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187、終着点

「あ、れ………ここは……」


「レイラ、起きたか」


 消えてしまった道の先。

 広場のような場所のベンチに寝かせていたレイラが、緩慢に起き上がる。

 レイラは周囲をきょろきょろと見回すと、首を傾げた。


「ここ、は……? ワタシの村……? あれ、いつの間に着いたの?」


 彼女の言葉を聞いて、思わず返答に詰まる。


「…………憶えて、無いのか?」


「えっと……確か、砂漠で変なお屋敷みたいな場所を出て……えっと、沼を歩いてて…………あ、あはは……」


 レイラが困ったように眉根を下げた。


「……そうだ。それで、つい半日前ぐらいに村に着いた」


 オレは、少しだけ迷う。

 だが、すぐに薄く笑みを浮かべると続けた。


「…………村に着いたら、安心したのかお前が急にぶっ倒れてな。特に身体に異常がある感じでも無かったから、ひとまず寝かせて様子を見てたってわけだ」


 リアは目を伏せて何も言わない。

 オレの言葉を聞いたレイラはじっ、っと何かを考えるような仕草をしていた。だが、やがて困った笑顔を浮かべると「ごめんね、迷惑かけて」とだけ言った。


「ま、ただ残念なお知らせとして、村はこんな感じでボロボロだ。打ち捨てられてると言っていい。誰ともまだ出会えてないしな」


 嘘を重ねるオレに、リアが少しだけ何か言いたげな視線を向けてくる。だが、オレはそれを無視して嘘を続けた。


「一応、お前が寝てる間に少しだけあたりを見回ったんだが、人っ子一人いなくてな。もしかしたら他の場所に疎開してるのかもしれない。一旦この集落は置いておいて、村の周辺を探索した方がいいかもしれないな。もしまだ本調子じゃないなら、リアあたりにおぶってもらえば――――」


