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17、事前準備で一波乱

主人公が冒険者ギルドに行くといったらこのイベントは欠かせない


 東条たちイジメっ子チャラ男グループに誘われ再びダンジョンにいく羽目になって一夜明けた。

 もしかしたら、春樹の遺品があるかもしれないという淡い期待のために、渋々了解をしたものの、未だに不安が残る。

 前回は勇者総出での探索に加え、騎士団の面々も同行していた。だが、今回はオレを含めて高々四人だ。前回と同じようにいけるのだろうか。あいつらはあまり深く考えていないようだが。


「……よし、準備はこんなもんか」


 そんな迷いと心配を抱きつつもオレは『持ち物(インベントリ)』を確認する。

 中には、数日分の水や食料、油やブランケットなどサバイバルに必要と思しきアイテムが数多く収められている。今まで全くといって使ってこなかった、騎士団から給付されるお小遣いをはたいて買い揃えたのだ。

 あいつらも、多少の水や食料などはオレに渡してきたが、高々一食分程度しかない。もし遭難でもしたら間違いなくすぐに飢え死にするだろう。勇者というチート能力を与えられているが故、ダンジョンを舐めているとしか思えなかった。


「……ついでに、冒険者登録もしておくか……」


 今後、勇者をやめて冒険者にでもなろうと考えている身としては早めに登録をしておいて損は無いだろう。何かあった際に、サポートを受けられるはずだ。

 それに、勇者という身分は何かと使い勝手が悪い。冒険者という使いやすい肩書きを得ておくことは、この世界で生きていく上で必ず役に立つ。

 そう思い立って、首都リスチェリカ最大の商店街を抜け、冒険者ギルドを目指す。

 商店街は多くの人でにぎわっており、この都市、ひいてはこの国が栄えていることが一目で分かる。様々な交易品なども見受けられることから、恐らくこの首都は文化や商業の要衝でもあるのだろう。単なる政治都市……ってわけじゃないようだ。


 んー……冒険者ギルドにこのまま行っても大丈夫だろうか。


 そんな不安が頭を過ぎる。

 冒険者というと荒くれ者たちのイメージが非常に強い。元の世界のフィクションじゃ美少女が冒険者やってるなんて場合もあったが、基本はむさくるしいおっさんたちの担う職業だろう。

 冒険者ギルドというと基本的に面倒なおっさんに絡まれて問題になる、ってのがテンプレ展開だろうが、それはあくまで物語の中のお話。気をつけて振舞っていればそんなおかしな展開になるわけでもないだろう。現実が小説より奇なるなどそうそう起こりえる事象ではない。

 そんなことを漠然と考えていると、冒険者ギルドの看板が見えてくる。

 大きな小屋のような建物だ。いや、「大きな小屋」というのも妙な表現なのではあるが。

 よく言えば洗練された、悪く言えば無骨なデザインが、この世界における冒険者とはどんな職業なのかを物語っている。


「よしっ」


 ふぅ、と息を吐いてからギルドに足を踏み入れる。


 ここから、オレの栄え栄えしい冒険者生活が始まるッ!

 

 そんなくだらないことを考えながら、輝かしい一歩を踏み出した。


「……よぉよぉ、毛も生え揃ってない坊主がこんなところに何しにきたんだぁ?」


「ぎゃははは! 言ってやるなよ! どうした? 迷子か、坊主?」


 ギルドに入った瞬間、酒臭いおっさん二人組みに絡まれた。

 なんで、オレが何もしていないうちから絡んで来るんですかね!?


「あ、いや、冒険者登録でもしようかと……」


 ああ、めんどくさい。どうあがいても絶望じゃねーか。何でこっちが何のフラグも立ててないのに、絡んで来るの? この世界のフラグ管理どうなってんの?

