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167、蠢く巨塊


「この世界じゃ、ドラゴンの化石ってのは動くものなのか?」


「そんなわけないでしょう……あれは、何ですの?」


 リアの問いにオレは首を振るしかない。

 目の前で動く大怪獣もかくありきな、巨大な竜の骨。あんなものが、動いていることに既に眩暈を覚えているのだが、だとしてもあれを他人事と切り捨てて放っておくわけにもいかない。

 後ろから響く驚愕の声が背中を叩いた。


「な、何だあれぇ!?」


 バートルの情けない驚愕の声からも、あれが想定外の中の想定外であることが窺える。


「何で骨が動いてんだよぉ!?」


 驚き慌てるバートルと、唖然とした様子のライセン。

 あいつらにかまけている余裕はない。

 どう見てもあの竜が街をにとって恩恵をもたらす存在だとは思えない。あれは町を滅ぼす類の本物の天災だ。


「…………竜が、街を蹴散らしていますわ」


 オレには見えないが、視力の高いリアにはしっかりと見えているらしい。

 巻きあがる砂塵は、ただ竜が砂遊びをしているだけではなかったようだ。


「ひとまずエルピスに戻るぞ。根拠は何もないが恐らくこれを招いた黒幕は……」


 災媛の魔女、アイリーン・ブラックスノウ。


「おい、バートル。竜車で街まで運んでくれ」


「は、はあ? 正気か、兄弟!? 今行ってどうするんだよ!? あんなデカブツに太刀打ちできるわけねぇだろ!? あいつが落ち着くまでここで祈ってるしかねぇっての!」


「アホか。どう見たってあれはそんな簡単に止まる性質じゃないだろ。何を動力にしてるのか知らないが、街を更地に還すまでは暴れ続けるぞ。お前らだってエルピスが無くなったら困るだろ」


 それに、街にはウォシェやセーニャがいる。助けに行かなければいけない。


「つっても、竜車をいくら飛ばそうとそこそこかかるぜ!?」


「分かってる。だが、他に移動手段が――――――」


 と、そこでつんつん、と首を指さされる。


「ん? レイラ…………? 起きたのか!?」


 背負っていたレイラが目を覚まし、控えめにオレの首に指を当てていた。


「う、うん。ごめん、ね。寝ちゃってたみたい…………」


「いや、謝るのはこっちの方だ。来てくれて助かった」


 レイラの奮闘ぶりは無意識化に押しやられていたときにも見ていた。

 だが、オレのねぎらいにレイラは一瞬だけ首を傾げる。


「えーっと……それは、置いておいて……あそこに行きたいの?」


「あ、ああ。ご覧の通りの大惨事でな。恐らく、黒幕が糸を引いてるはずだ。そいつをぶっ飛ばせばあのゾンビ竜も止まる可能性が高い」


「なら、ワタシが運ぶよ」


「……え?」


 オレの返事を待つ前に、レイラは背中に大きな灰色の翼を生やした。

 そのまま大きく羽ばたくと、オレを抱きかかえたまま宙に浮かび上がる。


「リアも!」


「ええ、助かりますわ」


 リアは欠片も動揺せずにレイラの片腕にぶら下がる。


「ちょ、ちょ待て! まさか、このまま行くのか!?」


「急ぐのよね? だったら、これが一番速いと思う」


「おま――――――」


 ごう、と耳の横を空気の塊が通り過ぎていく。

 正面を向くと砂粒が顔に当たってとてつもなく痛いために、進行方向と逆を向くほかない。


 まるでレイラにだっこされているような状態になり気恥ずかしさはあるが、背中に感じる尋常ではない風圧にそんなことも言ってはいられない。

 ぐんぐんとバートルたちの姿が小さくなりついには見えなくなった。


 それから1分ほど。


「ぐえっ」


 急停止に思わず胃の中の物を吐き出しそうになる。

 先ほどアイリーンと話していたときに嘔吐しておいたおかげで、胃の中身をレイラにぶちまけることにはならなかった。

 ゆっくりと地面に近づいていき、やがて地に足がつく。


「リアは振り落とされて……ないか」


「あら、どうして少し残念そうなのでしょうか」


 リアの形相に鬼の紋様が浮かび始めたのに気づかないふりをして、目の前の白い街並み――――否、その頭上に蠢く巨大な影を見上げる。


 でかい。


 あまりに貧困な語彙でそう述べるしかないほど、目の前の物体は巨大であった。

 骨だけの身体であるからいいものの、もしあれに肉がついていればその威圧感はこの比ではなかっただろう。その圧倒的存在感の前に、なすすべも無く祈るだけとなっていたはずだ。

 化石が動いているという珍妙な現象がオレを現実感から遠ざけ、なんとか冷静さを保たせていた。だが、ただただ呆けて見ているわけにもいかない。

 あの巨体が街の上で体をのた打ち回そうものなら、ロードローラで引いたようにあらゆる起伏が更地と化すだろう。


 だが、現状あの竜は何故か街の上でゆっくりと足踏みをするばかりだ。街の縁の方は踏み荒らされ甚大な被害を受けているが、街全体が壊滅するほどの被害は出ていない。


 あの竜に街を破壊する意図はない?


