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145、告げるべき言葉

 話がまとまってからはあっという間だった。


 フォルトナに用意してもらった部屋で転移魔方陣を描き、自宅とのリンクが開通したことを確認した。そして、決してこの件が広く知られることが無いようにと『コントラクト』で契約を交わした。ここにある転移魔方陣のこと、およびそれにまつわる情報を知っている人間を最小限に抑えること、また軍事利用に向けた研究をしないことなどである。

 魔法都市側が転移魔方陣の技術を手に入れてしまえば、それが国外に流出してしまう可能性がある。それだけでならまだしも、もしそんな技術が魔法都市にあると広く知れ渡れば、この都市が国家などから侵略を受けることは、想像に難くない。


 彼女はオレが魔方陣を描く様子を爛々と輝いた目で見守っていたが、さすがに彼女自身も事の重大さは理解しているのか、慎重な対応をすることを約束してくれた。

 フォルトナに旅に必要な物資の手配もしてもらい、彼女の指示を受けた学生の案内を受けて物資を補給する。復興中にも関わらず、フォルトナの許可があることと、オレの顔が利くことを利用すればスムーズに事が進んだ。


ドラグニル沼地への出発は二日後の朝とした。明日の晩に開かれる戦勝祝賀会アンド勇者の送別会に参加して、その場で調査に出向くことを発表する。短い滞在だったが、致し方あるまい。

 今回の旅に同行するレイラにも必要なものを確認する。


「ワタシは、大丈夫。何も無くても、道中で色々なものを狩って食べればいいから」


 とのこと。流石に、彼女の底なしの食欲を全て満たすような物資を買い集めるわけにもいかないので、その言を素直に受け取る。


「わたくしも問題ありません。最低限の荷物は自分で持てますので」


「…………ん?」


「はい?」


 当然のように隣を歩いて必要なものが無いかを確認しているリアを見て、オレは首を傾げた。


「リアさんは何をしていらっしゃるので?」


「旅に必要なものを吟味しているのですが…………」


「つかぬことをお聞きしますが、どちらにご旅行に?」


「アナタに同行するのですけれど…………」


「……」


「……」


 お互いが沈黙にメッセージを込めて贈りつけ合う。

 最初に痺れを切らしたのはリアの方だった。


「はぁ。前回は置いて行かれましたので、今回は付いて行きますわ。誰が何と言おうと。たとえ、アナタであろうと」


「いや、お前な、さすがに一国の王女をそんな何の保証もアテもない旅に連れていくわけにはいかないだろ」


 リアはにやりと、口の端を歪めた。


「魔法都市に来た時点で、わたくしを止められる者はおりませんわ」


 こいつ……! 意外と強かに考えてやがる……!


 オレもリアとは短い付き合いではない。

 こうなったリアをどう言いくるめようと、彼女が意志を曲げないという未来は確定してしまっている。恐らくオレがどう手を尽くして逃げようとしても、こいつは文字通り地の果てまで追ってくるだろう。


「一応お付きの人たちを説得して来い……」


 諦めにオレが苦し紛れを漏らすと、リアは少しだけ考えて頷いた。


「そうですわね。アナタも、ちゃんと話をしてきなさい」


 ちゃんと話す。


 それが何を指しているか、言葉を尽くさずとも伝わった。伝わってしまった。

 最後にリアはにっこり笑いながら「逃げないでくださいましね」と言い残すと、宿舎の方へと戻っていった。

 あの愛らしい笑顔は「逃げたら殺す」という殺意の現れである。一人で出発しようとしているところを見つかりでもしたら、恐らく腕の一本や二本は覚悟しなくてはならないだろう。え? この状態から入れる保険があるんですか?


