16、とりとめもない日常、少女との距離の概算
「で、今日から本格的に魔法を教えることになったわけだが」
現在オレと凛は例の秘密の特訓場、宿舎の裏にいる。
他の人にばれないよう魔法を教えるとなるとやはりここが一番だ。オレが宿舎の裏に寄せている信頼は、この一月ほどで揺るぎないものになっていた。多少なら爆音を出しても誰も気付かないとか、宿舎裏先輩マジぱねえっす。
「まず、魔法に必要なものは何だ?」
「えーっと、魔法の材料になる魔素と、構築のためのイメージ、後は発動のための触媒だっけ?」
伊達に一週間近く教え込んだわけじゃない。凛はスラスラと答えて見せた。
その答えにオレは満足して頷きつつ補足をする。
「そうだ。触媒ってのは、別に物質じゃなくて魔方陣やら呪文やら何でもいい」
「うん。でも、それだとゆーくんの無詠唱って何を触媒にしてるの?」
「それはまだ分からん。が、当分の仮説として考えられるのは二つ」
そう言って二本指を立てる。
「二つ?」
「そう。まず一つ目はそもそもオレの魔法は触媒を必要としないって説。オレのスキルにそういったことを可能にするものが混じってるのかもしれない」
その可能性は低くはないはずだ。現に、オレのスキルには二つも効果の分からないものがあるしな。片方にいたっては名前すら分からないし。
凛がふむふむと頷く。
「……二つ目は、オレの触媒は魔法のイメージそのもの、もしくはオレの体内の魔導回廊自体が触媒となっている可能性もある」
「そんなことがありえるの?」
「分からん。だが、もしそうだとしたら、理論上は皆も無詠唱が使えるはずだ。それに、熟練した魔法使いには詠唱の短縮が出来る人もいるらしい。流石に、まったくのゼロ詠唱は無理だが、詠唱の短縮が可能ならそれを限りなくゼロに近づけることも可能なはずだ」
あくまで机上の話ではあるのだが。
「ま、というわけで、この特訓の目的は二つ。一つは、詠唱の短縮。これだけで魔法の汎用性は跳ね上がる。もう一つは、攻撃魔法の習得だ。大丈夫だな?」
「うん! お願いしますっ!」
がばっと凛が頭を下げる。と同時に後ろで結ばれたポニーテールが元気よく跳ねる。
やる気は十分だがさてはて。
「よっしゃ。じゃ、とりあえず、ステータス見せてくれ」
「あ、うん……はい」
そう言って差し出されたステータスを覗き込む。
織村凛 女 17歳
膂力100 体力200 耐久140 敏捷190 魔力260 賢性110
スキル
術法1.8 結界強化1.4 結界展開時間短縮1.8 結界展開数増加1.0
わぁい、オレより膂力高いぞー。
「うん、魔力は十分だな。……にしても、お前、『術法』極振りの能力だな」
「なんでだろーね。わたしそんなに守り堅いかなぁ……」
ポリポリと頬をかいているが、その顔にはある種諦観の念が浮かんでいた。
結界術から始まり、呪いなどの類への対抗となる魔法『術法』。
特に、『術法』の結界の固さは折り紙つきだ。あの龍ヶ城ですら破れないのだから。
「とりあえず、『術法』は鍛えとけ。珍しいし、絶対に役に立つ。できれば『術法』は無詠唱で使えるのが好ましいな」
「うーん……そう? わたしあんまり好きじゃないんだけどなー……」
「お前にこの力が与えられたことには何かしらの意味があると思うが」
実際意味があるかどうかは、この能力を与えた神にしか分からないが、オレが無詠唱を使えるように、こいつが術法師なのにも理由があるはずだ。
オレが無詠唱を使える理由ってなんだろう……「お前の声は一単語あたりも聞きたくないからもう喋るな」ってことかな? 神様いっぺん死んでくれ。
至極身勝手な理由で神様に唾を吐く。
「……まあ、それは考えても仕方ない。で、当分の方針だが1属性の攻撃魔法を使えるようにしよう。ちなみに今はどれが一番使える?」
「か、風……」
「あのそよ風が一番得意なの!? お前はいつもオレに新鮮な驚きを与えてくれるな!?」
「し、仕方ないでしょ! 術法以外ゼンゼンできないんだもんっ!」
凛が若干涙目でこちらを見ているが、これは演技でもなんでもなく素だろう。
「あー、じゃあ、ちょっと風魔法使ってみようか」
「わ、分かった……――――吹け、風よ。その奔流で、立ちふさがる霧を払え『ワインド』!」
