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18、再びダンジョンへ

ダンジョンに行くたびに思い出が増えていく


「おらおらおらぁ! やっぱ余裕だべ!!」


「ひゃっはー!」


「ほーれ! ほーれ!」


 剣撃と魔法が飛び交い、幾重もの爆音が洞窟内にこだまする。

 若干一名、世紀末な叫び声を上げているのがいるけどそんな様子で大丈夫か? ――大丈夫だ、問題ない。

 などと、内心でくだらないモノローグを流しながらもげんなりとした表情を浮べる。


 オレとイジメっ子三人組は特に何の苦労もなくダンジョンにもぐりこみ、現在9階層までその足を進めていた。

 これで意外なことに東条、柏木、入江は剣術魔法ともにそれなりに秀でており、三人で組んで動いていると低層の雑魚モンスター相手では敵にならない。モンスターがゴミのようだ。

 かく言うオレはそんな三人を適当に誉めそやして調子に乗らせつつ、後ろをついていくことで楽にここまで来られているのであるが。


 まあ、といってもこの三人は10階層への道を覚えていないのでそこはオレが完全記憶能力を以って誘導しているから、別に全く仕事が無いわけじゃない。荷物持ちもしてるしな。

 実際にはお前手ぶらじゃん、とか言うのは禁止の方向で。白鳥は見えないところでバタ足をするんだぞ。

 そんなこんなでそつなく魔物を倒し、10層に進む階段が見えてきた。

 ここまで順調なのにオレがげんなりとしている理由はお分かりだろう。


「お、もう少しだべ! ゆうとっち、疲れてない? 大丈夫だべ?」


「おまえ、あんまいってやるなよ!」


「「ぎゃははははは!」」


 人をいじることで楽しみを得るこいつらの性格はやっぱり好きにはなれない。今は利害の一致から一緒に行動しているが、これが終われば金輪際関わりたくない人種だ。

 そんな笑い声に耳を塞ぎながら、オレらはいとも簡単にあの悲劇が起きた、10層に足を踏み入れた。



「おお! 水晶けっこう落ちてるべ!」


 東条たちがそこらに散らばっている水晶を目を皿にして拾い集めている。

 オレはそんな彼らを横目に、某モンスターハウスの横穴前へと来ていた。

 あの悲劇が繰り広げられた会場。勇者らを恐怖と絶望のどん底へと叩き落し、春樹の命すらも掠め取っていった。

 だが、その会場への門戸は閉じられていた。オレの淡い期待を嘲笑うかのように土石で埋められており、奥に進むことはできない。


 土魔法で掘るしかないか……?


 だがあてずっぽうで掘り返したところで、この莫大な岩石たちの中から目的のものを見つけることができるのだろうか。

 考えるまでもなくその可能性は低いだろう。

 もし掘削をしたいのであれば、それ系のスキルや探知スキルが必須だな。


 春樹の遺品はまた次の機会か……


 そう結論づけ早々に諦める。オレは小さくため息をつき、そのまま重い足取りでかつて横穴だったくぼみから出る。


 そんな暗い雰囲気のオレとは違い、東条たちはホクホク顔だ。

 思った以上に良収穫だったのだろう。その脇にはそれなりの水晶や宝石の原石と思しきものが積まれている。金銀財宝ざっくざくってやつか。金銀はないけど。


「んじゃ、これゆうとっちの分な」


 そう言って山積みにされた水晶のうち、お世辞にもきれいとは言えない石の一つを渡される。

 どうやら、この一つがオレの取り分らしい。こいつは山分けって概念知っているんだろうか。いや、まあ一応山を分けてはいるわけだがら、言葉の原義的には間違ってはいないのだが。

 まあ、オレは別に元々お宝目当てで来てないから構わないが、少々腹立たしいといえば腹立たしい。こいつらオレがいなかったらもっと大荷物なんだからな? そこんとこ理解して感謝しろよ、おい。オレは偉大なる荷物もちぞ?


