14、師匠としての初仕事
類は友(友達ではない)を呼ぶんですね
「えー、それでは織村凛さん。これから魔法の授業を始めます」
かしこまった声音で淡々と告げる。
「よろしくおねがいしますっ! ゆーくん!」
「そこは先生じゃないんだな。なんか先生と生徒の心の距離が近すぎて日本だったらまず間違いなく事案なんだけど」
オレはかねてからの約束であった通り魔法を教えるため、朝から織村と図書館に来ていた。
つい数日前にダンジョンであんなことがあったため、今日明日は休みになっているのだ。
まあ、休みといっても自己申請制の休みなので、他の面々のほとんどは自主訓練という名の集団訓練に今も参加しているはずだが。
ブラント団長が全体で休みにしなかったのは、勇者たちを一人にするのを避けるためだろう。心に傷を負った直後に一人になると人は恐怖に駆られる。だからこそ、あえて訓練を入れることで気を紛らわせられるようにしているのだ。
もちろん、怪我をした人や疲労がたまっている奴もいるため、そいつらにも配慮して自己申請さえすれば休めるようにしたのだろうが。
もちろんオレは迷うことなく休養を選んだ。そしてことのついでと織村も巻き込んで魔法の授業をやろうというわけだ。
「でも、なんで図書館なの? 確かに授業っぽいけど……わたし、魔法が使えるようになりたいだけだよ?」
「甘いっ!」
ビシッ! と織村に指し棒(土魔法で作った)を突きつける。
若干気圧されている織村を無視して進める。
「いいか? 魔法やら運動やら、何かを実際に行うにはその基盤にある知識と理論が不可欠だ。スポーツ……何でもいいけど、例えば短距離走。ただ走るだけの競技に見えるが、その実そこには様々な物理学的な理論が潜んでいる。そして、プロのランナーはそういった知識を理詰めと、鍛錬による体感を組み合わせて、高いパフォーマンスを得ているんだ。いくら力があっても、それを正しく、効率よく使う方法を使わなきゃその力を十分に発揮することはできない」
序盤は首をかしげていた織村も、スポーツに即した話で納得できたのだろう、うんうんとうなずいている。あまりに頷きすぎて逆に理解してないんじゃないかと不安になるが、大丈夫か?
「と、いうわけで。これだ」
織村の目の前のテーブルに積み上げておいた魔法教本の山の頂を叩く。
「ま、まさか……それ、ぜ、全部読むの……?」
織村の表情が絶望に彩られていく。
そんなこの世の終わりみたいな……
「まさか。この中でどこのページのどの項目を読めばいいか資料を作ってきたから。この一覧に載っているのを読めばそれでいい」
ほっとした表情で織村が紙を受け取る。
だが、次の瞬間織村の表情が凍りづく。その後、さあっと顔が青くなっていく。
その移り変わりはあまりに急激で、面白い。
「ね、ねぇ……ゆーくん……」
「ん、なんだ?」
「これ、何項目ぐらいあるの……?」
「ああ。ざっと、400ぐらいかな」
「やだぁああああああ!!」
駄々をこねる織村を無理やり椅子に着かせつつ、オレらは一日中図書館に篭るのであった。
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「うぅ……も、文字が頭の中をぐるぐる回ってるぅ……」
ヘロヘロになった織村を支えながら、オレたちは食堂へと向かっていた。
始めたのが昼前だったにも関わらず、織村が本日のノルマを読み終えたころには日が傾き夕方になっていた。ただ読むだけでなく、オレが補足の説明をしたり、分かりづらいところを確認しながら進めていたからだ。まあ、純粋に織村の読むスピードが遅かったからというのもあるが。
しかも、普通ならバテてしまったり集中力が途切れてしまうものだが、半端にチートステータスを持っているためこんな無茶がまかり通ってしまう、というある種の不幸も織村を苦しめていた。
「あ、それと、今日……はきついかもしれないから明日までにオレの渡した課題やっておくように。ちなみに今週一杯は座学だから」
「もうやだぁ……」
今日の内容を確認する意味で、計10枚ほどの復習プリントを作って渡している。やはり、こういうのは復習が要だからな。オレみたいに、一度見たことは忘れない、みたいなスキルが無い限りは。
「まあ、先生が悪かったと思って大人しく受けとけ。ってか、ある程度基礎知識が無いと、オレも教えづらい」
「分かった……」
「まあ、頑張れよ。織村」
「うー……あ、そうだ!」
さも名案を思いついたかのように織村が声を跳ねさせる。
先ほどまでの疲れた様子はどこへやら。いつもの元気そうな表情に戻る。
ころころと表情が変わって面白いやつだ。
……少し、変わりすぎている気もするが。
「ゆーくん!」
「はい、なんでしょう」
「ゆーくんもわたしのことを、あだなで呼ぼうよ!」
「脈絡って概念知ってる!?」
何でこいつはこう、いつも唐突なんですかね!?
