152、空を見上げて
「独特の文化圏だな」
「うん、衣服も防塵防砂と、直射日光を避けられるものが、多いね。それに、建物も出来るだけ日光が中に入りづらいようになってるのかな?」
などなど、先ほどからレイラと二人でエルピスの話をし続けている。
リアはこういった他所の生活様式や文化などに興味がないのか、話半分にオレたちの会話を聞いているだけだ。
「レイラ、この手の話いける口だったのか」
「う、うん。骨董品とか好きだって言ったでしょ? 古いものだけじゃなくて、今の文化とかも好き…………」
彼女の意外な趣味に感心していると、ふと何かの引っかかりを覚える。
その引っかかりに少しばかり記憶を漁っていると、すぐに問いが浮かび上がってきた。
「……? でも、お前自分の集落からほとんど出たことないっつってたよな。どうやって他所の文化とか知るんだ?」
「え……? あれ、ほんとね……なんでだろ? 本とかで読んだ……のかな?」
まさか、そのレベルで記憶が欠落してるのか……?
レイラの話からてっきり直近の記憶だけが零れ落ちてしまっているものと思ったが、それすら怪しくなってきた。
集落から出たのが二カ月ほど前という話すら、真実かどうか定かではない。
あるいは、そもそも彼女自身――――
深い猜疑に沈みかけた思考を慌てて振り払う。
少なくとも、現時点で彼女が「嘘」をついているようには見えない。記憶を喪っているとしても、彼女の言葉自体に偽りはないことを信じるほかない。
それはある種の楽観的な希望だが、オレ自身悪意の感じない彼女を疑いたくはなかった。
「まあ、記憶の混乱が過去に遡及している可能性も十分にある。それも含めてレイラの集落に行けば思い出すかもしれない」
彼女にまつわる何かしらの情報があるはずだ。そこから類推して補完していくほかない。
ひとまずは、情報収集だな。
そう考えて街の中を当てもなく歩く。
じゃりじゃりと砂の音がする路面を歩いていると、すぐに大通りに面した商店街に出た。
時間は昼過ぎ、商店街の賑わいはピークと呼んでいい時間帯だと思うのだが、そこまで人通りが多くはない。
それも無理はないだろう。
思わず額の汗を袖でぬぐった。
灼熱の太陽が燦燦と陽の光を差し続けているのだ。いくら日陰と言えど、その熱気に耐えて元気に活動することは難しい。
……ん? 日陰?
おかしい。太陽は今ほとんど中天に上っている。さすれば、高い建物があろうとも影はできず、陽の光は容赦なく真っすぐに大地に突き刺さるはず。だが、商店街はその多くが日陰に覆われて――――――
「なんっ……なんだ、あれ!?」
上を見上げてすべての思考が停止する。
「屋根…………?」
レイラの呟きにもオレは上手く反応を返せずにいた。
オレたちの頭上、遥か遠く。
街全体を、巨大な何かが覆っていた。遠目に見えるそれは、極太の骨組みのように見える。作りかけの天蓋にも見えるそれは、背骨とあばら骨のような形をしており、ドーム状に街に覆いかぶさっている。
この商店街はちょうどその骨の一本の真下にあるらしい。そのためか真昼間だというのに日陰が出来ていたのだ。
「気づかなかった……あんな巨大建造物が街の上にあったなんて……」
エルピスを遠目に視認するかどうかといったところで盗賊たちに絡まれ、その後は竜車の中でひたすらリアたちと周囲を警戒していたので、街を注視する余裕などなかった。
だが、それにしても何だあれは。
手近な露天の店主に、冷やかしがてら問いかける。
「なあ、街を覆ってるあれ、何だ?」
店主は「ああ」と言って何でもないように言った。
「ありゃ、古龍の骨だな」
「………………は?」
間の抜けた声がオレの口から盛れ、店主の笑いを誘った。
「はっはっは。あんたら、旅の人だろ? みんなそうやって驚く。ありゃ、遠い昔にこの地で果てた、ドラゴンの遺骨らしいぜ」
「…………あのサイズの生物が、存在できるのか……?」
人工物であると言われた方がまだ納得できた。
だが、どうやらあれは生物の遺骨らしい。
あのスケール。オレが今見ているものが竜の背骨と胸骨だと仮定しよう。胴体だけでも数キロメートルはくだらない。全長で言えば10キロメートル以上はあるんじゃないのか?
「生物ってスケールじゃねぇ……」
もはやそのサイズになれば、それは地形や環境に属するものだ。とても、1個体の生物が持ち得ていい大きさではない。
「ま、この街に住んでる俺らも詳しいことは知らねぇよ。お伽噺みてぇなもんだ。……で、どうだ兄ちゃん。ついでに果物買ってかねぇか。安くしとくぜ」
情報代だと思い潔く人数分のマンゴーのような果実を購入する。
別に小腹も空いていないのでレイラに譲ると、一瞬で口の中に吸い込まれていった。
上を見上げたまま商店街を歩き続ける。
「はー…………このサイズの生物、自重で潰れたりしないのか? そもそも何食って生きてるんだ? 代謝だけでも相当な燃費のはずだ。いや、魔素があるからそれで何とでもなるのか? 場合によっちゃ自身の自重も魔法で支えてた可能性も…………」
ぶつぶつと上を見ながら独りごとを漏らすオレを見たリアが「気味が悪いですわね……」などと失礼なことをのたまっている。
対するレイラは「うーん」と唸っている。
「ワタシも、聞いたことある気がするんだよねぇ……」
「巨大古龍の話をか?」
「うん…………あー、えーっと、思い出したかも?」
レイラは自信なさげに話し始めた。
「昔々、大きな大きなドラゴンがいたんだけど、すごーく欲深くて、ある湖の水を独り占めしちゃったの。それで、そのあとドラゴンがそこの水を飲み過ぎたら、湖の水が枯れちゃうの。ドラゴンは水が飲めなくて死んじゃって、湖があった場所が砂漠になったって」
「それがパンドラ砂漠の生まれた理由ってわけか?」
レイラは遠慮がちにこくりと頷いた。
まあ、よくある創世神話の類だ。神が世界を大地と空に分けただとか、地母神の死体が人々の大地になったとか。
……と、まあ元の世界であれば宗教的なフィクションとして片づけられたのだが。
「生憎、遺骨が残ってるからなぁ…………」
もう一度上を見上げる。
あれだけの巨大な骨が残っているのだ。必ずしも完全な作り話と断定することもできない。
「まあ……考えても仕方ないか」
お伽噺が真実であろうとなかろうと、今のオレたちがすべきことに変わりはない。
御者の人に、この街にはいくつか竜車の案内所があることを聞いた。一番大きなものは町の中心付近にあるらしい。ひとまずはそこでドラグニル沼地への足があるかを確認すべきだろう。




