げるレイラにどう励ましの言葉をかけてもいいか分からず「そうか」とだけ返す。
「――――『領識』」
確かに村の北はずれに大きな建造物がある。そして、その中に20人程度の人たちが寄り添っているのを見つけた。
「レイラの言う通りだ。20人ぐらいの人たちが、集まってる」
「えっ……それ、だけ……?」
「…………ああ。それだけだ」
きっと、彼女がいた頃はもっとたくさんの人間がいたのだろう。
今村を見て回っただけでも、恐らくこの集落の人口は数百程度はあったはずだ。
だが、恐らく今のこの集落の住人は遺跡にいる者たちで全て。
あとはきっと――――――――
「大丈夫ですか?」
リアの問いに、レイラは「大丈夫」と頷いた。
「でも、ワタシは村の人たちには会わない方がいいかも……怖がらせちゃうかも、しれないから……」
彼女の言葉は悲しいが、尤もだ。
それに、彼女自身村の人たちと会いたいという気持ちと、会うのが怖いという気持ちがせめぎ合っているのだろう。ひとまずはオレとリアだけで様子を見るしかない。
「ひとまず遺跡の方まで行こう。レイラは隠れててくれ」
「うん……お願い」
そんなやり取りを経て、オレたちは遺跡へと向かった。
歩いて10分ほど。
眼前に迫るとまあ中々な大きさの建物だ。
城と言うほどではないが、上半身を反らして見上げるほどはある。大聖堂といった呼び名が適切だろうか。
「…………どちら様でしょうか」
大きな入り口のあたりに立っていた男性に声をかけられる。
その目は油断なくこちらを観察し、明らかに警戒している。こちらの出方次第では一瞬で敵対することになるだろう。
「ああ、すみません。オレは各地を旅して回っている冒険者です。ほら、冒険者の証もここに」
こういうとき、やはり冒険者という肩書は便利だ。明らかに怪しそうな奴がいても、「まあ、冒険者ならあり得るか」と相手を納得させることができる。
依然、訝しげな態度を崩しもしない男性だったが、少しは警戒が解けたのか最初ほどの敵意を向けて来ることはなかった。
いや、警戒が解けたというより、これは…………
「……冒険者の方がどうしてこんな辺境の地に?」
男の顔は疲れ切っていた。
そして、色濃い諦めの色が刻まれていた。
「ああ、いえ……竜人の村があると人伝に聞きまして、一度訪ねようと思ったのですが……失礼ですが、その、あの村の状態は……」
大まかな事情は知っているが、それ以上に何が起きたかを知りたい。
「…………悪夢ですよ」
男性は苦虫を噛み潰したように吐き捨てた。
ちら、と後ろを覗き見ると寄せ集まった村人たちが、こちらを見ながらこそこそと何かを話している。
やつれた目つきやこけた頬などから、この集落が既にまともな状態ではないことが分かる。
「……詳しい話を、聞いてもいいですか」
オレの言葉に男性は少しだけ驚いた顔をした。
だが、オレたちに敵意が無いと分かったのか、「別に面白い話ではありませんよ」と言いつつも、とつとつと話し始めた。
「…………ある日、一人の旅人が村に現れたんです。何でも、遺跡の調査をして各地を回っているとかで。珍しい客人だったので、村で歓迎していたんですよ」
男の顔から感情は読み取れない。
だが、声はかすれ切っていた。
「その人は魔法の才能に溢れていて、私たちも色々なところで助けてもらいました。最初は村の連中も喜んでいました。滅多にない客でしたから。ただ、その日から、少しずつ、村がおかしくなっていった」
徐々に、男の言葉が早くなる。
「最初は、言い争いやいざこざが増えた程度のものでした。それが徐々に暴力沙汰や、大喧嘩に発展していって、ついには殺し合いまで起きるようになった。みんな、そんなことをする人ではなかった。温厚で、決して、人を傷つけるような……」
「それは……」
何も言えない。
「そして、それから数週間後のある日。村の半数近い人たちが竜化して暴れ始めたんです。話も通じず、建物を壊し、同胞を手にかけ、蹂躙の限りを尽くしていました」
村が壊滅しているのは、それが原因…………
そして、気付く。
彼はオレたちに対して警戒を解いたのではない。
もう足掻いても無駄だと、いっそのこと終わらせて欲しいとあきらめたのだ。
そのことに気付き、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
「……それを見た旅人が、笑っていたんです」
「っ……!」
「ああ、予定通りだ、って」
どくん、と心臓が高く鳴った。