 などと内心で不満を垂れ流しながらも表面上は笑顔をくずさずに対応する。今こそ、場に合わせることこそが生き様の日本男児の底力を見せてやる。


「おいおい、なんだぁ? おれぁ酒呑みすぎて空耳でもきこえてんのかぁ?」


「ちがいねぇ! こんなガキが冒険者だとよ! なぁ!」


 そう言ってオレの肩をバンと叩く。

 それを受けてオレがよろめくと、場のほかの冒険者たちがどっと沸いた。

 よく見ると数名は呆れた表情で傍観を決め込んでいるが、大半は面白いものを見つけたといった様子でこちらをニヤニヤとねめつけている。


「じゃあ、オレは登録するんで失礼します。先輩方」


「おいおいおい、ちょっと待てよぉ。先輩への態度がなってないんじゃないかぁ?」


 そう言ってハゲ頭のおっさんが顔を近づけてきて、げっぷをする。

 酒くっさ!? こいつ昼間からどんだけ呑んでんだよ!? 臭いだけで酔いそうなんだが!

 オレは頬を引きつらせながらも懸命に表情を取り繕いカウンターへと進もうとする。

 だが、その二人組の冒険者が驚きのディフェンスを見せ、オレの行く手を阻む。なに、お前ら大学時代にアメフトでもやってたの?


「あの、通していただけるとありがたいのですが」


 あくまで、平静に、単調な声で告げる。

 だが、ニヤニヤした顔でこちらを舐めるように見るだけでオレを通す気はさらさらなさそうだ。カウンターの受付嬢もどうするべきかとオロオロした表情でこちらを見ている。


 困ったな……


 そんな風に頬をかきながらふと受付嬢の少し左に目をやると、この全体的に黒い背景のギルドの中で、異質な白が目に入った。

 それはまるで闇夜に浮かぶ白月のように、その一部分だけがこの場所にはそぐわないほどの儚い白さをたたえていた。


 雪のような白髪を降らせる一人の少女だ。


 オレの目を奪ったその白髪の少女は隣にいる若い冒険者たちに一礼をすると、こちらに振り向いた。

 腰まで伸びる長い髪だけでなく、肌も色白い。顔立ちは整っており、白い肌に紺碧の瞳がまるで宝石のように静かな輝きをはなっている。背丈は145ほどだろうか? 凛も小さいがそれよりもなお小さい。小柄、というのが相応しい表現か。手には籠を持ち、頭には薄緑色のスカーフをまいている。


 オレがその少女のあまりの場のそぐわなさに目を奪われていると、彼女はゆるやかな足取りでとこちらへ歩いてきた。

 いや、別にオレの方に向かってきているわけではないだろう。ただ単に出口があるのがオレのいる方向なだけだ。


「おぉい、あの娘可愛いじゃねーか」


 先ほどまでオレに絡んでいた二人組の冒険者もその少女に気付いたのか、こちらに向かってくる少女を見て下卑た笑みを浮べる。オレのことなどすっかり忘れてしまったようだ。


「なぁなぁ、嬢ちゃん」


「な、なん、ですか……」


 冒険者のおっさんが白髪美少女に話しかける。

 少女は驚いた――いや、怯えた表情で冒険者のほうを見ている。応対する声も微かに震えている。

 そりゃ、あんないかついおっさんに急に話しかけられたらびびるわな。

 震える膝を抑えつけながらそんなことを考える。


 ってか、何? おっさんたちあの女の子口説こうとしてるの? それ日本だと軽く事案だよ? ここが異世界でよかったな!

