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132、『賢者』

 ――――さあ、君の前に姿を現してやったのだけど、感想はどうかな?


 少年のような声が、挑発するようにオレに問うた。


「これが? お前の正体?」


 理解できずに頭の中を疑問符が駆け巡る。

 目の前にあるのは変哲ない一冊の本。

 それと、声の存在が結びつかない。


「……この世界の本は言葉を話すのか?」


 半分冗談交じりに言うと、声が笑った。


 ――――世にも珍しい人の言葉を話す本、というのは少しばかり不正確な冗談だ。君なら分かるだろう? ここまでヒントは出したんだ。後は、『ルート』に接続して、答えを検索すればいい。


「…………『ルート』?」


 ――――おいおい、あまり僕をバカにするなよ。賢者が『世界樹の智慧(ルート)』に接続できることぐらい知っている。それこそが『賢者の加護』の唯一の権能にして、絶対の特権なんだから。ああ、いや、唯一というのは不正確か。一応副産物として――――


 とそこまで言って声が止まる。


 ――――待て、おい、冗談だろう?


「悪いが、その『世界樹の智慧(ルート)』ってのは何だ? オレのスキル『賢者の加護』と関係があるのか?」


 オレの問いにも返ってくるのは無言。

 先ほどまであれだけ饒舌に口を回していた、いや、口など無いのだが、弁をまくし立てていた声が、ぴたりと言葉を止めた。


 ――――ふ


「ふ?」


 ――――ふざけるな!!! そんなことが許されるものか!!


 怒号。突如脳内に響き渡る明らかに怒気のこもった罵声にオレは思わず身を竦ませた。


 ――――『世界樹の智慧(ルート)』に接続できない賢者だと!? とんだ出来損ないもいたもんだ!! そんな話は聞いたこともないし、聞きたくもなかった! 何故、お前みたいなやつが『賢者の加護』を得た!! 人のことを虚仮にするのも大概にしろ!! 何故、お前みたいなやつが、この僕を差し置いて賢者になれるんだ!!! 人を馬鹿にするのも大概に――――おい、何をしている。


 怒気が急に勢いを止める。


 その理由は明白。オレの掌には小さな炎。左手には先ほどの白い本が収まっている。


 ――――その火をどうするつもりか、聞こうか?


「いや、なんか呪い殺されそうな勢いだったので、ひとまず本体っぽいこの本を燃やそうかと」


 ――――いや、待て、早まるな。そんなことをしても意味はないぞ。そう、落ち着こう。話し合えば分かるとも。いや、僕も少しばかり興奮してしまっていた。それは謝罪しよう。だが、『世界樹の智慧(ルート)』に接続もできない賢者の話など聞いたことがなく混乱してしまってね。決して君に危害を加えようだとかいや、待ってくれ、本当に待って。


 声音から怒気や敵意が消えたのを感じ取りオレは掌の火をかき消した。

 ほっとした様子の声――――リベリオ・アトラウスが呆れた様子で呟く。


 ――――全く、最近の若者はすぐそうやって暴力に訴えわー! 分かった! 全面的に僕が悪かった! 君だってもっと賢者の話を知りたいんじゃないか!? なあ、そうだろう!?


 オレが再び掌に火をかざすと、声は慌てた様子で取り繕った。

 少しばかり面白い。


 ――――君、ろくな死に方しないぞ。


「まあ、自分でもそうだろうなとは思ってる」


 オレの言葉にリベリオは「はぁ」とため息をつくと、嫌そうに言葉を続けた。


 ――――ひとまず、改めて僕のことを伝えておこう。僕の名前はリベリオ・アトラウス。この学園アトラスの創始者にして初代学園長だ。


 学園アトラス設立者……


 少年のような声質からは想像ができないほどの大物が出てきたな。


「オレは十一優斗。勇者としてこの世界に召喚されたが、勇者業務はそんなに真面目にやってない。アトラウスってことは、フォルトナの祖先か?」


 ――――ああ、フォルトナ・アトラウスか。血の繋がりはある。僕の何代下かは分からないし興味もないけれど。


「……で、この学園の創始者様に質問なんだが」


 ――――はあ、僕に拒否権はないだろう。こんなことなら、君に僕のありかを教えるんじゃなかった……


「そう、まずこの本だ。この本は、あんた自身ってことらしいが、どういうことだ?」


 ――――そのままの意味だ……って言っても、『世界樹の智慧(ルート)』にも接続できないし分からないか。少しだけ思考実験をしよう。君は個人をその個人たらしめているものは何だと思う?


