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124、無条件降伏

三日前ぐらいに予約投稿を間違えて解除して投稿してしまったので、周期がぶれています...

 学園の人間に案内されるがまま数分。


 オレたちの部屋は二人部屋らしく、そこそこの居住性と広さが確保されていた。真っ先にベッドを確認したが、ダブルベッドではなく無事にツインベッドだった。流石にダブルベッドだったりした日にはこいつを追い出していたところだが。


「トイチ様、その、もしベッドを汚された際には、お申し付けくださればシーツなどは御取替えしますので……」


 案内してくれた女子生徒が若干びくびくとしながらオレに言った。


 いや、何でシーツが汚れ…………


 そこで先ほどの自分の発言を思い出して額に手を当てる。

 オレの評価が下がって困ることなど無いとタカをくくっていたが、こと魔法都市においてのオレの評判は決して低くない。むしろ、先ほどのフォルトナの言葉を鑑みるに、リスチェリカ側から相当な鳴り物入りとして喧伝されている。

 そんな中で、女性にだらしない一面を前面に押し出してしまったのは些か早計だったかもしれない。


「あー……まあ、さっきの発言はほとんど冗談なんで。気にしないでください。オレとこいつはそういう関係じゃないですし、今後金輪際そういうことにもならないんで」


 そう言って親指でリアを指さす。

 女子生徒は「は、はい……」とやや緊張した面持ちで頷くと、そのままぺこりと頭を下げて部屋を出て行った。

 もしシーツ交換が必要になるとすれば、それはリアにボコボコにされたオレの血によるものだろう。命だけは見逃して欲しい。

 だが、当のリアは部屋に入ったきり固まったように動かない。

 先ほどから隅っこの方でこちらを見たり視線を外したり立ったり座ったりを繰り返している。


 壊れた機械か何かか?


 はぁ、と何度目になるか分からないため息をつくと、ビクッと彼女の肩が跳ねた。


「あのなぁ」


「は、はい」


「オレがお前に手を出すような人間に見えるか」


 それは別にオレの誠実さを訴えているわけではない。

 オレが主張しているのは単純な自己防衛本能。君子危うきに近寄らずとはよく言うが、リアのようなキレたら何をするか分かったもんじゃない人間に手を出そうなどと考えるのは、彼女のことをまるで知らない一部の人間に限られるだろう。いや、一周回って彼女の場合はキレたらどうするか自明かもしれない。


「い、いえ、その、アナタにそんな度胸は無いとは思いますが……」


「何だろう、事実なんだが面と向かって言われるとそれはそれで腹が立つな?」


 もう少し歯に衣を着せて欲しい。


「ですが、万が一ということも……」


「星の数分の一もありえねえよ」


 だがオレの言葉を信用していないのか、リアは未だに若干挙動不審のままである。


 ……面倒だ。やりたくなかったが最終手段に出るか。


 オレは一瞬の逡巡の後に『持ち物』から小型の短剣を取り出す。

 リアは何事かと目を見開いたが、そのままオレは有無を言わず彼女に距離を詰め、無造作に短剣を振り下ろした。

 刹那、オレの腕が彼女の細腕に絡みとられ、手から短剣が零れ落ちる。オレは為すすべなく彼女に投げられ、宙を舞った。

 そのまま背中から床に叩きつけられ、「ほげぇ」と変な声が喉から漏れた。

 カランカランと、オレの手にしていた短剣が軽い音を立てて今仕方の茶番を笑う。

 短剣の刃は潰してあった。たとえ当たっても薄肌に切り傷を付けることもできなかっただろう。


「いきなりどういうつもりですの!?」


「…………ほらな。オレがお前に何かしようとしたって、腕力じゃお前に勝てねえっての。この間合いなら万が一にもオレがお前に勝つことはありえない」


 床から上体を起こしながらオレはつらつらと説明をする。

 そう、彼女はオレに襲われる心配をしているようだが、それは全て杞憂に過ぎないのだ。

 仮にオレが襲ったとして、彼女は100パーセントそれを撃退できる。悲しい事実だが、こと近接戦闘においてオレが彼女に対して出来ることは何も無い。


「だからオレに襲われる心配をしてるんだったら、いつでも撃退できるようにしてろ。オレを信じる必要は無い。お前自身の腕っぷしを信じろ」


 別にオレがどのように思われていようが、オレと彼女の力関係は変わらないのだ。

 かっこいいことを言っているが、残念なことに十一優斗氏完全敗北宣言に他ならない。ここまでの無条件降伏ってある? もしかしてオレが歴史上初めてなんじゃないなかなぁ!


