137、百竜戦
「リアにも本気でやれって言われちまったしな。やるだけやってみるか」
ゴウッ、と手の中に空気を圧縮していく。
ほとんどのドラゴンは飛んでいる。一部のドラゴンは地上をひた走っているが、それは他の奴らが何とかしてくれるはずだ。
とん、とん、とん、と『空踏』で空気を踏みつけて、空中へ躍り出る。『領識』を使わずとも、竜の影が視認できるほどに近づいてきていた。
飛んでいるだけで厄介だ。まずはやつらを打ち落とす。
本当にオレにできるか?
いいや、可能なはずだ。
ドラゴンが翼を以て空を飛んでいる以上、何かしら空気の影響を受けているはず。
だから、空気をかき乱せば、奴らとてそう易々と飛行を続けてはいられまい。
掌の中に空気を閉じ込める。
圧縮を続けられた空気が、どろりとした粘性を帯びていく。
まだだ、まだ圧縮しろ。
どこまでもどこまでも押し込められていく風は、やがてその実体すらもはっきりしたものとして世界に浮かび上がってくる。
流体に近い、空気の塊をドラゴンの集団の上空に放った。
「――――開闢せよ。『風蕾《冥遍万花》』」
一瞬だけ、空気の流れが遅滞する。
だが、その遅滞はほんの一瞬。
ぼんやりとした緩慢な空気の流れが、空が割れんばかりの轟音に引き裂かれた。
刹那、発生した豪風――――否、空気の壁がドラゴンたちを地面に向かって叩きつけた。
圧縮した空気の解放。『風蕾』をさらに圧縮した、絶死の花弁。その開花を見たものは冥界へ叩き落される。なんてのは、いささかばかりかっこうつけが過ぎるか。
だが、実際にオレの初手の攻撃により、ドラゴンたちの多くは大地に叩きつけられ、少なくないダメージを負っている。
危険を察知して回避したもの、地面に叩きつけられようともすぐに復帰して怒りに咆哮を上げるもの、はたまた叩きつけられた衝撃でそのまま息絶えたものなどがいるが、その中でも異様さを放つ1体にオレは息を呑む。
空気の風に殴りつけられても、欠片も影響を受けずに悠然と飛ぶ一体のドラゴン。
灰色の体躯に黄土色の紋様が走っている。濁った紫色の瞳は何事も無かったかのようにその緩慢な羽ばたきを続ける。
「おいおい、冗談だろ」
確かに『風蕾《冥遍万花》』の射程内にいたはずだ。
だが、奴は豪風のあおりを一抹も受けることなく、ただ悠然と飛び続けていた。
そう、本当に、一抹もだ。
ありえない。あれだけの空気の質量で殴られて、欠片もバランスを崩さないやつがあるか? 体幹鍛えてます! なんて、レベルじゃねえぞ。
背筋を這い上がる恐怖を、益体無い思考で誤魔化していると、リアの声が耳元で聞こえた。
「凄まじいですわね」
横にはリアが立っている。
当然のようにこいつも空中を踏みつけて空を飛んでいる。
「いや、魔法無しで空飛んでる君も相当だからね?」
「他の人たちは地上に落ちたドラゴンたちの処理に向かいましたわ」
「ああ、その情報も読み取れてる」
『領識』を通じて、熊野たち空を飛べない組が、地上に落ちたドラゴンや低空飛行をしいているドラゴンたちを処理すべく戦闘を開始したのが見て取れる。オレの攻撃により比較的広範囲にドラゴンが散り、標的を選べば各個撃破ができそうだ。
そして、同時にこの状況でも撤退しない彼らの目的がいよいよシャーラントなのだと確信する。
「滑り出しは上々……と言いたいところだが」
既に視界には上空に飛び上がるドラゴンたちの姿が見える。遠めに見ても怒り狂っており、何ともまあ近づきたくない。
空を飛べるのはオレとリアだけ。つまり、この二人であれだけの数を相手しなくちゃならないわけだが……
「死ぬなよ?」
「あら、アナタより頑丈ですわよ、わたくし」
言うや否や、リアは近くにいたドラゴンの一匹に尋常でない速度で突っ込んでいく。
ドラゴンの凶爪の一振りを難なく躱し、お返しと言わんばかりの一断ちでドラゴンのそっ首を切り落とした。
頭を失ったドラゴンはそのまま地面へと墜落していく。
「ドラゴンを一撃かよ…………」