 急に始まった問答に、思考を巡らせる。


「…………記憶と思考パターン、それに物質的な性質」


 ――――いい解答だ。では、君の片腕が切り落とされたとしよう。そしてそこに別の人の腕が移植された。さて、それでも君はまだ君のままか?


「ああ、当たり前だろ」


 ――――では、もう片腕も切り落とされ、別の人の腕になった。次は右足。左足。右肩。左肩。腎臓。肝臓。胃。心臓。肋骨。背骨。脊髄。血液……どこまで置き換わったら、君は君でなくなる?


「…………それは」


 難しい問題だ。


 たとえば、記憶や思考……我々が人格などと呼んでいるものだけが残り、外側の器が完全に置き換わってしまった場合に同一の個人と呼べるのか。記憶や思考自体が脳という物質によって定義づけられているという考えに基づくなら、脳さえ変わらなければ同一個人と主張することもできる。では、脳の一部を置き換えた場合は? 一部の記憶だけが飛んだ場合は? 一部の人格だけが歪んだ場合は? 逆に、物質的な変化は全く無いのに、記憶や人格だけが変容・喪失した場合は?


 そんな風に、さまざまな可能性が脳裏を過り、オレは解答に窮してしまう。


 ――――そこで解答に詰まる程度の知能はあるか。ふん、腐っても賢者適正はあるわけだ。面白くもない。


 リベリオは本当につまらなそうにそう吐き捨てた。


 ――――僕の仮説はこうだ。人を定義づけるのは、そいつの生きてきた歴史だ。


「……歴史? 随分と哲学的な話だな?」


 ――――それがそうでもない。歴史と言うのは、言い換えれば情報の蓄積だ。そいつがいつどこで生まれ、どういう家庭に育ち、どういう経験を積んで、どういう死に方をしたか。それを限りなく精緻に、それこそ一欠片の零れもなく記述できれば、それはその個人を個人たらしめるのに必要十分たりえる。


 ……主張としては分からなくもない。


 個人の様々な特徴や性質は経験によって獲得される。もし、完璧にそれを記述できたとすれば、本人と同じようにある環境における次の振る舞いを規定できても何らおかしくはない。

 それこそ、ラプラスの悪魔のように宇宙すべての粒子の動きを把握できれば、未来予知が出来るというようなものだ。


 だが、


「そんなものは実現できない。個人にまつわるあらゆる情報を記述するなんて、不可能だ」


 そう、どれだけの情報量を圧縮すればそんなことが実現できるのだ。そもそも、無限に近い情報を全て取得すること自体が不可能だ。


 ――――ああ、本来ならな。だが、僕は実現した。それを記した本が、これだ。


 オレは左手に収まった一冊の本を見る。

 決して分厚い書籍ではない。ページ数にして300ページ程度の本だ。それなりに重さはあるが、とても人一人のすべての情報が詰まっているようには見えない。


 ――――そこに僕のすべてを複製した。この声はそれを元に少しばかり魔術で音声を合成しているに過ぎない。


 そんなことを滔滔と語るリベリオの言葉に、オレは絶句するしかない。

 現に彼は、ここにいる。もちろん、彼がまことしやかに嘘を語っており、実はただの低級ゴーストに過ぎない可能性も捨てさることはできない。だが、彼自身がオレにそんな壮大な嘘を信じ込ませるメリットが無い。