「……アナタは……」


 目を見開いたままリアが固まる。すると、そのまま急に笑い出した。


「どうした急に笑い出して。頭でも打ったか?」


「あら、そちらこそ投げ飛ばされた拍子に顔でも打ちましたか? 目が死んでいますわよ」


「この顔は生まれつきだ、喧嘩売ってんのか」


「買ってくれますの?」


「勘弁してくれ」


 いつかも交わしたやりとりに小さく笑う。


「まあ、わたくしはアナタの顔は嫌いではありませんけれど」


「そうか。気が合わないな。オレは嫌いだ」


「そう言わないでくださいまし」


 からからと裏もなく笑うリアにオレは苦い顔をして目を逸らした。


「とりあえず普段の調子に戻ったようで何よりだ」


 このままの調子で是非この部屋からご退去いただきたいものだ。


「あらかじめ申し上げておきますが、この部屋から出て行くつもりはありませんわ」


「人の心読むのやめようね、心臓に悪いから」


 オレが度重なる心労で、心臓の病に冒されたら責任とってくれんの?


 まあ、どうにかこうにか落ち着きはしたようだ。オレとしちゃ微妙なところに落ち着いてしまったが。

 そんな風にいつも通りの馬鹿をやっていると、どんどん、とやや荒々しいノックがドアを叩いた。一瞬だけリアと目を合わせるも、まあどうせリアの侍女か魔法都市の人間あたりだろうとタカをくくって扉を開ける。


「……取り込み中か?」


「そう見えるなら一度眼科にかかった方がいい」


 目の前にいる巨漢に驚き、思わず毒を吐く。

 巨漢の名は熊野剛毅。筆頭勇者の一人にして、今回の旅のいわばリーダーだ。


「そうか……十一、お前に頼みがあってな」


「断る」


「まだ何も言っていないぞ……」


 頼みがある、と前置かれた頼みごとにロクなものだったことはない。


「まあ聞け」


 いや、お前がオレの話を聞けよ。


「今夜、おれたちの来訪を祝した歓迎パーティが開かれる。立食形式の晩餐会だそうだ」


 熊野の言葉にオレは「へー」という気の抜けた返事を返す。そういやそんなこと言ってたな。


「そこで、我々の中から代表で一人スピーチをしなきゃいけないんだが、十一、お前やらな」


「絶対いやだ!!」


 またも最後まで聞くことなくNOを突きつける。


「しかしだな、おれは、その、人前で喋るのがやや苦手でな……輝政や十六夜たちならいいんだろうが、今回の旅には同行していないし……」


「だからって、何でオレなんだ? 他にもいくらでも適任がいるだろ」


 筆頭勇者とか筆頭勇者とか筆頭勇者とか。


「理由はそれだけじゃない。一応は魔法都市への遠征ということで、我々の魔法の錬度の熟達も遠征の目的には含まれているんだ。それなのに、スピーチをする人間が魔法を使えないのは、その、少し示しがつかんだろう」


 ……理屈としては分からんでもないが。


 今回の魔法都市への遠征は複数の目的が絡んでいる。

 もちろん、都市間の交流や物資の交換などもあるだろうが、それだけでわざわざ勇者を派遣したりしない。オレの見立てでは主に二つ。一つは勇者のお目見えだ。有力な都市に勇者たちを送り、「我が国にはこんな戦力がいる。魔族たちも目ではない」ということをアピールすることで、周囲の協力を得る足がかりにすること。もう一つは純粋に戦力の増強。魔族と戦っていく上で、魔法の力は不可欠だ。魔法都市という魔法技術においては最先端をいく環境で、少しでも魔法を熟練させて欲しいという上の狙いがあるのだろう。

