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170、悪意のカーテンコール

「…………悪い、遅くなった」


 リアとレイラに謝罪を述べる。

 見ればライセンとバートルもいるようだ。


「いえ、こちらこそ不甲斐ない限りですわ。あの女……いえ、今は男でしょうか、になすすべがなく手詰まりを感じていたところですから」


 今しがた吹き飛ばした男を見やり、状況を察する。


「なるほどな。アイリーンが他の人間を操ってるっつう理解で間違いないか?」


「人格と記憶を、自分のものに上書きする、とか言ってたよ」


 レイラの補足に「そうか」としか返せない。


 また埒外なことを…………


 倒れ伏した人々を見るに、恐らくはアイリーンの影響を受けた人間の中の一部が、アイリーンの人格を焼き付けられているのだろう。そいつらを倒しても、アイリーンに届くことはなく、この混乱が止まることもない。

 つまり、この場にアイリーン・ブラックスノウ本人はいない。


 と、普通であればそう考えるはずだ。

 だが、奴は尋常の思考をしていない。


「あの女が、この状況でただただ身を隠して待っているだけのはずがない。きっとどこかからこの状況を見ているはずだ」


 あの女はこの手の状況を楽しんで観ているはず。

 オレの巨大竜退治も見ていただろうことを考えると、このオアシスと巨大竜の亡骸を直線で結んだその線の付近にいる可能性は高い。かつ、辺りを見渡せる高い建物となると……


「……あんまりやりたくはないが、『領識(エリアライズ)』」


 空間に魔力を浸透させる。

 ここまで息を切らして自分の足で走ってきたおかげで、MPもそこそこに回復している。

 魔力の眼を飛ばし、建物を探る。


「――――ビンゴ。見つけたぜ、災媛の魔女」


 にやり、と口の端を歪める。

 ここから200mほど先の三階建ての建物。

 その屋上で、一人の女が逃げるでも隠れるでもなく佇んでいる。

 そして、その輪郭はオレの記憶にあるアイリーン・ブラックスノウのそれと一致している。


「リア、レイラ、ここから見えるあの三階建ての屋上だ。レイラ、悪いがまた運んでくれ。『領識(エリアライズ)』でアイリーンを補足し続ける。絶対に捕まえるぞ」


「うん、分かった!」


 レイラが再び竜の翼を生やしオレを抱える。

 リアはそれを待たずして矢のように飛び出した。


「兄弟! 俺たちぁ、どうすりゃいい!」


「契約通り、しっかり働いてもらうぞ! アイリーンはあの屋上だ! リアがもう向かってる!!」


 ライセンは獣のように姿勢を低くすると、そのまま跳ねるようにして地と壁を蹴ってアイリーンへと走っていった。


「おい、ライセン! 先走りやがって……だぁ、兄弟! 俺は戦闘能力はほとんどねぇぞ!」


「お前は念のための最後の綱だ! 隠れて、最悪の状況に備えろ!」


 言い終えるとレイラが翼を羽ばたかせ飛び始める。

 200mはあろうかと思っていた距離は一瞬で詰まり、すぐに金属の打ち合わされる音が聞こえてきた。

 屋上を上から見下ろすと、リアとライセンがひたすら一人の女に向かって攻撃を加え続けている。

 だが、そのすべては女に届くことなく直前で弾かれる。

 あれにオレは見覚えがある。


「結界魔法…………!!」


 凛の得意としていた魔法の1つ。


 女――――アイリーンを取り囲む結界のせいで、リアもライセンも手が出せずにいた。

 オレは屋上に降り立つと、アイリーンを睨みつける。


「あら、あらあらあら。何という、何という僥倖でしょう……」


 オレの存在を認めたアイリーンが恍惚に頬を染める。


「よもや、勇者様からお会いにきてくださるなんて。先ほどぶりでございますね?」


「は、オレはお前の顔なんぞ二度と見たくなかったけどな」


