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130、術比べ

 掌の中で魔力を練り、感覚を確かめる。


 目の前に立っているのは一人の女性。


 フォルトナ・アトラウス。


 この学園の学園長にして、これからオレが「術比べ」とやらで競い合う相手だ。

儚げな輪郭とは裏腹に、立ち居姿は堂々としており、背筋もぴんと伸びている。代り映えのしない微笑も、もう見慣れてしまった。


「では、ルールを確認しましょう」


 フォルトナがやや大きな声量で言う。

 それはオレだけでなく、観客席にいる観衆たちにも聞こえるようにだろう。何故なら、観衆たちは傍観者であるだけでなく、今回の勝負の審判でもあるのだから。


「ルールはシンプルです。お互いの魔術を披露し合い、観衆の心をより掴んだ者の勝利です。制限時間はこの砂時計が落ちきるまで。終了時に観衆の皆さんに判定をしていただきます」


 そう言うとフォルトナは砂時計を隣に控えていた女子学生に渡した。彼女はそれを受け取ると、そのまま観客席へと走っていく。


 改めてあたりを見回す。

 場所は演習場。グラウンドのような場所を囲むようにして一段高い観客席が並ぶ。観客席には、勇者たち、魔法都市の学生たち、商人たちなど、多様な人々がいた。その数も相当に多い。多くの人間に見られながらというのはなかなかやりにくい。

 だが、そんなオレの小市民的な緊張とは裏腹に、フォルトナはその悠然とした態度を欠片も崩そうとはしない。


「準備はよろしいですか?」


「そりゃ、こっちのセリフだ」


 オレの返答を受けて、フォルトナは観客席の方へ目配せをした。

 そこには先ほどフォルトナが砂時計を渡した女学生がいた。


「それでは、これよりアトラス学園学園長フォルトナ・アトラウス女史と勇者トイチユート様の術比べを行います!」


 女学生の合図を受け、観客たちが沸く。


 さて、と。


 10メートルほど離れて立っているフォルトナを睥睨する。

 今回の「術比べ」、勝利条件が非常に難しい。

 観客に認められる魔法が求められる。


 では、観客の求める魔法とは何だ?

 威力? 精巧さ? 美麗さ? 難しさ?