「…………ごめんなさい」


 レイラが震える声で謝る。


「……いや、ちょっと寝てたぐらいだろ? 何をそんなに……」


「ううん、もう、もう、いいの。分かったから。分かってるから…………憶えて、るから」


 二の句が継げない。

 何かを言わなければいけないと回り続ける思考とは裏腹に、オレの舌先は凍り付いたように重く横たわっていた。


「村に着く前後のことは、よく、覚えてない、けれど……叔母さんに会ったことは、憶えてる」


「レイラ、いいから。憶えてなくていい。忘れてろ。お前の記憶違いだ」


 オレは口早にまくし立てた。


 どうして、そんなことはしっかりと憶えてるんだ。

 忘れていろ。決して思い出さなくていい。だって、その先は――――


「…………ワタシが村の人たちを食べたって、そう、言ってて……それで、ワタシ、よく分からなくなって、叔母さんを――――」


「レイラッ……!!」


 どうして、どうして、そう、自分の罪を直視するんだ。

 その先には、霧塗れの道しかない。


「ごめんっ……ごめんなさいっ…………ユートくんにも、リアちゃんにも……一緒に来てもらって…………こんな、こんなことにっ…………ごめんなさい……!!」


 レイラが這いつくばって地面に額をこすりつける。


「違う…………お前は、悪くない……!! 何か、原因があったはずだ……!! こうなっちまった、原因が他に――――」


「ううん、違う、違うの。ユートくん。原因はワタシ。すべて、ワタシのせいなんだよ」


 それはどこかで聞いたことがある言葉。

 否、それは、どこかで発したことがある言葉。

 自らに全ての責を押し付け、どこまでも自らの罪を背負おうとする姿勢。


「……こんなの、ワタシには、償いきれない」


 そんなことはない。


 ただそれだけの言葉が喉から出てこない。

 言葉で否定することは簡単だ。

 ただそれは上っ面の言葉に過ぎず、きっと彼女には何一つもたらさない。

 それが分かっているからこそ、オレは何も言えなかった。

 きっと、それでもオレは吐かなければならなかったのだろう。軽々しく、甘く、薄っぺらい言葉を、彼女の言葉を遮ってでも。


「…………あ」


 疲れ切った顔のレイラが何かを思いついたように呟く。

 額は擦れて土に塗れ、呆けた顔でどこかを見つめている。


「……そっか、そうよね。うん、簡単なことだった」


 レイラは、そう呟くと薄く笑った。

 何を、思いついた。

 彼女の精神状態で、まともな考えが思いついたとは思えない。

 そして、あの笑みは何だ。


 まるで何かから解放されたような――――


「ワタシが、いけなかったの。これで全部解決する」


 レイラは全てに納得したかのようにぶつぶつと一人で呟き続ける。だが、その響きにはわずかの光明すらも宿っていない。

 諦観。そして、安堵。

 だが、それらの感情はひどく不安にオレの喉の奥の方にまとわりつく。

 光が失われた彼女の目は、もう、こちらを見ていない。


「ごめんなさい、二人とも。これまで、本当にありがとう。楽しかった」


 嫌な予感が、明確な像を帯びて来る。

 一つの結論に至る。

 だが、その結論はあまりにどうしようもなく、救いようがない。


「――――さようなら」


 レイラが目を閉じた瞬間に、オレは彼女に手を伸ばした。

 そのまま飛び込むように彼女に抱き着く。


「えっ、ユ、ユートくん!? 何して―――」


「ふざけんなッ!! お前、今、何しようとした!?」


 動揺したレイラが「え、うあ」と曖昧な声を上げる。

 オレはそのまま正答を叩きつける。


「お前ッ!! 今、自分を消そうとしただろッ……!!」


 オレのいたった結論はただ1つ。

 彼女が、その能力を自分に向けて自らの命を断とうとしていた。

 そんなことが可能なのかオレには分からない。

 だが、他でもない彼女がそれを実行しようとしたのだ。

 恐らく何の跡形も残さず自分自身を消し去ることができるのだろう。


「は、放して! このままじゃユートくんまで巻き込んじゃうかもしれない……!」


「アホか! だからこうして強引に抱きついてんじゃねぇか!! くそっ、こういうのはオレのキャラじゃねぇんだよ!!」


 藻掻くレイラから振りほどかれないように、『不可視の御手インヴィジブル・リアクタンス』まで使って必死にしがみつく。


「お願い……! こうするのが一番良いの……!! もう、誰も傷つけたくない…………!!」


「他の方法を探せ! 一番くだらない道に逃げるな!」


 どの口がほざくのかと自分でも思う。

 だが、彼女の自殺を目の前でみすみすと見逃せるほど、オレは出来た人間じゃない。

 取っ組み合いの様相を呈していたオレたちに、リアも加わった。


「あら、つれないですわね。わたくしも混ぜてくださいな」


「な、何でリアちゃんも……」


「何やら、アナタが無責任極まりない行動に出ようとしていたようですので」


 リアの苛烈な一言に、藻掻いていたレイラが俯いてしまう。

 そして、ぽつり、と呟いた。


「……なら、どうすれば、いいの……? ワタシは、多くの命を奪って…………ワタシの命を投げ打ってでも償うしかっ…………!」


 ヒートアップしそうになるレイラの頬を両手で強引に挟む。やや鈍い音が鳴った。

 彼女の自暴自棄な言葉に腹の底が熱く煮えたぎる。


 そして、オレは感情のままに叫んだ。


「――――ならっ!! その捨てる命、オレに預けろッ!!」


「っ!?」


 レイラが初めてこちらを見る。


「お前が死んだって何の償いにもならないだろ!! 失ったものに贖うなら、より多くのものを救うしかないんだよ……! お前の命も、罪も、記憶も、オレが全部預かる……!! だから、死ぬなんて馬鹿なこと言ってないで、生きて、償い続けろ……!!」