「嘘だろ……」


 信じようとする理性とは裏腹に、信じられないという理性もはたらき、オレはついぞそんな言葉しか漏らせなかった。


 リベリオが「ふふん」と鼻を鳴らす。


 ――――僕はこれでも当時は千年に一度の天才と謳われていた、大天才だからな。賢者の君さえもが思案に首を傾ぐのも無理はない。


 自慢げなリベリオの声に呆れと些かばかりの敬意を込めて、「そうかよ」とそっけない返答を返す。


「さっきの口ぶりだと、あんたは賢者じゃなかったみたいだが、どうなんだ? というか、そもそも賢者ってのは何だ? スキル『賢者の加護』とどんな関係がある?」


 ――――随分と直接的に人に物を尋ねる。知のためであればプライドも無ければ、恥も知らない。つまらないが、あいつとそっくりだ。


「あいつ?」


 リベリオが指す人物に心当たりがなく、また首を傾げるもリベリオはそれを無視して続けた。


 ――――1つ目の問いに答えよう。肯定。僕は賢者ではない。いや、正確には賢者ではなかったというべきかな。ほら、なにせ僕の肉体自体はすでに朽ちてしまっている。僕という存在の連続性はそこで一度失われたとすべきだろう。


「じゃあ、賢者ってのは?」


 ――――そう急くな。探求心に逸る気持ちは分からないでもないけれど、過度な好奇心は身を滅ぼしかねないよ。これは先輩からの忠告だ。……さて、2つ目の問いに答えよう。賢者というのは、ありていに言ってしまえば世界に知恵をもたらし、それを維持・管理する者たちのことだ。


「世界に知恵を……?」


 やや抽象的な表現にオレが眉根をひそめていると、リベリオはつまらなさそうな声で続けた。


 ――――ああ、この世界はいつだって賢者の知恵と叡智によって大きくその歩みを進めてきた。誠に遺憾ではあるけれど、この世界は先を拓き、次へと歩み進める力が弱い。その理由は神のみぞ知るところだけれど、賢者はいつだってそれを打ち破ってきた。


 賢者という存在が、世界を前進させてきた……

 分からない話ではない。一部の天才や、知恵ある者たちが革命的な発見や発明をし、世界を一変させる。そうした話は元いた世界の人類史でもままあったことだ。


 ――――それが形となったスキルが『賢者の加護』。忌々しくも君が持っている其れだ。権能は、ただ1つ。『世界樹の智慧(ルート)』に接続できることだ。それ以外に特に効果はない。


「さっきから言ってるその、『世界樹の智慧(ルート)』ってのは何だ?」


 オレの問いに、リベリオはわざとらしく盛大なため息をついた。


 ――――何で僕が賢者相手にこんなことを説明してやらなきゃいけないんだ……


「この本よく燃えそうだな」


 ――――あぁ、もう分かったよ! 分かってるっての! だから、異邦人は嫌いなんだ!! 遠慮ってやつを知らない!!


 吹っ切れたように叫ぶリベリオに口の端を歪めると、彼はもう一度ため息をついてから続けた。


 ――――『世界樹の智慧(ルート)』というのは、この世界の記憶だ。


「世界の記憶……?」


 また抽象的な概念が現れ、オレは思わず瞑目する。


 ――――ああ、この世界が生まれてから今まで見てきた、聞いてきた、感じてきた、あらゆる事象。あらゆる歴史。それが全て『世界樹の智慧(ルート)』に保存されている。


「なっ…………!?」


 先ほど、リベリオが似たようなことをしたと言っていた。自分自身の全情報を本に複製した、と。だが、それとはスケールが違い過ぎる。


 これまでに世界で起きたあらゆる事象。


 国の勃興と頽廃。

 生物の発生と絶滅。

 偉人の誕生と逝去。


 そんなスケールならいさ知らず。


 ある朝に片田舎で村娘が作ったパンの質量。

 名もなき砂漠で滑り流れる砂粒子の数。

 秘境の奥深くに生息する龍種の呼吸の回数。


 そんな、どうあがいても記録に残し得ない、記録に残そうと考えることすらバカらしいあらゆる事象を保存していると言うのか?


