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156、予想外の繋がり

 それから数分ほど。

 入り組んだ路地を彷徨うように歩き、ウォシェとセーニャが一件の家屋に入っていく。

 それを家屋と呼んでいいのかは甚だ疑問だが、ちらと錆びた調理器具や小さな家具が見えたことから何とか家屋だと理解できた。


「大したもんはないぞ。茶なら出せるけど飲むか?」


 そう聞きながら慣れた手つきでカチャカチャとカップを取り出す。

 陶器製のカップだ。使い古しているのか、既に一部が欠けており、模様も薄れてしまっている。


「ここに座って!」


 セーニャに案内されるがままに茣蓙を引いただけの土床に座る。

 砂ぼこりのせいで埃っぽく、狭い部屋は昼間だというのに薄暗い。


 ……想定より、遥かに貧困している。


 彼らの身なりから、少なくとも貧困家庭なのだろうとは思っていたが、ここまでとは思わなかった。


「お父さんとお母さんは?」


 レイラの何気ない問いに、セーニャがニコニコとした笑顔で答える。


「お母さんはねー、今遠いところに行ってるんだって! お父さんもお仕事で違う国にいるから会えないの! だから、今はお兄ちゃんとふたり!」


 彼女の言葉に、オレたちは押し黙るしかない。

 無言で湯を沸かすウォシェの背中が、少しばかり大きく感じてしまう。


「…………さっきの話なんだけど」


 湯を沸かしながらウォシェが問うてくる。


「ああ、さっきも言ったろ。領主フィリテンを失脚させ得るネタが欲しい」


「…………領主に仕えたくないのか?」


「当たり前だろ。仕える理由が一つもねぇ。そもそも、あんな難癖で人の人生縛らせてたまるかってんだ」


 とはいえ、彼が権力者であるというのもまた事実。

 この世界で権力者の持つ力というものは本当に大きい。しがない旅人一人をどうこうするなど、容易いことなのだ。

 無論、オレが強引に魔法にものを言わせれば直近の課題は解決されるだろうが、それで指名手配でもされてエルピスでの活動がしにくくなるのはオレの望むところではない。


「……驚いた。いいとこの道楽息子かなんかだと思ってたんだけど、意外とこっち側なのか?」


「生まれてこの方庶民街道まっしぐらだぜ? あんな趣味悪親父の同類とみなされるのは看過できねぇな」


 ウォシェもようやくオレに対する警戒を解いてくれたのか、少しずつ会話が砕けていく。


「そもそも、ウォシェは何で館で使用人やってるんだ?」


「……あそこの領主はぼんくらだけど、金払いはいいからな。楽な割に稼げるんだよ」


 彼の言葉に少しだけ違和感を覚える。


 そう、それは最初から感じていた違和感。

 何故、フィリテンのような成金趣味の男が、得体の知れない孤児であるウォシェを使用人として雇っているのか。


「どういう経緯で雇われたんだ?」


「…………それ、必要か?」


「まあ、興味本位だ」


 オレの質問に答えたくなさそうな、ウォシェは少しだけ詰まりながら答えた。


「……ローウェンさんに拾われたんだ」


「ローウェンっていうと……フィリテンの側付きやってた執事か」


 なるほどな。少なくとも直接的にフィリテンが雇ったわけではないのか。

 だが、それでもなぜローウェンがウォシェを雇ったのかは依然分からないままだ。


 …………いや、ここであまり詰めると信用を失うか。ここは今はまだ深掘りし過ぎないほうがいいな。


 そう思って話題を転換する。


「……ってなわけで、ウォシェ。使用人なら何か良い情報持ってないか?」


「良い情報か……」


 ウォシェはこちらを振り返らずに口に含むように呟いた。


「……ま、女遊びが激しいって話はよく聞くけどな」


「へぇ。でも、奥さんいただろ?」


「ああ。でもそれ以外にも愛人抱えたり、娼婦に手ぇ出しまくったりしてるらしい」


 ほーう。それはまた面白い。


「ただ、領主のコネでいくらでも握りつぶせるから、その事実を突きつけたところで知らぬ存ぜぬだろうけど」


「なるほどな…………他には?」


 ウォシェは一瞬だけ黙って、にやりと口の端を歪めた。


「…………ここから先はタダってわけにはな」


「ま、そうなるよな」


 オレも負けじと笑みを浮かべながら『持ち物(インベントリ)』から金貨袋を取り出した。

 それをどん、と茣蓙の上に置く。

 じゃら、と金貨が打ち合わさる音が室内に響いた。


「あ、あんた、それ…………」


「ざっとここに200枚は金貨がある。さっきは金貨20枚っつったが、ウォシェの働き次第ではもっと増やすこともできる」


 そう言って、交渉のテーブルはオレが支配したと言わんばかりに不敵に笑う。

 ウォシェが生唾を呑む。