「あの旅人に何をされたのか、私たちには分かりません。ただ、旅人も、暴走した仲間たちも、どこかへ行ってしまいました。今はもう、村で生き残っているのはこれだけしか…………」
男が声を出して泣き始める。
哀れみの視線を向けながらも、オレは、バクバクと心臓が嫌な高鳴り方をしていることに気付く。
それは、ある1つの可能性に思い当たったからだ。
最低で最悪の、けれども、つじつまが合ってしまう、醜悪なシナリオ。
「…………すみません。一つだけ、聞かせてください」
「……ええ、何を答えれば」
「その旅人は、何と名乗っていましたか」
心臓の音が、ゆっくりと鼓膜を叩いた。
男は、どうしてそんなことを聞くのか分からないと言った様子で、けれども確かに答えた。
「……忘れるはずがない。私たちの悲劇を見て笑っていたあの旅人――――――――彼女は、アイリーン・ブラックスノウと、そう名乗っていました」
幾度となく聞いた名前に、オレは思わず歯噛みして怒りをぶちまけそうになる。
音が遠くなる感覚を覚え、自らの立っている大地が歪んでいく錯覚に溺れる。
ふざ、けるな。
「ふざけるな…………」
どこまで。
どこまで、人の命を軽んじれば気が済むんだあの女は。
「? どうか、されましたか?」
男性の問いにオレは何も答えられなかった。
ただただ脳内を怒りと憎しみが焦がし続ける。
「ユウト」
「分かってる」
ここでその怒りをぶちまけても仕方がないことなど、頭では分かっている。
だが、かつてないほど湧き上がってくる憤怒に、自分でもどう感情を処理していいのか分からない。
ふぅ、と長い溜息をついて何とか昂った感情を鎮める。
「お気分が優れないのでしたら、その、少し休んでいかれますか?」
男性の少しだけ優しい声に、今度は確かに首を振って反応することができた。
「いえ……大丈夫です。その、オレたちに、何か力になれることはありませんか?」
その言葉は素直な本心から出たもの。
男性は初めて表情を変えて、驚きに目を丸くしたがゆるゆると首を振った。
「……ありがとう、ございます。ですが、結構です」
「でも、他の場所に移民するとか」
「私たちは、私たちで生きていきます。この場所で、ずっとこのまま……」
男性の目に宿るのは色濃い諦観。
そこに、希望を抱かせることなどできそうにはなかった。
これ以上部外者のオレから何かを言っても仕方ないと思い、軽く礼を言うと遺跡に足も踏み入れずにその場を去ろうとする。
が、「ねぇ」と後ろから呼び止められる。
「なっ…………!」
オレはその顔を見て驚愕する。
「レイラの、叔母さん!?」
思わず大きな声を出してしまい、口に手を当てる。
「……ええ。先ほどぶりね」
人間の見た目で言えば四十かそこらに見える女性は、そう呟くとこちらに目を合わせることもなく小さく呟いた。
「生きて、たんですか……」
そう。てっきり先ほどレイラの消滅魔法に巻き込まれたものとばかり思っていた。実際、オレの目には彼女が掻き消えたように見えたし、その後も姿を見なかったからだ。
「…………おかげさまでね。風圧で自分の身体を吹き飛ばして回避したの」
「そうか……! 良かった……な、ならレイラと会って――――」
「いいえ。私はもう彼女とは会わないわ」
その言葉にリアの目がすっと細くなる。だが、オレとて似たような反応だ。彼女の言葉に眉を顰めざるを得ない。
「私だけじゃない。ここの住人は、誰も。あの日、この集落を滅ぼした隣人たちに、会いたいと思う方がどうかしてる」
「いや、それはアイリーン・ブラックスノウがもたらしたことで……」
「さっきの暴走もそうだと言えるの?」
レイラの叔母の反論にオレは口を閉ざす。
先ほどのレイラの暴走。あれがアイリーンの影響によるものなのか、オレには判別がつかない。だが、いずれにせよ感情的になり暴走する危険性のある人間を、近くに置いておきたくないという理屈は、理解できる。
「あんな危険な子、この集落に置いておくわけにはいかない。誰もそれを認めようとはしないわ」
それは正論だ。
理屈をこねくり回して言いくるめても、感情的な理解は得られない。
リアが「ですが」と食い下がったところで、オレは首を振る。
それを見たレイラの叔母は、ぽつり、と呟いた。
「…………あの子を、お願いね」
その言葉にオレが何かを問い返すよりも前に、聖堂の奥の方へと消えていく。見張りの男も、どうすべきかと悩んでいるようだが、オレたちを中に入れるつもりはなさそうだ。
数秒だけその場に立ちすくみ、オレたちはその場を後にした。リアだけは最後まで何かを言いたげだったか、それを口に出すことはしなかった。