頭のなかでシナプスがどういう風につながっているのか一度拝見させていただきたい。いや、ガチで見たいとは思わないけどさ!
「というわけで、りんちゃんを推します」
と、何の自信があるのか無い胸を張りながらふすーと鼻息を荒くする。
オレはそんな彼女の発言に唖然としながら、ため息を漏らす。
「なんでお前が自分であだ名決めるんだよ! あだ名ってそういうもんじゃないだろ!」
あだ名の意味を実は理解していないんじゃないか、こいつ。
「えー、文句が多いなぁ」
「え、オレが悪いの? ねぇ、オレが悪いの、これ」
この世の理不尽に驚愕を隠しきれずに戦々恐々としていると、
「じゃあ、百歩譲って、凛でいいよ!」
「お前、普通に名前で呼ばれることがあだ名に百歩も劣るのか……」
先ほどから困惑の意しか示していない。世界困惑コンテストがあったら堂々たる覇者になれるかもしれない。遺憾のイじゃなくて困惑のコを示します。
「こまけぇこたぁいいんだよっ!」
「何でちょっと粋なおっさんテイストなんだ……」
もうこの子のキャラ設定分からないよ!
オレがわけの分からない展開に頭を悩ませている間も、織村はキラキラと期待の目でこちらを見てくる。
「はぁ……分かったよ。名前で呼べばいいんだろ? ……凛」
「は、はい……」
頬を染めて織村、もとい凛が俯く
「あのそんなマジなリアクションとられるとオレの方が恥ずかしいからやめてくれない?」
なんて、はたから見るとイチャついているようにしか見えないやりとりを繰り広げる。
実際、当の本人たちに全くその気もなく、ただ子供にじゃれ付かれるオレという構図なのだが。
なんでこんな変なやつに絡まれているのか……
自分を棚にあげそんな不満を漏らす。
「……まあ、別に名前で呼ぶぐらい大したことじゃないだろ。苗字で呼ぶか名前で呼ぶか。別にさしたる違いがあるわけじゃない」
そうだ。別に名前で呼ぶこと自体に特別な価値が存在しているわけじゃない。さすれば、何を恥らうことがあろうか。いや、ない。
「むう……ゆーくんって理屈屋さんだよねぇ……」
「褒め言葉として受け取っておこう」
そんな風に軽口を叩きあう。
こうして、オレと織村凛の奇妙な師弟関係は始まった。
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翌日。
今日も一日休みだ。
そして天気がいい。この世界に来てからというもの、あまり雨を見ていない気がする。乾燥地域なのだろうか?
「さあ、こんなに天気がいい日は図書館にこもって勉強だ」
「うぇー……外行こうよ、外! なんで室内なの!? このお天気だよ!?」
「何言ってんだ、室内の勉強に天気なんて関係ないぞ。ほら、さっさと行く」
「さっきと言ってること違うよ!?」
半泣きになりつつある織村の襟を引っ張りつつずるずると図書館へ向かう。
「ったく、お前が魔法学びたいって言ったんだぞ織村」
「織村じゃなくて凛!」
オレがうかつにも織村と呼ぶと、織村……もとい凛が不満の声を上げた。
いや、不満の声を上げる元気があるなら自分で歩けよ……
「どっちでもいいだろ……」
「大事だよ! 有名なミッ○ー・マウスだって! 『よぉ、マウス』って呼ばれたら傷つくよ!?」
「ミッ○ーのマウスは苗字なのか……?」
どちらかというと生物学的な分類になると思うんだが……
などと、くだらないやりとりを経ているうちに図書館の標識が見え始める。
「ほら、着いたぞ。監禁場所……もとい、楽しい楽しい夢の国がお待ちだ」
「今、監禁場所って言ったよね!?」
「さあ、夢の世界へレッツゴー」
「いやぁああああ!!」
少女の叫び声やうめき声が図書室から聞こえる。そんな怪奇な噂が勇者たちの間で囁かれることになるのは、また別の話だ。
「ねえ、ゆーくん」
「ん?」
勉強会の最中、凛がオレを呼び止める。
はて、何か分からないところでもあったのかしら。そう思って次の言葉を待っていると、
「……ゆーくんってさ、ぼっちだよね」
「お前ホントずばっと言うな……」
思えば、異世界に飛ばされた日も「やーい、お前ぼっちでやんのー」と言われた気がする。気がするだけだから多分言われて無いけど。
まあ似たようなことは言われたからいいんだよ!