 求められる要素は観客によっても異なり、またその時機によっても変容しうる。

 その中で常に最適と思われる最大公約数を出し続けなければならない。


 しかし、さしあたり必要なのは――――――


「先手はもらうぜ。『火蛍(ファイアフライ)』」


 大量の火の玉が宙を縦横無尽に飛び交う。

 観客から「おお」というどよめきが漏れる。

 無詠唱であり、規模が大きく視覚に訴えかける効果の大きい魔法。

 そして、何より、相手の先手をとった。これにより観客に強い印象を与えられるはずだ。


「ああ、さすがでございますね。まさか、トイチ様の魔術を間近で拝見できるとは……」


 フォルトナが感極まった様子で息を漏らしている。


「御託はいい。あんたも――――」


 言いかけたところで、フォルトナから大きな魔力のうねりを感じる。


「凍てつく御心よ、あらゆる髄をその顎に。彩る世界を喰らい尽くせ――――『ブリザーディア・ミドガルド』」


 魔力の爆発。白い靄が顕現する。

 否、靄ではない。それは冷気。

 冷気が、明確な輪郭を持ち、それが蛇を象っている。


「喰らいなさい」


 フォルトナの周りにとぐろを巻くようにして鎮座していた冷気の蛇が、宙に舞うオレの『火蛍』をかたっぱしから喰らっていく。

 冷気に呑まれ、蛍はその輝きを失う。


 先ほどより一層大きな歓声が観客から漏れた。


 その様子を見て、オレは自分の失敗を悟った。

 利用されたのだ。オレの魔法を。

 オレの魔法で高まった観客たちの興奮。それを上回ることで横からすべてかすめ取っていきやがった。

 やはり人心掌握の術に長けていると言うほかない。

 悔しいがオレよりも一枚上手だった。


 だが、


「まだ、一手目だ。ここから、どうなるかまではわかんねえだろ」


 掌に滲む汗を誤魔化しながら、自分に言い聞かせて魔法を組み立てる。

 練習していた魔法の1つ。そのお披露目と行こう。


「十一優斗のびっくりどっきりマジックショーへようこそ。時に諸君、屈折する炎を見たことはあるか?」


 オレの呼びかけに観衆は首を傾げた。

 にやりと口の端をゆがめ、魔法名を唱える。


「屈折せよ、炎の道よ。『ファイアレイ・リフラクション』!」


 手に込められた莫大な魔力が、灼熱の白光線となって冷気の蛇に迫る。真っすぐに伸びた熱線はそのまま蛇の頭を焼き溶かした。


「まだだ」


 空間に浸透させた『領識(エリアライズ)』。その魔力を通じて、ファイアレイを起爆する。

 瞬間、直線に伸びていた光線が、カクンとほとんど直角にその角度を変える。それから何度もその軌道を大きく変え、そのたびに冷気の蛇の体をかき消していく。

 その光景に観衆は何度目になるかわからない感嘆の息を漏らした。中には悲鳴に近い声をあげている者すらいる。


「これは……凄まじい、魔術でございますね」


 さすがのフォルトナ・アトラウスと言えどもその口を半開きにし、驚きを隠せない様子でオレの魔法の行く末を見ていた。


 蛇の残滓すら残らず焼き尽くした『ファイアレイ・リフラクション』は、そのまま天へと軌道を変え、そのまま天井の結界に衝突して霧散した。

 『ファイアレイ・リフラクション』は、『ファイアレイ』に言わば爆薬を仕込んだものだ。火の魔法が得意とする爆発の力を『ファイアレイ』内部に仕込んでおき、『領識』の魔力を起爆剤代わりにして起爆する。その起爆によって力を受けた熱線が大きく角度を変え、敵を追いかける。これにより、変則的かつ状況に応じた軌道をとることができるし、何より消費魔力が『ファイアレイ』を連発するよりも遥かに少ない。この前のガリバルディ戦での反省を活かして開発した魔法の1つだ。


 それから数手、魔法を打ち合う。

 フォルトナの魔法は全て氷魔法。精神干渉系の能力を使っていたことから、闇魔法を使ってくるかと思いきや、欠片も闇魔法の片鱗を覗かせることはなかった。

 もしかしたら、闇魔法を使えるという事実それ自体を隠しているのかもしれない。


 フォルトナの魔法を圧倒しながらも、徐々に観衆に飽きが来ていることを察する。

 砂時計の砂はまだ6割ほどしか落ちきっていない。お互いにお互いの魔法を潰し合うやりとりなど、数回も繰り返せば飽きが来る。当人たちでさえ、その有様なのだ。況や観衆はさらに退屈を持て余すだろう。


 だから、新しい展開を招く。


「…………魔法学園学園長とあろう者がもう品切れか? オレはまだやれるが」


 目に見えた挑発。だが、今まで散々奴にいいようにされてきたのだ。これぐらいのささやかな逆襲は許されてしかるべきだろう。


 オレの挑発が意外だったのか、フォルトナはくすりと笑うと愛おしげな視線をこちらへ向けた。


「ふふっ。やはり、貴方のような方こそが真の勇者なのでしょう。魔導の極みに至る大賢者様をこの目で拝顔できるとは、何たる僥倖でありましょうか」


「ゾッとするからやめろ。けど、アトラスの学園長ってのも大したことないんだな」


 フォルトナのうっとりするような視線とその声音に恐怖を感じながら、オレは口早にまくし立てた。これは呼び水。マンネリ化してしまった展開を相手に打開させる。そして、打開した瞬間にオレがそれに乗っかる形でパフォーマンスをする。そうして観客の印象を塗り替える。


「そう、慌てないでください。こんなにも至福の時間を、そうそう終わらせたくはありません。もっと、楽しみましょう。是非、ご準備をなさってください――――」


 そう言うと、フォルトナは懐から何かを取り出した。


 それはナイフ。

 決して大きくはないが、刃の切れ味は確かに人を殺傷する能力を有している。


「何を……」


 彼女の意図が読めずに困惑するオレを置き去りにして、彼女はそのナイフを振るった。

 自らの腕を切るために。


「なっ!?」


 動揺したのはオレだけではないらしく、観客席からも先ほどとは質の違うどよめきが聞こえる。一部の学生に至っては「アトラウス様!?」などと、明らかに心配そうな叫び声をあげている。彼らの様子からも、彼女の自傷行為が尋常な行動ではないことは明らかだ。


