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123、学園アトラス

 それからややあって。


 先ほどの演出や口上は歓迎のデモンストレーションだったらしく、そこからはそこそこ事務的に話が進んだ。今回の遠征については既に双方承知の上なので、特に齟齬があるわけもなくとんとん拍子で話が進んでいた。

 遠巻きにその様子を眺めていると、フォンズがオレを肘で突く。


「彼女、中々の魔導士だと思うのだがどう思う?」


 フォンズが、「彼女」と呼んだのは、先ほど口上を述べ今も騎士や熊野たちと今後のあれこれについて話し合っている女性だ。女性か少女か。こうして近くで見てみると、そんなに年は行っていないように見えるが。


「さあ、オレに魔導士を見極める観察眼なんてのは備わってないからな」


「是非一度魔法を見せてもらいたいものだ」


 オレの話なんて聞いていないフォンズは何故か一人納得した様子でしきりに頷いている。

 こいつ、魔法とか魔導士関係の話になると急に頭のねじが緩むな。大丈夫か?

 半ジト目で隣の魔族の男を見ていると、今度は逆の太ももをちょんちょんとつつかれる。


「今度は何だアルティ」


「えーひどーい。まだ何もやってないじゃん!」


「まだってことは何かやるつもりだったのかよ……」


 本当にこいつそろそろ強制命令で騒ぐのを禁止にしてやろうか。

 そんなオレの思考を読んだのかどうかは知らないが、アルティはバツの悪い顔で可愛らしく舌を出すとへらへらと笑った。


「アタシはあの人あまり好きじゃないなー」


「お前のその好き嫌いなんとかならないのか?」


「ならない! だって嫌いなものは嫌いだし!」


「人が生活を送る上で重要な『建前』っていう概念があってだな……」


 説明しても仕方ないことは分かっているが一応は言っておく。


「その建前が嫌いなんだよね!!」


「それで言うとオレも嫌われてそうだな」


 まあ、こいつに好かれようなんぞ思ってもいないが。


「うーん……だーりんは半々、かな」


「好き嫌いに半々とかあるのか、寡聞にして初耳なんだが」


「だーりんの建前は泥臭いからね!」


「よく分からん」


 アルティの発言は時折……というか大体直感的なもので占められているので、他人の理解を求めていないことが多い。今回の発言もかなり意味が分からない部類に入る。まあ、考えても無駄だろう。

 そんな風に六将軍二人に挟まれながらいつものようにやれやれとしていると、件の女性がこちらに気付いて笑顔で駆け寄ってきた。


「失礼ですが。もしかして貴方様が、トイチユウト様でしょうか?」


 期待を込めたような瞳でちらちらとこちらの様子を窺いながら尋ねてくる。


「……何の期待をもって『もしかして』なのかは知りませんが、一応は十一優斗って名前で17年の人生を送ってきましたね」


「まあ、なんということでしょう!」


 そういうと女性はオレの両手を彼女の手で包み込むように握ってくる。

 少しだけ冷たい手だと思った。


「お会いしとうございました! 貴方様のお噂がかねがね伺っております。何でも、あの六将軍を打ち倒すほどの魔導士だとか! ああ、申し送れました。私は、このシャーラントの学園長を務めております。フォルトナ・アトラウスと申します。是非、フォルトナとお呼びください」