 などという態度も表に出すことはできず、オレは軽く「どうも」とだけ言って水晶を受け取る。近くで見ると紫紺色の鈍い輝きを放つ石だ。このあとこの石がすごい力を秘めた魔石だったりするご都合展開無いですかね。無いな。


 そんなことを考えながらオレは東条たちの水晶も『持ち物(インベントリ)』にしまっていく。

 全部収納したあたりでふと思ったんだが、これオレがこのまま持ち逃げしちゃうとか考えないのかね、こいつら。そこらへんの発想ができないあたりが子悪党たる所以なのかもしれないが。


 ふぁ、と完全に気の緩んだ欠伸をする。

 今日は前回来たときよりもやけに魔物が少なかった。

 道中で大した危険もなく、三人のバカ騒ぎに当てられてオレも浮かれていた。


 だから、ダンジョンにもぐっているというのにオレは完全に油断していた。ああ、これを油断と呼ばずしてなんと呼ぶのだろうか。


 ――――そして、その油断は大敵を招く。


「痛っ! あ? なんだ?」


 柏木が尻もちをつき、不機嫌そうな声を上げる。


「ぎゃはは! 何こけてんだよ!」


 東条と入江がそれを見て笑いこける。

 何かつまずくような突起があるようにも見えないし、敵の姿も見えるわけではない。呆れて柏木たちに背を向けて、さっさと帰ろうと歩みを進める。

 ただバランスを崩して転んだのだろう、そう結論付けようとしたところで、


 グシャリ、


 と嫌な音が鼓膜を叩いた。


 直後に聞こえたのは、男の悲鳴。だが、その悲鳴を塗りつぶすように、もう一度だけ、果物を潰したような嫌な音が、耳朶を揺らした。


 刹那。背筋を寒気が走る。

 否、寒気などという曖昧なものではない。もっと明確な恐怖が背中を這い上がっていった。

 何が起こっているのか認識したわけでも、理解したわけでもない。ただ、直感が、本能が、危険を告げていた。


「……嘘……だろ……?」


 言葉にならない息のような声が口から漏れ出る。

 オレが寒気を感じたとほぼ同時。先ほどまでバカみたいに騒いでいた声が、全く聞こえなくなっていた。

 恐る恐る、先ほどまで東条たちが騒いでいたほうを振り向く。


「う……ぁ」



 そこには、かつて人間の姿をしてしゃべっていたはずの――――真っ赤な肉塊が散らばっていた。


 その肉塊はまるで何かに押しつぶされたようにグシャグシャに潰れ、あたりにその破片を散らばらせている。


 赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤――――


 脳内をただそれだけの文字列が埋めつくす。


 目の前の光景を瞬時に理解するには、オレの脳では経験が、思考力が、精神力が、あらゆるものが足りなかった。たとえ足りていたとしても、脳が理解することを拒んでいただろう。


「うぷ……」


 昼過ぎに食べた食事が胃の中から逆流しそうになる。

 だが、吐いている場合ではない。

 こいつらを、こんな姿にした元凶がまだ近くにあるはずだ。早く逃げなければ。


 オレの冷静な思考はうろたえる暇も、迫る吐き気を呑みこむ暇も与えてはくれない。

 恐怖に震える足に鞭を打ち、飛び跳ねるようにその場から離れる。

 ブォン! と、一瞬前までオレのいたところを何かが通り過ぎた。風を切る音のみがただただオレの恐怖を煽る。

 「何か」は赤い軌跡を残しながら地面を穿ち、爆音とともに凹みを作った。その余波が前髪を撫で、冷や汗がにじむ。


 死が、その冷たく白い手をオレの首にかけようとしている。

 感じた寒気はいつしか熱へと変わり、体の奥底が熱された鉄のようになる。


「くっそ、やっぱ何かいやがる!」


 東条たちの死を認識した瞬間、オレの頭をいくつもの仮説が過ぎった。あいつらがああなった理由。一つ、認識不可の罠。一つ、認識不可の魔物。一つ、急性の病。一つ、魔力の暴走。一つ、何らかの魔術もしくは呪術。一つ、状態異常。一つ、別次元からの攻撃。一つ、神の裁き。一つ、実は死んでいない。


