142、英雄の帰還
「ユートさん!! 無事で良かった!!!」
魔法都市に帰還するなりテオから熱い抱擁を受ける。
ばんばん、と嬉しそうにオレの背中を叩くテオと身長差があるため、半ば抱きかかえられるような形になりながらも、何とか彼を引きはがす。
元気そうな彼を見てほっと一息つくも、正門前はてんやわんやだった。
怪我人の治療を行う治癒術士、ドラゴンの死骸を検分する学者たち、資材の運搬を行う学生に、周辺状況の確認をしに飛び出していく斥候部隊。
だが、どちらかと言えば雰囲気は明るく、魔法都市の様子を見ても戦勝と呼んで差し支えなさそうだ。
その中でよく見知った顔を見かける。
「トイチ様!」
見知った顔ことフォルトナ・アトラウスは数人の側近を引き連れてこちらに駆けてきた。
「驚いた、まさか学園長直々前線に来るとは」
「いえ、お恥ずかしながら、戦闘中は後ろに控えさせて頂いておりました」
まあ、そうだろうな。
指示を出す人間ってのは基本的に安全な場所から動くべきじゃない。頭がつぶれれば指揮系統が一気に麻痺する。
少しばかり意地の悪い指摘をした自覚はあったので、誤魔化すように咳ばらいをすると話を続けた。
「被害状況は?」
オレの問いに、フォルトナは歯噛みするように俯く。
「私の指揮が至らず、数名の死傷者を出してしまいました……」
それに「そうか……」と返すしかない。
「…………オレは、あんたに謝らなくちゃいけない。オレが連れて行った学園都市の学生のうち、二名、コロン・ウェーバーとヴェルベット・オースが死亡した。すまない」
頭を下げる。
オレが名前まで憶えていたことに驚いたのか、少しだけ目を丸くしたフォルトナは「顔を上げてください」とだけ言った。
どんな罵倒が待っているかと恐る恐る顔を上げると、すぐ眼前にはあいまいな笑みを浮かべたフォルトナの姿があった。
彼女はそのままオレの首に手を回すと、抱き着かない程度に軽い抱擁をしてくる。急な彼女の行動にオレの手は情けなく空中をさまよう。抱擁は交わし合うものだが、今回に関しては完全に一方通行だ。
「お、おい……」
オレの半分裏返ったような声を、フォルトナは気にも留めずに続けた。
「ありがとうございます」
そう言うとフォルトナはすぐに離れる。
離れる瞬間、ほんのりと花のような甘い匂いが鼻腔をくすぐった。
「貴方様のおかげで、魔法都市は危機から救われました」
「でもオレは――――」
「トイチ様。貴方は、二人の命を取りこぼしたのではありません――――」
フォルトナはゆるゆると首を振った。
だが、すぐに真っすぐにこちらの目を見る。決してオレが目を逸らすことを許さないように。
「――――数多くの命を、救ったのです」
フォルトナの言葉に何も言えず、ただ彼女の背後の魔法都市を見つめた。
未だに多くの人間が出入りし、活発に動き回っている。
「他でもない貴方が。あのときに声を上げたから。あのときに、誰よりも前に出たからこそ、今、魔法都市は存続し得ているのです」
それは、買い被りだ。
オレは確かに現状の戦力と状況を鑑みて被害を最小にできるような提案はした。だが、実際の手配や魔法都市での戦術などは全てフォルトナをはじめとした学園都市の学生たちが組み上げたものだ。対するオレはただ他の人間を前線に引きつれてみすみす殺してしまった無能だ。
何で、そんな風に真正面から賛辞が贈れる。
今のフォルトナが嘘を吐いている顔をしてくれていればどれだけ良かっただろうか。
だが、彼女が浮かべるどこまでも曖昧な、少女然とした表情は、それを世辞だと断定するには輝かし過ぎた。
