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149、二人だけの逢瀬

 こんこん。


 控えめなノックが部屋の扉を叩いた。

 装飾の施された豪奢な窓から月を見上げているまま、「どうぞ」と声だけを返す。

 ドアの開く音と同時に、目をやるとそちらにも月があるのではないかと錯覚を覚える。

 だが、黄金色の正体は当然月光ではなく、リアの透き通るような金髪。


「おいおい、夜這いか?」


「……あら、這い寄ったら受け入れてくださるんですの?」


 オレのちょっとしたジョークにリアも負けじと言い返すが、頬に朱が差すのを抑えきれていない。

 ふっ、まだまだ若いな。オレほどの玄人になると、女の子に手を触られたときに動揺が表に出ないように、表情を鉄に変えることができる。そのためか、元の世界ではよく「表情が死んでる」とか「目が腐っている」などの温かい応援のお言葉を頂くことが多かったが、それはまた別の話。


 オレが独り郷愁にむせび泣きそうになっているとリアは何も言わずに正面に座った。

 オレたちのとった宿は、なかなかに高級宿だ。

 きれいなシーツと固くないベッドがあるだけでも満点を上げたいのに、意匠のあしらわれた家具類や、テーブル、ソファなどが個室にあるというのだから驚きだ。

 その分お値段はそこそこに張る……というか、一泊で竜車の片道分が飛ぶんだが、そこは致し方ない。遠隔の地でどの程度治安がいいかも分からない。ある程度値の張る宿であれば、そのあたりも安心できるはずだ。


 というわけで、かなりいい宿でオレは極楽に一人部屋を楽しんでいたわけだが、リア王女陛下はそれが不満なのか、こうして殴り込んできたわけだ。


「王女陛下におかれましては、こんな庶民的な宿ではご満足いただけませんでしたか?」


「ふっ、旅で十日以上も野宿をしてきたというのに今更何を。わたくしは最低限屋根さえあれば寝れますわ」


 この女、本当に王女か? たくましすぎるぞ。オレでさえ、野宿に慣れるまで時間がかかったと言うのに。


「じゃあ何をしに? チェスでもやるか?」


「はぁ……アナタがそう口数多く気安いときは、大抵ろくでもないことを考えているか、どうしようもないことを抱え込んでいるときですわね」


 リアに図星をつかれる。バツが悪くなって黙り込んでいると、


「……そうやって、すぐにしおらしくなるのも可愛げがあると言えば、そうなのかもしれませんが」


 リアは一人勝手に納得してカラカラと笑う。

 オレがそれにクレームを入れるよりも前に、リアの表情がすっと冷めていく。


「昼間、竜車の手配所で何を聞きましたの?」


「…………何のことだ?」


「とぼけないでくださいまし。恐らくは何か情報を得たのでしょう。ドラグニル沼地や、レイラの集落について」


 彼女の声に詰問するような色はない。

 ただ、どこか心配するような声音にオレは少しばかりどうすべきか戸惑う。


「いま、レイラは?」


「あの子なら部屋でシャワーを浴びているはずです」


 リアがちらりとドアの方を盗み見るように視線をやった。

 リアとレイラはオレとは別の部屋に宿泊している。

 オレは長い溜息とともに肺の中の空気を全て吐き出すと、深く息を吸った。


「…………集落は壊滅。住人は一人も残っていないらしい」


「っ……!! それは、あまりに……」


 リアの言葉は最後まで紡がれない。

 口に出したオレでさえ、まだその事実を咀嚼しきれずにいる。


 分かっている。いや、分かっていた。

 こちらの想定していた通りだったのだ。

 恐らく集落が絶望的な状況であろうこと、レイラが集落に帰れどもそこに救いはないであろうことなど。

 だが、どこかで一縷の希望を望んでいた。

 心の奥底で、頼りない一筋の藁に縋ろうとしていた。

 それを、今、目の前で断ち切られた。


「レイラには、伝えませんの?」


「……どうするか、悩んでる」


 もちろん、彼女と情報の共有はすべきだろう。だが、その事実を知った彼女の胸中を推し量るとあまりに酷すぎる。彼女自身、覚悟は決めているだろうが、第三者であるオレでさえこれなのだ。当の本人がこの事実を知れば、自棄になって暴走する可能性すらある。


「あいつの精神状態を考えるなら、ここで伝えるべきじゃないと思う」


 もし万が一この町で暴走するようなことになったらオレたちに止められるかは分からない。それに、レイラ自身が自棄になって失踪されても困る。


「集落に着く直前あたりで伝えるのが最善、だと思ってる」


 最適ではないが、最善。

 オレの煮え切らない言葉に、リアも珍しく難しそうな顔で俯いている。

 だが、数秒の思考ののちに真っすぐとこちらを見つめると、こくりと頷いた。


「わたくしも、アナタの考えに賛成ですわ」


 彼女の賛同にほっと息を漏らす。


「は、珍しいな。オレとお前の意見が一致するなんて」


「あら、そうですわね。もしかしたら、明日は雨でも降るのかもしれません」


 などといつもの憎まれ口をたたき合って、ようやく場の空気が弛緩していく。

 それからしばしの間、珍しく歓談を楽しむと話題もなくなってくる。


「……大丈夫ですか?」


「何が?」


「いえ……アナタはすぐに一人で抱え込んでしまうので。念押ししておきますけれど、今回の一件は決してアナタのせいではありませんわ」


 どこか心の奥底を見透かされたようなリアの励ましに、オレは首を振った。


「大丈夫だ。オレは、オレのやるべきことをやるだけだ」


 自分に言い聞かせるように放った言葉は、どこかぼんやりとした輪郭のまま宙にぶらさがった。

 オレは今、どんな顔をしているんだろうか。

 窓枠を覗き込めば反射する自分の顔も見られるのだろうが、生憎その勇気が出なかった。


「まったく……」


 そういうとリアはこちらに距離を詰めてくる。


 おい何をするやんのかおい上等だコラ――――などと内心でメンチを切っていると、ほのかな熱量が顔を覆った。


「……何をしてるんだ」


 オレの頭を優しく抱きしめているリアに、我ながら弱弱しい声で問うた。


「さあ、何をしているのでしょうか」


 子供をなだめるような優しい声をしたリアに、オレは二の句を継げない。

 そのままリアは髪を漉くようにしてオレの頭を撫でる。


「小さい子供じゃないんだが…………」


「あら、では大きい子供かしら?」


「17歳を大人と呼ぶかは議論の余地があるけど、ここまで子供扱いされるほどでもないと思うんだけどな……」


 リアの言葉に悪意も感じず、オレがただ戸惑いながらなされるがままになっていると、やがてリアが身を引く。


「わたくしはアナタの騎士です」


「ああ、その話は何度も聞いた」


「ですから、アナタを守らなければなりません」


「…………その話も聞いたな」


「そうですか。それだけ分かっていてくだされば、結構ですわ」


 そういうとリアは「では、おやすみなさい」と言葉少なに言い残して早足で部屋を出ていく。


「何だったんだ…………」


 怪訝げに独り言つ。


「……もう少しだけ夜風に当たるか」


 妙に火照る頬を冷ますのに、もう少しだけ月を眺めている必要がありそうだ。


「38、一方的な逢瀬」

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