「まあ、少し前まではぼっちじゃなかったけどな」
「あ……えっと、ごめん……」
「……いいよ、別に」
そう言うと織村は何かを覚悟するように息を吸う。
「あのさ」
「ん?」
「ゆーくんは、友達作らないの?」
唐突に投げかけられた質問に、オレは心臓を鷲づかみにされたような衝撃に襲われた。
理由は分からない。
だが、ドク、ドクと高鳴る鼓動がオレの鼓膜をたたき、思考を急いた。
「……友達って作るもんじゃないだろ。気付いたらなってるもんだ」
そんなオレの本質をずらした回答に凛は少しだけ口ごもる。
このまま話を進めていいのか逡巡している、そんな様子だ。
「でも……ゆーくんの、態度は……その、なんか意図して避けてる気がするよ……」
「そりゃ、遠回しにオレの性格が悪いっていうアドバイスか?」
「そういうところ」
口をついて出た皮肉に織村はため息を漏らした。
彼女の言い分には一理どころか百理ぐらいはあるだろう。
オレは根本的に性格が悪い。口をついて皮肉が出るのもその現われだ。だが、それを真っ向から認めるのも少々癪だと感じてしまう自分がいるのも事実。だからこそ事態はこじれてしまっている。
「……オレなりのコミュニケーションのとり方なんだがな」
「聞いてる人はあんまりいい気しないと思うな」
そう眉尻を下げる凛にオレは問う。
「それはお前もか?」
「あはは……どうだろ……」
オレは思わず息を呑む。
そのとき彼女が見せた表情は、とても新鮮だったのだ。
別に何か特別な表情を浮べていたわけじゃない。曖昧で、笑っているのか困っているのかも分からないような表情だ。名前を与えることなどできず、区別されることもなく消えていくような淡い表情。白とも黒ともとれない曖昧な色合い。
けれど、それは初めて見る表情で、オレは思わず押し黙ってしまう。
そんなオレの様子を見て、凛がはっとした表情を浮かべ、すぐににへらーと笑い出した。
「大丈夫だよ! わたしはゆーくんがどんな人でも嫌いにならないから!」
「それは言外に、『お前のことなんて微塵も興味ないから安心しろ』って言ってるのと同義だと気付け」
「ち、違うよ! むしろ興味ありありだから!!」
「……え?」
「……あ……」
いや、逆にそんな興味津々でも逆に引くんですけど……
凛が俯きがちになって口元をもごもごさせながら「そ、そういう意味じゃなくて……」などなど、らしくない言い訳の数々を垂れる。
「……まあ、オレみたいな性格悪い人間もなかなかいないからそういう意味で興味がわくのは自然かもな」
「そ、そういうんじゃなくて……」
狼狽する凛にオレは口の端をゆがめた。
「だから、こんな性格悪いオレには友達なんて出来ないよ、金輪際な」
息を吐くように呟いた言葉は、けれども重く、図書館内に響き渡る。
先ほどまで騒いでいたのが嘘であったかのように沈黙が降りた。
それは偏に、凛が黙ってしまったからだ。沈黙によって、彼女が話を回していたことに今になって初めて気付いた。
永い沈黙。
二人の間にわだかまる空気が重いのか軽いのか、今のオレにはそれすらわからない。
キィ、とオレの座る椅子が軋む音の直後、凛が小さく呟く。
「……でも、一人はさびしいよ……?」
何かに怯えたような目をした彼女は、オレの方も見ないで、ただ呟いた。
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「つ、疲れた……もう、多すぎるよ……」
本日の勉強会も無事に終了する。
織村凛のポテンシャルは存外馬鹿に出来ないものだった。当日のノルマは悠々とこなし、翌日のノルマにまで手を出せる余力があるのだから驚きだ。
「そんなお前に朗報だ。当初、5日間を予定していた座学を4日間に縮めることにした」
「ホント!?」
「ああ、思った以上にお前の学習能力が高いからな。もっとアホだと思ってた、すまん」
「なんだろ、褒められてるのに嬉しくない……」
「めちゃくちゃ褒めてるから安心しろ」
「え、そ、それで? う、うーん……」
そんな風に軽口を叩いているといつの間にか食堂に到着する。
既に半分ほどの勇者たちが集まっていて、各々いつものグループで夕食を楽しんでいた。いや、楽しめてはいないな。皆いつもより食の進みが遅い。
