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173、復興と再起

「悪いな、兄弟」


「……いや、問題ない」


 ライセンの身体を『持ち物(インベントリ)』から取り出した毛布でくるむ。

 直接触れていいか分からないため、『不可視の御手インビジブルリアクタンス』越しに作業を行う。ただ、体中の水分が抜けきったような干からびた獣人の身体は、あまり質量を感じない。慎重に作業しないと、ぽろりと体の端から崩れていきそうであまりに矮小に見えた。


 ウォシェとセーニャは既に毛布でくるんだ。

 二人の遺体を見た時に一度胃の中身をぶちまけたが、吐きすぎてもう胃の中には何も残っていない。黄色い液体だけがびちゃびちゃとあたりを汚しただけだ。喉と胸の痛みがひどい。胃酸で焼けたのだろう。


 そのあとも吐き気をこらえながら何とか二人を『持ち物(インベントリ)』にしまう。

 『持ち物(インベントリ)』にしまえてしまうことで、彼らが既に生命を失った抜け殻なのだと改めて思い知らされる。

 彼らに一体何の罪があったのだろうか。

 罰されるべきはオレの方だというのに。


「…………俺ぁ、何もできなかった」


 膝をついてバートルが懺悔する。

 そんなことはない、と否定する安易な言葉は喉元で引っかかって出てこない。


「……悪ぃ、ララネーア……ウォシェとセーニャ、それにライセンも……守れなかった……」


 バートルが号哭する。


 ただ、それを見守っていることしかできない。

 病室で心神喪失状態にあったウォシェとセーニャの母親。

 二人が死んだことを思うと、自我が無いのは不幸中の幸いなのかもしれない。

 そんなことを考えても仕方ないが、どうしてもそう思いたいと逃げに回る思考を止められない。


「………………くそっ」


 取りこぼしたのはオレだけじゃない。


 バートルだってそうだ。

 それに、この街にいる多くの人間が、何かを失い、何かを奪われてしまった。


 この号哭は、この街の嘆きだ。


 そして数分ののち、鼻をすするバートルがこちらを見てかろうじて笑みを作った。


「……悪かったな、兄弟。もう大丈夫だ」


「そうか。何ならもう少し泣いてていいんだぞ」


「ははは!! そうも言ってられっかよ。ライセンに盗賊団を任されたんだ。ちっとばかし気合入れねぇとな!」


 そうやって笑うバートルはいつも通りに見える。

 充血した目と痙攣する口元を除けば、だが。


「ひとまずこの状況だ。オレたちに出来ることをしよう」


 オレの言葉にリアやレイラも頷く。


「ああ、そうだな。うちの盗賊団も動ける奴がいれば駆り出すつもりだ。蓄えは少ねぇから物資的な供給はできねぇが、人力はどれだけあっても余らねぇだろ」


 バートルの言うとおりだ。

 大幅な人口減に、大量の死体の処理、巨大古龍に破壊された街の復興、悪化する治安の維持などなど……どう考えてもこのレベルの災害に対応する人材が不足するであろうことは目に見えている。


 今は、できることをするしかないな。

 そうやって、少しでも気を紛らわせなければ、肥大化した罪悪感に潰されてしまいそうな気がした。


----------------


 あの日から二週間が経過した。


 オレもリアもレイラも、ローウェンたちと協力しながら街の復興を手伝った。

 特にオレの魔法やスキルを使えば大量のガレキを除去したり、死体を運搬や処理もできる。フィリテンは煙たがっていたが、オレの復興への協力を見て流石にオレに対する思い込みの敵意は失われたらしい。

 街中ではフィリテンの責任を追及する声も多く、フィリテンの実効支配はほぼ失われてしまったと言ってもいい。意図せず奴を失墜させることになった。


 ライセン盗賊団の面々も、オレに与えられた怪我が治ったものから復興に従事し始めていた。アイリーンに眠らされていた団員もあの後目を覚ましたらしかったのは僥倖だった。恐らくは、身代わりとはいえアイリーンを倒したからだろう。

 街の復興は急速に進み、まだ通常運転とはいかないまでもようやく少しばかり前を向くための素地が出来つつあるような状態だ。


 ウォシェやセーニャの遺体も他の市民たちと同様に荼毘に付した。

 死骸が燃えたあとの灰が遥か天まで上り、そのまま風に乗って砂漠へと飛んでいく。

 数多くの悲しみと絶望を乗り越えて、前を向こうとするエルピスの民に少しばかりの羨望を覚えた。


 オレは、決して過去を割り切れていないのだから。


 そして今日、オレは改めてフィリテンの邸宅に呼ばれた。


 前回の邸宅とは違う場所だ。

 彼の本邸は古龍の頭部付近にあったため、古龍の復活時に崩れてしまったらしい。

 そのため以前よりもかなり質素なつくりになっている。


「貴様のような危険分子はこれ以上ここに置いてはおけん。領主ガルドルフ・ロー・フィリテンの名を以て命ずる。三日以内に即刻この街を退去せよ」


 とだけ言い渡され、文句を言う間もなく屋敷を放り出される。

 リア、レイラと三人で顔を見合わせて苦笑しあう他なかった。


「はぁ!? 追い出し食らっただぁ!? あんのクソ領主、エルピスの救世主になんつう扱いを…………あの巨大竜を止めたのもこいつだっつってんだろ」


 目の前には義憤に猛るバートル。


「ええ、本当に申し訳ございません…………我が主の不始末を何とお詫びすれば…………」


 そしてその向かいにはひたすらに謝罪を繰り返すローウェンの姿があった。

 今、オレたちはレストランで同じテーブルを囲んでいる。

 この二週間、何だかんだとバートルやローウェンと話し合いをする場面が多く、気付けばこうして集まって情報共有をする程度の仲になっていた。


「このような状況で竜車の運行も通常通りにはなっておりません。エルピスから他の都市に行く手段があるかどうか……私の方でも何とか手配はしてみておりますがいかんとも。大恩人の方々にこのような処遇、全くもって許されることではありません」