 その意味で言えば、遠征隊のリーダーが熊野なのはやや難がある。魔法都市という環境において、魔法を使えないことはいい印象を与えはしないはずだ。多かれ少なかれ、魔法の出来不出来はここの住人の価値観に大きく影響しているはず。ここで、勇者たちは魔法についても極めて優れた能力を有しているのだと都市にアピールする重要性は高い。


「でも、筆頭勇者で魔法使えるやつならいくらでもいるだろ、ほらあの三人組とか」


 筆頭勇者魔法部隊三人組、黒崎美咲、白妙恵、赤井亜美。

 少なくとも筆頭勇者入りしているという限りでは、別に弱い魔導士では無いと思うが。


「……あいつらが、その、何だ。人前で、しっかり、話せるとは思えんくてな」


「…………なるほど」


 熊野の言葉を選びながら話すような口ぶりに察してしまう。

 まあ、魔法使いなんて陰キャしかいないからな!


「そういうわけで、魔法に熟達しており、人前で話せそうな人間となると、お前ぐらいしか思いつかんのだ」


 いや、別にオレも人前で話すのが得意なわけじゃないんだけど。

 ただ必要だったらそれをやるというだけで、コミュニケーション能力は中の下、平々凡々極まっていると自負しているんだが。


「それに、今回十一は勇者の一員としてこの遠征に参加していると聞いている。これぐらいは引き受けてくれてもバチは当たらないんじゃないか、と思う」


「それを言われると痛いな」


 今回、オレはリアとの王城中庭決闘事件の罰として、勇者の一員としてこの遠征に同行している。もちろん、オレ自身の興味と一致しているため遠征自体は構わないのであるが、確かに勇者の一員として派遣されたと言われてしまえば、オレもその責務を果たさなくてはならないだろう。


「……お前がどうしてもやりたくないと言うのであれば、無理は言わん」


「無理は言わん……って、どうするつもりなんだよ」


「おれがやるしかないだろうな」


 熊野はやや困ったようにその太い眉毛をハの字に傾けた。

 色々と言いたいことはある。目立つのも面倒くさい。だが、一応今回の遠征は契約の一種だ。オレが勇者として遠征を全うできなければ、向こうに大義名分ができる。それは芳しくない。

 ここは逆に勇者としての役割を果たし、恩でも売っておくべきか。


 様々な思惑が脳内をめちゃくちゃに錯綜したまま、オレはため息を吐きながら言った。


「仕方ねぇな。引き受ける」


 熊野が一瞬だけその目を見開くと、すぐに薄く笑った。


「おお、そうか! 助かる」


 そう言うと熊野は手を差し出してくる。何だ? 新手の手刀か?


「握手だ」


 苦笑する熊野にオレは「もちろん、分かっていたとも」と言わんばかりの笑顔でそれに応じる。我ながら最高にうさんくさい笑顔だったと思う。

 痛い痛い力強い! こいつ握手を握力測定か何かと勘違いしてるんじゃないか!?


「では、また後でな。お前とは色々と話したいこともあるからな!」


 未だに痺れる手で、しっしっと手を振る。


「オレには無い」


「つれないな」


 その一言を最後に熊野は振り返ることなく、のしのしと廊下を歩いていく。

 部屋の扉を閉めるともう一回だけ、はぁ、とため息をつく。


「その……」


「お前のせいじゃないからな」


 リアが申し訳なさそうに肩を落としている。


「あのときはオレも気が立ってた。今回の遠征については仕方ないと割り切ってる」


 リアは自分がけしかけたせいで、オレが罰を受けたことを気に病んでいるのだろう。

 アホらしい。あれはオレのミスだ。オレが自分の感情をコントロールできなかったゆえに引き起こしてしまった。


 もっと冷静に。もっと論理的に。

 自分に言い聞かせて、よし、と小さく呟く。


「原稿、考えねぇとな」


 スピーチの原稿を考えるなどいつ以来だろうかとぼんやり考えながら、オレは語り始めの一文を模索していった。


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