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185、沼地の行軍

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 一夜明け、オレたちは湿地帯に足を踏み入れていた。

 レイラの能力の一件もあったため彼女に乗って移動するという案は却下し、オレとリアで時折空を飛んで方向を確認しつつ、基本的には徒歩で移動するという形にした。

 おかげで移動スピードは決して速くはないが、それでも砂地からは脱したおかげで幾分歩きやすくなっている。

 ただ、それもそんなには続かないだろう。


「うおっ」


 思わず泥に足をとられてつんのめる。

 何とか倒れずに済んだものの、右足が数センチほど泥に埋もれてしまっている。

 あたりを見回しても丈の長い草が増え、ところどころに小さな池や沼が散見される。気候も徐々に湿気を帯びたものに変わってきたため、砂漠とは違う嫌な汗をかき始めていた。


「歩きづらいな……」


「あら、おぶって差し上げましょうか?」


「勘弁してくれ……齢17にして女子におんぶされて歩くとか、何かの罰ゲームか?」


 そうは言いつつも、明らかに行軍ペースが落ちているのは確かだった。

 リアは砂漠で足場の悪い場所での足さばきを学んだのか、難なくすたすたと歩いているし、レイラもこのあたりは慣れているのか特に苦も無く歩みを進めている。

 とどのつまり、オレが文字通りの足手まといになってしまっていた。


 なぁ、筋肉狂剣士と竜人相手に、ほぼほぼ一般人のオレがペース合わせなきゃいけないの無理ゲーじゃないか? ゲームバランスどうなってんだこのゲーム。

 このままではパーティ追放されてしまう、などとくだらないことを考えながらできるだけ歩みを早めようとするも、息が上がるばかりで足をとられることには変わらない。


「少し休みましょうか」


「いやっ……オレは、大丈夫……だ」


「……わたくしが休みたいので、休みましょう」


 そう言うと、リアは適当な倒木にこしかけた。

 レイラもそれに倣うと隣によいしょ、と腰を落ち着ける。

 彼女たちの気遣いであることは一目瞭然。

 オレもこれ以上意地を張っても仕方ないなと思い、大木に座ると、自分の分と彼女たちの分の水筒やエルピスで調達した果実を取り出して配った。


「このペースで、集落まであとどれくらいで着くんだ?」


「うーん……たぶん、丸4日ぐらい、かな?」


「おぅ…………」


 レイラから叩きつけられたそれなりに絶望的な事実に心がへし折られそうになる。

 これを後4日も続けるんですか?

 オレの足がただの棒きれになる方が早い。


 ……転移魔法を急いで習得しないと死ぬな。


 思わぬ必要に駆られてしまいげんなりとする。

 だが、1、2日で習得できるような代物ではないだろう。流石に、自然現象を引き起こすのとはわけが違う。もし科学的なアプローチで実現しようものなら、それこそ数百年は時代を進めないと出てこない……もしかしたら永遠に生まれえないかもしれない事象だ。


「ひとまず、訓練だけはしておくか…………」


 恐らく、魔力操作を応用してしまえばいいのだろうが、いかんせん応用の方法を見つけられていない。重力魔法はかなり魔力操作の感覚に近いことをしていたので、そこから糸口を見出すしかないだろう。


 まあ、いずれにせよオレの足は棒きれになるのであろうが。


「あ、いいこと思いついた」


 オレの独り言に、二人がきょとんと首を傾げた。

 魔法で足を沈みにくくすればいいのでは。『不可触の王城(アイソレスフォート)』を足裏にだけまとわせて、接地面積を大きくすれば沈みにくくなるはず……何ならこのまま移動できるのでは?