「でも、オレは――――」
「トイチさん、あなたは、彼らの死まで背負おうとしているのか?」
急にテオに問いかけられ、言葉に詰まる。
ああ、そうだ。彼らの死はオレの責任だ。オレの背負うべき罪だ。だってそうだろ。オレがもっとうまくやってれば、こうはならなかったはずなんだ。
喉元まで出かかったオレの言葉をとどめたのは、他でもないテオ自身だった。
「――――それは、傲慢だ」
テオに叩きつけられた言葉に、オレは喉元でつっかえた言葉と一緒に多くの唾を呑みこんだ。
「彼らは、この魔法都市を守るべく、勇敢にも自ら戦いに出向いたんだ。その結果、惜しくも命を散らしたけれど、それは彼ら、そして俺たちが背負うもので、あなたが背負うべきものじゃない」
テオの言う「俺たち」にオレは含まれていないのだろう。
「あなたが彼らにかけるべき言葉は謝罪じゃない」
テオは悲し気に目を伏せると、首を振った。
だが、すぐに顔を上げてこちらを真っすぐと見る。
「『よく戦った』。『見事だった』と、賞賛してあげて欲しい」
それが、あなたにできる最大限の彼らへの弔いだから。
そう、テオは続けた。
彼の言葉が、理解できない。
賞賛? 人が、死んだのに?
「あなたは英雄なんだ。俺たちの、いいえ、きっと色々な人にとって」
その声を否定しようとするオレの頭を、リアが小突いた。
急に小突かれて不服の視線を向けるとリアは小さくため息をつく。
「彼の声を聴きなさい。彼の目をちゃんと見なさい。逃げないと、そう決めたのでしょう」
逃げない――――
その言葉に、オレは心臓を掴まれたような錯覚を覚えた。
オレは別に、逃げてなんて……
テオの顔を見る。
彼の目元に、涙の跡があるのを見つけてしまう。
彼の瞳が、どこまでも純真に、こちらを真っすぐと見つめていることを見つけてしまう。
彼の唇が、緊張に震えていることを見つけてしまう。
…………ああ、そうか。
ようやく、いま、テオの言葉を理解した。
「――――オレは、ちゃんとやれたのか」
その問いは極めて傲慢だ。
どこまでも意地汚くて、鼻で笑われても仕方がない問いかけだ。
だが、誰も笑わなかった。
フォルトナが、決してオレから目を逸らさずに言った。
「はい。貴方様に、我々は救われました」
オレが欲しかった言葉。
喉から手が出るほど欲して、けれどもたくさん取りこぼして。
すべてを掬いたいと、霧の中でもがいた手が、ようやく届いた。
そんな気がした。
――――――――――――――――――――――――――――
フォルトナはオレとの会話を続けたかったようだが、仕事が山積みなようで側近に引っ張られるようにして去っていった。
本来であれば後ろに連れているローブ姿の少女――――レイラのことを早急にフォルトナに話す必要があるんだが、先ほどのフォルトナの言葉で完全にフリーズしていたためにタイミングを失ってしまった。
「改めてよく生還したね。本当に良かった」
相好を崩して人懐っこい笑顔を浮かべるテオにオレも自然な笑みが返せた。
「ああ、そっちも無事そうで何よりだ」
「君が帰ってくる少し前に最後の一体を討伐してね。君の援護に小隊が向かったんだけど、すれ違いになっちゃったかな」
もしや、先ほどちらと見かけた斥候部隊がそれか? 悪いことをしたな。
「いや、まあ無事なら何でもいい」
「本当に、あなたのおかげだ。ありがとう」
「礼なら後でいくらでも聞かされるだろ」
どうせこの後祝賀会だのなんだのがあって、一人一人順番にお礼を言われる儀式が始まるのだろう。え、オレ不参加でいいか?
