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121、魔法都市への旅

 シエルの家を訪問してから一週間が経過した。


 その間相も変わらずリアとアルティは喧嘩をしていたし、オレとフォンズはその様を呆れた様子で見続けていた。


 シエルもオレがいると分かってからは毎日のように様子を見に来てくれるし、時折泊まっていくようになった。流石にベッドが足りなかったが、「床で寝る」と固辞するシエルをそのままそうですかと床で寝させられるほど、オレも人間が出来ているわけじゃない。追加でベッドを購入して運び込むと、客間の1つを半分シエルの部屋として貸し出した。


 この一週間、魔族に動きは無い。


 ガリバルディの敗北が相当痛かったのだろう。アルティやフォンズに一切の出撃命令は出ておらず、各自待機をしておくようにとのお達しがあるのみだった。


 今日はオレたちが魔法都市シャーラントに出発する日だ。準備は万端。数ヶ月は補給無しで戦えるような備蓄を『持ち物(インベントリ)』に準備してある。フォンズとアルティにはくれぐれも家で暴れたりしないようにと言い含めておいたし、一日一回の定時連絡も指示しておいた。シエルにも挨拶は済んだから心残りは何も無い。

 強いて言えば、シエルがまるでこの世の終わりかのような顔をしていたが、すぐに戻ってくる旨を伝えて何とか宥めた。


 そんなオレの順調な準備とは裏腹に、この一週間、騎士団と勇者たちは揺れに揺れた。


 魔族の襲撃があった直後に勇者たちを遠方に派遣するなど言語道断だという有識者。

 急な派遣の中止は魔法都市への義理を欠くと主張する大臣。

 魔法都市に興味津々な勇者と、数日かかる遠征にげんなりしている勇者。

 まあなんとも様々な思惑が絡み合ったものだ。


 だが、最終的に話はまとまる。


「では、すまないが向こうのことは君に託した。ゴウキ」


 ブラント団長が竜車に乗り込もうとする大男、熊野剛毅に語りかけた。


「はい。おれでは力不足だとは思いますが、今回の遠征を無事に遂行してみせます」


 熊野はそれに毅然とした態度で応えた。

 オレは竜車の幌の中からそれを盗み見ながら、リーダーも大変だなと心の中で勝手な哀れみを向けた。


 今回の遠征は、結論から言えば全ての勇者が参加するわけではない。

 参加するのは筆頭勇者で言えば、リーダーの熊野に加え、氷魚朱音、魔法部隊の黒崎美咲、白妙恵、赤井亜美の三名。そして、ほかの勇者若干名。龍ヶ城や十六夜といった主戦力の面々はお留守番だ。熊野を遠征に参加させただけ、大盤振る舞いと言ったところだろう。

 主要な戦力は最低限残しつつ遠征も実行する。中々に妥当な落としどころだろう。


「…………」


 ……ああ、一人忘れていた。いや、忘れていたわけじゃない。無視していたつもりも無かったんだが……


 オレの斜め前に座っている筆頭勇者。


 織村凛。


 普段の快活な様子の彼女はどこへやら。今は物憂げに竜者の外を眺めるばかりで、こちらの方は見向きもしない。

 別にオレだって好きでこいつと同じ竜車に乗っているわけじゃない。

 たまたまオレの乗り込んだ竜者の中にこいつがいたのだ。

 そこで目が合ってしまったのが運の尽き。そこから竜者を変えるとあまりに露骨に避けているように見えてしまうので、諦めて彼女の斜め前に陣取るしか無かった。


 ……気まずい。早く誰か来てくれ。


 今ばかりはひとりぼっちのオレの身を呪う。が、既に知っていたとはいえこの世界の神様とやらは大変オレに優しくない。人が来る気配は無く、このまま二人で気まずい小旅行が始まるのかと思っていたところ、竜者の幌を上げる音が聞こえた。


