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163、捜索の手がかり

「ああ、もう……!!」


 口から思わず怨嗟の声が漏れる。

 悔恨、怨嗟、焦燥――――頭の中がかき混ぜられるような強い感情に中てられ、思わずわたくしは地団太を踏んだ。

 意外にも冷静だったのはレイラの方でした。


「落ち着いて、リア」


「ですが、ユウトがッ……!!」


「……うん、だから、落ち着いて」


 レイラの言葉にぐっと奥歯を噛み、蹴りつけていた砂の大地をもう一度だけ大きく蹴飛ばした。


 不覚だった。

 酒場での食事の最中、強烈な眩暈と睡魔を覚えテーブルに手をついたのは覚えている。その後、数人の男たちがユウトを連れ去ろうとしたこと。それを止めるべく腰の剣に手を伸ばしたことも。

 けれど、そのあとの記憶はすっぽりと抜け落ちている。

 つい先ほど、湖のほとりでレイラに起こされるまでは。


「騎士として一生の不覚ッ……! ああ、本当に、どうしてこんな……!!」


 どうして、と理由を問いながらも答えは求めていない。

 いいえ、もしかしたら答えは自分のうちに既にあるのかもしれません。


「ごめんね……ワタシも、何とかしようと思ったんだけど…………普通のお客さんも多かったし……」


 言葉尻を濁しながらレイラはこちらを見た。


 分かっている。彼女を責めることなどできない。

 話を聞けば、どうやらわたくしたちの食べた料理に睡眠毒が盛られていたらしい。

 レイラには毒物の類は効かないため、急に倒れたわたくしたちを見て驚愕したようだ。そして慌てている間に、ユウトが連れ去られた。

 彼女は、あの混乱の中でわたくしを助けることを優先したのでしょう。


 わたくしたちに睡眠薬を盛り、ユウトをさらった連中が何者かは分かりません。

 けれど、あれから半日近くが経って夜が明けてなお彼が戻らないことに不安を覚える。

 まだ目覚めていない可能性も十分にありえますが、もし覚醒しているのであればあの程度の徒党など蹴散らして帰ってくるはず。

 未だに帰ってきていないということは、何か彼が戻れないような状態にあるということ。


 たとえば、魔法を封じられているなど。


 十分にあり得る話ですわ。

 彼自身は、魔法がなければ身体能力そのものは一般人とそう変わらない。多少のすばしっこさや頭の回転の速さを加味しても、生身で大立ち回りを演じられるとは思えない。


 だからこそ、わたくしがいたんじゃありませんか……!!


 この苛立ちの矛先は、ユウトを襲った徒党に向けたものだけではなく、不甲斐ない自分自身にも向けられていた。

 騎士として彼を守ると謳っておきながらこの体たらく。慙愧すべきと言わざるを得ない。


「……ごめんなさい、レイラ。取り乱しましたわ」


 わたくしの言葉に、レイラはふるふると首を振る。


「ううん、大丈夫。でも、本当にごめん……こんなことに、なってしまって……」


 しょぼくれるレイラに、どう声をかけたものかと迷う。

 彼女自身、わたくしやユウトを旅に巻き込んでしまったという負い目があるのでしょう。その結果としてこのような事件に巻き込まれたことに、強い罪悪感を感じている。


 思えば、その兆候は前々からありました。

 ユウトは気づいていないようでしたが、レイラは時折ユウトに怯えたような、不安げな視線を送っていることが多くありました。それは、恐らく彼女の内心にある罪悪感によるもの。ユウトを旅に巻き込んだこと、そして魔法都市を襲撃し人の命を奪ったということに対して。