 そんな数々の仮説に対し、あらゆる対策を巡らせる。だが、今のオレを狙う動きで確信した。


「透明化スキル持ちの魔物か……!!」


 恐らくオレの持つ『隠密』の上位互換にあたるのだろう。完全に自らの姿を認識できなくする能力。

 オレが避けられたのは、あいつの振るった攻撃に、東条たちの血液が付着していたからだ。かろうじて何かが赤い輪郭を保っているのを視認できたから、避けることができた。もし、あいつらと少しでも位置関係が変わっていれば、殺されていたのはオレだ。


 不可視の敵が眼前にいるという恐怖。

 紙一重で自分が死んでいたかもしれないという焦燥。

 

 それらの感情がないまぜになって、冷静にあろうとする思考をかき乱した。


 人間は認識できないものに本能的に恐怖を抱くという。幽霊や暗い夜道を怖がるのもそれが理由だ。だが、幽霊や暗い夜道のように不確かなものではなく、目の前の何かは間違いなくオレへの殺意を、そしてその死を実現しうる力をもっていた。


 オレの狼狽を許す暇もなく、「何か」は風を切り、オレをすりつぶさんとしてくる。

 全力で後ずさるたびに、轟音とともに岩肌がえぐられ、土ぼこりが舞う。既にオレの体には飛散する小石によっていくつもの切り傷や擦り傷が出来ていた。


 現状の分の悪さに舌打ちを漏らしつつ、どう相対するかを考える。

 今はまだ適当に跳んで避けることが出来ているが、何度こんな幸運が続くかは分からない。血液もほとんどが吹き飛び、輪郭も見えづらくなってきた。


 恐らく、後数手で詰められる。

 何とか思考をつむごうとするが、そのたびに「敵」の攻撃に思考を中断される。


 思考――――中断……


 思考―――――――中断


 思考―――――――――――


 そうして敵の攻撃の余波で、吹き飛びながら一つの解法にたどり着く。


 転がった姿のまま叫ぶ。


「くっ……不可視なら……見えるようにすりゃいいだろっ! 『泥弾(マッドショット)』!」


 土魔法の応用である泥の玉を全方向にぶちまける。

 この攻撃自体に攻撃力はほぼない。いや、魔物相手ならば0に近似できる。


 だが、透明化をしてもそいつが実態さえあれば泥を被ればどうなるか。


「――――見つけたぜ。透明野郎」


 そこには、体中が茶色く泥まみれになった3mほどの巨人のシルエットがあった。

 茶色いシルエット。輪郭だけだというのに、肥え太ったその魔物の醜悪さが伝わってきた。

 泥の強襲に若干ひるんだ巨人が眼前に聳え、こちらに相対している。

 だが、その巨人は自分の姿が丸見えになったというのにも関わらずすぐに愚直にオレに向かって走ってきた。

 どうやら、知能はそれほどでもないようだ。

 オレはその様子を見てほくそ笑む。


「ばーか、頭のできが違うんだよ」


 その言葉に、魔物を悪罵する意思はほとんどない。

 むしろその言葉に込められていたのは、自己への鼓舞だ。


 巨人を討伐すべく、魔法を発現させる。


「――――蒼き意志よ、遍のしがらみを断て。『蒼斬(アオギリ)』!!」


 手の平から放たれた水のレーザーが眼前に迫る巨人を斬る。

 全てを断ち切らんと走る水は、けたたましい音を響かせながらその勢いをとどめることなく部屋の壁をなで斬りにした。


 遍絶つ水の剣。などと言うのは気障過ぎるだろうか。要するに、水圧カッターの要領だ。


 ダイヤすら切り裂けるような切れ味の水で斬られた当の巨人は、自分の身に何が起こったのか分からないといった様子で前に走り続けようとする。


 だがそれは叶えられない。


 ズルッという肉のすれる音とともに上半身だけがゆっくりと前に落ちてくる。


 一瞬。ほんの一瞬、巨人は自分が切られたことに気付かなかったのだ。