 などと、冒険者たちの絡みの対象が移ったことでくだらない思考にリソースをさく余裕が生まれる。


「俺らといっしょに楽しいことしようぜぇ」


 何このテンプレのナンパセリフ。生まれて初めて見た。一周回ってある意味希少種だぞ。Sレアぐらいじゃない? まあ、何の価値も無いレア表示だが。


「え、遠慮して、おきます……」


 震えた声で拒絶の意思を示す少女。

 だが愚かな冒険者たちは手を引くことは無い。恐らく酒が回っていることもあるのだろう。


「いーじゃねーか、な? 楽しい遊び教えてやるからさぁ」


 そう言いながらその少女の肩に手を置く。

 びくっ! と少女の肩が跳ね、その手を振り払おうとするが、力で少女が冒険者にかなう故もないのだろう。その手を振り払うことができない。


 ……あー、はいはい。そういうテンプレイベントね。


 などとかなり不謹慎なことを考えつつ頭を掻く。

 恐らく彼女はヒロインで、オレが助け出すことでフラグが建つんですね、分かります。


 ……それに、全てを掬うって決めたんだ。目の前の少女ぐらい救えなくてどうする。


 そう覚悟を決めて冒険者たちへと一歩を踏み出す。

 さてと、どかんと一発かっこよく決めてやるかね。

 まるで物語の主人公かのように、凛とした表情で彼らに歩み寄る。

 冒険者たちがそんなオレをねめつける。


 ――――やめろよ、嫌がってるだろ。


 そう言おうとしてオレの口がつむいだ言葉は、


「や、やめてあげたらどうですか? 嫌がってるじゃないですか?」


 思いっきり敬語で話しかけた。

 しかも、ところどころ裏返るというおまけつき。

 主人公ならここで颯爽と「やめろよ、お前らっ!」って割り込むんだけど、いかんせん小市民の僕には無理です! 年上のおっさんに怒鳴りつけるとか正気の沙汰じゃないよ! 何考えてんの主人公! 頭おかしいんじゃないの!? 怖いものは怖いんだよ!


 完全に開き直りである。


「……はっ。ガキは帰って、ままのおっぱいでも吸ってな」


「ぎゃはははははっ!」


 当然のように一蹴される。ですよねー。何があれってまず身長が足りないよね。後、顔面偏差値。イケメンならここで終わってた。

 自らの失敗を全てルックスへと還元し、勝手にナイーブな気持ちに落ち込みつつも、


「まあまあ、そう言わずに」


 オレはそう言いながら白髪の少女から冒険者の手を振りほどく。


「……ああ? おい、坊主。あんま大人バカにしてっと、痛い目あうぜ?」


「いや、自分の思い通りにならないとすぐキレるような人を大人とは言わないんで」


「んだと!?」


 冒険者二人組が、オレに殴りかかってくる。その足取りは酔いからかおぼつかない。酔っ払いはこれだから……


「結局こうなんのね! ――『風撃(ブロウショット)』」


 ごぉっ、と勢いを持った風の塊が二人の冒険者を数メートルほど吹き飛ばす。

 昨日木をへし折った魔法だ。もちろん、威力はかなり抑えたが。

 それでも、大の大人が数メートル吹き飛ぶのだから魔法とは恐ろしい。もっと手加減できるようにならないと。


「大丈夫か?」


 風圧で転んでしまった少女に手を差し伸べる。

 何が起こったのか分からない、といった表情だ。

 ややあって現状を把握したのだろう、手をさし伸ばすオレを見て「ひっ……」と喉を鳴らす。


「あ、あの…………あ、ありあがとう、ございました……!」


 それだけ言い残すと、白髪の少女はオレの目も見ずに駆け足で走り去って行った。


 何この反応……あれ、もしかして……


 ……フラグ折れた?

 なんで!? 今のシーンのどこがダメだったの!? なんでフラグが折れるの!? 完璧な流れだったじゃん! あの子ヒロイン待ったなしな感じだったじゃん! そうか! オレがイケメンじゃないからか! それなら納得畜生っ!