リア・アストレアの強さに戦々恐々とするオレを置き去りにして、リアは次の獲物を屠るべく空を蹴る。
「……オレも、気合入れないとな」
特にあの灰色のドラゴンが気になる。
あいつは、放っておくとまずい気がする。
何度も死に直面したオレの勘は、当たって欲しくないときに限ってよく当たる。
幸いにも灰色の竜は悠然と飛行を続けるばかりで、こちらに見向きもしない。歯牙にもかけないとはまさにこのことだろう。
「頭数減らして、様子を見るしか、ねえ――――か!!」
独り言ちているオレに向けて放たれたドラゴンのブレスを避けながら、『蒼斬』でドラゴンの首を切断する。勢いよく放たれた水のレーザーは翼と尻尾も切り裂いて、そのまま空の果てへと飛んで行った。
「命がけのもぐらたたきだな」
他のメンバーの状態を見つつも、軽口を叩く程度の余裕はある。
「ッ!?」
一瞬の明滅とともに、眼前で光が弾ける。
予め張っておいた『不可触の王城』によりダメージは免れたが、それが何者かによる攻撃であることは自明。
「あいつか……!」
口からバチバチと稲光を発する黒龍。どうやら、あいつは雷を放つドラゴンらしい。文献じゃあ見たことが無いが、生態の分かっているドラゴンの方がまれだ。驚きはしない。
「は、雷撃勝負ってか。上等だ」
強い言葉は今しがた背筋を駆けた死の恐怖を誤魔化すため。
『不可触の王城』が無ければ間違いなく即死の雷撃。そんなものが眼前で弾けて冷静でいるべくもない。
「つっても、雷使いのドラゴンにわざわざ雷を使う必要も無い。こっちはこっちで好きにやらせてもらうぜ。閉塞せよ、『岩窟籠』ッ!」
以前までは地上でしか出せなかった大地の牢獄。それを空中で展開し、黒龍を閉じ込める。
「『蒼斬《絶》』」
土魔法で生成した金属片を織り交ぜた『蒼斬』を土塊の牢屋に放つ。
ギィイイン、という金属同士が擦れ合うような嫌な高音の後に、籠った咆哮が響き渡った。そのまま『蒼斬《絶》』を斜めに走らせると、『岩窟籠』は裁断され、中から大量の鮮血があふれ出した。
崩壊する牢獄とともにドラゴンの遺体が墜落していく。
「さあ、どんどん来い」
呟いて、気の遠くなるような作業だと焦燥が芽生える。
これまでにかなり大技を連発している。ドラゴンに抵抗をさせないためではあるが、このままのペースで何分も戦い続けられるわけがない。
『領識』の端で、不穏な空気の揺らぎを察知する。
そちらに視線を送ると、天を仰ぎ見る白竜の姿。かのドラゴンの周囲は何かに煌めいている。
美しさすら感じるその佇まいに一瞬だけ思考を奪われるが、すぐにその異様さに気づく。
周囲に漂うきらめきの正体。それは空気中の水分が氷結して出来た氷の結晶だ。
「冷気操作か! 次から次へとネタが尽きねえな!」
放っておくとまずい。広範囲の冷気や熱気は、『不可触の王城』でもどうしようもない。一時的には凌げるが、呼吸のために外から空気を取り込む以上いずれ詰む。
あの手のマップ攻撃は撃たせる前に狩るしかない。
慌てて距離を詰めようとするが、立ちはだかる何体ものドラゴンがそれを許すべくもない。
怒り狂うドラゴンどもも、さすがに誰が敵かは分かっている。
「ちっ、そう簡単には行かねえよな!」
『蒼斬』で何とかドラゴンを蹴散らしつつ進もうとするも、いかんせん数が多い。敵の攻撃を避けているだけで、なかなか先に進めない。
そもそも、これだけの数の敵の攻撃を避けられていること自体が奇跡に近い。『領識』を利用した埒外な空間把握能力によって成り立っているだけで、少しでも歯車がずれれば、いともたやすく吹き飛ばされる。
「ッ――――」
言ったそばからドラゴンの爪をもろに食らい、はるか後方に吹き飛ばされた。
以前までならこれで死亡の即ゲームオーバーだったが、今は『不可触の王城』がある。多少脳が揺らされる以外にダメージも無い。
だが、白竜との距離が開く。
その間にも白竜の周囲の氷結晶の数は増えていき、徐々に奴の姿すら隠していく。
何をする気かは知らないが、放っておくわけにはいかない。強引に突っ切るか?