やはり、全て元通りとは行かないようだ。
「元通り、か……」
オレは、今まで春樹と一緒に食べてたっけな。
……いや、考えるのはよそう。
そう思い直して目を瞑る。
「さてと、今日は何を食べますかね」
この食堂。高校や大学の学食のようなシステムになっていて、受付で好きな料理を注文して受け取るようになっている。料理の種類は朝は2種類で、昼、晩はそれぞれ10種類弱。異世界の文化の進み具合を見るに、これはかなり優秀なレシピ数だと言えるだろう。
この世界はご他聞に漏れず中世ヨーロッパレベルの文化、技術水準だ。これも異世界ものじゃおなじみだな。まあ、そうなる理由として考えられるのは、魔法の存在だろう。魔法でオレらの世界の技術の多くが再現できてしまうため、技術発展や産業革命が必要となる土壌が育っていないのだ。この前、団長さんの部屋に魔法のクーラーがあるって話を聞いたときは流石に驚いた。
「いらっしゃい。今日は何を食べるんだい?」
「んー……ロースト定食で」
「あいよ! ちょっと待ってな!」
受付の恰幅がいいおばちゃんに注文を済まし、手持ち無沙汰に視線をあちらこちらへとやる。
この世界、小麦によるパンだけしか普及していないのかと思いきや、日本人の愛する白米も普及しているらしく。名前は、ファリナといって流石にオコメやライスではないのだが。しかし、パンはパンと訳されているのに米はファリナという固有名詞としてそのまま翻訳されている、この翻訳システム。一体どのような基準によっているのだろうか。そもそも、この世界の住人が使っている言葉が元々日本語なのか、それともオレたち勇者たちに翻訳の加護が標準設定で与えられているのだろうか。いや、まず言葉が通じているということ自体が……
などと、オレの悪い癖である意味の無い考察を繰り返していると、おばちゃんがオレを呼んだ。
「はい、お待ちどうさん」
「ありがとうございます」
お礼を言ってトレイを受け取る。
メインディッシュは猪豚のローストに、温野菜を添えて。ファリナ(米)に、野菜と魚のスープ、そして簡単なデザート。恐らくこれは牛乳を寒天か何かで固めたものだろう。ボリュームもかなりある。これだけあって、無料だって言うんだから驚愕だ。さすが、国から金が出てるだけあるな。
ちなみに豚は猪を家畜化したもので、元来野生には存在していない。この世界でも豚や牛、鶏を食べる文化は存在しているので食文化にあまり違和感を抱かないのもありがたいところだ。
隣で織村――――凛も料理を受け取ったらしく、こちらに歩みよってきた。
「どこで食べるー?」
「オレの思い上がりとか聞き間違いとか誤解で無ければ、当然のようにオレと一緒に食べようとしているように聞こえるんだが」
「え!? 一緒に食べないのっ!?」
「いや、別に一緒に食べなくていいだろ」
料理ぐらい一人で食ってもいいだろ。べ、別にボッチだからじゃないんだからねっ! もう、誰に対してのツンデレかわかんないな、これ。
「ってか、別に無理してオレと一緒にいなくていいぞ? オレももう大丈夫だし、魔法もちゃんと教えるから」
魔法を教えてもらえるか心配だからオレと一緒にいようとしているのだと、オレは疑うこともない。そう、こいつがオレと一緒にいるのはオレが魔法の師匠だからだ。それ以外の理由、謂れは存在しない。存在し得ないはずだ。
「ち、違うよ……そーじゃなくて……ゆーくんは、わたしと一緒に食べたくないの?」
いつもとは違った酷く不安そうな表情でこちらを見上げる。
その表情にオレは面食らったように立ちすくんでしまった。
……どうしてこんな表情をするんだろうか。
凛であれば、否、少なくともオレの知る、オレたちの知る織村凛であれば「うーん……しょーがないねっ! じゃあ、わたしはてるまさ君たちと食べるねーっ!」なんて言って、元気にすっ飛んでいくだろうとタカをくくっていたのだが。
人の心理というものは得てして難解極まりない。時折、こうした綻びが現れる。
…………いや、オレがこうしたほころびに目ざとすぎるだけか。
思い返せば、こいつは基本的に誰に対しても気さくで、いつも笑顔で、困った顔や焦った表情などは滅多に見せない。せいぜい冗談めかした泣きまね程度だ。