「はは、そうかもしれないな。で、さっきから気になってたんだけど、そっちの女の子は……?」
テオの視線に、レイラが俯きながらローブで顔を隠した。
「いや、まあ色々あったんだ。こいつをフォルトナ会長に御目通ししたいんだが、生憎会長がご多忙そうだしな」
「ああ……魔法都市の死傷者は少ないとはいえ被害は決して小さくはないからね……」
テオがちらりと見る魔法都市は、街を取り囲む壁や中の街並みの一部が破壊されている。手前の平原は焦げたり抉れたりとさらに惨憺たる状況だ。
だが、レイラを街の中に連れ込むのもなぁ……
敵意が無さそうに見えるとはいえ、危険因子に変わりはない。もし万が一復興中の街中で暴れられるようなことになれば、オレたちが死ぬ気で戦った意味がない。
フォルトナの手が空くまで、まだ時間がかかりそうだ。強引に彼女に言い寄れば無論融通は利かせてくれるだろうが、そんな特別扱いを受けて周囲の顰蹙を買っても困る。
「ワタシ、外で待ってる?」
「流石にそれはな……」
何かを察したレイラがありがたい提案を申し出てくれるが、オレとしてはそれを辞退するほかない。繰り返すが、こいつは危険因子。一人放置しておくのもマズい。非常時に対応できるオレやリアのような人間の監視が必要だ。
「しょうがねえ、少し落ち着くまで街の外で待ってるか――――」
「大魔導士様!!」
テオと話し込んでいたのが良くなかったらしい。
こちらを見つけた名も知らぬ学生が、大きな声を上げた。
その声に弾かれるように、今まで作業に従事していた多くの学生たちがこちらに視線を向ける。
顔に満ちるのは喜色。
そして、ほとんど全員がわらわらとこちらに駆け寄ってくる。
「おお! 帰還なさったぞ!」「トイチ様が卓越した魔導でドラゴンたちをなぎ倒されたと聞いております」「ありがとうございます、ありがとうございます!」「是非のちほどドラゴンたちとの戦いの顛末をお聞かせください!」
などなどなどなど。
捲し立てられる言葉の数々数々…………
正直半分ぐらいは何を言っているか聞き取れなかったが、彼らが何やらオレを誉めそやすような文言を繰り返していることだけは分かる。
曖昧な笑みを浮かべて、後ずさろうとするが、それを許すべくもない彼らの猛攻は止まらない。
オレはすぐに「ええ」「はい」「そうですね」を順番に言うだけの機械になってしまうが、そんなオレの反応を見ても彼らの称賛と質問が止まることはなかった。
それから永延にも感じる間、大人数に囲まれて息も絶え絶えになっていると、パンパンと手を鳴らす音が耳に届いた。
決して大きくはないが、喧騒の中でよく響いた音は人々の興味を一瞬だけそちらへ向かせる。そして、彼女にはその一瞬で十分だ。
「皆さん、トイチ様がお困りです。後ほど戦勝の祝賀会を開きます。詳しい話はそのときに。今はなすべきことをなしてください」
フォルトナの流れるような言葉に、全員が意識的にか無意識的にか背筋を伸ばす。そして、オレに各々の挨拶を述べると、先ほどまでの作業に戻っていった。
いや、助かった。鶴の一声とはこのことか。
「ご容赦ください。みな、貴方様の活躍に驚嘆と興奮が隠せないのです」
「いや、まあ……そうだ。フォルトナ。一瞬だけ話す時間をくれないか」
フォルトナは「今でなければだめか?」と目で問うてくる。
彼女には申し訳ないが、この案件をオレだけで抱えておくのは今後絶対にこじれる。早めに魔法都市側に共有しておきたい。
「……なるほど。お二人とも、少し外してください」
フォルトナは一瞬だけ思案したあとに、後ろに控えていた側近二人に言った。
側近はそれに何の反論をすることもなく、短く返事をして去っていく。
「ここは人が多いですから。こちらへ」
街から離れ、人の少ない方へと歩いていく。
足早に歩くフォルトナに、オレとリア、そしてレイラが続く。