「……ちょっと、ユウト」


 リアが小声で耳打ちしてくる。


「ん、何だ?」


「いくら何でもこんな風に大金をちらつかせて子供を煽るのは少し…………」


「…………いいんだよ。使えるもんは使っておけってな」


「あなたは…………! いえ、いや…………はぁ…………あなたは、またそうやって偽悪的な…………」


 リアがまた訳の分からないことを言い出したので、「何のことやら」と肩を竦める。


「ウォシェ。どうだ、取引しないか?」


 オレの提案に、ウォシェは眉根を寄せて考え込んでいる。

 彼の後ろでは沸騰した鍋の中で、水がぐつぐつと煮えたぎっている。

 たっぷりと時間をとった沈黙と思考の末に、ウォシェはこくりと首を縦に振る。


「契約成立だな。よろしく頼むぜ、ウォシェ」


 握手を求めるオレを見て、ウォシェは一瞬だけ迷った末にぱん、とオレの手の平を叩いた。

 彼なりの信用を受けたと思い、オレは今後どうやってフィリテンの弱みを握るか思考を巡らす。


「ひとまずウォシェに頼みたいのは――――」


「……先ほどから見ているようですが、どちら様ですの?」


 リアが急に声を上げる。

 彼女が睨む視線の先には壁。少なくとも、オレには壁しかないように見える。

 だが、すぐにその壁の裏から、ひょこりと2つの獣耳が覗いた。


「やあやあ、皆さん方。私は決して怪しい者ではございませんとも」


 ピコピコと陽気に動くその獣耳には見覚えがある。


「は? バートル!? お前、何でこんなとこに……!?」


 オレの驚いた声にバートルは満足そうな笑みを浮かべると、明朗に語り始めた。


「そりゃあ、こっちのセリフだぜ兄弟。久方ぶりにエルピスに戻って来たからウォシェたちの様子を見に来てみりゃあ、どこぞで見かけた優男と美女二人の姿が見えるじゃねぇか」


「ウォシェたちと、知り合いなのか?」


「……俺がお世話になってる人から面倒見てくれって頼まれててな。ま、保護者みたいなもんだ」


 バートルの説明にウォシェは「けっ」と唾を吐き捨てるように言った。


「何が保護者だ。行商でほとんど顔は出さねぇし、時折顔見せてもよく分かんねぇことまくしたてて帰ってくだけじゃんか」


「おっと、ウォシェ君、バートルのお兄さんがいなくて寂しかったのかなー!?」


 勢いよく抱きつくバートルを鬼の形相で引きはがそうとするウォシェを見て、何となく二人の関係を察する。


「…………まあ、何となくお前らの関係は理解した。で、こっちの関係は今更説明が要るか? 盗み聞きしてたんだろ」


「盗み聞きとは人聞きが悪い。たまたま耳に入ってきたと言って欲しいぜ」


 ピコピコとわざとらしく犬耳を揺らすバートルを鼻で笑う。


「少々面倒なことになってな。フィリテンに難癖付けらちまった。何とか躱す手段を探してるってとこだ」


 オレの説明にバートルはにやにやと口の端を吊り上げる。


「いやあ。お可哀そうに……」


「そう思うなら哀れみついでに妙案でも出してくれ」


 正直、力でごり押す以外の方法は、フィリテンの弱みを握るぐらいしか思いつかん。金に物を言わせてもどうせ踏み倒される以上、あいつの権力を揺らがし得る何かが得る以外に、この勝負に勝ち筋はない。


「……まー、商人やってると色々と耳に入ってくるぜ? フィリテンの悪行の数々は」


「そんな悪代官なのか、あいつ」


「は、面白ぇこと言うな兄弟。……そもそも、善人の権力者なんて存在しねぇよ。権力はどうあがいても最終的に腐り散らかす。あの男はその成れの果てだ」


 やけに強いバートルの語調にオレが少し眉根を上げると、バートルはまた人好きする笑みを浮かべた。


「っけど、悪いな兄弟。確かに色々とネタはあるんだが、あいつを強請るほどじゃねぇんだわ」


「……まあ、仕方ない。昨日話した感じだと、恐らくフィリテンは頭は回る方だ。そうそうでかいボロは出さねぇだろ」


 だからこそオレも頭を悩ませているのだ。


 自然にボロが見つかるのを待っていても埒が明かない気もする。いっそのことこちらから誘導するか…………?


 フィリテンの誘いを踏み倒して竜車で高跳びできる可能性もまだ残っている。


「ひとまずはスラムの竜車の斡旋所に――――」


「ああ、そこならこの前潰されたらしいぜ」


「…………は?」


「つい一月前ぐらいだったかに、領主の許可を得ていないっつって」


 可能性が目の前で消えた。

 これ、本格的にフィリテンと全面戦争するしかないのでは?


「…………どうしてこうオレの旅路は上手くいかないんだ……」


 誰に言うでもなく愚痴を零そうと、目の前の現実が変わることは無いのであった。


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