刹那、『領識』ですら取りこぼす速度で、弾丸のような銀閃が冷気のドームに突っ込んだ。直後、ギィンという音とともに白竜が冷気のドームから弾き出される。
そこにいるのは冷気にあてられ頬を赤くするリア。
どうやら、間に合ったようだ。
だが、白竜は未だに動きに精彩を保っており、リアのことを完全に敵だと認識したようだ。
……まずいな。
リアのことだ。確実に奴を殺すつもりで剣を振るったに違いない。
だが、先ほどの金属音と健在のドラゴン。
状況を見れば、彼女の剣がドラゴンの命を刈り取るに至らなかったのは明らか。
静観をしているわけにはいかない。
「こいつは、わたくしに任せてくださいな!!!」
まるでオレの思考を読み取ったかのようにリアが叫んだ。
「必ず討ち取りますわ!!」
リアの気迫に満ちた言葉に、オレは息を呑むしかない。
彼女の言葉を信じていいのか?
オレは、また取りこぼすんじゃないか?
そんな自問自答に楔がうずく。
だが、瞑目して頭を振る。
リアが。あのリア・アストレアがそう宣言している。
オレは彼女を信じるほかない。
オレは他のドラゴンを狩って数を減らす。
それぞれがやるべきことをやる。
そう自分に言い聞かせて、襲い来るドラゴンたちの命を刈り取り続ける。
『領識』で視る限り、熊野や他の面々も順調にドラゴンを狩れているようだ。
一口にドラゴンと言っても、その特徴は様々だ。個体ごとに色や外見的特徴が異なり、それに伴って使用する能力も異なる。火のブレスを吐く個体もいれば、先ほどのように雷や冷気を扱う個体も存在している。
そして、その頑丈さも様々。
ぎぃん、と『蒼斬』が堅固な竜鱗に弾かれる。
容易く魔法で断ち切れる個体もいれば、『蒼斬』程度は弾くような硬度を持つ個体までいる。そういった相手にはさらに上位の魔法を使わざるを得ず、より多くの魔力を消費させられる。
敵の方が数が多い現状、こちらは消耗戦だ。リソースが切れればその瞬間敗北が決定する。何とかして節約をしつつ、立ち回らなければならない。
とはいえ敵は1個体1個体が軽く天災になりうるドラゴン。そうそう楽はさせてくれない。
必死に残りのMPとにらめっこをしながら、残りのドラゴンの数を踏まえて勘定を続ける。その勘定にどの程度の意味があるかは分からない。だが思考を止めてはいけない。思考を止めてしまえば、焦燥と不安に飲み込まれ、判断を誤る。
残りのドラゴンの数と現状のこちらのリソースだと、あとどれくらい―――――
「――――がぁっ!!?!?」
思考の最中、オレは全身を地面に叩きつけられた。
何も分からないままに『不可触の王城』ごと地面に押し付けられ、みしみしと骨が軋むような悲鳴を上げる。
な、何が起こっ――――
原因も何も分からないまま、オレは見えない何かに地面に押し付けられ続ける。
もし何者かにのしかかられているだけなら、『不可触の王城』がその衝撃を抑えてくれるはずだった。
だが、体に感じるあり得ないほどの重圧。筋繊維がほつれ、内臓がつぶれ、骨が徐々に歪んでいくような壮絶な苦痛。
「がふっ」
頭を上げることすら許されず、何も分からないままに意識が遠のいていく。
何で、こんな――――
濃密な死のにおい。
嗅覚すら麻痺するような痛みの中で、その絶望の悪臭だけは確かに鼻腔を劈いた。
『戴天ノ断頭台』――――
頭を過った魔法、それを呟こうとした瞬間にふと体にかかっていた重圧が消える。
「げほっ、げほっ」
重圧で呼吸すらままならなかった肺が酸素を求めて動き出す。
無意識に全リソースを割いて治癒魔法をかけるオレの耳に声が届いた。
「大丈夫ですか?」
「り、あ…………か。げほっ!」
喉の奥にたまった血を吐き出して、なんとか上体を起こす。
集中力を欠いて、『領識』も切れてしまった。
状況を把握すべく周囲を見回すと、オレを中心にして、まるで巨大な象が踏みつけたような円形のくぼ地が出来あがっていた。