 巨大すぎるスケールと現実感の無さに、オレは思わず足元の床が抜け落ちるような感覚を覚える。だが、そんなオレの驚愕――――恐怖と紙一重の感情を置き去りにして、リベリオは続けた。


 ――――『世界樹の智慧(ルート)』に接続すれば、おおよそ答えのある問題に対する解答は得られる。この世界にあるもの、あったものであるのなら、確実にそれにまつわる情報が『世界樹の智慧(ルート)』内に保持されている。答えの無い存在についても、何をどうすれば答えが出るかぐらいは分かるだろう。それによって、また1つ新しい解答が作られ、『世界樹の智慧(ルート)』に追加される。こうして、『世界樹の智慧(ルート)』は徐々にその枝葉を育んできたわけだ。


「でも、オレは『世界樹の智慧(ルート)』に接続した記憶は無い。どうやって接続するんだ?」


 ――――そんなもの僕に聞くな! 自分で考えろよ、賢者だろう! ……ただ、賢者であれば自ずと『世界樹の智慧(ルート)』の使い方も分かるはずだけれどね。聞いたことが無い、君のような『世界樹の智慧(ルート)』の使い方すら知らない賢者なんて。無論、僕自身もあまり賢者の知り合いが大量にいるわけではないけれど。


「…………賢者ってのは複数人いるのか?」


 ――――……同じ時代には複数人は存在しない。逆に言えば存在する時代自体が違えば存在はし得る。つまり、君の先代が何人もいたわけだ。


 過去にも賢者はいたわけか……

 徐々に明らかになる賢者の全容に、少しずつ不安感が取り除かれていく。自分の中にあった得体の知れないものの正体が明らかになっていくことに、安心感を覚える。


 そこで、ふと思い返す。

 自分の身に起きてきた事象について、説明のできないことが含まれていたことに。


「『世界樹の智慧(ルート)』……いや、そうだ。オレはもしかしたら無意識に『世界樹の智慧(ルート)』にアクセスしてるかもしれない」


 ――――ふうん?


「この世界に来てから完全記憶能力を得た。一回見聞きしたものは絶対に忘れないし、忘れようと思っても忘れられない。それに、思考スピードが異常に上がった。他にもいくつか、明らかにオレの脳のスペックを超えるような能力が発現してる」


 もしかしたら、それらの現象は全て『賢者の加護』――――『世界樹の智慧(ルート)』に無意識に接続しているために得た能力なんじゃないか?

 そんなオレの仮説にリベリオも特に反論無く首肯した。もちろん、首など無いので肯定の息遣いを感じただけだが。


 ――――確かにその可能性はある。ふむ、ここで質問だ。この学園アトラウスの設立は何年前だ?


「は……?」


 ――――いいから考えろ。答えをひねり出せ。


 急に何だ…………一瞬だけリベリオの意図が分からずに眉をひそめたが、すぐに彼がオレの『賢者の加護』の権能を試していることに気づいた。


 だが、どれだけ考えあぐねても、『世界樹の智慧(ルート)』という存在を意識してみても、答えが立ち上ることは無い。当然だ、知りもしない歴史の出来事など、答えようもないのだから。


「分からん」


 ――――ふん、つまらないな。やっぱり君は出来損ないの賢者だ。何で、君なんかに……


「……なあ、オレは別に賢者ってわけじゃないと思うんだが。何で、『賢者の加護』なんてスキルが与えられたんだ?」


 ――――……このスキルの在り方はやや歪なんだ。賢者になった者がそのスキルを持つのではなく、賢者になるべき者がそのスキルを持つ。


 賢者に、なるべき者が…………?


 ――――本来、「賢者」に限らず何かしらの称号というのはその者の功績の後について回るものだろう? けれども、『賢者の加護』はその因果を逆転させた。賢者たる者が『賢者の加護』を持つんじゃない。『賢者の加護』を持った者が賢者になる。


「じゃあ、あれか、このスキルがあれば、誰でも賢者とやらになるってのか?」


 ――――…………いや、素養の無い者には与えられない。


 何か、やや言いたく無さそうな気配を感じる。


 ――――ちっ、だから異邦人は嫌いなんだよ。君たち異邦人は、ただ異世界から来たというだけで簡単に賢者の適性を得る。今までの歴代賢者たちもそのほとんどが異邦人だった。どれだけ僕が渇望しようとも得られなかった権能を、横からかっさらっていく!