 くだらない思考を回しながらも、あらかた物資自体の準備は出来た。


「オレも、一応挨拶はしとくか……レイラ、先に部屋に戻っててくれ」


 レイラは何も言わずにこくりと頷くと、たったったと駆けていった。あれだけ大人しい様子を見ていると、つい先刻まで暴れまわっていた暴走竜の中身とは思えない。

 フォルトナとの話は付いているので魔法都市に対する義理立てはできているのだが、いかんせん今回は勇者として遠征に来ている身。関係者が多い以上、事情を話さなきゃいけない相手も多い。


 魔法都市内に『領識エリアライズ』を浸透させ、目的の人物を探す。

 最初に見つけたのは、巨体を揺らして歩く一人の男だった。

 その巨体目掛けて直線距離を進み、偶然を装って声をかける。


「よう、熊野」


「おお、十一か。戦闘が終わってから姿が見えなかったから、心配していたぞ」


 その言葉に嘘偽りはないのだろう。熊野はオレを見て少しほっとした様子で笑った。


「オレが死んでなくて残念だったか?」


「そう自虐的になるな。別にお前に死んでいて欲しかったなどと1ミリも思っておらん」


 そういうと熊野は豪快に笑った。

 オレも愛想程度に曖昧な笑いを返すと、熊野は笑い声を潜めて続けた。


「……で、十一の方からおれに話しかけてきたということは、何か用があるんだろう?」


 少しだけ目を細めて、こちらに問う姿はより一層熊のようだ。

 熊野の言葉にオレは確かな首肯を返す。


「ああ。明後日、オレはお前たちと一緒には帰れない」


「なにっ、どういうことだ、十一」


 熊野がこちらへ詰問したい感情を抑えるようにして肩を高くした。


「待てって。フォルトナ学園長に話は通してある。……まあ、お前には詳しく話しておくか」


 少しだけ迷ったものの、オレは熊野に今回の一件の不可解さと、それに関する調査の必要性を説いた。無論、レイラのことだけは伏せていたが。


「それでお前が調査に?」


「ああ。そういうわけで悪いが、オレはこれ以上勇者の職務を全うできない」


 随分とまあ短い職業体験だった。やっぱり根本的に勇者などという輝かしい存在に合っていないのだろう、オレという存在は。表になど出ず、裏でじめじめと暮らしているのがお似合いだ。


「……そういうことなら仕方あるまい。おれ自身としては、お前にいて欲しかったのだが……」


「おいやめろ、お前の好感度を上げた覚えはねぇ」


 熊野の言葉にオレが身を抱いて一歩後ずさると、熊野は目を丸くしたあとにげらげらと笑い出した。


「ふははっ。いや、本当にお前と話せて良かった。だが、相分かった。魔法都市とリスチェリカはおれたちに任せておけ。お前はお前のやるべきことをやるといい。だが、投げ出すなよ」