 こちらの息も付かせないままに捲くし立てる薄い紫髪の女性。

 全体的に色素が薄い女性だ。だが、だからといって存在感が無いわけではなく、静かな熱をたたえた瞳や目元のほくろは見る者を魅了する。


 学園長、と彼女は言っただろうか。だが、その肩書きの割には若い。年齢だけで言えばオレの何個か上程度、少なくとも老齢の女性には見えない美しい女性だ。

 その美貌に、オレでさえ手を握られてどくどくと鼓動が高鳴っている。

 彼女の目を直視できず、頬が赤くなるのを感じる。

 オレがうろたえてしどろもどろになっていると、


「ていっ!」


 と、アルティが手刀でオレと彼女の間を引き裂いた。

 若干の名残惜しさを覚えつつもアルティに恨みがましい視線を送ると、アルティは冷め切った目をしていた。その視線の先にいるのはオレではなく、フォルトナさんだ。


「あんまりうちのだーりんを誘惑しないで欲しいな?」


 がるる、と唸るアルティを叱ろうとすると、フォルトナさんが遮るように言った。


「そんな、滅相もございません! 私はただ、噂の魔導士様に会えた僥倖に――――」


「魅了の魔法使ってたでしょ」


 アルティの一言に、初めてフォルトナさんが言葉を詰まらせる。

 その青紫色の目を、スゥと一瞬だけ細めた。


 オレはアルティを信用している。否、アルティとの間にある契約を信用している。

 こいつは、嘘はつけない。


 なら、フォルトナさん……フォルトナがオレに魅了の魔法をかけていたというのは事実に反していないはずだ。


 瞬間的にオレの思考がアラートを発する。

 最大限の警戒を目の前の女に向け、魔法の発現すら辞さない構えをとっていると、フォルトナは一歩だけ身を引いた。


「…………何が目的だ」


「そのような、大層なものは私には……ですが、もし誤解をされているのでしたら、これだけは言わせてください」


 そう言うとフォルトナは完璧な笑みを浮かべた。


「我々シャーラントは、貴方様を心の底から歓迎しています。大魔導士、トイチユウト様」


 いとおしげにオレの名前を語るその声の響きは、もはやオレに甘い感情を催しはしない。湧き上がるのは焦燥と緊張、そして僅かながらの恐怖。


 目の前の、何の接点も無い人間に魔法を使われ、幻惑されていたという事実。

 それに対して恐怖感を抱かない人間はいないはずだ。


「……長旅でさぞお疲れでしょう。皆様のために最上のもてなしをご用意させていただきました。では、後ほど」


 フォルトナは恭しく一礼を返し、悠揚とした足取りで熊野たちの方へ戻っていった。


「っはぁ…………」


 途中から息を止めてしまっていたことに気付き慌てて呼吸を思い出す。

 緊張感。どだい一人の女性と話していたとは思えない緊張感が、オレの身体を強張らせていた。


「大丈夫か?」


 フォンズの心配の声にオレは問題ないと視線を送った。

 自分の感情を弄くられていたというゾッとしない事実に、やはり背筋があわ立つのは避けられない。


「一体、何を考えてるんだ、あの女は……」


 オレの呟きに誰も返事をすることはない。

 ふぅ、と小さく息を吐くとオレは重い一歩を踏み出す。


「フォンズもアルティも、一応警戒はしておいてくれ」


「了解した」


「あいさー!」


 仮にもオレは勇者の一行として来たんだ。向こうが大々的な敵対行為に及ぶとは考えがたい。考えがたいが、備えておいても損はないだろう。

 オレはもう一度だけため息を吐くと、門の方へと足を進めた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 一通り手続きが終わり、オレはフォルトナ含め数人の案内の下に、シャーラント内に招き入れられた。


 街を一見して抱いた感想は調和と雑多。


 人と物が多い。だが、レグザスのようなどこまでも乱雑な様子ではなく、一定の調和を保っている。どこまでも合理性に基づいて、増築され続けてきたような街並みだ。ある種、この街の特質と呼んでもいいだろう。

 どうやら門から続く大通り沿いには店舗が多いようだ。店前のガラスに数々の商品が陳列されている。

 見慣れた物品もあれば、一見しては使い方が分からないような見慣れないものまで様々。


「随分と栄えてるみたいだな」


「……ああ、私も入るのは初めてだが、よもやここまで賑わっているとは」


 フォンズはローブで姿を隠しながらも、キョロキョロとあたりを見回している。

 対するアルティはやや退屈そうだ。こいつはこうした物にはあまり興味を惹かれないのかもしれない。

 リアの姿を見かけないが、恐らく侍女たちと一緒にいるのだろう。


 ちらと、前方を歩く凛と氷魚の姿を見やる。彼女らとはやや距離がある。こちらの声も届かないだろうし、無論あちらの声も断片的にしか聞こえてこない。

 視線を遠くに飛ばしたことで、街の住人たちがオレたちに視線を寄越してくるのに気付く。

 まあ、これだけの一行だ。奇妙さを覚えない方が不自然というものだろう。

 逆に街の人々を観察すると、その人種や年齢の多様さにやや驚く。若干人間の比率が高いことを差し引いても、エルフやドワーフ、獣人族など多種多様な人がこの街にいることがわかる。


 舗装された石畳の道をいくばくか歩いただろうか、装飾が施された石のアーチをくぐると、雰囲気が少し変わる。

 街中、というような外観ではない。


 ここは、どちらかといえば……


「さて、改めまして。ここが皆様にご滞在頂く、魔法都市シャーラントの中枢。学園アトラスでございます」


「学園……」


 オレが感じた印象は間違いではなかったようだ。

 オレたちの目の前の建造物群は、教育機関や学園……特に大学のキャンパスに近い構造をしていた。オレも別に大学の造詣に詳しいわけではないが、一度高校でオープンキャンパスに連れて行かれたときに見たときの雰囲気と構造が似ている。


 ……いや、もしかしたら、いつか外国の映画で見たカレッジに似ているのかもしれない。


 前の世界の記憶は不確かなものも多く、この既視感に明確な説明を与えることは出来ないが、確かに言えるのは目の前の建造物が教育機関であることに違和感を覚えないということだ。


「長旅でお疲れでしょう。まずは皆様を迎賓用の宿舎にご案内いたします。ささやかではございますが、今晩には晩餐会を予定しておりますので、それまではごゆっくりとお休みください。一部屋に一人、案内人を同行させます。ご要望があれば、その者にお申し付けください」