 レイラの話し方はよく言えば端的で淡々としていますが、逆に言えば起伏が感じにくい。きっと彼女自身思うところがあって、意識的にそうしているのかもしれません。


 そんな風に、いつも以上に回ってしまう思考に「主に似たのでしょうか」と自嘲気な笑みを漏らす。

 首を傾げるレイラに「大丈夫」と伝えると、改めて捜索を開始する。


「ひとまず、手がかりがありません。あの店の店員も、大した情報は持っていませんでしたし……」


 先ほどわたくしたちが襲われた店に行ったものの、騒動のあと店を閉めたらしく一部の店員と憲兵がいるばかりだった。

 話を聞き出そうとしたものの、向こうにも何が何だか分からないと言うだけで、逆に憲兵からの質問責めにあって逃げ出してきた。

 こういうとき、ユウトならもう少し上手くやるのでしょうけれど。


「わたくしには向いていませんわね」


 こうして考えたり、口先を動かすことはあまり得意ではない。


「やはり、体を動かしましょう」


 先ほどから街中を走り回ってみたものの、ユウトの痕跡は見つけられなかった。

 けれども、心当たりが全くないわけではない。


 バートル。

 エルピスまでの道中でユウトにやたらと絡んでいた商人の男。

 あの酒場も男の紹介で入ることになった店だ。

 騒動のあと、忽然と姿を消して未だに見つけられずにいる。

 あまりに怪しい。


「あの男を探しましょう」


「商人の人?」


 レイラの問いに肯う。


「うん、ワタシもそれがいいと思う、けど…………」


 どうやって? とレイラの瞳が問う。


 そう、わたくしたちはあの男のことを何も知らない。

 知っているのは、獣人であることと、商人であること、そして名前。

 名前や肩書すら嘘の可能性もある。

 何が確かな情報かすら分からない。


 ……考えなさい、リア・アストレア。


 ユウトならきっと考えるはず。

 何かの糸口を、きっと見つけるはず。


「…………竜車」


 彼は竜車を持っていた。

 恐らくは自前。彼の乗っていた小竜も恐らくは自前のもの。


「どこかに繋ぎ留められているはず……?」


 この街は広い。

 けれども、竜車の通れる場所、竜車や小竜を置いておけるはずはそうそう多くない。


「片っ端から探しましょう」


 そこから先を考えるのは後だ。

 待っていてください、ユウト。

 必ず、見つけ出してみせましょう。




「バートル……ああ、あの色男か」


 4つ目の竜小屋で初めて男の名前が通じた。

 広い街を駆け回ったために、些か汗ばんできた。

 すっかり日も登り、ようやく街が活動を始めようとしている。


「ご存じですの!?」


 食い入るように問いを投げつけるわたくしに、竜小屋の管理人は引きつった表情で続けた。


「あ、ああ。何でも一代で個人商人として名を馳せたなかなか優秀なやつだって。商会にも所属せずにここを拠点にしてあちこちを行商してるとか」


 ついに見つけましたわ。


「そ、その男はどこに……!」


「え、ええ……? 知らねぇよ。小竜と竜車自体はうちに預けちゃいるが、どこにいるかまでは把握してねぇ」


 竜車と小竜をここに預けているということは、外には出ていない?


 少なくとも街中にいることは分かり、胸を撫で下ろしていると「お?」と管理人が素っ頓狂な声を上げた。

 そのまま小屋に近づいていくと、中を覗き込む。


「おいおい、バートルのやつ夜中に連れ出しやがったのか? ったく、時折あるが一体何してんだ?」


「どうかされましたか?」


「ああ、いや。バートルの野郎が、どうやら夜中のうちに竜車を持ち出したらしくてな。まあ、うちは本当にただ場所と掘っ立て小屋を貸してるだけだから、別にいいんだが、何も夜中に出発しなくてもいいだろうに」


 夜中に、ここを発った……?


 まずい、と直感的にそう思った。

 もしユウトがこの街から連れ去られていたとしたら、捜索は絶望的だ。この広い砂漠どころか、世界中から探し出すなど不可能に近い。

 絶望と焦燥に脳裏を焦がされていると、後ろから底抜けに明るい声が届いた。


「……っと、おやじ。戻ったぞ。昨日の夜は月がキレイでな。つい竜車を飛ばして砂丘まで見に行っちま……った…………」


 声がすぼむ。

 見間違うはずもない、獣人の男がそこに立っていた。


 バートル。


 わたくしの探し人にして、ユウトのありかを知るかもしれない唯一の情報源――――


 わたくしたちを見て回れ右をしようとするバートルに一瞬で肉薄する。


「ちょ、は、おまっ!?」


 彼の手を後ろに回すと、そのまま地面にねじ伏せた。


「教えなさい! ユウトはどこにいますの!?」


 ぎりぎりと片腕で相手の腕をねじ伏せながら、もう片方の腕で剣を引き抜こうとする。


「おいおい、姉ちゃんおっかねえな。っと、今のは洒落じゃないぜ? にしても昨晩は災難だったな。ま、エルピスも治安がいい街ってわけでもねえんだ。酒場に誘っちまったのは悪いが、これも運が悪かったと思って諦め」