だというのに、オレの前ではやけにコロコロと表情が変わる。先ほどの勉強中など特にそうだった。
彼女の見せた困惑、そして怯えた目を思い出してしまい、頭を振ってそれを追い出した。
「……別に、嫌じゃないけど」
内心の疑念を押し込めつつ、凛に言葉を返す。
「けど?」
「お前はいいのか? オレと一緒に食事なんてとってたら、周りの奴らから変な風に思われるぞ?」
「――ううん、思われないよ」
そう否定する凛は、いつもの太陽のようなそれではない、薄い笑みを作っていた。
さきほど図書館で見せたものとは違う。
どう表現していいのかは分からない。けれども、全く彼女らしくないその笑みは、何よりも彼女らしいと感じた。
「あいつも物好きだなーぐらいにしか思われないよ。……だって、わたしはみんなにとって織村凛だから」
いつもの跳ねるような声音とは打って変わって、その声は酷く酷く素朴で、まるで装飾を全て取り去ってしまったクリスマスツリーのようだ。
けれど、何かを告白するような真剣みを帯びていて、オレは思わず唾を飲み込む。
その変わりようにオレが唖然としていると凛がまたにぱーと笑みを浮べる。
凛はまるでそれが幻聴であったかのように次の瞬間また声音を元に戻した。
「そう! わたしは物好きなのですっ! そしてそんな物好きに好かれてしまったゆーくんは諦めるしかないのだよっ!」
「人をイロモノ扱いしないでくれませんかね!?」
調子を戻した凛にオレもテンションを合わせる。
凛は少しだけほっとしたような表情を浮べて、まくしたてるように続けた。
「というわけで、ゆーくん! わたし窓際がいいな! あそこいこーよっ!」
「……やれやれ。仕方ないな」
オレは肩をすくめる仕草をしながら凛に言われるがままついていく。
内心で抱いていたバカげた疑念は確信に変わった。
織村凛はアホの子で、無邪気で、天真爛漫な笑顔が似合い、いつもだらしなく笑って、冗談めかしている、誰からもすぐに好かれる天性の才の持ち主。
そんなあいつのキャラクターは。全部が全部―――
―――――――――あいつの創りだしたものに過ぎなかった。
別にオレが腐ってたわけでもなく、穿った見方をしてたわけでもない。
そうしてオレは納得する。
何故、織村凛が面識の無いぼっちのオレにこんなにも関係を持ちたがるのか。
何故、足手まといを嫌い、魔法を必死にならおうとするのか。
何故、そうまでしてキャラクターを作り出し、人に接するのか。
パズルのピースが、はまる音がした。
「ふっ……」
思わず小さな笑いがこみ上げる。
滑稽なものに対する面白おかしさから来るのではない。
ストンと、引っかかっていたつかえをとることができたことに。そして、ちょっとした皮肉に。
「どーしたの?」
凛がクリクリとした目でこちらを見つめる。小首をかしげる様は小動物のようで、可愛らしい。
と、そう評価されるはずだろう。
「いや、なんでもない。食おうぜ」
いただきます。と手を合わせる。
織村凛は、オレと一緒だった。
――――こいつも、オレと同じぼっちだったんだ。
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織村凛は考えていた。
異世界に飛ばされるなどという奇天烈な境遇に追いやられた自分のすべきことは何か。
この場で生き抜くには。自分の立場を守るためには。
そう考えて、周囲の人間を見渡す。
皆、一様に混乱し、現状を飲み込めずにいるものばかりだ。
そんな中、あるグループが目に留まる。
中心には、恐ろしさを覚えるほどの美形の青年。その周囲を取り巻く、楽しげな人たち。こんな状況でもなんら臆することなく平然としている。
よし、彼らならば大丈夫だろう。
異世界に飛ばされようと、わたしのすべきことは変わらない。
壁を作り、適切な距離をとり、けれど独りにはならないように笑みを浮べて愛想よく。
そうして織村凛は、顔に織村凛としての完璧な笑みを浮べて歩み寄る。
「どもー、初めましてー!」
数分後、その天真爛漫さと圧倒的なコミュニケーション能力を以って、織村凛は龍ヶ城一行の中で自らの身を守る地位を確立していたのであった。
Q.主人公、全然ぼっちじゃねーじゃん!
A.主人公の友達は現在、ゼロです。