 それは、あまりに傲慢で残酷な、オレの独りよがり。


 それを真正面からレイラに叩きつける。

 少し前までならオレは臆していただろう。

 何も言えずに、目の前で命を断つレイラを見届けて後悔に喚いたはずだ。

 だが、もうそんな風にはさせない。

 目の前で失われていく命を、取りこぼしはしない。


 永い沈黙。

 レイラの無言の視線が、オレに突き刺さる。

 その目に込められた感情を読み取ろうとして、そこに宿る底知れぬ恐怖と不安を悟る。

 その理由は、問うまでもない。


「――――どうして」


 ようやく、レイラの乾いた唇が震えた。


「どうして……そんなに、優しくしてくれるの……?」


 レイラの目に宿る不安の理由は、オレの考えていたものだけではなかった。

 それはオレやリアに向ける不信感。

 オレたちが何を考えているのか分からないと、そうレイラは嘆いた。

 彼女の言葉に、オレは数多くの思考を回し、やがてゆっくりと答えた。


「…………分からん」


「え……」


 率直なオレの返答にレイラがぽかんと呆けた顔をする。

 胸中には様々な感情が沸き上がり、脳内では数多くの思考が駆け巡る。

 けれど、それらにまとまった枠を付けることができずに、ただ舌先だけが何となく回る。


「……有り体に言えば、長旅で情が移った……ってのじゃ、ダメか?」


「そんな言い方ではダメに決まっているじゃないですか」


 リアにすぱん、と頭をはたかれる。それも結構強めに。


「痛ってぇな! 何でだよ!!」


「もっと物の言い方と言うものがあるでしょうに……」


 はぁ、と大きくリアがため息をついた。

 自分自身に問いかける。

 きっと、答えはもっとシンプルなのだ。


「…………死んで、欲しくないからだ」


 それはわがまま。

 オレ個人のどこまでも私的で、どこまでも自己中心的な傲慢だ。


「お前に、死んで欲しくないと思った」


 だが、その言葉は、少しばかりの恥ずかしさを伴いつつも、すっと胸の奥から流れ出てきた。

 オレの言葉を聞いたリアもこくり、と頷いた。


「…………ワタシ」


 レイラが、何かを言おうとして口を閉ざす。

 開いては閉じる。その動作を何度も繰り返す唇は渇き、喉の奥から何かを出そうとしてそれでも出てこずにつっかえている。

 そっと彼女から手を放す。

もう、彼女は死のうとはしていなかった。


「…………本当に、それでいいの?」


「……正直、オレにも分からない。オレ自身だって、自分の罪を償い切れずにこうして生きてるんだからな」


 そう告げると、レイラは一瞬だけ驚いたような、少しだけ悲しさそうな顔をした。

 だが、「うん、うん」と何回か頷く。

 そして、真っすぐとこちらを見た。


「…………ごめんなさい、二人とも」


「謝罪より感謝が欲しいですわね?」


「奇遇だなリア、オレもそう言おうとしてた」


 二人で笑う。

 レイラは、オレたちの顔の間で視線を左右させると、小さく笑った。

 そしてそのままこちらへ飛び込んでくる。


「うお、レイラ!?」


 飛び込んできたレイラを二人がかりで慌てて受け止めるも、そのままバランスを崩して大地に倒れ込んでしまう。


「……ありがとう。ワタシ、生きるよ。生きて、ワタシに償えることがないか、探す」


「ああ。そうだな。オレたちも手伝うよ」


「三人揃って、失せ物探しですわね」


 まったく、奇妙な奴らが集まったものだ。

 そう内心で悪態をつきながらも、どこか、悪い気はしていなかった。


 きっと、この感情は――――――――


 いいや。

 今は、彼女たちとの関係をそう定義しておくのはやめておこう。


 目的と道を同じにする、同舟の者たち。

 今は、それでいい。


 そう一人納得させて、オレは何もない空を見上げる。


 青い。

 何もなく、それでいて、どこまでも遠くまで、青い。


「やっぱりな」


 オレはまるでそれを自分だけが知っていることかのように自慢げに呟いた。


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