凛が風魔法を発現させる。
詠唱に応え彼女の前に大気の渦が生じ、それが目の前の木へと放たれる。
風の軌道が見えるほどの大気の奔流、その余波が織村のポニーテールを揺らす。
しかし、その風魔法はふぁさと葉っぱがそよ風に揺らすだけだ。
「うーん……壊滅的な威力だな」
もちろん悪い意味で。
「ど、どうすればいいかなぁ……」
まだ特訓は始まったばかりだというのに、既に心が折れかけている凛であった。
どこから手をつければいいやら。
「んーとりあえず、オレの見てみろ」
そう言って、オレは魔力を練る。
イメージは風。大気のうねりを、鋭く、薄く、研ぎ澄ます。
削り、そして磨く。
研ぎ澄まされた疾風の奔流は、
――――万物を穿つ。
「『疾風尖槍』」
鈍いうなり声を上げて風の槍が木を貫く。
バリバリっという耳障りな音とともに、木にたやすく風穴が開いた。
凛はあっけにとられた表情でその様子を見守っていた。
「ま、こんな感じだ。あー、でもそうか。ワインドはどっちかってーと打撃系の攻撃だから貫通力高めるんじゃだめか……」
失念していた。ワインドは鋭利な切断攻撃というよりは、打撃系の攻撃だ。
「だったら……『風撃』」
今度のイメージは風の塊。高密度の大気の塊で殴りつけるような。
どごんっ! と大きな音をたてて、先ほど風穴を開けた木が根元から折られる。切断したのではなく、圧倒的な撃力を以ってへし折ったのだ。
その光景にさらに凛が言葉を失い黙り込む。
「イメージは、大気をぎゅっと押し込めてそれをぶつける感じだ。基本的に風魔法は、大気をそのまま流用できるから、後は魔力で制御してやればいい。他の魔法だと元素とかを作り出さなきゃいけないんだけどな」
「う、うーん……? 風をぎゅっと固める?」
「そうだ。詠唱しながらそれをイメージしてやってみろ。圧力の上昇をイメージするだけだ。分かりにくいならもっと理論立てて説明するが」
大気をぎゅっと押し込める、なんて漠然とした形でなく科学的な理論に基づいた説明の方がオレもしやすいしな。なんていうオレの考えを読み取ったのか、凛は青い顔をして全力で手を振った。
「いや! 大丈夫! だいじょうぶだから!」
何かから逃れるようにして、凛は即座に言われた通り頭の中で空気を固めるイメージを浮べ始める。
といっても、目に見えない大気を固めろというほうが無理難題なわけであって、中々そのイメージが具体的な姿をもって現れてくることはない。逆に、そんなことをたやすくイメージできるオレの頭の方がおかしいのかもしれない。
だが、凛はめげない。
その圧倒的な集中力を持って、詠唱とともに手の中に風を凝縮していく。
「お?」
凛が詠唱を完了させる。
彼女の手の中には、先ほどとは比べ物にならない魔力の奔流が渦巻いているのが分かる。
これならいけるかもしれない……!
期待に胸を膨らませるオレの思いに応えるように凛が叫ぶ。
「『ワインド』!!」
凛が木に向かって渾身の魔法を放つ。
そこから生じる余波がオレの前髪や凛のポニーテールを揺らす。
そして――――――
その風はオレらの顔を撫でるだけで終わった。
「なんでぇぇえええ!?」
「お前、さっきより威力弱くなってるんだけど!?」
織村凛の魔法習得は思った以上に前途多難なのであった。
「今日の訓練はこれで終了だ」
MPを使い切りへばる凛に治癒魔法をかけながらオレが告げる。治癒魔法は微妙にMPを回復させる効果があることは把握している。この前治癒術師のお世話になったときにふとステータスを見たらMPが微回復していたのだ。
夕餉までの時間を丸々使い風魔法一極集中で訓練に励んだが大きな成果は出ず。
多少風力が上がったかな?ぐらいの成長である。といっても、扇風機にすら勝てないレベルなのではあるが。
まあ、こんなもんだろ。継続的な努力が大きな成長を生み出すんだよ。
などと、かなり上から目線でお説教をするも凛は「それじゃだめなんだよー」とご不満の様子。
「ほら、夕飯遅れるぞ」
「うん……」
トボトボと歩く凛と肩を並べる。かなり落ち込んでいるようだ。
仕方が無い。
「先のことばかり考えんなよ。今何をしなければいけないのか、当面の目標は何か。それだけを考えとけ」
