13、トイチユウトのあり方
多分、主人公が一番めんどくさいと思います。
「昨日は悪かった」
そう言って龍ヶ城に頭を下げる。
食堂でのブラント団長の話から一夜明け。オレは朝食をとる龍ヶ城に謝罪を述べていた。
「あのときお前は最善を尽くしていた。それをオレに謗る資格はない。すまなかった」
龍ヶ城の目を見て謝罪の意を伝える。
オレが食堂に入ってきたときは微妙な視線を向けていた面々も、オレの開口一番の謝罪を聞いて居心地の悪そうな顔で神妙にしている。
食堂の人は少なかった。皆、昨日のショックでまだ食事をとれるような状況ではないのだろう。
龍ヶ城は軽く首を振って、
「気にしないでくれ。彼と最も親しかったのは君だ。そのショックは計り知れないだろう。あの場で感極まり、心にもないことを言ってしまっただけだよね?」
そう言ってオレに笑いかける。
心にも無い? 全部本心だったに決まってんだろ。
そんな言葉が喉元まで出掛かるも、ぐっとこらえて黙って頭を下げる。
一晩経ったおかげで大分頭は冷えた。別に、春樹のことを「仕方なかった」とあっさり片付けられたわけじゃない。ただ、現状でわめき散らして八つ当たりをしても何らオレにメリットはないことに気付いただけだ。
それに龍ヶ城に何か言ったところで、絶対に効果がない。こいつは、恐らく正真正銘本物の英雄だ。ああ、英雄だよこいつは。
昨日今日の問答で改めてそのことを認識する。あんだけ暴言吐いた奴を謝罪の一つで笑顔で許せるとか聖人かよ。その存在に薄気味の悪さを感じる。
「恩に着る。じゃあ、オレは行くから」
そう言って足早に去ろうとするオレを龍ヶ城が引き止めた。
「せっかくだし、一緒に朝食でもとらないか?」
こういうところが、絶対にオレがこいつと分かり合えないと思うところだ。
正気の沙汰とは思えない。
一見、オレを心配しているようでその実何も本質を分かっていない。
ただ、みなを照らし続ける太陽としてそこに存在し、照らされている者たちに目を向けていない。前から薄々思っていたことだが、やはりその考えは間違っていないようだ。
「いや、遠慮しておく。この空気でお前と一緒に朝食を洒落込めるほどオレは豪胆な肝の持ち主じゃないんでね」
多少の皮肉を言い残してその場を去る。
朝飯は食いたくない。
オレは、周囲の勇者たちと全く目も合わせずに食堂を後にした。
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カツカツ、と石造りの床に靴の音を響かせながら歩みを進める。
まだ朝早であるため、周囲には人の影は見られない。
この時間は皆、朝食をとっているのだろう。
ちょっと先に図書館が見える。気付かずに足が向かっていたらしい。
帰巣本能だろうか。
そんなくだらないことを考えて苦笑を漏らしつつ、オレは図書館へと向かう。
……そういえば、春樹が案内して欲しいって言ってたっけ。
そんな記憶を思い返すも、ついぞ叶うことが無かったその願いによって胸に鋭い痛みが走る。
ふらふらとした足取りで、図書館の両開きの扉を開錠してくぐる。
どうやら、まだ司書もどきのばーさんも来ていないようだ。
図書館特有の紙とインクのにおいにむせ返りそうになる。いつもは気にならないのに、今日だけはやけに鼻につく。
特にあてがあるでもなく、ぶらぶらと図書館内を歩き回る。
ふと魔法教本のコーナーに差し掛かり、オレがこの世界で一番最初に読んだ魔法の入門書を手に取る。パラパラと適当なページをめくる。
既に頭の中に完全に入っている情報を改めて見る価値も無い。
特に意味があったわけでもないその行為。
突然、ポタ……と、一滴の雫が本に零れた。
「あ……れ……」
何が起こったのか分からなかった。
その現象を理解しようとする間も、ポタポタとその熱い雫は、頬をつたい本に染みを作る。
「や、べ……本、汚し、ちまう」
口元に笑みを作ろうとするも、流れ出る雫はとどまることなく、次第に思いの奔流となって本を濡らす。
オレはついぞ笑みを作ることができなかった。
「おい、……な、んだってんだよ」
その不可解極まりない現象に疑念を呈するも、声は情けなく震え、そのたびに目頭が熱くなった。いつまで強がりがもつのだろうか。こんなくだらない矜持が、一体いつまで。
「う、あぁ…………」
ついに嗚咽が漏れ出す。
――――ああ、オレは、泣いてるのか。
そう気付いてからは、堰が崩壊したかのようにボロボロと大粒の涙が頬をつたった。
「あぁ、うわぁああ……えぁ……」
年甲斐もなくまるで母親を見失った幼子のように泣きじゃくる。
涙に視界は霞み、鼻水としゃくりあげる喉のせいで呼吸すらままならない。
既に、自分がどこにいるのか、何をしているのかすら分からなかった。
その涙は心にわだかまる鬱屈を、憤怒を、後悔を洗い流す雨のようで。
それからオレは永延のように感じる時間、慟哭して、その思いを流し続けた。
熱く、そして重いその涙は思いを吐き出していく。
「ごめん……ごめんっ……」
もう届かない謝罪。意味の無い謝罪。言葉にならないたわごとを繰り返しながら泣き喚く。