 などと一人で勝手にくず折れていると、吹き飛ばされた冒険者の片方が意識を取り戻す。

 意外とタフだな。もうちょい威力あっても良かったか? うーん、加減が難しい……


「てめぇ……ふざけんじゃねぇぞっ!」


 怒り心頭と言った様子で腰の剣に手をかける冒険者のおっさん。大人気ない……


 どうやってこの場を収めるか……そんな事を考えていると、ふと足元に緑色の何かが目に入る。

 これは……あの子のスカーフか? 慌てて落としていったみたいだ。

 そう思いながらスカーフを拾い、埃を払う。


 後で届けないとな。

 そんなオレの仕草が神経をさらに逆撫でしたのか、冒険者は顔を真っ赤にしてこちらに駆け寄ってくる。一触即発といった様相だ。


「マジで勘弁してくれよ……『風撃(ブロウショット)』!」


 先ほどと同じ、風の暴威が冒険者のみぞおちに突き刺さる。もし危うい地雷があるのなら、無理矢理爆発させてしまえばいい。

 冒険者はおえっと、胃の中のものをぶちまけながら宙を飛ぶ。

 学習しねぇな、おっさん。

 彼はそのままの勢いで机に頭からつっこみ、床に崩れ落ちて動かなくなった。


「……ん?」


 動かなくなった?


「…………やばい!? 殺っちゃった!?」


 そんな風にして、オレの栄え栄えしい冒険者生活は、美少女とのフラグが折れ、おっさんに致命傷を負わせるという数奇なイベントを序章に、幕を開けたのであった。





 しばらくして。


 冒険者のおっさんはどうやら生きていたらしく、今はギルドに設備されている診療所で治療を受けている。伸びていたもう一人の方もいっしょにだ。

 あの騒動の後、周囲に「あ、お騒がせしてすみません!」と笑顔で謝るオレに戦々恐々といった視線を向ける輩が大変多くいた。あれ? 笑顔は円滑なコミュニケーションには欠かせないってどっかの本で読んだんだけどな。


 受付の人に「あのー、冒険者登録したいんですけどー」とそのままの笑顔で歩み寄ったところ、「ひっ……!」と恐怖心を全く隠さず、プロとして何ら恥じることのない素晴らしい対応をしてくださった。そんな怯えなくてもいいじゃん……オレ悪くなかったじゃん……そんな風に若干拗ねているのも、どうやらオレが機嫌を損ねたと思ったらしく、さらに大げさに「ひひぃ!」と怯える有様。


 うそ、わたしの好感度低すぎ……?


 なんてやりとりを経つつも手続きは滞りなく――いや、滞りはあったが――終わり、オレの手元には手の平大の黒いカードのようなものが乗っている。といっても、材質は何かの金属で、それなりに重みがある。どうやら、これが冒険者の身分証明書のようなものになるらしい。冒険者のランクや功績などの情報も全てこれに記録され、また前科なども記載されているらしい。

 内容を読み取るのは、ギルドの魔法道具を使うしかないようだ。要するに、IDカードとそのスキャナーってことだな。うん、分かりやすい。

 目を凝らして見たが、オレの前科は記録されていない。先ほど冒険者たちを吹き飛ばしたことが殺人未遂としてでもカウントされていたら目も当てられないのだが良かった。


 ちなみに、冒険者のレベルはEから順に、D、C、B、Aだそうだ。Sなるランクもあるそうだが、現代においてそのランクを持つ冒険者は存在せず、歴史のある一人の偉大なる冒険者のためだけに作られたものらしい。


 ……そこらへんの伝記やらなんやらの書物はまだ読んでないからな、いずれ読もう。


「さてと、思ったより時間食っちまった。待ち合わせまであんま時間ねぇな」


 東条たちとの待ち合わせの時刻まで30分を切っている。

 待ち合わせ場所は、メインストリートを西にまっすぐいったところの街門のあたりだ。そこから、ダンジョンへと向かう。


「ここまで、気分の乗らねぇ待ち合わせってのも中々ないな」


 若干歩く速度を上げつつ苦笑を漏らす。

 あわよくば、春樹の持ち物が見つかればいいな。そんな淡い期待と、若干の面倒さを胸にオレは再びダンジョンへと足を向けるのであった。


バカめ! そう簡単にフラグが立つわけないだろ!

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