 まるで、何かを探しているような…………


「なあ、あれ、どうすればいいと思う」


 オレはリアとレイラに問う。


「斬ればいいと思いますわ」


「食べれないかな?」


「うん、君たちに聞いたオレがバカだったね」


 あまりに素直な答えに、オレは猛省する。


「そもそもあれがどういう原理で動いてるかも分からねぇんだ。粉みじんに破壊できりゃあ御の字だが、今ここで破壊して街に骨が崩れ落ちてきたら、最悪なことになる。まずは街の外に誘導できないか試す」


「もし誘導できなかったら?」


「…………そんときゃ、アイリーンを探す。これは絶対にあいつが一枚噛んでる。それどころか、オレはあいつが首謀者だと思っている」


 根拠は薄弱。もしかしたらこの竜の復活だって、ただの自然現象の可能性だってある。

 だが、オレは奴の悪意の、その端緒に触れた。

 奴ならやりかねないと、そう思うだけの害悪を見た。


「ひとまず、あれがどういう原理で動いてるのは全く分からんが、一応は生物の形をなしている存在だ。顔面に一発ぶち当てればこっちに意識を向けるぐらいできるだろ」


 あとはそのまま街の外へ誘導する。

 と言っても、そもそも体の一部は街に収まりきらずにはみ出しているので、正鵠を射た表現も難しいのではあるが。


「分かりましたわ。それではさっそく―――――」


 と言ったところで、リアがオレの襟首をひっつかんだ。


 ぐえっ、と珍奇な声を上げながら前のめりにバランスを崩すと、すぐ後ろをひゅん、と何かが掠めていった。

 地面に突き刺さったそれは一本の矢。

 矢の飛んできた方向を見ると、そこには一人の見知らぬ男。


「おい、いきなり何すんだ! オレたちは別に敵じゃ――――」


 だがオレの言葉など聞こえていないかのように男は二の矢を番えると、ためらいなくはなった。

 リアの一閃で矢はあえなく叩き斬られる。


「…………なるほど。そういうことか」


 ぞろぞろと、オレたちを街の人々が取り囲んでいく。

 その目の焦点は合っているのかどうかも分からず、幽鬼のように朧げな足取りだ。だが、それでも手には何かしらの凶器を持ち、狂気に呑まれた様子もなくこちらににじり寄ってくる。


「これは……」


 レイラの困惑にも舌打ちを漏らすしかない。


「くそっ、反吐が出る……! アイリーンのやつ、街の人間を洗脳しやがったな!」


 街の人間をいともたやすく凶行に走らせる闇魔法の手管。

 そんなものを持っている人間が、アイリーン・ブラックスノウ以外にそうぽんぽんといるはずもない。


 これは彼女の差し金。

 そして、同時にオレは確信する。

 あの巨大竜をよみがえらせたのも、また彼女によるものだと。


 その意図は不明。

 だが、オレにはこの状況をどうにかする以外の選択肢はない。

 街の遠くの方で、爆発音と煙の立ち昇る音、そして人々の騒ぎ声が聞こえて来る。

 奴とて街の住人全てを洗脳したわけではないはずだ。

 今、エルピスは急に狂暴化した人々により、混乱の渦中にあるはず。


 巨大竜を止めるか、暴徒を鎮静化するか。

 優先度を決めかねる。

 街に対する危険度で言えば巨大竜の方が断然上だ。だが、暴徒も放っておくわけにはいかない。


「……作戦変更だ。リア、レイラ。あの巨大竜はオレが相手する」


「アナタが? まだ魔力も回復しきっていないでしょうに……」


 ステータスを開いてMPを確認する。


HP418/480 MP16720/118770

膂力55 体力89 耐久46 敏捷120 魔力40660 賢性???

