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133、十色の感情

「……あった、ここか」


 学園アトラスが誇る大図書館。その一角にてオレは複数の本を本棚から取り出してスキミングしてから戻す作業を繰り返していた。


 目的は西方の情報。そして、もしあるならばダンジョンの情報。

 現時点で、オレが知りえているダンジョンは3つ。1つは、リスチェリカ近郊にあるダンジョン。1つはフローラ大森林にあった『王樹』。1つは魔族の領域である北方大陸のダンジョン。

 しかもうち2つに関しては一応は攻略済みだ。

 ダンジョンが全部で地上にいくつあるのかは分からない。ただ、オレの直感で言えば、少なく見積もってもこれで終わりというわけはなかろう。


 そんなことを並列思考で考えながら、オレはパラパラと西方の地勢が書かれた書物を読み進めていく。

 世界のへそとも呼ばれる、クレーター都市レグザスよりさらに西。

 乾燥地帯ののち、広大な砂漠があるようだ。


「――――パンドラ砂漠……」


 絶望の匣。その名を冠していることに、この世界でどれだけの意味があるのかは分からないが、あまり安穏とした響きではない。


「流石に遠いな…………どれだけ竜車を飛ばしても、行くだけで片道1カ月近くかかるか?」


 本には大まかな地図が載っているが、縮尺などはあまりあてにしない方がいいだろう。レグザスまでは転移魔方陣でショートカットできるとしても、そこからが長い。行くならば、入念に準備をした上で臨まなければいけないだろう。

 転移魔方陣がルー〇システムなのが良くないんだよな!! 何で見たことない場所にも飛べないの! ちゃんと仕事して!!


 そんな風に魔方陣相手に理不尽な怒りをぶちまけて虚しさを覚えながらも、他の本を漁っていく。パンドラ砂漠に関する情報がもう少し欲しい。


 いくつかそれっぽい書籍を見繕い、パラパラとページをめくっていく。

 適当に漁っているにも関わらず、それなりに情報量のある本がすぐに見つかるのは、この図書館の蔵書が優れている証左だろう。

 パンドラ砂漠。通称、絶望の砂漠。降雨はほとんどなく、通常の生物による生態系もほとんど存在しない。オアシスの周囲に集落や町が形成されていることもあるが、その数は少ない。いずれの国家の領域にもなっておらず、各集落ごとに自治区が形成されている。最大と言われているのが、オアシス都市エルピス。パンドラ砂漠の南西部にあり、東方と西方をつなぐ要衝の地となっているようだ。


「…………ダンジョンの情報は流石にねえな」


 ぱらぱらとページをめくるも、ダンジョンの情報は無い。もちろん、天然の洞窟がどうだとか、そういう話は多かれ少なかれ載ってはいるが、ダンジョンとして認められるほどの大規模かつ未開の地帯についての記述は見つからなかった。

 早々に見切りをつけて、近辺の情報などを漁る。

 ふむ。どうやら、近辺に大規模な沼地もあるようだ。

ドラグニル沼地。竜人族たちの居住区となっているらしい。だが、精確な情報はどこにも書いておらず、大まかにそれがパンドラ砂漠の西にあること。珍しい植生や生態系が築かれていることぐらいしか分からない。


「竜人族……? 見かけたこと無いな……」


 亜人種族の一種だろうが、あいにく町中などでそれに該当する存在を目にしたことは無い。龍種の血が混じっているだとか、トカゲに近い生態だとか、色々と言われているが、その閉鎖的なコミュニティと小さい個体数ゆえ、表に出てくることは少ない。


 まあ、閉鎖的とはいえ人間種族と取り立てて対立しているわけではない。通行するのにさして問題が生じることは無いだろう。

 ぱらぱらとめくりながら、脳内に地図と情報を組み上げていると、どさどさっ、という何かが落ちる音が連続した。

 そちらの方に目をやると、床に落ちた本を拾おうとする一人の少女の姿が目に入る。


「あ……その、……すみ、すみません……」


 しどろもどろになりながら誰に謝ってるのか、周囲に卑屈な笑みを浮かべる少女。その顔には見覚えがある。

 だが、記憶から名前を引っ張り出してくるのに少し時間がかかってしまった。


「白妙か……?」


「は、はい。……です」


 白妙恵。オレと同じく、この世界に飛ばされてきた転移者。筆頭勇者の魔導士三人組の一人だ。黒髪のおさげを飾り気のない髪留めでまとめており、野暮ったい眼鏡も合わせると、筆頭勇者の中では外見的特徴が無さ過ぎて逆に浮く。事実、オレの中での印象は薄く、完全記憶能力を持っていてなお思い出すのに時間がかかったほどだ。


「な、何ですか……」


 無意識のうちに彼女のことをじろじろと見てしまっていたらしい。無遠慮なオレに視線に白妙は身を抱くような素振りを見せて一歩後ずさった。


 ……どう見てもオレを怖がってるな、これ?

 こんなに人畜無害なオレのどこを見て怖がるって言うんだ? なあ、お前もそう思うよな、ハム太郎!? まったくもってその通りなのだ! へけっ!!