「おい、何やってんだ!? 目の前でいきなり自分の腕切りつけるとか正気じゃ……」


 そこでオレの声は立ち消える。


 聞こえたからだ。


 聞こえてしまったからだ。


 彼女の口から漏れ出る、詠唱を。


 オレはとっさに身の回りに『不可触の王城(アイソレスフォート)』を展開する。

 必要があるかどうかは、分からない。ただ、幾度となくオレを死神の手から逃してきた直感が、そう告げた。


「―――――満たせ、充たせ、忌まわしき杯を。銀の雫、黒炭の枝葉、溶解する血肉。告解の随に、私はこの身を委ねましょう。――――『ニヴルヘイム』」


 その詠唱は異様。今まで聞いたどの詠唱とも違う、もっとどろどろとした、何か。


 彼女の腕から血が滴る。


 やがてその赤い水滴が落ちる速度はゆっくりに、ゆっくりに、ゆっくりに――――完全に、停止する。


 彼女の腕から零れる血は、いつの間にか止まっていた。

 視界が薄赤くにじむ。それはオレの目に異常が発生したからではない。

 得体の知れない気持ち悪さと嫌な予感から思わず息を漏らす。

 吐く息が赤い。


 ――――赤い?


「ぐっ!?」


 殴りつけられたような衝撃を受け、思わずよろめく。『不可触の王城(アイソレスフォート)』でほとんどの衝撃を殺したにも関わらず、足元がふらつく。

 殴られたなどという表現すら生ぬるい。重機の鉄球による質量の暴力を浴びたような衝撃だ。『不可触の王城(アイソレスフォート)』が無ければまず間違いなく即死。


「……赤い、壁……?」


 オレを殴りつけた方向にあったのは赤い壁。正確には赤い立方体がオレの真横にあった。オレの理解を待たずして、赤い立方体は霧散して消えた。


「なんだよ、この魔法……!!」


「驚かれましたか? これが、魔法です。そう、『魔術』ではなく、真なる『魔法』――――」


「何を言って…………!」


 オレの叫びも聞かずに、再び『不可触の王城(アイソレスフォート)』に衝撃が来る。体の数㎝向こうに赤い槍が幾本も突き刺さっている。先ほどまで、影も形も無かった。まるで最初からそこにあったかのように、唐突にそこに立ち現れたのだ。そして、現れたときと同様に、赤い槍は霧になるようにして消えていく。


 先ほどのフォルトナの自傷行為、何もない場所から現れる赤い物質、赤くなった霧、赤く染まった吐息――――


「血を利用した……魔法……!」


「ご名答です。やはり、トイチ様は類まれなる洞察眼をお持ちでございますね」


 フォルトナの誉めそやす声も耳に入ってはこない。


 こんな魔法、聞いたことも無い。


 リアとの戦いのときに、『朱斬(アカギリ)』と称して血を利用した魔法を使ったことはある。だが、あれは水魔法の操作対象を血としただけで、こんな風に血を主軸においた魔法ではない。


「血錬魔法や血法と呼ばれております。その驚いたお顔を拝見できただけでも、少しばかり見栄を張った甲斐がありますね」


 薄く笑うフォルトナの顔にはらしくない脂汗が浮かんでいる。ただでさえ白い肌が、白さを通り越して青白くなっている。


「おい、この魔法、もしかして相当血を使うんじゃないのか!?」


 オレの叫びに、フォルトナは笑った。


「ええ、よくお分かりですね」


「何笑ってんだ、出血多量で死ぬぞ!?」


 彼女の傷口からの出血は止まっているように見えるが違う。

 傷口から漏れ出る血は全て、霧状に変換されているのだ。そうでなければ、あれだけの質量を持った攻撃ができるわけがない。


 人間が出血多量で死ぬラインはおおよそ2リットル。フォルトナが女性であることを考えればさらに少ないと見ていい。

 この世界の人間は割と人間をやめているやつも多いから、必ずしも当てはまるとは限らないが、ことオレの眼前にいる魔術師は身体機能については一般人レベルのはずだ。


「バカか! 死にたいのか!?」


「いえ、そんな、ことは…………ただ、トイチ様に失望されないように、と」


 オレのためにやったっていうのか!? クソッ、オレに一体何の価値があるってんだよ!