 魔力消費も、足裏だけしか展開しないのであればそこまでひどくはないはず。


 ……まあ、何時間もぶっ続けて移動するのは厳しいだろうが。


 それでも幾分かのスタミナの節約になるはずだ。


「本当に便利ですわね……アナタの魔法は……」


 少しだけ羨ましそうな視線を向けて来るリアを見て、「いやいや」と手を振る。


「そもそもお前らみたいな体力があれば、こんなことしないでも歩けるから、そっちの方が羨ましいが」


「わたくしがどれだけ力持ちでも、きっとアナタの方が出来ることは多いですわよ」


 魔法の汎用性を否定はしないが、逆に言えば魔法に頼らないと何もできないのが問題だ。


 まあ、魔法も出来て身体も動かせる龍ヶ城輝政くんっていう化け物が身近にいるんですけどね? そこまで身近でもねぇか。


 脳内でくだらないことを考えて水筒の中身をぐい、っと飲み干すと、名残惜しい倒木にさよならをして立ち上がった。




 それから、特にアクシデントもなくただ沼地の行軍は続いた。

 結果から言うと『不可触の王城(アイソレスフォート)』を足裏に纏わせる作戦は功を奏し、オレの機動力アップによって行軍速度は目に見えて上がった。


 だが、もう1つの方、空間魔法の訓練については何の進展も得られずに空転し続けていた。

 魔力操作で場の魔力を歪ませたり、強引に縮めたり伸ばしたりをイメージしてはいるのだが、それで動くのはあくまで空間内の魔素に過ぎない。

 大体、空間って何だよ。

 数学的やら物理的な意味で、空間というものが定義されることは、どこかで聞いたことがある。だが、それが実際にどのような形で定義されるものなのか、オレには皆目見当もつかない。


「空間……領域……広さ、距離…………うーん……」


 歩きながら、ぶつぶつと一人で連想ゲームを続ける。

 そもそも「空間を操作する」というのが、イメージしづらく、あまりに広範な対象を指している。


 もう少しだけ絞って考えるべきか?


 たとえば、特定の領域を通るあらゆる存在の流れを歪ませる、とか。

 粒子や音波、光、エネルギーなどいろんなものが空間内には存在するわけだが、これらを全て歪ませることが出来れば、それは空間を歪めたことにはならないか?

 そもそも重力操作自体が空間の歪みという話もある。


 それなら、重力を操作する要領で空間を掴んで引っ張るイメージで――――


「待って」


 レイラが急に立ち止まる。

 ぼーっと歩いていたオレは急停止したレイラの背中にそのままつんのめってもたれかかってしまう。

 慌てて手を離すと、レイラがきょろきょろとあたりを見渡す。


「何かの気配がしない?」


「…………ええ、しますわね。それも、複数。恐らくは……魔物か野獣……でしょうか?」


 リアとレイラが周囲を警戒しつつ、気配を探っている。


「確認するか。『領識(エリアライズ)』」


 場に魔力を浸透させ、周囲の状況を認識する。

 すると、ここから30メートルと離れていない茂みに、複数の影が見える。

 輪郭から最も近い生物を当てはめるとワニ……だろうか。巨大な体躯を持つワニが、合計4体。尻尾の先は大量の棘が生えた球体が付いている。恐らくは魔物。


 『領識(エリアライズ)』を広げていくと、他の場所にもちょこちょこと生物の姿が見て取れる。無害そうな鳥類もいれば、ワニのような肉食の生物もいる。

 この様子だと、こっちに気付いてそうだな。

 幸か不幸か、オレたちは開けた場所を選んで歩いていたため、周囲からは丸見えだ。恐らく、あのワニたちにも気づかれているだろう。


「……オレの向いてる方角から北東の方向に尻尾がとげとげのワニみたいな魔物がいる。見覚えはない種類だが、恐らくこちらに気付いている。このまま進むと接触する可能性が高い」