「……ここ、空いてる?」


 待ってましたと言わんばかりにそっちを見ると、冷たいブルーホワイトの瞳がこちらを睨みつけていた。いや、睨みつけているつもりはないのかもしれない。ただ、その鋭く冷たい視線はどうにも責められているような気持ちになる。


「オレは空いていると主張したいが……」


 ちらりと凛の方を見ると、凛は一瞬だけ逡巡した後で笑顔を浮かべた。


「うん! ぜんぜん空いてるよー! いらっしゃい、朱音ちゃん!」


 氷魚朱音(ひお あかね)。今回遠征に参加する筆頭勇者の一人。

 直接話したことは無い。ただ、第一印象のみを語るなら「怜悧」。その言葉が似合うというほか無い。一番最初の自己紹介のときも口数少なく名前を語るに留まり、その後も女子たちともあまり群れている姿を見かけはしなかった。無論、オレの観測できる範囲での話ではあるが。

 ただ、どうやらその戦闘能力は非常に高いらしく、筆頭勇者として龍ヶ城ともども祭り上げられている。


 思わず彼女の顔を見てしまう。

 白い肌、色素の薄い瞳、ブルーホワイトの髪、どれもが彼女に「冷たい」という印象を押し付ける要因になっている。雰囲気だけで言えばリアに似ていなくも無いが、リアとは正反対。リアが炎だとすれば彼女は氷だろうか。

 そんな人間観察と身勝手な評価を内心で繰り広げていると、不躾な視線に気付いた氷魚がこちらに向き直った。


「はじめまして……?」


「おおっと、オレの存在は記憶の彼方ですか、そうですか。いやまあ不良勇者のオレが悪いみたいなとこあるけどね」


 予想斜め下回る挨拶に若干の早口になってしまったのはご愛嬌。


「顔は……見たことあるような…………気が……しないでもない」


「無理しないで忘れたなら忘れたって言ってくれていいぞ」


 むしろその方が気が楽まである。


「私は氷魚朱音」


「オレは十一優斗」


「十一優斗……やっぱりどこかで聞いたことある」


 そりゃあ一応肩書きはオレも勇者ですからね! 自己紹介とかし合いましたからね!!

 まあ、オレが全く勇者たちと絡もうとしないのが悪いので仕方ない。


「でも、安心して」


「は?」


 唐突な氷魚の言葉にオレだけでなく凛まで首を傾げる。


「私はあなたに興味がないから。だから忘れていても問題ない」


「……は?」


 間抜けに口を開いて固まっているオレよりも先に、凛が反応した。


「ちょ、ちょっと、朱音ちゃん!」


「? 変なことは言ってない」


「そうだとしても言い方が……」


 泰然とした氷魚の代わりに凛がわたわたしている。凛が一瞬だけちらりとこちらを盗み見ると、またしょぼくれた様子で目を逸らされた。


「……なるほど。凛が付いていったのは、この人」


 …………どうやら、勘は悪くないらしい。


「え、あ、う、うん! ただ、ちょっと、その……」


 ワンテンポ遅れて凛が返事をする。

 その最中、あの日の口論を思い出したのか言葉が尻すぼみになった。

 オレも努めて明るく振舞ってはいたものの、流石にあの日の出来事を思い出してもいつもの軽い調子を続けることはできなかった。


「? けんか? 仲直りすればいいのに」


「それは、その……」


 凛が遠慮がちにこちらに視線を向けてくる。


 ……あの一件は別にオレは気にしちゃいない。口論の中でふとしたはずみで思ってもいないような言葉が出ることはままあることだ。それはオレや凛であっても例外ではない。今回はたまたま運悪くその状況に陥ってしまっただけ。そう、偶然。オレたちは運が悪かった。無論、仲直りをする喫緊の必要性があるとは思わないが、このままギクシャクしているのもコミュニケーションがとりづらい。どちらからかの歩み寄りが――――


 空転を続ける思考を声が割った。


「――――この竜者にまだ空きはあるかな?」


「あっ、は、はい! どうぞ!」


 慌てた凛がよく確認もせずに返事をする。

 見ればローブ姿の長身の男がこちらを覗きこんでいた。


 勇者たちではないが……

 まあ、ブラント団長いわく騎士団のメンバーや商人たちも同行するらしいので、そのうちの誰かだろう。

 そうタカを括っていると、男性の後ろからひょっこりと一人の少女が顔を出した。


「あたしも乗せて!」


 子連れ? いや、まあこの世界の人間得てして年齢不詳みたいなところがあるから、別に小さい女の子が見た目相応の年齢とは限らないが……


 …………ん?