 内心で悪態をつきながら、オレはフォルトナの魔法を止める術を考える。


「――――上等だ。オレはあんたを死なせず、あんたに勝つ」


 これはそういう勝負に成り果てた。


 くだらない。

 こいつらはどうしてそう自らの生命を軽んじるのか。

 どうして、簡単に自分の命を捨てられるのか。


 …………理解できない。


「目の前で、一人の人間が死にかけている。そうだろ?」


 誰に言うでもなく語り掛ける。

 オレの中に住まう、オレのものじゃない記憶に。


「だったら、条件は満たしてるはずだ」


 自分じゃない誰かを説得させる言葉を放つ。

 魔力が、巡る。


「顕現しろ、『白銀色ノ罪人棺(フローズングレイヴ)』ッ!」


 三度目の発現。今までよりも遥かにスムーズに。魔法が自分の掌の中に収まっている確かな感覚がある。


 刹那、世界を冷気が満たした。


 フォルトナが目を見開いたのは一瞬、そこには人を象った氷像が出来上がる。

 空気中にあったすべての血液が結晶化し、赤い雪を降らせる。


 幻想的とも、終末的とも見える光景に、観客は唖然としたまま見入るしかない。

 赤い雪の降る世界で、オレの歩く音だけが聞こえる。


 コンッ、と氷像をこぶしでたたく。

 オレの意思を受けた氷像がひび割れていき、中から白い息を漏らすフォルトナが現れた。腕の傷は表面が凍り、塞がっている。止血はできているが、多くの血液が失われた状態だ。低体温症になる恐れもあるし、早く救護室に運んだ方がいいだろう。

 オレの冷静な思考とは裏腹に、フォルトナは何が起きたか分からない様子で呆けている。

 彼女らしくない隙だらけの姿にオレは思わず吹き出す。


「ゲームはオレの勝ちじゃないか?」


 オレの声にフォルトナが何かを言いかけて、砂時計の砂が落ちきった。


「じ、時間です! こ、これで術比べを終了します!!」


 砂時計が落ちきったことに遅れてから気づいた女学生が、終了の声を上げた。

 それを受けて、静寂を保っていた観客たちがようやくざわめきを取り戻す。

 オレはフォルトナの傷口の氷を溶かし、治癒魔法をかける。


「…………私の完敗ですね」


「それはオレたちじゃなくて観客が決めることだろ」


「ええ、そうだとしても、結論は変わらなさそうですが」


 ちらり、とオレの後ろを見るフォルトナの視線の先には、慌ててグラウンドに降りてきて駆けよってくる学生たちが見えた。見れば、そこにはテオも混じっており、担架を背負っている。

 今しがた起きた出来事はやはり彼らにとっても想定外らしく、慌てふためく様に哀れみすら覚える。


「お前のせいで、他の学生諸君が大混乱だぞ」


「……ええ、彼らには悪いことをしました」


 そういう顔は少しだけ柔らかく、どこか慈愛に満ちた表情をしている。

 学生たちが息を切らしながらたどり着き、口々に心配をまくし立てた。


「大丈夫ですか、会長!?」「フォルトナ女史! どうしてこのようなことを!!」「早く医務室にお連れしろ!」


 などなどなど。てんやわんやの様相に、オレは苦笑を漏らすしかない。

 この中で最も顔色が悪いにも関わらずフォルトナは笑みを崩さずに学生たちを一喝した。


「皆様、ご心配頂きありがとうございます。ですが、この程度であれば何も問題はありません。トイチ様の治癒魔法のおかげで血液不足も少しばかり解消されました」


 そういう彼女の顔色は、確かに先ほどよりは少しマシかもしれない。だが、その色合いの変化はオレの完全記憶能力があるからこそ見分けがつくレベルだ。未だ病人のそれと言っても何ら差し支えはない。