 そんな漫画やアニメでしかありえないような出来事が現実に起こっている。その事実が魔法という現象の埒外さを雄弁に物語っていた。


 巨人は轟音を立てて倒れ、泥と大量の血液をぶちまける。

 それをオレは大した感慨もなく、風魔法で防ぐ。

 喘ぐ息と、太ももの震えを押さえつつ回りを見回す。

 ものの数秒のうちに、騒がしかったその場に立っている生者は、オレ独りになった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 鉄と泥の臭いがあたりに充満し、オレの胃の中をかき回す。

 真っ赤に染まった世界は、オレの頭を揺らし、そして喉に渇きを与えていく。

 既にどの破片が誰のものなのか分からないほど死骸がぐちゃぐちゃに混ざってしまっていた。

 赤と茶、そして黒の絵の具をぶちまけた、歪な絵画のようだ。


「…………」


 オレはそれらに無言で火を放ち、全ての死骸や肉塊を燃やしていく。

 まるで、そうすることが当然であるかのように。ただ淡々とその作業を行う。

 流石にダンジョンのど真ん中にこんな死骸を残してはいけない。


 ……ついぞ、オレは彼らの死に悲しみや感慨を抱くことは無かった。


 その事実に首を傾げるとともに、何故だか幾ばくかの焦燥感を感じる。

 春樹のときはあんなにも鋭利な痛みが胸を刺したというのに、彼らの死を目の前で目の当たりにしても、大して何かを思うことはなかった。

 ただ、自分はああはなりたくないと。それだけが頭を過ぎった。それだけだ。


 人は簡単に死ぬ。


 この世界ではかくも人の命が軽いのか。

 元の世界であれば、人が死ねばやれ事故だ、やれ殺人だと責任の行く末やらその賠償やらで様々な紛糾があったが、この世界ではそんなものもほとんど無いのだろう。


 燃え上がる橙色の炎と黒い煤煙を見据えつつ、そんなことを考える。

 いつ、オレがこの炎の中に葬られるか分からない。いや、もしかしたら、死んで弔われることすらなく腐敗を待つだけの虚しい死に方をするかもしれない。

 そう考えると幾ばくかの恐怖を感じる。

 だが、今目の前で起こったことは所詮他人の死にすぎない。それで、オレの人生が大きく変わるわけでもない。元の世界でも毎日何百、何千という人がオレの知らないところで死んでいたはずだ。それがたまたま今回は目の前で死んだに過ぎない。


「……おぇ……」


 肉の焦げる臭いが鼻をつき思わずえづく。

 ……この臭いは、ちときついな。


 いくら目の当たりにした死という存在に理論武装で対抗しても、生理的な嫌悪感を拭いきることはできなかった。人並みの感性を持ち合わせている以上、このグロテスクな光景に吐き気を催すのは当然と言えた。

 漂う死の臭いから思考をすらすためにぼんやりと火を見つめながら、自らの死について考えを転がす。


 ……死んだらそのときだ、とオレは思う。

 死は世界を認識する自己の消失だ。それならば、自らの死を恐れ、悼み、後悔する念も、死んでしまっては立ち現れることはない。であれば死の何を恐怖としようか。

 ある意味、死と縁遠い世界に生きてきたからこそできる死を軽んじた考えではあるが。我ながら淡白すぎる生死観だと思う。


 そんな風に思考をめぐらしていると、次第に彼らを弔う火もその勢いを無くし、あたりは炭と灰で灰黒くなっていた。その灰を見てオレは何を感じているのだろうか。

 火が弱まるとともに、先ほど感じていた焦燥感も鳴りを潜めていった。

 残り火に水をかけて。両手を合わせる。

 一応、同郷のよしみだ。拝むぐらいはさせてもらおう。

 数秒ほど、目をつむり若くして死した彼らに祈りを捧げる。


 その輝かしく希望に満ちた未来を閉ざされた青年たちは、死の瞬間何を思ったのだろうか。異世界に呼び出されるなどという不運に見舞われ、理不尽に飲み込まれた彼らは一体何を。