 オレの説明にレイラは少しだけ考える素振りを見せた。


「…………おかしいな」


 レイラの呟きに、疑問符を浮かべる。


「どうした?」


「ううん。その特徴だと、そのワニはスパイクアリゲーターだと思う。ただ、彼らの生息域はもっと東のはずなの。どうしてこんなところに……」


 レイラの言葉を受けて改めて観察する。

 すると、おかしなことに気付く。


「……何体かいるんだが、一部のやつが尻尾が無かったり、体に欠損がある。群れを追い出された個体じゃないのか?」


「可能性は低くないと思う……けど、うーん……」


 オレの言葉を否定しないまでも、レイラは顎に指を当ててうんうんと唸っている。

 恐らく言語化が難しいながらも彼女の中に違和感があるのだろう。

 その違和感は恐らく彼女が長らくこの土地に住み続けたからこそ得られたもの。それを気のせいだと一蹴するのは些か楽観的に過ぎる。


「もう少し東の方まで見てみるか――――」


 『領識(エリアライズ)』をさらに広げ、スパイクアリゲーターの生息しているという東の方まで広げていく。

 その作業の中、『領識(エリアライズ)』をどこまでも広げていけることに自分でも驚く。

 これまではたかだか半径100メートル範囲内ぐらいにしか『領識(エリアライズ)』を使っていなかった。だが、どうやらオレの魔力を以ってすれば、『領識(エリアライズ)』の範囲は相当に広げることができるらしい。

 概算で2キロメートルほどは広げられただろうか。

 遠のくにつれて徐々に情報にノイズが混じっていき、やがてぼんやりとした像からは何も得られなくなる。

 そのあたりの情報を得ようとして、ぐわん、と視界が揺らぐ。


「っ…………」


 生い茂る草木、生命の蠢き、湧水する池沼、それらの情報が一気に脳内に流れ込んできたことで一瞬だけ思考が麻痺する。

 広範囲の情報を一気に取得しようとした結果、脳の処理を超えたのだろう。

 一部の処理を『世界樹の智慧(ルート)』に肩代わりさせられるとはいえ、結局最終的にオレの脳に入ってくる以上、処理できる情報量には限度がある。


「大丈夫ですの?」


 リアの心配そうな声に、頷きを返す。


「問題ない。少し急ぎ過ぎた」


 そう言って、情報を一部分一部分ずつ切り取って取得していく。

 東の方は今いる場所よりも水域が広がっているようだ。

 川や池が多く見える。それに合わせて水棲生物の数も多い。


 だが、特に変わった様子は見られず、さらに先の方も――――


「なっ…………」


 巨躯が、そこにあった。

 人と牛を混ぜたような巨大な人型の魔物。赤い肌と雄々しい牛角を併せ持ち、筋骨隆々な腕は丸太よりも太い。

 恐らくはミノタウロス。

 3メートルはありそうな巨体を持つ、正真正銘の化物だ。

 だが、オレの驚きは奴のその威容によるものではない。


「――――何だよ、これ」


 ミノタウロスは沼に膝から下が埋まった状態で屹立していた。

 体を身じろぐことすらせず、ぴたりとその場で静止している。


 そして、何よりの異常は、その胸部。


 ぽっかりと、型抜きでくり抜いたかのようなきれいな穴が開いていた。

 傷口、というには切断面が整い過ぎている。

 まさに、ぽっかりと開いた「穴」と呼ぶほかない。

 それが奴の絶命の原因であることは、火を見るよりも明らかだった。


「どうしましたの?」


「……魔物の変死体だ。ミノタウロスが、心臓をきれいにくりぬかれて死んでる」


「心臓を…………」


 レイラは少し考える素振りを見せたが、心当たりがなかったのか首を横に振った。


「ひとまず、スパイクアリゲーターの件も含めて、あまりあっちの方には近づきたくねぇな。少し西側に寄って移動しないか?」


 オレの提案にリアもレイラも異の無い様子でこくりと頷く。


 何か、嫌な予感がする。


 よく分からない焦燥と不安が、首の後ろのあたりをちりちりと焼き続けていた。


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