途方もない先の、届きそうにない理想を考えてもしょうがない。大きな理想は身を潰しかねない。それならば、小目標を作りそれを一つ一つこなしていくほうがいいだろう。
「とりあえず風で木の枝を折る、もしくは切れるようになるのを目標にしよう」
「先は長いね……」
「そんなもんだ」
そうこう励ましているうちに食堂に到着する。
食堂には既に勇者の面々が集合しており、各々歓談を肴に食事を楽しんでいた。こちらに一瞥くれるものもいれば、全く気付かないものもいる。
まあ、オレなんぞはその程度の存在だ。恐らくこちらに一瞥をくれた奴らも全員、オレではなく凛のほうを見たのだろう。
「魚定食一つお願いします」
そんな勇者たちを横目に流してオレはいつも通りなおざりに注文を済ます。
この世界は、東もしくは北の方へ行くと海があるらしいが基本的には陸地がほとんどを占めているので、海産物は珍しい。魚も基本的に川魚だ。特有の臭みがあるよな、川魚って。
当然のように凛が食事を受け取り、オレの正面に座る。
……テーブル席だけじゃなくてカウンター席も用意してくれないとこいつから逃げられないんですが。
「ねーねー」
「ん? なんだよ」
目の前で肉を口の中にほおばりながら凛が話しかけてくる。
口の中のものぐらいなくしてから話せよ……女子としてどうなんだそれ。
「なんで、自分が魔法使えることに気付いたの?」
「周りに人がいる状況であんまり話すなと言ってるだろうが」
「小声だから大丈夫だよ。それに、主語は省いてるし」
一見考えなしに見えてなんだかんだで抜け目無が無いのがこの娘の恐ろしさだ。
顔だけはにへらーと無邪気な笑顔を浮べているのだからなお恐ろしい。
「まー、そうだな。特に大それたきっかけはないけど。んー、前から勉強は得意だったから、何のチートスキルも無くても知識量ぐらいは増やしとこうって思ったのがきっかけっちゃきっかけだな……知識はそのまま武器に成る。剣も魔法も使えない分、大量の知識で殴ればいい。そんな風に思ってたら棚ぼたで魔法が使えるようになった、って感じだろうな」
凛に合わせてできるだけ主語や具体的な表現をぼかす。
聞いただけでは誰の話か分からないだろう。
「へー……そうなんだ、すごいね……わたしだったら何の力も無いって分かったら発狂しちゃうかも」
そう言いながらえへへーと笑う凛。
そのだらしない笑みと発言のおっかなさのギャップに、若干ゾッとしたものを背中に感じるも、平然を装って返事をする。
フォークがカチャカチャ音を鳴らしてるのはオレの手が震えてるからじゃないよ! フォークが勝手に震えてるんだよ! 怖いなぁ!!
「ま、まあ、元々異世界に並々ならない情熱を注いでたからな」
恐らくそれもオレがこの世界で諦めなかった理由だろう。
「え、そうなの?」
「おうよ。生粋の異世界マイスターだぜ?」
元の世界で異世界ものは漫画アニメゲーム小説などなど、様々な媒体で体験してきた。一人の男の子としてそうしたことに憧れを抱くのは何らおかしくないだろう。
いや、流石に異世界トリップに備えて、遺書を机の引き出しに隠してあるのはオレぐらいだろうが。もし人に見つかったら死ねるな。まあ、実際異世界に飛ばされたのでなんともいえないのではある。
そうこう雑談をしながらつつがなく食事は終わり、目の前の皿が空になる。
「じゃ、オレは戻るから」
夕餉を終え、凛に軽く手を振る。
そして思わず凛がいる状況に慣れてしまっている自分に気付き、バツの悪さに上げた手をそのまま頭に持っていった。
「うん、またねー!」
そんな様子を見た凛は首をかしげながらも大きくこちらに手を振った。
凛はこれから、龍ヶ城グループの女子たちと駄弁るらしく、そんな彼女を残してオレ一人だけ食堂を後にする。友達づきあいも大変だな。
さてと、寝る前にもう一訓練していきますかね。
今日は凛の訓練につきっきりであまりオレの修練をつめなかったから、MPが有り余っているのだ。寝る前にMPを使い切ることを日課としているオレとしては、これから寝るまでの間に大量のMPを消費しきるのはいささか面倒なのではあるが、仕方あるまい。
そう思いつつ、MP残量を確認するためステータスを確認する。
十一優斗 男17歳
HP110 MP4012/4060
膂力20 体力30 耐久25 敏捷60 魔力2620 賢性???