「春樹ぃ……ひっく、うえぇあ……あぁあああ……」
一人の少年の慟哭が図書館に響く。
悲しみに充ちたその泣き声は、本たちに囲まれて融けていく。
本の臭いに包まれるようにして少年は涙を流し続ける。
そうして彼は、ようやく友人の死を悲しむことができたのであった。
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数分後、しゃくりあげる肺の痙攣を抑えつつ、オレは袖で涙をぬぐっていた。
「あぁ……みっどもねぇ」
恐らく、今オレの顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだろう。
こんなに泣いたのはいつ振りだろうか。もう、最後に泣いた日などほとんど記憶に無い。
精神的な重圧が少しだけ軽くなった気がする。
だから次の言葉はすっと出てきた。
「春樹……ごめん……」
この場にいない春樹に届くように、否、届くことを祈りすがってオレは春樹に謝罪を述べた。
もちろん、こんなことで贖えるような罪ではないと思っている。それに、春樹の死を乗り越えることなど、決して、不可能だろう。
でも、泣いたことで気持ちの整理が出来たのは事実だ。春樹がどう思っていようと、オレはあいつのことを友人だと、大切だと思っていた。そこに、偽りは無い。そして、あいつがいなくなって悲しみを感じている。
こんな簡単なことすら自信が無かった。でも、今なら自信をもって言える。
……オレは春樹の死を乗り越えない。そして、きっと乗り越えられない。オレは物語の主人公でも無ければ英雄でもない。だから、全てを受け止めて、いつも肩に背負って生き続ける。オレの心に楔を残し続ける。
それが、春樹が生かしてくれた、オレのあるべき姿じゃないだろうか。
ああ、欺瞞に過ぎないことは分かっている。利己的で、自分勝手で、どうしようもないほど傲慢な結論なのは百も承知だ。だけど、このまま不貞腐れて、この命さえ無駄にしてしまうことは、流石の春樹も許さないだろうということは、この数週間のあいつとの付き合いで分かっている。
オレが進むべき道はまだ霧の中に霞んでいる。
もしかしたら、道なんて無いのかもしれない。
それでもオレは、自分の進むべき道を無様に、滑稽に、愚鈍に、探し続けなければならない。
それこそが、今生きているオレの責務じゃないだろうか。
「よし……」
パンっと、自分の頬を手のひらではたく。
目元を服で拭うとふっと息を吐いて、立ち上がる。
だが、勢いよく立ち上がった瞬間、それをくじくようにガタッと背後から物音が聞こえた。
驚きに肩を跳ねさせながら振り返ると、そこにはぎこちない作り笑いを浮かべる織村の姿があった。
「…………よ、よう……織、村」
「う、うん……お、おはよう、ゆーくん……」
ものすごく気まずそうにしている。
決して目を合わせようとしない無駄な努力がうかがえる。
「……いつからいた?」
勇気を以って自ら地雷を踏み抜く。
こういうのは、不発弾として残しておくと後々面倒だからな。
「え、えーっと……大声で、な、泣いてるところなんて見てないよ?」
語るに落ちるとはまさにこのこと。
オレは諺を実体験で体験しているらしい。こんな体験の仕方したくなかったよ!
「……他言無用で頼む」
「う、うん。ぜったい言わない……」
そんな気まずそうにされるとこっちが逆に気まずいのだが。
「そ、そういやなんでここにいるんだ? まだみんな朝食食べてるはずだろ?」
強引に話題を転換する。若干声が上ずっているのはご愛嬌だ。
「あ、そ、そう! ゆーくんがすごい怖い顔で食堂から出てっちゃったから大丈夫かなーって……」
なるほどね、心配して、か。
「そうか。別にそんな心配しなくていいぞ。ちゃんと約束は守るから」
だからそんな彼女の心配を取り除くように、笑みを浮べて語りかける。
「え? 約束?」
得心しないといった表情で凛が首をかしげる。
「ああ。あれだろ? オレがメンタルやばいから、魔法をちゃんと教えてもらえるか心配だったんだろ?大丈夫だって、魔法は教える。心配すんな」
「え、え? ち、ちが……! わたしは、ただゆーくんが心配で――――」
「明日からバリバリ教えるから、覚悟しとけよ? オレはこれでも鬼教官だぜ?」
そう言って、織村に笑いかける。
「そ、そうじゃな――――」
「はー。泣いたら腹減った。さてはて、オレも遅めの朝食にしますかね。まだ、残ってんのかな」
そう言いながら織村の肩を叩き、食堂に戻ることを促す。
織村はまだ何かを言いたそうにしているが、それに強引に背を向けて歩き出す。
……ああ、そうだ。これでいい。
オレは春樹の死を乗り越えられない。
だからこそ、自分が自分であるために、自分のあり方を示すために――――もう、傷つかないために。
オレに刺さった楔は語りかける。
――――――盲目に全てを掬え。
そしてオレは世界から目を背け、霧を晴らすことなく道を進むことを決意した。
もうちょっと長くするかもしれません。