 いや、待て。


 声に聴き覚えがある。

 思えば長身の男の声も聴いたことがある。


 オレの完全記憶能力が「聴き覚えがある」と主張しているのだ。さすれば、まず間違いなくその声の主はオレの知り合い――――


「って、まさか、フォンズ!? それに、アルテ――――」


 すぐに確信に至り、名前を言おうとしたところで見えない何かに口を覆われる。

 空気の塊!?


「? どうしたの?」


 氷魚がこちらを怪訝そうに見てくるが、声の出せないオレは口の端をひくつかせるしかない。

 ようやく口元から空気の塊が消えると、オレは長身の男――――フォンズに小声で詰問した。


「どうしてお前らがここにいるんだ……! しかもその外見は……!!」


 今の風魔法から見てもどう考えてもこの男はフォンズだ。だがその外見はオレの知る姿とはまるで違う。完全に人間のそれだ。どれだけ睨みつけようと、魔族には見えない。


「なに、簡単なことだ。我々も同行しようと思ってね」


「留守番してろって言っただろ……! 奴隷術式が効いてないのか……!?」


「君の指示は『定時連絡をすること』だった。そこに留守番をしろという意味は含まれていなかったがね?」


 言われて自分のうかつさを呪う。


 やっちまった……


 こいつらとの生活に慣れすぎて、厳密な指示を出さなくても察してもらえるだろうという一般的な人間関係に当てはめた指示を出してしまった。奴隷術式は極めて不安定かつ主観的なものだ。それは強力ではあるが、今回のように穴が発生するきっかけともなる。