 そう言ってフォルトナは恭しく一礼をし、周囲の人間にテキパキと指示を飛ばしていく。

 何ともまあ仕事のできる女という印象だ。

 一行がぞろぞろと移動し始めたので、オレもそれに準じる。


「勇者の皆様はこちらへ、行商人や騎士の方はこちらへ」


 どうやら、勇者とその他で宿舎の棟が違うらしい。

 フォンズやアルティは視線でどうするか問うてきたが、オレは小さく頷きを返した。

 ここで変に逆らっても面倒ごとが増えるだけだ。彼らには商人たちと同じ枠で宿泊してもらおう。


「え、お、王女様ですか?」


 王女という単語にオレの意識が引っ張られる。

 見ればリアが腕を組んで不満そうに口を曲げていた。


「わたくしは騎士扱いでいいと言っているじゃありませんか!」


「そうは行きません! リア様は我が国の王女なのですから、騎士たちと同じ寝床というのはあまりにも……!」


 どうやらリアの付き人が、リアの待遇について魔法都市側にごねているらしい。

 リアとしては騎士と同じ扱いで構わないし、魔法都市側もまさか王女が来訪するとは思っていなかったのだろう、何やかんやと面倒なことになっている。


「お一人でリスチェリカから遠く離れた地まで来たこと自体が、そもそも問題なのです! これ以上は……!」


 付き人の苦言にリアが心底面倒くさそうな表情を浮かべた。


 ……面倒くさそうだし、関わらないでおくか。


 そんなオレの魂胆をリアが見逃すわけもなく、振り向いた瞬間に一瞬で距離を詰められ、ガシっと肩をつかまれる。


「逃がしませんわ」


「や、やだなあリアさん、誰が逃げようとしてたって? さすが王女ともなると冗談がうま痛い痛い痛い! 分かった!! 逃げないから!! 肩が砕ける!」


 会話で煙に巻いてすっと逃げようとしたらメキメキとオレの肩が出してはいけない音を出し始めたのであえなくギブアップ。

 暴力に訴えるのはよくないと思うんだ! 人間が何故言葉を得たのか! そう、それは対話によって分かり合うため……


「アナタの部屋に行きます」


「分かりあえそうにねぇな!?」


 前言撤回。まるで分からん。


「わたくしはアナタの騎士です。さすれば何も問題はありませんわ」


「うん、何もさすればって無いからな。問題しかないだろ」


 複数の点で問題しかない。こいつは脳筋気味なので分からないかもしれないが。


「お、王女様!」


「これは決定事項ですわ」


「え、オレの意見は?」


「では、早く部屋に案内を」


 こいつ……侍女が面倒だからってオレのところに押しかけて回避しようとしてやがるな……?

 リアの強かさに口の端をヒクヒクさせていたが、妙案を思いつきそのままニヤリと形を歪めた。


「ほーう、そうか。お前は、年頃の男と同じ部屋でこれから二週間近くを過ごしても構わないって言うんだな?」


「っ……!?」


 オレの反撃は予想外だったのか、ピクリとリアが肩を跳ねさせる。


「何てったってオレもお前もそれはまあ年頃も年頃、多感な時期ってやつだ。同衾とまでは行かずとも、同室で何日も過ごしていればそりゃあ間違いの一つや二つ起きても仕方ねえよなあ?」


 下卑た笑みを浮かべていると、リアが顔を真っ赤にしながら口をぱくぱくと開いたり閉じたりしている。彼女らしくない動揺の姿に思わず笑みがこぼれそうになるが、ぐっとこらえてオレは捲くし立てた。


「それでも構わないっていうならオレは問題ない、むしろ大歓迎ってもんだ」


 侍女はオロオロとしており、他の者たちは「うわあ」とドン引きした様子でこちらを見ている。


 これは戦略だ。ここまで言えばいくらリアと言えど退かざるを得ない。なぜなら、ここでなお彼女がオレとの同室を希望するのであれば、それは先ほどの「間違い」を許容することに繋がる。

 まあ、普段同じ屋根の下で暮らしておきながらそうした間違いどころか、男女のあれやこれやなど微塵も無いのだから今更何をと思うかもしれないが。

 オレの安寧のためにもこいつには他所で侍女たちに世話をされていて欲しい。


「わ、分かりましたわ」


「……はい?」


 オレの表情が微妙な笑顔のまま固まる。


「受けて立とうじゃありませんの!!」


「はぁ!? 何考えてんだお前!?」


 もはや演技もひったくれもなく素で驚愕を返してしまう。


「ま、まあ、もちろん、簡単に手出しはさせませんけれど!」


「いや、お前に手なんか出そうもんなら強烈なカウンターで腕の一本や二本飛びそうだから絶対にいやなんだが……」


 オレの思い描いていた展開と違う。

 女子たちが背後で若干色めきだっているし。

 ちくしょう、何を間違ったてんだ。


「では、参りましょう」


 無駄に神妙な顔でカチコチと歩くリアにオレは大きなため息を吐くと、どうやって彼女を追い出すか考えながら、彼女の後を追った。


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