 願わくば、彼らが何も感じずに死んでいたのならばいいのだが。


「……よし、行くか」


 そう思い切りをつけ、10層を後にする。そうやって口に出さなければオレの背に追いすがる何かに、踏ん切りを付けられそうになかった。


 やはり、ダンジョンはダンジョンだった。オレの思っていた以上に。


 その機構は、慢心した強者たちをいとも簡単に刈り取る。

 数多くの冒険者たちがその命を落としてきたのだ。オレたちであっても例外ではない。

 そんな当たり前のことを身で感じながら、オレは出口を目指し黙々と歩みを進める。



 まるで、何かから逃れ、安寧の霧に身を紛らわせるようにして、ただ、歩いた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その晩、三人組がいないことに気付いた騎士団および勇者の面々がおおわらわで捜索をしていたが、結局彼らが見つかることはなかった。


 街の人や衛兵の証言で、彼らが何やら街の外へ出たらしいということは分かったが、そこから先の彼らの足取りをつかむものは誰もいなかった。

 オレは傍観を決め込み、彼らの死について告げることはなかった。

 こんなに短期間で同胞が何人も死んでいたら勇者たちの心は間違いなくへし折れる。それはまずい。もしオレたち勇者全員が戦えない役立たずのレッテルを貼られたら、今すぐ野に放り出されても文句は言えまい。なぜなら、この国や騎士たちにとってオレたちは兵器にすぎないのだから。

 だから、彼らの士気をそがないためにも、もしかしたら生きているかもしれないと思わせておくのは重要だ。人間は、目の前に二つの可能性があれば総じて良いほうを信じるものだからだ。


 案の定オレの考え通り、「あいつらのことだからどこかに遊びにでも出かけたんだろう」ということで、話がまとまった。 彼らがまだ生きている、などというのは誰がどう考えても無理のある観測的希望だが、それを積極的に疑おうとする狂人はここにはいない。


 幸か不幸か、あいつらは三人で人間関係が完結していたため、他の者たちが深く悲しむということはなかった。かなり薄情ではあるが。


「いや、一番薄情なのはオレか」


 自嘲気味に鼻を鳴らす。


 オレはいつものように宿舎裏に訪れ、芝生に寝転がって考えに耽っていた。


 ……あの場で、オレに出来ることがあったのではないだろうか。


 いや、別に彼らの死を惜しんでいるとか、そういうことではない。

 だが、春樹のときと同様に自分には何かをすることができて、その責任を果さなかったが故に不要に彼らが命を失ってしまったのではないか。そんな自責に駆られてしまった。


 もし、あの透明な魔物の存在に気付けていれば何かが変わっていたのでないだろうか。もしくは、彼らの実力を過信しないで、もっと自分が警戒をしていれば多少は違ったのではないだろうか。


 そんな、自分を責める声が脳内に反響し、自然とオレの顔を難しいものへと変えていく。

 だがいくら考えたところでオレの思考は結論を出すことはできない。そして、いくらオレが責任を背負おうと、死んだ彼らが戻ることはもう無い。

 そもそも、あの魔物は想定外だった。あんなもの、どの文献にも載っていない。恐らく、件のモンスターハウスの際に漏れ出た変異種の類だろう。


 はぁ。と短いため息を吐きながら、水魔法で体の周囲にいくつもの泡を浮かせる。


 とくに目的も無くそれを風魔法で上下左右に動かす。

 こうして魔法を複数並行使用すると、脳のリソースがそちらに割かれ妙な思考に手間取られる必要もない。それゆえ、考えが煮詰まったときはよくこうやって魔法で思考を一旦切るようにしている。