「二度は言いませんわよ」


 一瞬のうちに抜剣し、男の獣耳を浅く斬った。

 バートルはようやく自らの状況を把握したのか、今までの気さくな空気を霧消させた。スゥ、と瞳を冷たく引き絞りこちらの品定めを始める。


「なるほど、なるほどね。悪いが、俺は兄弟の居場所については何も知らないぜ?」


「戯言を。アナタが何かしら関わっていることぐらい、わたくしにも分かります」


 これはハッタリでした。

 ユウトがよく使う戦法です。

 わたくしの稚拙なハッタリがどの程度通じたのかは分かりませんが、バートルの首に強く剣を押し当てると彼は深くため息をついた。


「ったく、分かったよ、分かった。降参だ、降参。だから上からどいてくれ」


「アナタが洗いざらい話してくだされば快く解放いたしますわ」


「…………姉ちゃん、俺が話そうが話すまいがそっ首切り落とすつもりだろ」


 バートルの言葉ににこりと笑みを返す。


「リア、ワタシが言うのも違うけど、あまり、殺したら…………」


「ええ、大丈夫です。この男の態度次第ですから」


 冷静に努めようと声を抑えますが、この男を今すぐ切り捨てたい激情がわたくしの中で燃え盛っていました。


「兄弟……ユウトを攫ったのは確かに俺だ。いや、正確には俺はそれを手伝っただけだが」


「やはり、アナタが…………!!」


「いててて! 剣を首に押し当てんな! まだ話すことがあるっての!!」


 後ろで管理人が「よそでやってくれ……」と苦言を漏らしていますが、そんなものを聞き入れている余裕はありません。


「兄弟を攫ったのは、ライセン盗賊団。あんたらも身に馴染みがあるだろ?」


「…………ライセン……確か、わたくしたちを襲った盗賊たちがそんなことを」


 よく覚えてはいませんが、確かに盗賊たちの指導者と思しき人物が、ライセンと呼ばれていた気がします。


「そ。そいつらが、どうやら兄弟の身柄が欲しかったらしくてな。金払いも良かったんで、おれがちょこっと細工して手伝ったわけだ」


「なるほど、アナタを切る理由が増えました」


「待て待て待て! 俺を切ったら、兄弟の場所は一生分かんねえぞ!」


 その言葉にわたくしは思わず剣を押し当てる力を弱める。


「……彼は、どこにいますの」


「さあ、どこだろうな」


「言わなければ、言うまでこのままですわよ」


 バートルの首に剣を突き当てているにも関わらず、彼の飄飄とした態度は崩れない。


「姉ちゃんは、交渉事は苦手か?」


「……それが何か」


「ああいや、何でも。そうさな、俺を解放してくれるってんなら、兄弟のいるかもしれない場所に案内してやってもいい」


「本当ですの!?」


 思わず剣が彼の首から浮く。

 バートルは「もちろん」と胡散臭い笑みを浮かべた。


「ただし、条件がある」


「…………条件、ですか?」


「ああ。ライセン盗賊団の連中には手出ししないこと」


「はい?」


 今、この男は何と?


「兄弟の捕縛されている場所には俺の……ああいや、ライセン盗賊団の連中がいるはずだ。そいつらを傷つけたり殺したりするな」


「そんなバカな話が……!!」


「じゃあ、この話はなしだ。兄弟は不憫だが、どこぞの貴族にでも売り飛ばされるか、小国に変われて奴隷魔導士として一生を過ごすだろうな」


「アナタは――――」


 もう一度首に強く剣を押し当てて、思わず舌打ちを漏らす。


 彼は、瞼を閉じてこちらを見ていない。

 先ほどまでこちらの様子を嫌と言うほど伺い品定めしていた男が、こちらから視線を外しあまつさえ目を瞑るなど。

 その意味直感的に理解してしまったからこそ、わたくしは舌打ちを漏らすしかなかった。

 こちらが今の条件を呑まない限り、この男はこれ以上の交渉には応じないつもりなのだ。

 たとえ自らの命を俎上に載せることになろうとも、構わない。

 この男の心拍、息遣い、わずかな身じろぎ。それらから、強い覚悟を読み取れてしまう。


「……分かりましたわ。殺しはしません」


 バートルが瞼をゆっくりと開く。


「ただ、襲ってきた相手に無抵抗でいろというのも無理な話ですわ。死なない範囲での反撃はさせていただきます」


「…………ああ、それでいいよ」


 バートルが条件を呑んだのを見て、わたくしは警戒しながら彼の上からどいた。

 彼はゆっくりと起き上がると、パンパン、と軽く服に付いた土ぼこりを払った。


「ったく、最近の美人はおっかないったらありゃしねえな。はあ。案内するから後ろに乗れ」


 バートルはそう言うと、彼の竜車を指さした。

 わたくしが怪訝な視線を送っていると、バートルは口の端を歪めるようにして笑った。


「おいおい、俺はこう見えても商人だぜ? 一度交わした契約は違えねぇよ。ま、信用できねぇってんならいつでも切り伏せてくれや」


 男は軽薄にそう宣っているけれど、その声に嘘や謀りの色は感じられない。彼の中でいかな心境の変化があったのかは知らないけれど、覚悟は固まったらしい。


「それでは、案内を」


 レイラに視線を送り、促されるままに竜車に乗り込む。


 待っていてください。ユウト。


どっちがヒロインか分かったもんじゃない。

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