 結界を砕こうと猛撃を繰り返すリアとライセンなど視界に入っていないような調子で続けた。


「そのように悲しいことをおっしゃらないでください。私は、貴方様を心から理解できる、数少ない理解者…………お互いの底の、底まで知り合った深い仲ではございませんか」


「お前が無理矢理オレの記憶を覗いたんだろうが」


 アイリーンの吐く甘ったるい言葉全てに吐き気を覚える。

 生理的な嫌悪感だ。


「市民の洗脳を解け、アイリーン」


「まあ、そんなご無体な。せっかくの演目ですのに……」


 ちら、と屋上から下を見下ろすと、正気を失った市民たちがぞろぞろと建物の周囲に集まっている。さながらチープなゾンビ映画だ。


「何をふざけたことを――――――」


「賓客のお二人もお呼びしておりましたのに」


 どさ、どさ、と。


 虚空から何かが二つ、アイリーンの側に湧き出て地面に落ちた。


 いいや、何か、じゃない。二つ、でもない。


 二人の少年少女。

 見知らぬ顔であればどれだけ良かったか。


「ウォシェ、セーニャ…………」


 自分の喉から出た二つの名前に、オレは絶望と憤怒に顔が歪んでいくのを如実に感じた。

 ウォシェとセーニャは、首輪をはめられ猿ぐつわで口を封じられている。セーニャは泣きじゃくり目を赤くはらし、ウォシェも必死にもがいている。


「勇者様が懇意にされている稚児のお二人です。是非とも演目に加わっていただきたいとお誘いしたのですよ」


 つらつらと述べ奉るアイリーンに、オレは割れんばかりに奥歯を噛みしめた。

 だが、オレが怒りに声を荒げるよりも早く、激怒とともに結界に突撃した存在がいた。


「貴様ッ!! その二人に何をしたぁッ!!」


 怒り狂うライセンの猛攻は激しさを増す。

 ウォシェ、セーニャはバートルの知り合いだった。恐らく、ライセンも二人のことを知っているのだろう。そしてその怒りを見るに、その間柄は浅くない。


「ああ、恐ろしい獣が吠えていますね。勇者様、このお二人は貴方にお返ししようと考えています」


「だったら、さっさと引き渡せ」


 彼女の言葉を聞きながらも警戒を怠らない。何が目的でウォシェたちを攫ったのか。そしてわざわざオレたちの前に放り出すのか。ロクなことを考えているはずがない。


「いいですか、勇者様。貴方様は命を選ぶ立場なのです」


「は?」


 口から息のような疑問がこぼれた。


「すべてを救う、すべてに目を向ける……何とも美しく涙ぐましい努力ではありますが、貴方様はそのようなものに固執する必要はありません」


「……何を言ってるんだ」


 心底理解できない彼女の言葉に声が震える。


「この兄妹の首には爆発する首輪を付けてあります」


 アイリーンは事務的に告げると、かんかん、とアイリーンは二人の首輪を叩いた。

 一瞬だけ彼女の言葉が理解できずに言葉が喉でつっかえた。


「ふざけるな……!!」


 溜めた分勢いよく出てきた言葉は、自分でも予想外に強く場に響き渡った。

 人の命を軽んじている。ふざけているにもほどがある。


「助けられるのはどちらか片方だけ。こちらの鍵でしか解除できません」


 そう言うとアイリーンは、結界を解除する。


 そして、そのままオレに鍵を放り投げる。

 片手で受け取った鍵は思ったよりも重く、そして冷たい。

 放り出された二人にライセンが駆け寄り、一瞬のうちに猿ぐつわと拘束を外す。


 オレが鍵を受け取るよりも速く、リアの一閃がアイリーンの首を跳ねた。

 大量の血しぶきとともに、ごとりとアイリーンの首が大地に転がる。


 口から血を垂れ流しながら、アイリーンは首だけでたおやかに笑った。


「……さあ、貴方様に救えるのはただ一人だけ。お選びになってください」


 その頭をライセンが踏みつぶした。

 透き通るような邪悪な女の声はもう聞こえない。


 …………これで、終わりなのか?