 ローウェンがオレたちを大恩人と呼んでいるのは、もちろん復興に協力したり、街を救ったこともあるが、恐らく個人的な理由も大きい。


 リアたちが気絶させた暴徒の中に、ローウェンの妻がいたらしい。

 リアやレイラは暴徒化した民衆を決して殺さず、一人一人丁寧に気絶させて安全な場所に放り込んでいたらしく、おかげで他の市民に殺されることも、『黄泉蛍(ディペスト)』に触れることもなかったそうだ。

 やや棚から牡丹餅感はあるもののローウェンに恩を売ることになったわけだ。


「流石にうちからも竜車出してる余裕はねぇな……他の都市に行くならまだしも、ドラグニル沼地は完全に僻地だ。今は物資の輸送に全部充てちまってる」


「いや、大丈夫だ。分かってる」


 急いでいないと言えば嘘になるが、強く要求できるような状況でないことも重々理解している。まだ復興途上にあるエルピスでは、他の都市からの物資の輸入が不可欠なのは事実。そこに竜車と御者の多くが駆り出されているのは、当たり前だ。


「っていうかよ、これはずっと気になってたんだが、そっちの嬢ちゃん、竜人だったのか?」


 バートルの視線の先にはレイラ。

 先ほどから美味しそうにフルーツの盛り合わせと格闘している。まあ、格闘というよりはレイラによる一方的な蹂躙なのだが。


「え、うん。たぶん?」


 きょとんと首を傾げるレイラにバートルはため息をつく。


「何で自信がねぇんだよ……翼生やして飛べるんなら、そっちの嬢ちゃんに運んでもらうのが手っ取り早いんじゃねぇか?」


 バートルの提案は尤もだ。

 もし最速での移動を考えるならレイラに運んでもらうというのは一理あるだろう。


 ただ、オレはまだ彼女を信用していない。

 否、正確に言うのであれば、彼女の権能が暴走する可能性をまだ捨てきれていない。

 あのすべてを削り取る消滅魔法が、竜の力に基づくものであれば、竜化に際してまた何か暴走状態になる可能性はゼロではない。彼女を操っていたのであろう紫色の水晶を破壊したいま、そうなる可能性は低いと思うが念のためだ。


 だが、あまりこの旅に時間をかけてもいられないのも確かだ。

 エルピスの追い出しに抵抗する術はいくらでもあるが、あまり民衆の不安をあおるのも頂けない。もし指名手配の魔導士が街に潜伏しているという風説でも流布されれば、復興の妨げになりかねない。


「レイラ。仮にオレたち二人を抱えるか、背中に乗せて飛んだ場合ってどれくらい飛べる?」


「うーん……完全に竜化していいなら、けっこう飛べるよ? たぶん、丸一日ぐらいなら飛べるかも。ちょっと疲れるけど」


「いや、すげぇな……」


 改めて竜人の埒外さに唖然としてしまう。


「……ねえ、ユートくん」


「ん?」


「ワタシが乗せるから、飛んでいこ」


 レイラがした初めての提案に、少しだけ驚く。

 彼女は思い付きで言った風でもなく、真っすぐとこちらを見ている。


「けど……」


「分かってる。ワタシが暴走したりとか、ワタシにかかる負担とか気にしてくれてるのよね? でも、それじゃダメなの。ダメだって、分かったから」


「それは…………」


 彼女の言葉の言わんとするところをオレは理解できてしまう。

 だからこそ彼女の言葉を簡単には否定できない。


「それに、ね。この街がこんな風になってしまったなら、きっとワタシの村はもっとひどいことになってると思うの。だから――――」


 レイラの不安そうな顔を見て、オレは自らの鈍感を呪う。


 ああ、そうだ。彼女とて不安じゃないはずがないんだ。


 何者かに洗脳されて、村がどうなっているかも分からない。

 信用できるかもわからないオレという男に連れまわされて、見ず知らずの土地を練り歩く。

 能力も使用を封じられ、ただただ不安に日々を連ねる。


 そんな中で彼女が、平然としていられるはずがなかった。

 彼女は楽しそうに食事をしていたのは、きっとオレを安心させるため。

 彼女が負の感情を表に出さなかったのも、きっとオレの不安を誤魔化すため。


 レイラの優しさに甘えて、オレは何も気づけなかった。

 彼女は、そんな不安に耐えてこれまでの一カ月以上の旅をオレと続けてきたのだ。


「――――――――ああ。そうだな」


 だったら今度はオレが彼女の不安を取り除く番じゃないのか。

 オレに出来るかは分からない。


 けれど、少しでもそうできるように。


「レイラ、明日の夜明け前にここを発つ。頼めるか?」


「っ……!! うん、任せて」


 レイラの確かな頷きを受けて、オレは小さく息を吐く。

 きっとオレ自身がレイラを信じきれていなかっただけなのだろう。


 それが結果として彼女の不安を招いた。


 また、オレは何も見えていなかったのだろうか。


 繰り返し自問するも、答えは出そうにない。


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