スキル

持ち物 賢者の加護 ??? 隠密4.4 魔法構築力8.9

魔力感知7.6 魔法構築効10.2 MP回復速度8.9 多重展開6.0 術法1.7

煽動2.9 鍛冶2.4 悪運 魔力操作8.3 慧眼 HP回復速度1.2 



 まだ全開自の1割程度しか回復していない。

 心もとないと言えば心もとないが、持ちうる手札でなんとかするしかない。


「問題ない。あの巨大竜の気を引くならできるだけ派手なことができる方がいい。それなら魔導士のオレの方が適任――――――」


 後ろから迫っていた町人の鉈をリアが弾き飛ばした。


「くそっ、ここじゃ話も出来ねえな! 一旦上に逃げるぞ!」


 オレはレイラに頼んで上空に浮かび上がり、リアは空中を蹴りつけて空へ跳ぶ。


「わたくしたちは何をすれば?」


「暴徒を止められそうなら殺さないように止めつつ…………アイリーンを探してくれ」


「わたくしは、顔を知りませんわよ」


「大丈夫だ。あの不気味さは、お前なら見れば分かる。この手の勘による捜索は、たぶんお前の方が向いてるだろ」


 さすがに街全体を『領識エリアライズ』で白みつぶすことはできない。魔力的にも、処理能力的にも何もかもが不足している。


「…………見つけたらどうするの?」


 レイラの問いに一瞬だけ迷う。


「……できるだけ手を出すな。監視して、オレが来るまで待って欲しい」


 そんなことが可能かは分からない。

 だが、彼女たちを鉢合わさせてはいけないという直感があった。


「……分かりましたわ。アナタがそういうのであれば」


 もう少し渋られるかと思ったがすんなり通ったことに驚く。

 彼女なりにアイリーンの異常性は理解しているのかもしれない。


「では、武運を祈りますわ。我が主」


「ったく、頼んだぞ。……オレの騎士」


 やや面映ゆいやりとりを交わすと、リア、レイラと別れる。


「さて、と……」


 家屋の天井に降りて改めて空を見上げる。

 別に空を見たいわけではないのだが、その巨大な威容を視界に収めようとなると必然そうするしかないのだから仕方がない。


「生き物が嫌がることはなんだ? そりゃあ、相場は決まってる」


 オレは『空踏ストライド』で一気に駆け上がると、巨大竜の眼前を目指す。

 近いように見えて意外と距離がある。対象が大きすぎて、遠近感が麻痺している。


「顔の前でちょろちょろされたらうざいだろうよ!」


 まずはオレという存在を認識させる。


「屈折せよ、『ファイアレイ・リフラクション』!」


 巨大竜の顔の前で極物の熱光線を乱反射させる。

 骨だけの身体に熱など意味はないだろう。

 だが奴は何かしらの方法で外界を認知しているはず。それが視力なのか聴力なのか触覚なのかは知らないが、鼻先をすれすれで飛びかう火の粉に無反応でいられるわけがない。


 目論見通り、巨大竜は地鳴りのような大きなうめき声を上げると、首を大きくもたげた。

 そして、確かにその紫の瞳で、オレを捉える。


「おはよう、巨大竜くん。起き掛けで悪いが、少々鬼ごっこをする気はないか?」


 圧倒的巨大生物に立ち向かうため、軽口で自分を鼓舞する。

 顔面に向かって思いきり魔法を放つ。


「『蒼斬』」


 直線を描いて飛んだ水のレーザーが巨大竜の頭を穿つ。

 頬を貫き、側頭部から水のレーザーが飛び出していく。

 巨大竜とはいえ流石に化石。『蒼斬』であれば切断も可能――――

 ぱらぱらと、崩れていく骨片が、まるで時を巻き戻すようにして元の場所に戻っていく。


「あー、その、何だ…………自己再生はずるくねぇかな?」


 巨大竜が大きく口を開く。


「『瞬雷』ッ」


 一瞬の判断で正面から跳ぶと、直後、風圧で全身を殴りつけられた。

 体中の骨が軋み、内臓がバラバラになりそうになる。

 そのままバランスを崩し砂漠に叩きつけられる。


「げほっ、げほっ…………ったく、何だってんだ………………あ?」


 巨大竜の吠えた先。


 およそ、彼が吐き出したであろう音と風の塊が、砂漠を根こそぎ削り取っていた。

 今しがたできた谷に砂が滑り込み、さらにその先では巨大な砂地獄が出来上がっている。

 地形を一変するほどの咆哮。


 そう、今のはただの咆哮。鳴き声に過ぎない。


「…………鬼さんこちら、とか言ってる場合じゃねぇな」


 巨大である。


 ただそれだけの事実がもたらす、圧倒的な破壊力。

 それを身をもって体験し、思わず身震いする。


「冗談じゃねえぞ。あんなの食らえば、どだい肉の形を保っちゃいられねぇな」


 そう独り言ちて、何とか身体の震えを抑えつけた。


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