やや歩いてから、フォルトナの足が止まった。
「ここまで来れば大丈夫でしょう。貴方がわざわざ話す時間を設けて欲しいと要求したということは、あまり他の人には聞かれたくないのですね?」
「ああ。今回のドラゴンの襲撃についてだ。簡潔にオレの推測とその根拠を述べる」
ほとんどのドラゴンに紫色の水晶が埋め込まれていた事実、そして彼らが暴走状態にあったのではないかという推測。また、レイラが竜人で竜に成って街を襲おうとしていたが、何も覚えていない事実。他のドラゴンたちも同様に竜人だったのではないかという推測。
オレの知りうるすべてを可能な限り客観的に話す。
すべてを聞き終えたフォルトナは自分の顎に手を当てて、深い思案の中に沈んだ。だが、時間にしてほんの数秒。そののちにフォルトナは再びオレを見た。
「分かりました。紫の水晶およびドラゴンの死体についてはこちらでも重点的に調査を行います。何か分かるかもしれません」
「ああ、頼む」
「それと、そちらのレイラさんの処遇ですが…………」
フォルトナの射竦むような冷たい視線にレイラが肩を跳ねさせる。
「一度、こちらで預からせていただけますか? 悪いようにはいたしませんので」
「悪いようにはしない、って言ってるやつが悪いようにしない話を聞いたことが無いが……」
オレの苦笑にフォルトナは素の表情で笑った。
「本当ですよ。トイチ様は、紫色の水晶によってレイラ様の記憶に混濁と欠落が見られた可能性があると、そう仰いました。もしかしたら闇魔法の類かもしれません。そうであれば私の領分です」
なるほど……
確かに、彼女はオレに『魅了』の魔法をかけた前科がある。他の闇魔法を直接見たわけではないが、少なくともオレよりも専門家であることは間違いないだろう。
もしかしたら、失われたレイラの記憶に関しても何か分かるかもしれない。
そしてそれは今回の事件を引き起こした原因の究明につながる。
「はい、分かりました。ワタシのことは、どうしてもらっても構わない、です」
レイラはフォルトナにぺこりと一礼した。
フォルトナは一瞬だけ目を細めて殊勝なレイラの態度を値踏みした。そして小さく呪文のようなものを呟く。
「―――――を照らせ、『トゥルースサイト』」
一瞬、【魔力感知】が魔法の発現をとらえる。弱い魔力だが、それでも魔法であることに変わりはない。彼女の口から零れる詠唱から、それが人の言葉の真贋を見抜く類のものであることが分かる。
だが、フォルトナはレイラの言葉に裏が無いと分かったのか柔和な笑みを浮かべた。
「そんな風に怖がらないでください。大丈夫です、あなたを傷つけようだなんて思っていませんよ」
女神のような笑みを浮かべるフォルトナに、レイラは目の端を涙に滲ませて感極まっているが、オレからすればあの胡散臭い笑みには恐怖しか覚えない。
「では、そろそろ戻りましょう。他にもやるべきことがたくさんありますので。ああ、それと、私が落ち着くまではレイラさんをよろしくお願いします。学園内にお連れして構いませんので」
「は? いいのか? さっきも言ったが、こいつは灰竜の竜人で……」
「ええ、構いません。むしろ、学園内に閉じ込め……いえ、お越しいただいた方が私も助かりますので」
おい、今こいつ一瞬ものすごいこと言わなかったか。
「よろしくお願いしますね」
フォルトナは最後に一番の笑顔を浮かべると、こちらを振り向きもせずにすたすたと歩いて行ってしまった。
…………相変わらず底が読めなくて恐ろしい。
「……まあ、お許しも出たし、戻るか」
フォルトナがあれだけ言うのだ。こいつを魔法都市の中に入れても問題の無い何かがあるのだろう。
オレは楽観的にそう考えて、歩き出す。
走り疲れた足は思ったようには進んでくれなかったが、それでも少しずつ魔法都市への距離は近づいていった。