「アナタがすごい勢いで墜落しているのを見かけて、慌てて飛んできたんですの」
「…………助かった。正直死ぬところだった」
正体不明、原因不明の謎の攻撃。
「あの竜があなたに強い殺意を向けていたので、吹き飛ばしましたわ」
こともなげに言うリアの睨む先には、起き上がろうとしている巨大なドラゴンの姿があった。翼は生えておらず、土色の表皮は何とも地味だが、奴がオレに何かを仕掛けてきたと見て間違いない。
「リア、さっきまで戦ってた白竜は」
「…………討ち取ることまではできませんでしたわ。どうしてか急に逃走を始めて……」
「ドラゴンが?」
リアは自分自身に渦巻いている疑念を振り払うかのようにうなずいた。
そこで初めて状況の異常さに気づく。
ドラゴンがリアの攻撃を受けて逃げ出した。その行動自体に何の異常性も無い。
むしろ逆なのだ。
「何で他のドラゴンたちは逃げ出そうとしない……?」
仮にも『風蕾《冥遍万花》』で地面に叩きつけられたのだ。少なくないダメージを負っているドラゴンもいるはず。さらに、熊野やリアの攻撃で倒れていく他の同族たちを見ているはずだ。
奴らが生物としてまっとうな本能を持ち合わせているのであれば、そこから選び出される最適解は逃走。
だが、ただの一体も、そう、ただの一体たりとも、この場から尻尾を巻いて逃げ出すドラゴンが存在していない。
それは異常だ。
無論、ドラゴンがそのような生態であると思考停止に決めつけてしまうことはできる。だが、どうにもきな臭い。
「白竜が逃走したときの状況を詳しく――――」
オレの言葉を遮るようにして、リアがオレの襟首をつかんで跳躍した。
ぐえっ、という情けない声を上げるようにしてオレはなされるがままにリアに運搬される。過ぎる視界の中で、先ほどまでオレたちが立っていた場所がメキメキと嫌な音を立てながら凹んでいくのが見てとれる。
恐らくはあの土竜の仕業だろう。
白竜の件は後回しだ。
「リア、あのドラゴンは、恐らくは重力…………対象の重さを操作する能力を持っている」
「重さ、ですの?」
先ほどから喰らっている奴の攻撃。その性質が、重力やそれに類する何かしらの力を操作する能力だろうことは容易に推測できる。『不可触の王城』を貫通できる性質をもった現象など、そう多くはないからだ。その原理も不明ではあるし、そんなことが可能なのかと疑いたくもなるが、今は一旦その思考を後回しにして奴を討伐するしかない。
「あいつはオレがやる。お前との相性が悪いからな」
奴の能力がどの程度のものかは分からないが、自分の周囲などの重力を操作できるとなると非常に厄介だ。そもそも奴に近づくことすら叶わなくなる。そうなれば剣士であるリアが奴に攻撃する手段はない。
「だから、リア、お前は――――」
オレの声を遮るようにして響く咆哮。見ればすぐ背後に別のドラゴンの姿。
不覚を悟り、慌てて『領識』を再展開しようとするオレを置き去りにして、リアの一太刀が竜の首を切り落とした。
「アナタがあのドラゴンに集中できるよう、他のドラゴンはわたくしが狩ればよろしいんですわね?」
「…………ああ、頼む」
頼もしい騎士の言葉を受け、オレは少しばかりの気恥ずかしさを口の端を歪めて誤魔化すと土竜に向かって駆けた。
あいつがああ言った以上、必ず他のドラゴンをオレに近づけはしないだろう。
そんな確信めいた信頼が自分の中にあることに、思わず苦笑を漏らして、オレは魔法を飛ばす。
「『蒼斬』」
けたたましく唸り声を上げながら走る濃青の一閃が、土竜の前でカクンと頽れた。頭をもたげる様にして、水の軌跡が地面に突き刺さる。
「ちっ、やっぱり自分の周囲に重力場を展開してやがる」
想定内とはいえ少々厄介だ。