スキル
持ち物 賢者の加護 ??? 隠密2.0 魔法構築力2.9
魔力感知2.1 魔法構築効率1.5
『魔法構築効率』なるスキルがついたお陰様で、MPの消費が抑えられるようになったため、日課のMP消費がめちゃくちゃ大変になっている今日この頃。これから4000のMP減らすとかもう正気の沙汰とは思えない。
まあ、減らすだけなら簡単に0にする方法はあるんだけど。
無属性の魔法をひたすら手の中で循環させるとあら不思議、毎秒何十ってスピードで魔力が減っていくよ! この方法ならものの数分でMPを0にできるのではあるが、いささかもったいないと思ってしまうのはオレが日本人だからだろうか。
どうせなら、色々な魔法を試してMPを0にしたい。
そんな贅沢な悩みに嘆息しつつ廊下を歩いているとトントンと後ろから肩を叩かれた。
「よぉ、ゆうとっち」
「……なんだ、東条か」
オレは平静を装いつつも、急いでステータスを隠す。
「なんだとはご挨拶だべ?」
そこにはニヤニヤといやらしい表情を浮べる東条の顔があった。どうやら、オレがステータスを隠した理由をうまく勘違いしてくれたらしい。
両隣には柏木と入山も同じようにニヤけ面を浮べて立っている。
件の春樹をいじめていた三人組だ。
春樹がいなくなってしまった今、オレがこいつと関わる理由も、こいつがオレと関わる理由も一切存在しないのだが。
「どうしたんだ? オレに何か用か?」
そんな一切のかかわりを持たないはずの相手から話しかけられた。
はてさてご用件は一体どんなものかね。
流石に、楽しいピクニックのお誘いってわけじゃなさそうだ。
「いやぁ、おれら、明日ダンジョン行こうべって話になってるんよ?」
まさか本当にピクニックのお誘いとは思わなかった。
「……オレは止めはしないが、ブラント団長が黙ってないだろ?」
「ばーか。だから、黙って行くんだべ。それで、優斗君に荷物持ちして欲しいんよー」
何が「それで」なのだろうか。驚きを通り越して呆れのあまり息が漏れそうになる。
つい一週間ほど前に死にかけたというのに、懲りずにダンジョンにもぐって何をしようというのか。
「何を、しにいくんだ?」
努めて平静に、ダンジョンへ行く目的を聞く。
「このまえ行ったところ、めちゃくっちゃ水晶あったやん? それをお持ち帰りすりゃ、いいお小遣いになると思ったんよ! おれ天才じゃねっ!?」
そうおどける東条を見て、両隣の柏木と入山もゲラゲラと笑う。
その笑い声は、ひどく不快にオレの鼓膜を揺さぶった。
こいつら……
「……何故オレが行かなくちゃならないんだ。悪いが、他をあたってくれ」
吐き出したくなる罵詈雑言の類を飲み込んで、冷静にことにあたる。
「いや、ゆうとっちの荷物持ちのスキルがあったら、重い水晶もいっぱい持って帰ってこれるって! 報酬は、ヤマワケでいいから! なっ? 頼むっしょ!」
パンと手を合わせて頭を下げる東条。
自分が何をしようとしているのか分かっているのだろうか。
「行くわけないだ――――」
当然のように断ろうと声を上げるが、一つの思考がオレの口を噤ませた。
――――もしかしたら、春樹の遺品が残っているんじゃないか?
その可能性にドクンと胸が高鳴った。
……確かに、あそこは水晶で埋まってしまったが、土魔法を使えば掘削もできる。こいつらが目を放している隙にでも探せば、何か、春樹の持っていたステータスチェッカーでも、ワンドでも、回収できるんじゃないだろうか?
そんな思考が、東条たちの馬鹿げた提案に一考の余地を与えた。否、与えてしまった。
じっくりと考えること10秒ほど。
「……分かった。オレも行こう」
渋々ながらもオレは首を縦に振っていた。
「おお! マジか! さんきゅーさんだべ、ゆうとっち!」
バンバンとオレの背中を叩く。
その目には「報酬につられやがって、ちょろいやつ」みたいなこっちのことを嘲笑う思考が透けて見えているがオレは笑顔でそれに応える。
こいつらも一端の勇者。オレ一人だと色々面倒なところもこいつらに任せておけば楽に奥まで行けるだろう。それに、何か責任を問われればこいつらに無理矢理連れてかれたってことにすれば、お咎めなしだろうし。
などと、内心でメリットとデメリットを天秤にかけつつ皮算用をするのであった。
一番のちょろいんは主人公です(大嘘)