少し離れた物陰で体育座りで屈んでいたレイラの肩を叩く。
「レイラ、戻ったぞ」
「お、おかえりなさい」
おずおずといったようすのレイラを見てもしかしてと思って問う。
「会話、聞こえてたか?」
それなりに距離があったためオレなら聞こえないが、竜人のレイラならばその可能性もなくはない。
レイラは気まずそうに少しだけ視線を逸らすと、こくんと頷いた。
「叔母さん、生きてたのね……」
「……ああ、それだけは、不幸中の幸い、ってところか」
そこで一度会話が止まる。
彼女が話を聞いていたということは、叔母が彼女を拒絶したことも耳に入っていたはずだ。
次に何と言葉をかけていいか分からないでいると、最初に沈黙を破ったのはレイラだった。
「その、砂漠でワタシたちを襲った人……よね? アイリーンって」
「ん? あ、ああ、そうだ。あの女が全部悪い」
オレの返答にレイラが少しだけびくりと肩を跳ねさせた。
「ユウト。顔が怖いですわよ」
「だとしたらそりゃ生まれつきだ」
「はぁ。そんなわけないでしょうに。レイラが怖がっているじゃありませんの」
そう言われて目元に手を当てる。
……確かに、少しだけきつくなっていたかもしれない。
「……悪い。できるだけ顔に出さないようにはしてるつもりなんだが」
それでも、怒りが顔に現れてしまっていたらしい。
生憎、今得た事実を簡単に咀嚼できるほど、泰然とした精神は持ち合わせていない。
「レイラは、これからどうする?」
竜の大群襲来の謎は判明した。
最低最悪の種明かしだ。
彼ら竜人たちは、アイリーンの手によって暴走させられ、魔法都市に誘導された。
物的証拠は何もない。
だが、あの女であればそれだけのことをやってのけるという、最悪の信頼がそこにはある。
今回の旅は、何の因果か最初から最後まであの女の掌の上だったというわけだ。ふざけやがって、反吐が出る。
真実が明らかになった今、レイラがどうするか。
「ワタシ……は…………」
レイラは少しだけ躊躇った。
「ここには、いられない」
それは悲愴な決意。
唯一の頼りであった家族からも拒絶され、帰る場所さえも失った。そのことを自分の口からそうして言語化することが、いかに苦しいことか。
「…………そう、か」
それが分かるからこそ、オレも言葉少なに返す。
「……えっと、その……ユートくんと、一緒に行っても、いい?」
「さっき、あんだけ啖呵切っちまったしな」
彼女に他に行く当てがあるとも思えない。ひとまず、オレが面倒を見るべきだろう。
「うん、ありがとう」
そう言ってレイラがはにかんだ。
「さてと。そうなりゃ、魔法都市に戻るぞ。このあたりに転移魔方陣を設置して一旦、リスチェリカだ」
事の顛末をフォルトナにも報告しなければならないし、ブラント団長らにも報告する必要があるだろう。
…………かなり面倒だが。
そんなことを考えて、村はずれの既に放棄されていそうな掘っ立て小屋を見つけ、床に魔方陣を描かせてもらう。
長かった旅もこれで終わりだ。
リスチェリカから魔法都市へ発ち、そして砂漠を越えて竜人の村へと至った。
多くの出会いがあり、多くの別れがあった。
そして、必ず討滅せねばならない、敵を見つけてしまった。
「じゃあ、順番に魔方陣に――――」
「うん、実に良い転移魔方陣だね」
刹那、背後から聞こえた声に思わず振り返る。
リアは既に剣を抜いている。
レイラも一歩下がり、油断なく声の主を見つめる。
「ああ、いや、警戒をしないで欲しい。こう見えて僕は温厚なんだ。自分から戦うのはあまり得意ではなくてね」
こちらの警戒などどこ吹く風と、つらつらと言葉を立て並べる少年。
髪は群青色で、肌は薄青色。
その外見的特徴から一目で魔族だと理解する。
「…………誰だ、お前は」
この状況で魔族に声をかけられたこと。
そして、先ほどまで全くその気配を感じなかったこと。
そのどちらもがあまりに異常だ。
あのリアでさえ気づけなかった。
その理由をあまり考えたくはない。
オレの言葉を聞いた少年は「ああ!」と柏手を打った。
「そうか! そうだね! 確かに! 名乗るのが遅かったね。これは失敬失敬」
そう言うと、少年は楽しそうにぺこりと頭を下げた。
「ごきげんよう。異世界からの使徒。それとも勇者と呼んだ方がいいかい? 僕の名前はシリウス・ディ・アンダーテール。そうだな、魔族の長……魔王、と名乗った方が通りがいいかな?」
目の前の少年は魔王を自称し、愉しそうに笑ったのであった。
彼女の生存にリアが気付いていなかったのは、レイラの消滅魔法がやばすぎてそっちに意識を全集中していたからです。