重力。それは質量ある万物に働く力。どこまでも平等に質量ある存在を大地へと押し付ける。重力の正体は本質的には万有引力であり、質量ある物体どうしが引き合う力なのだが、その現象には未解明な部分も多い。
だが、いくら原理が不明であろうと、現象としてそこに確かに存在し、目の前の壁として立ちはだかるのであれば、知恵を以て乗り越えなければならない。
「重力……質量……」
呟きながら、土竜の攻撃を躱していく。
どうやら奴の攻撃自体、広範囲に影響を及ぼすことはできないらしく、せいぜいが半径数メートルの領域の重力を操作するだけで手いっぱいなようだ。
重力に影響されない。されたとしても、影響の小さい攻撃――――
「通るのか? あれに」
表皮が岩石そのものかのようなドラゴンを睨みつけて呟く。こちらとて無限に魔力があるわけではない。だが、それでも試すしかない。目の前のドラゴンは、オレが倒さなければならないのだ。
「『ファイアレイ・リフラクション』」
豪、と白灼の焔が一閃に延びる。近づくだけで相手を焦がす熱の暴力が一直線に土竜に突き刺さった。
やはり。熱であれば重力の影響を受けずに伝達する。
「曲がれ!」
ドラゴンの背を炙った熱線を斜め上方へと乱屈折させる。軌道を変えるたびに土竜を炙り、徐々にその表皮が赤熱していく。
土竜は鬱陶しげにその場で暴れるが、執拗な熱線がそれを逃すべくもない。
『ファイアレイ』は土竜の表皮を赤熱させる。だが、それだけ。このまま『ファイアレイ』を撃ち続けていればいずれは熱に負けて死ぬかもしれないが、それを待つだけのリソース的余裕はない。
それを見ながら、オレは土魔法で巨大な岩石を作り出す。それをドラゴンの遥か上空に向かって発射した。
ドラゴンの大地を揺らす咆哮。
天に放った岩石は、すぐに奴の重力に捉えられて落下を始める。
ありえない質量をもった岩石が、埒外な重力に引っ張られ、文字通り空を割きながら垂直落下してくる。
そのままであれば、ドラゴンに当たることもなく大地と衝突して砕け散るだけだろう。
そのままであれば、だ。
「岩石の落下位置はもうずらせない。だから、お前に動いてもらう。『アースオペレーション』!!」
大地に魔力を浸透させる。
そのまま、テーブルクロスを引くように、奴の立つ大地を引っ張った。
急激な足場の変化に耐えられず、土竜がバランスを崩す。そのまま引きずられるようにして転がってきた場所へ、巨大な影が落ちる。
隕石が落ちてきたかのような爆発音とともに、眼前で二つの巨塊が弾けた。1つはオレの作り出した大岩。そしてもう1つは土竜の体躯。
生死を確認するまでもなく肉塊へと果てた土竜を見て、ほっと息をつく。
熱で表皮を軟化し注意を逸らすと同時に、奴の重力を利用して質量の塊をぶつける作戦だったのだが、上手くいったようだ。
奴にもう少し冷静な思考力があれば、こんな作戦は通らなかっただろうが。
安堵も束の間、リアの言葉を聞いたときに過った疑念が再び黒い染みとなって思考を濁した。
ドラゴンの能力は恐らく先天的なもの。つまり、奴らは多かれ少なかれあの能力と一生を共にしてきているはずだ。そんな奴が自分の能力を熟知していないのか? 自分の能力を利用されるという状況を、みすみす許すようなことがあるのか?
ただの知恵なき獣だと言われればそうなのかもしれない。だが、奴らの能力はただの獣が誂えるには少々持て余す。その能力に足るべき判断力も持っているべきじゃあないのか。
ドラゴンの中には金品の類を集めたり、人を攫う個体も存在するというらしいし、決して知能が低いとは思えない。
「くそっ、嫌な違和感がある」
明確に言語化できず、それに足る情報も無い。
だが、自分が何かを致命的に見落としているような、薄氷の上を大股で歩いているようなそんな錯覚に陥る。
それが錯覚であることを祈るばかりだ。
ブックマーク&評価ありがとうございます。