 ややあってからだろうか。


「ひゃんっ!?」


 と、かわいらしい声が後ろから聞こえる。

 寝たままで首だけをそちらの方へ向けると、顔を袖で拭っている凛の姿が逆さまに見えた。


「凛か。どうした?」


 身体を起こすこともせずそのままの姿勢で声をかける。


「ゆーくん! これ何!?」


「ん? 見ての通り泡。ああ、純水だから別にベタついたりはしないと思うぞ」


 そう返事を返しつつ、指パッチンをして周囲に無数に飛んでいる泡を一斉に消す。やべぇ、なんか今のモーションちょっとイケメンっぽくない? 僕もついにイケメンの仲間入りかな? かな?

 顔に少しばかり飛沫がかかったのを拭いながら上体を起こす。


「むぅ……やっぱり、ゆーくんってすごいね……わたしにはまねできないよ……」


 そう言いながら凛が肩を落としつつ、しょぼんとする。いつものネガティブが始まった。


「逆に考えてみろ。オレはお前の結界術や近接戦闘なんかは一切真似できないだろ。世の中、適材適所、人には人の適正ってもんがあるんだ。別にオレは、テレビの向こうでアスリートが世界記録を樹立してんのを見て、自分の無力さを嘆くような真似はしないし、それはするだけ無駄だ」


「うーん……そうかなぁ……」


「そういうもんだ。ま、別にだからといって向上心や努力を否定するわけじゃない。改善できる可能性があるなら、それを改善しようとするのは何ら悪いことじゃない。最善を尽くすのはいいことだ」


 そう放った言葉にちくりと胸が痛む。

 オレにそれを言う資格があるのだろうか。


「……わかったよ……とりあえず、考えすぎないようにしてみる」


「おう、そうしとけ」


 こいつは、足手まといや人より劣っているということにやけに敏感だな。

 だからといって、自分に才能があるとか、何でもできるとかおごっているわけじゃない。

 自分に力が無いのを理解していながら、そのことに不安や恐怖を感じるのか。


 織村凛という少女はオレの思っている以上に、その内に人知れず自己矛盾を抱えているのかもしれない。


「あのさ、ゆーくん。あの三人のこと、何か知ってない?」


 唐突に凛が本題を切り出してくる。その表情にはいつものだらしない笑顔は無く、真っ直ぐとこちらを見つめる真剣な色が窺える。まるで、心の奥底を見透かすかのような。

 だから、オレは。


「……さあな。大して仲良くなかったし、知らないな」


「……そか。そう、なら、いいんだ。……まー! ゆーくんは友達が少ないからね! 仕方ないなぁ……わたしがいないとダメなんだからぁ」


 そう言いながら頬を染めてチラチラとこちらを見てくる。

 う、うぜぇ……


「いや、別にお前と友達になった覚えはないんだが……」


 そう言いながら頬を掻くも、凛はどこ吹く風といった様子で続ける。


「うーん……そうだ! 明日、一緒に街に行こうよ!」


 そう言う凛の姿が、少し前の春樹の姿と重なって、オレの心を締め付けた。


「あー……別に、いい。龍ヶ城たちのグループと行って来いよ」


 そう言いながら笑いかける。


 凛は一瞬、本当に一瞬だけ、辛そうな表情を浮べたがすぐにいつものように表情を顔に貼り付けた。


「そっかぁ。……でも、わたしは諦めないよっ! 絶対にこの逆ナンを成功させてみせるっ!」


 逆ナンされる身にもなって欲しい。


 ……友達じゃないのだから、必要以上に付き合う必要もない。


「ま、じゃあ、今日も訓練始めますかね」


「了解であります! 教官!」


 ビシッ! と凛が敬礼をしたところで、今日も師匠と弟子の歪な魔法訓練が始まった。


思い出増えたね!

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