 かつていたという他の賢者たち。彼ら彼女らも、オレと同じ異世界人だったらしい。

 オレら以外にもこの世界に飛ばされてきた人たちがいた。

 何気ない流れの中で暴露された衝撃の事実に、オレは驚きを隠せずに目を白黒させた。

 同時に、何故リベリオのオレに対する態度が厳しいかの理由も判明した。


 ……オレ自身、望んで手に入れたスキルではないから、それを理由に糾弾されるのも些か理不尽を覚えなくもないのだが。


「……特に悪いとは思わないぞ」


 オレの言葉にリベリオは鼻を鳴らす。


 ――――当然だ。むしろ謝罪などされたらそれこそ本当に憤死してしまいかねない。


 彼に謝罪をするのは、むしろ非礼にあたるはずだ。


 ――――ふん。これで一通り、賢者については理解しただろう。僕は疲れた。そろそろ寝ることにする。


 寝るとかいう概念があるのか。


 ――――音声を合成する魔法もただではない。そもそも僕という存在を一冊の本という形に留めていくのにも経常的な魔力の消費を必要としている。


「……難儀なもんだな」


 ――――まったくだ。だが、本という形で生き続けるのも、そう悪いものではない。


 そういうリベリオの口調は、初めて少しだけ楽しそうな響きを帯びていた。オレがその真意を探りかねていると、リベリオは言葉を続けた。


 ――――お前が何故『世界樹の智慧(ルート)』に接続できないのかは知らない。だが、僕は人格者だからな。正解にたどり着きうるヒントぐらいは与えてやる。


 どの口が言うのかと思いつつも、ヒントをもらえること自体はありがたいので黙っておく。


 ――――西だ。西の砂漠へ向かえ。そこに賢者の別荘がある。


「別荘って……」


 その微妙に場違いな響きにオレが半笑いの言葉を返すと、リベリオは不満そうに続けた。


 ――――別荘と言いつつ、あいつの作った趣味の悪い建造物だが。まあ、同じ異邦人であるお前なら行けば分かるはずだ。


「…………さっきから言ってる『あいつ』ってのは、同一人物か?」


 リベリオが指し示す『あいつ』という人物。なんとなくだが、それらは同一人物を指しているように思えた。


 ――――……ああ。僕の生きていた頃の、賢者だ。


「リベリオの時代の……賢者」


 一体どんな人物だったのだろうか。頭の中で何かしらの人物像を思い描こうとするが、明瞭な映像を結ぶことはなくあえなく霧散してしまう。


 ――――あまり思い出したくはないがな。


 冷え切った声音。今までよりもさらにつまらなさそうに言葉を吐き捨てると、リベリオは喋らなくなる。


「…………色々と教えてもらって助かった。また暇を見て来る」


 そう言い残すも返事は無い。

 オレは、手元の本の埃を少しばかり払って元あった場所に戻すと、踵を返した。


 禁書庫から出て、長い階段を上り始める。

 頭の中をぐるぐると多くの情報が回っている。


 賢者という存在。

 スキル『賢者の加護』の権能。

世界樹の智慧(ルート)』という概念。

 一度に爆発した情報に脳の整理が追い付かない。

 一歩階段を上がるごとに、少しだけ情報が整理されて紐づいていく。


「けど、収穫はあった」


 自らのスキルの権能と、そこにある瑕疵を認識することができた。

 そして、なぜその瑕疵が生じたのか、その原因を突き止めるための糸口も見つかった。


「目指すは、西の砂漠……」


 西方。かつて訪れたクレーター都市レグザスよりもさらに西。

 残念なことに西方の情報は非常に少ない。

 砂漠があること、火山があることなど、大まかな地形などは旅記で読んだが、文化や風習などは、リスチェリカの図書館にはほとんど情報が無かった。

 だが、ここならまた別だろう。

 学園アトラスが誇る、大図書館。

 そこになら、西方のより詳細な情報があって然るべきだ。


「こりゃ、図書館詰めかな……」


 そんな風に独り言ちながら、オレは本棚の背をくぐったのだった。


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