「お前に言われるまでもねぇよ」


 熊野はオレの返答を満足げに受け取ると、「では」と手を振って歩いていく。

 あと、声をかけなくちゃいけないのは……


「ユート」


 オレが探そうとする前に、向こうから声をかけられる。

 目の前には痩躯の一人の男性。そして、横にはローブで姿を隠した一人の少女。

 どちらも今の姿は人間に見えるが、それは魔法などで外見を変化させているだけ。本性は人間ではない。

 魔族の六将軍、フォンズ・ヘルブロウとアルティ・フレン。


「……ああ、ちょうど探してたんだ」


 フォンズとの最後の会話を思い出して少しだけ言葉に詰まるオレとは裏腹に、フォンズは普段とさして変わらない調子で淡々と続けた。


「奇遇だな。我々も君に話があった」


 どうやらフォンズたちもオレに用があったらしい。


「本部に呼び出された」


「本部ってのは…………」


「そりゃあ、魔族軍の本部以外にないでしょ!」


 アルティがけらけらと笑う。

 だがその笑い声がどこか空虚に響いていると感じるのは、オレだけではないはずだ。


「これから私たち二人は魔王城に戻らなければならない。少しの間、ここを離れる」


「そうか…………オレもこれから旅に出る必要があったからな。丁度良かった」


 オレの言葉にフォンズはあまり興味も無さそうに「そうか」とだけ言うとオレに背を向けた。


「何かあれば連絡はしよう。そういう契約だからな」


「うん! だーりんに有益な情報だばだば横流しするから、楽しみにしててね」


 アルティの投げキッスを身をよじって回避し、彼らを見送る。

 奴隷首輪も、コントラクトも効いている。問題なく諜報活動を遂行してくれるはずだ。

 このタイミングでの六将軍の招集。その真意は測りかねるが、戦争の盤面が大きく動く可能性は小さくない。彼らの報告を待ちつつ、対応も考えなければならない。

 オレが遠出をしなければならないタイミングと重なってしまうのは、間が良いと言うべきか間が悪いと言うべきか。恐らくはそのどちらも正しいのだろう。


「あとは、凛か…………」


 オレが挨拶をしておくべき最後の一人は凛。

 頭では分かっているのだが、どうにも足が進まない。

 彼女と言葉を交わそうとするたびに、あの日の苦い紅茶の味が口いっぱいに広がる。

 また失敗してしまうのではないか、そんな不安に駆られる。

 そこまで思考して、オレはふっ、と自嘲気に息を漏らした。


 ああ、オレは失敗したくないのか。あいつとの関係を。

 どれだけ見まいと目を閉ざそうと、どれだけ聞くまいと耳を塞ごうと、彼女を拒みきることはできなかった。

 「どうでもいい」なんて嘯いて切り捨てていても、結局何も切り捨てられていなかったのだ、オレという人間は。

 自らの意地汚さ、そして凛の優しさに付け込んでいた自分の不甲斐なさに頭を掻きむしりたくなる衝動をぐっとこらえ、前を向く。

 あれだけリアに叱咤されたのだ。


 凛と、話をしなければならない。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「凛」


 彼女は学園内の談話室にいた。

 戦闘からようやく一息ついて、勇者や魔法都市の学生たちと和気あいあいと雑談に興じている最中だったようだ。

 雑談をしている彼女の様子は、少しばかり無理をしているようにも見えたが、十六夜や龍ヶ城たちといるときよりかは幾分かリラックスできているように思えた。

 まあ、それすらもオレがそう思いたいだけの希望的な観測かもしれないが。


「……ゆーくん」


 凛がオレに気付き、小さく名を呼ぶ。

 氷魚が横目でちらりとオレを見た。敵意も好意も無い、純粋に澄んだ瞳。

 だが、その透き通りすぎた瞳に、オレの心の底の淀みを咎められているような気がして、一瞬たりとも彼女と目を合わせられなかった。

 周りの勇者たちは曖昧な表情を浮かべ「何でこいつが」という疑念を隠しもしない。対照的に、アトラスの学生たちは喜色とともに歓迎をしてくれている。そのあまりの対応の違いに思わず苦笑が漏れそうになるが、唇を噛んで誤魔化した。


「…………どうしたの?」


 黙りこくっているオレに、凛が問いかけた。

 その声は平静を装っている。だが、微かに震えている。

 そして、彼女がこの場で用件を聞いたということは、ここで、衆人の見守る中で言葉を続けろという意思表示だ。それは彼女なりの覚悟の現れなのか、それとも――――


「いや、その、だな。少し旅に出ることになった」


「旅…………」


 凛が口に含めるようにその単語を呟いた。


「ああ。どれくらいになるかは分からないが、それまで魔法都市には戻らないし、リスチェリカにも戻れない」


 オレは、何を言っているんだろう。

 そんなことを凛に言ってどうなるんだ。

 何も分からない。だが、凛には伝えておかなければならないと、否、伝えておきたいと、そう思ったのだ。


「……それだけ?」


 凛の真っすぐな問いかけに一瞬だけたじろぐ。

 そこでオレはようやく彼女の目を見た。

 彼女の目を彩る色は不安。

 その不安の理由までは、オレが知る由も無いのだが。


「ああ、それだけだ」


 オレの返答に凛は口をつぐむ。

 しばしの間俯くと、顔を上げた。

 オレは、彼女の表情に心臓が跳ねた。


「そっか、気を付けてね」


 顔に貼り付けられていたのは笑み。

 だが、どこまでも悲しげな笑み。


 悲壮。


 その感情が手に取るように分かる。


 何故――――


 その問いは言葉となって吐き出されることはない。

 オレは、また間違ったのか?