 そんな益体ない思考の合間もオレはかけるべき言葉を思案しながら返答を紡いだ。


「ああ、いや。このだだ広い図書館で偶然出会うのも珍しいなと」


 実際、この図書館の利用者は少なくないが、その埒外な広さゆえに人口密度はそこまでではない。窮屈さを感じるとすれば、それは所狭しと並ぶ本棚と書物によるものであり、図書館という性質上どうしようもない。


「……あ、そう、そうですね。は、あはは……」


 卑屈な笑みを浮かべて、白妙が笑う。だが、その笑みが決して心の底からの笑いではないことはオレでさえも分かった。あの凛の作り笑いの下位互換……にすらなりきれていない、笑みに似た何かだ。

 まあ、オレも愛想笑いが上手い自負は無いので、同じようなものだろうが。


「随分と派手にぶちまけたな」


 彼女に歩み寄り、足元に散乱した何冊もの本を拾いながら言う。

 本棚の一部にぽっかりと空いたスペースがある。恐らくはきつく収められていた本を無理に取り出そうとして、周囲の本もまとめて引き出してしまったのだろう。


「あ、ごめ、ごめんなさい……私、自分で、やるので。やります! はい」


 ごっ、と鈍い音がした。

 勢いよく屈んだ白妙の額が、オレの額にクリーンヒットしたのだ。

 オレは一瞬の視界の明滅を受け、そのまま為すすべなく仰向けに倒れこんだ。


「ってえ…………」


 額を摩りながら上体を起こすと、視線の先で白妙があわあわと手を振りながら「あぅ」やら「ごめ」やら、言葉にならないような声を上げていた。


「ごめ、すみませんっ……! あ、え、あの、大丈夫、ですか!?」


 青ざめた様子で一歩前に踏み出そうとした白妙の右足を、反射的にオレは右手で受け止めた。彼女の足元にあったのは散乱した本。その一つを危うく踏みつけそうになっていたのだ。

 一瞬だけ掌に白妙の重みを感じるが、そのまま踏み抜かれることもなく彼女はバランスを崩しながらもなんとかそのまま踏みとどまった。


「…………」


 白妙は結果としてオレの手を踏みつけてしまったことを受けとめ切れなかったのか、絶句して顔を真っ青にしている。


 いや、オレそんなに怖い? 結構ショックなんだけど。心臓が弱かったらこれだけで死んでるよ? 十一優斗はストレスに弱い生き物です。大切に扱いましょう。

 オレがそれなりに凹んでいると、白妙はわたわたとしながらも本を回収し終え、こちらを振り返りもせずに逃げて行った。


「………………………戻るか」


 精神の安寧を保つべく、それ以上は深く考えないようにした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 それから魔法都市での日々はそれなりに順調であった。

 他の学生に混じって授業や演習に参加したり、学園都市のお偉いさん方の集まりに出たりと、よくもまあこの短い期間にこれだけの予定を詰め込んだものだと思う。

 オレは一応は勇者団の代表者になってしまっていたため、あっちこっちへと駆り出されてひぃこら悲鳴を上げながら対応に追われていた。


「随分疲れが溜まっているようだが」


 魔法都市での生活を始めてから一週間ほど。

 中庭のベンチでぼけーっと空を眺めていたオレを見つけたフォンズがそう言った。


「いやいや、元気百倍。勇気は一万倍。誠心誠意お努めさせていただきますよ。へっへっへ」


「末期だな…………」


 呆れた声のフォンズがそのまま隣に座った。

 こいつも商人と身を偽って学園に来ておきながら、何だかんだとアクティブに動いている。授業に参加したり、学生たちと魔法の議論を交わしたりとそれなりに交友関係を広げているようだ。


「バレてないだろうな」


「ん? 君が実は落第勇者だということをか?」


「分かってるだろ。お前らが魔族ってこと」


 「ら」というのはアルティも込みだ。

 アルティは今ごろどこで何をやっているのやら知らないが、『コントラクト』の命令で、「魔族であることが絶対にバレないようにすること」ときつく言い含めておいたので、恐らくへまはやらかしていないはずだ。


「そう気を病まずとも良いだろうに」


「アホか。お前らみたいな爆弾を抱えて呑気に学園生活エンジョイ出来るほど、豪胆じゃねぇんだよ」


 オレの疲れた声を聞いて、フォンズは喉で笑う。


 くそっ、何ともまあオレに隷属してるとは思えねぇ態度ばっかりとりやがって。


 オレが甘すぎるのか?

 こいつは、魔族の将の一人だ。一応は種族単位で敵対している。オレにその気がないと言っても、向こうにその気がないとは限らない。

 今こうして表面上は円滑にコミュニケーションがとれているのも、こいつがオレの寝首を掻くため油断させている可能性だってある。

 オレの長考を見てフォンズは何を思ったのか、ベンチから立ち上がる。


「あまり無理はするな。君に倒れられては敵わん」


 そう言い残すと去っていく。


 彼なりの、気遣い……と受け取っていいのだろうか。

 予想外の温かい言葉に何も言えずに固まってしまう。

 どうしてこう、難しいのか。

 分かりやすい悪意を向けて来る人間の方が、どれだけ簡単な話で済むことか。


「……確かこれから授業あるんだったな」


 テオに誘われていた授業がある。

 確か魔法の詠唱にまつわる授業だったはずだ。

 オレ自身興味がある内容ではあるので、参加することはやぶさかでもない。


 …………教室中からやけに熱い視線を向けられるのは、勘弁してほしいが。


 何とも気の進まないながらも、重い腰を上げて教室へと歩みを進めた。


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