 今、目の前で魔族の女は首を切り落とされて殺された。

 あまりにあっけない幕引き。だが、何か引っかかる。

 代わりに、何かを急かすようなチッチッチという規則的な音が二人の首輪から同時に聞こえてくる。


「ふざけるなよ…………両方助けるに決まってるだろ」


 オレは確固たる決意を以て、二人の首輪を『領識(エリアライズ)』で解析する。

 金属の枠に、機械的な機構が埋め込まれている。一か所だけ鍵穴を差し込む場所がある。かなり複雑で一見して構造を把握することは難しそうだ。なら、対象を絞る。爆発を引き起こす火薬と、起爆剤の同定。どちらかと機能不全にしてしまえば、爆発しないはずだ。


 ああ、くそっ、どれがどういう理屈なのか見当もつかねぇ。


 この手の機械的なデバイスは必ず合理性を以て設計されているはずだ。

 だが、この首輪にはそれが見られない。

 リバースエンジニアリングを極限まで邪魔するためのあらゆる手が尽くされているように感じる。


「どうにかならないのか!!」


 ライセンのいら立つ声にオレも声を荒げた。


「分かってる! けど、構造が検討もつかねぇんだから仕方ねぇだろ!! そもそも火薬の類なのかすら不明だ! 火薬なら湿らせたり温度を下げれば何とかなるかもしれねぇが、もし他の理屈で爆発するものであれば目も当てられない!」


 そもそも、強引に外せばいいんじゃないか? いや、強引に外そうとした瞬間に爆発する恐れがある。じゃあ、氷魔法で冷却して起爆しないようにすれば。起爆の原理が分からない以上、温度に関係なく爆発する可能性はある。『冬幻郷』もこんなにピンポイントな作業に使える代物じゃない。ウォシェやセーニャごと氷漬けにしてしまう可能性だってある。そもそもどちらか片方の鍵を開けた時点で、もう片方は爆発するのか? なら土魔法で鍵を二つ作って同時に開ければ――――


 くそ、くそ、くそ!! 考えろ。考えろ。思考を回せ。


「――――頼む、セーニャを助けてくれ」


 オレの思考を、ウォシェの声が止めた。


「アホ言ってんじゃねぇ……! 両方助けるっつってんだろ!!」


 そう言う最中も、規則的な首輪の音は鳴りやまない。もうあとどれぐらい猶予があるのかも分からない。早く結論を出す必要がある。


「時間がないんだろ。おれじゃなくて、セーニャを……!」


「でも、お兄ちゃん…………」


「いいんだよ。セーニャ、これで」


 いいわけがない。

 セーニャに笑みを浮かべるウォシェの拳は強く握りしめられている。その手の震えは気のせいではないはずだ。


 ああ、クソっ!!


「……この鍵の効果も、首輪の効果も不明だ。一旦セーニャに鍵を使って解除を試みる。ウォシェの首輪が爆発しないようにオレの魔法で可能な限り対処する。それでいいな」


 時間がない以上何かの結論を出すしかない。


「……ああ」


 ウォシェの頷きを受けて、セーニャの首輪に鍵を差し込む。


 かちゃ、と何かがハマるような音がしてセーニャの首輪の規則的な音がやむ。そして、そのままセーニャの首から首輪が外れ落ちる。


 同時に鍵が首輪から抜けなくなる。抜けるかを試している時間的余裕はない。


 歓喜の声を上げる暇もなく、ウォシェの首輪を魔法で冷却し、水で濡らし、『不可触の王城』で可能な限り覆った。爆発のダメージを低減できると信じて。


 それから数秒後、かちっ、とウォシェの首輪が嫌な音を立てた。


 そして、彼の首から首輪が外れ落ちる。


「な、んで……?」


 口から零れ落ちる疑問に、誰も何も答えることができない。

 ウォシェ自身もぱくぱくと口を開閉している。


 ……まさか、全部ブラフだったのか?


 オレたちに嫌がらせをするためだけに?


 あの女の思考が何も分からずに困惑しながらも、安心して変な笑いがこみ上げてくる。


「は、はは」


 思わず身体の力が抜けた。


「いや、そうか、そうか。二人とも助けられたのか……それなら良かった――――――」


 眼前で、ウォシェが血を吐いた。


 彼は、充血した目で喉を掻きむしりながら、膝をつく。


「…………は?」


 その吐息は、オレの口から零れたものではなかった。


 隣で、ライセンが茫然とした様子でセーニャを見ていた。

 ウォシェと同じく、血まみれになり、倒れ伏すセーニャを。


「………………は?」


 もう一度、口から零れた吐息が、いつまでも場に蟠り続けていた。


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