 ぐるぐると無駄に回る思考は、正解も何も導き出してはくれない。


「……ゆーくん、わたし決めた」


 彼女が、オレの理解を待たないままに何かを決定した。

 その言葉には、強い決意が宿っているように聞こえる。


「決めたって、何を――――」


「帰ってきたら、教えてあげる」


 そう言うと、凛は悲しそうに眉尻を下げて笑う。

 彼女の言葉の真意が分からない。

 だが、オレにそれを問い質す権利も、時間も無かった。


「さ、話の続きしよっ」


 凛がすぐに他の面々と雑談を始める。

 他の面々もすぐにオレから興味を失うと、会話に花を咲かせることに腐心し始める。

 オレは居場所がなくなったことを悟ると、すぐに凛に背を向けた。


 誰もいない廊下で、一人歩く。


「なあ、オレは――――――――」


 どうして、間違えるんだ。


 その言葉はついぞ出てこない。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「ねえ、凛。良かったの?」


「良かった、って?」


 朱音ちゃんの問いに、わたしはあえてとぼけて見せた。

 彼女の問いかけの意味は明白。わたしがゆーくんに対して、すげない対応をとったことを言っているのだ。


「十一のこと」


「うん。たぶん、わたしが付いて行っても足手まといになっちゃうし」


 そう返して顔に笑みを貼り付ける。

 わたしは、今笑えているだろうか。大丈夫だろうか。

 そんな不安すらも押し殺して、次から次に顔に笑顔の仮面を貼り付け続ける。


 ゆーくんが旅に出ると聞いたとき、少しだけ誘ってくれるんじゃないかと期待した。

 その期待はとっても欲張りで、とっても浅はかで、とっても自意識過剰なものだ。

 でも、ほんのちょっぴりぐらい、好きな人に頼られることを祈ったっていいじゃんか。

 けれども、やっぱりゆーくんは誘ってはくれなかった。

 そりゃそうだ。

 前回の旅は強引に付いて行ったけど、それでもあれだけ渋られたのだから。今度は、同じ竜車に乗り込んでついていくなんて荒業、通用しないだろう。

 わたしでは、ゆーくんの役に立てない。

 その揺るぎようの無い唯一の真実が、とても悲しい。

 だから、さっきは上手く笑えなかった。


 今回のドラゴンの大群だって、ほとんどゆーくんが撃退したって聞いた。

 わたしはせいぜいが結界を張ってみんなを守るぐらいしかできなくて。あまつさえ、強いドラゴンにはご自慢の結界も破られちゃったりして。

 わたし自身の弱さを、感情任せにゆーくんにぶつけて、それでもまだ見捨てられていないなんて、甘い期待。そんなものを自分が持っているという事実だけで、心臓にナイフを突き立てたくなる。


 どうしてこんなことになってしまったんだろう。


 ゆーくんに会うまでは、こんな風に感情が波立つこともなかった。

 ゆーくんに会うまでは、こんなに浅ましく縋るようなことなんてなかった。

 ゆーくんに会うまでは――――


 彼のことを考えるたびに、変わってしまった自分自身を思い返して絶望する。

 そんな無為な営みを何十、何百と繰り返してここまで来てしまった。


 ゆーくんと仲直りしたい。

 ごめんって言いたい。

 また一緒に話したり、ご飯食べたり、買い物したりしたい。


 そう考えることも、また欲張りなのだろう。

 だって、わたしはまだ彼と並び立つことすらできないのだから。

 だから、この世界でわたしがやるべきことは、きっと1つ。


「もっと強くならなきゃ」


 リアさんみたいな剣の力はわたしにはない。

 穂香ちゃんみたいな弓の絶技も、輝政君みたいな法外な才も、剛毅君みたいな剛健な肉体もない。

 だから、少しでも彼の傍に立てるように。

 そうして初めて、彼に思いを伝えられる。


 ごめん、って言いたい。

 大好きだ、って言いたい。


 自分の胸中にある、この思いを、ちゃんと伝えたい。


「よし……」


「凛……?」


 朱音ちゃんに笑いかける。

 今度の笑みは、貼り付けようとせずとも自然に出た。


 待っててね、ゆーくん。

 絶対に、そこまで行くから。


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