「それよりも、此度の術比べの結果を皆様に決めて頂かなくてはなりません」


 フォルトナの言葉に一同は困惑を隠せない。

 今はそれよりもフォルトナを医務室に運ぶことを優先したいのだろう。


 だが、フォルトナの柔らかいながらも有無を言わせない笑みが、彼らのそんな思惑を躊躇わせていた。

 躊躇いと困惑による沈黙が場を支配する。

 ややあって、一人の青年が小さく手を挙げた。


「…………失礼を承知で申し上げるなら、僕はトイチさんに軍配が上がると思います」


 最初に沈黙を破ったのは、テオだった。

 テオは少しだけ視線を彷徨わせながらも、しっかりとした声で続けた。


「先ほどの術比べ、双方ともに人智を超えた素晴らしいものでした。ですが、それら全てにおいて常に優位に立ち、最後のアトラウス女史の不測の魔法にも完璧に対応してみせた。相手を傷つけない形で」


 テオの言葉に場の学生たちは迷うように小さく唸った。


「……ええ。私も、その言葉に異議はありません。皆さんも遠慮などは要りません。私は、公正な判断をこそ望みます。忖度や気遣いなど、侮辱に他なりません」


 フォルトナがテオの言葉を後押しする。

 それを受けた場の学生たちは罰の悪そうな顔をしながらも、どうやら答えを決めたらしい。


「で、では、他の観客の方にも同じように問うということで……」


 先ほどまで砂時計を持っていた女学生がフォルトナに確認をとる。

 フォルトナがこくりとうなずくと、女学生は観客席に向き直った。


「こ、これより! 術比べの審判を行いたいと思います!」


 観客の注意が一気にこちらへ向く。

 視線には困惑が混じりつつも、ひとまず成り行きを見守るようだ。


「これより、双方の名前を読み上げます! 勝者だと思う方に盛大な拍手を!」


 そういうと女学生は大きく息を吸った。


「フォルトナ・アトラウス!」


 女学生の声掛けに、困惑した様子の観客たちがパラパラとまばらな拍手を送る。見れば、勇者の一部や商人などもフォルトナに拍手を送っている。まあ、そりゃあそうなるな。リスチェリカにおけるオレの評価は低い。妥当過ぎる結果だ。


「次に、トイチユート!」


 女学生がやや震える声で告げる。

 しーん、と静寂が広がった。


 1秒、2秒、3秒、と沈黙の世界が続く。


 永延に続くかと思われた静寂は、ぱんっ、という乾いた音が掻き切った。

 音の主はテオ。テオドール・シンクレアだ。


 続いて柏手の音が続く。

 観客席にいてもなお目立つ赤と金。


 リア。


 そこからは一瞬だった。

 拍手の洪水が、共鳴するかのように修練場に響き渡った。

 一部の学生に至っては指笛で囃し立てる始末。

 それがすべて自分に向けられていると思うと、些かばかりでは済まない気恥ずかしさを感じる。


「なんだ、照れてるのか?」


「……からかわないでくれ、テオ」


「もっと胸を張ってくれ。あなたの魔法は、これだけの称賛を受けるに値するものだった」


 テオは臆面もなくそんなことをのたまう。

 オレは苦虫を噛み潰したような顔で返事を誤魔化すと、彼から視線を逸らした。

 ややあって、拍手が止む。


「勝者については、明言はいたしません。お二人が最もご理解なさっていると思います」


 女学生はそういうと一礼した。


「……さ、早く医務室へ」


「皆さんは心配性が過ぎますよ。……トイチ様、例の件はのちほど。こちらから伺います」


 そう言い残すと、フォルトナは担架に担がれていった。


「今日は君の祝勝会かな?」


 テオが冗談交じりの調子でそんなことを言う。


「やめてくれ。この学園の人気者を氷漬けにしたっつう罪状で刺されかねない」


「くっ、はは。本当に面白いな、あなたは。大丈夫。そんなことにはならないよ、たぶんだけど」


「そこは完全に保証して欲しかったなぁ!?」


 オレの叫び声に明るい笑い声を上げるテオと数人の学生たち。


 まるで本当に学校にいるみたいだな。

 そんな場違いな感傷は、喧騒にかき消されてすぐに消えていった。


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