「というわけなのです、いえーい」


「…………そもそも、お前らその見た目はなんだ」


 フォンズ、アルティともにとても魔族には見えない。それこそ普通の人間のようだ。だからこそオレは一瞬こいつらの正体に気付かなかった。


「私は風魔法で肌付近の空気の光の反射率を変えている。これで他人から見える肌の色が人間族のそれに見えるというわけだ」


「あたしは普通に変身してる。あたしがかつて食べた子の中にそういう能力を持ってる子がいたから。あ、それに例の魔道具使って周囲に疑われないようにもしてるよ!」


 そういうと、アルティは懐から見たことのある小さな装置を取り出した。それはアルティが凛に成り代わって溶け込むときに用いていたものだ。


 こいつらは平然と埒外なことを……


 呆れ半分驚愕半分の感情を深いため息で吐き出すと、なんとか気を取り直す。


「さっきからひそひそと、何を話していたの?」


 痺れを切らした氷魚が再び尋ねてくる。

 この距離で聞こえないのもフォンズが風魔法で音を遮断していたためだ。


「いや、何でもない。この人らも乗るんだとさ」


 もはやここから追い返すのも面倒くさくなり、適当に同伴を許可する。

 むしろ、オレの目の届く範囲に置いておいた方が安全かもしれないと思ったのだ。リスチェリカに放置して、下手なことをされても困る。

 それこそ、今回の同伴のように何かしらの抜け道を見つけられる可能性だってあるのだ。


「うん、よろしくね!」


「君たちと馴れ合うつもりはないから安心したまえ」


「それは、安心」


「え、えぇ……」


 凛が漏らす困惑の声に心からの賛同を送る。もう既に状況が混迷を極めていることに、吐きなれたため息を漏らす。

 しかしオレはもう一人の役者を忘れていた。

 ガバッ、と今までで最も乱暴に幌が開かれる。


「……まったく、あっちの竜者は窮屈で仕方ないですわね」


 そう言いながら何の遠慮もせずに乗り込んできた一人の女性。

 わざわざ姿を見るまでも無い。


「……………お前、お付きの人たちと特製の竜車に乗るっつってなかったか?」


 それはもはや疑問の意が一切込められていない質問。確認に近い。

 王女リア・アストレアはため息混じりに答える。


「ええ、まあ。煩わしかったので抜け出してきました」


「お前ホントに自由だな……」


 今頃は付き人たちが胃の痛くなるような思いをしているのだろうが、無理矢理に彼女に竜車に戻れとも言えない。それでこいつが暴れたら竜車が吹き飛ぶ。

 今回の旅にはリアも同伴する。当然各所から猛反対が出たのだが、それはいつものこと。リアが文字通り大暴れをして周りを脅迫……もとい納得させていた。


 ……どうやら、国王陛下からの許可もあったらしいが。一応、リアにオレの騎士という役割を押し付けたことは忘れていないようだ。


「……って、何でアナタ方がいるんですの?」


 リアが当然のようにフォンズとアルティの変装に気付く。


「ほら、あんたとだーりんが勝手に抜け駆けしないように、監視? ってやつ」


 けらけらと笑いながら言うアルティの横でフォンズがため息を漏らす。


「僕は純粋な魔法都市への興味なんだけどね……」


 時折フォンズは自分のことを「僕」というが、もしかしたらそれが素なのかもしれない。

いずれにせよ、アルティとリアに挟まれた彼の胸中は察するに忍びない。その気苦労ゆえに素が出てしまったのだろうか。


「……あ、あはは。なんだか、賑やか……だね?」


 凛のキャパシティが限界値に近づいていることが分かる。オレだってこんなカオスな空間は嫌だ。

 こうして、筆頭勇者2名、不良勇者1名、王女1名、六将軍2名が相乗りした奇妙な竜車の旅は、ガラガラという間の抜けた車輪の音とともに始まったのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 道中は順調そのものだった。


「はい、だーりん、あーん……って、ちょっと王女サマ! 食べないでよ!」


「毒見ですわ。騎士として主の身を案じるのは当然のこと」


「毒なんて盛らないってば!」


「全く。君たちは静かに食事もとれないのかね」


「もやしは黙ってて!」


「もや……!」


 道中は順調だった。


「きゃっ!」


「うお、大丈夫か、凛」


「あ、ご、ごめん…………」


「い、いや……その、結構、揺れたな」


「う、うん……揺れ、たね……たはは……ごめん」


 道中は……順調……


「いや、しかし魔法都市という場所によもや私が行ける日が来るとはな。あそこは秘匿している技術も多い。そこに招かれるということはよっぽどの幸運だぞ、ユウト。君はもっと――――」


「この商人、うるさい」


「朱音ちゃん……もっとオブラートに……」


 道中は…………


「もうやだオレ別の竜者移る!!!!」


 人の心は耐え難い現実に直面したとき防衛機制というはたらきによって心を守るらしい。今回のオレはその中の一つ、幼児退行にあたるのだろう。

 自らの心理状態を客観的に分析しつつ走っている竜者から飛び出そうとすると、ガシッと3本の腕に止められる。


 1本はリア、1本はアルティ、そしてもう1本は凛だ。


「走っている竜者から降りるなんて危険ですわ。常識が無いんですの?」


「お前に常識を説かれたくはねぇな!?」


 超人みたいな奴らがぽんぽんいる世界で今更竜者車から飛び降りたところで何が起こるというのだろう。


 いや、オレの耐久パラメーターだと即死しかねないけど。


「まあ、待ちたまえ。確かに女性の割合が高いこの空間で君が気まずさを覚えるのも分かる」


「お前は何も分かってないからな? お前もオレがこの空間にいたくない原因の1つだからね?」


「はは、冗談が上手いな君は」


 何でこいつはノーダメージなんだ。あれか、どこ吹く風を体現してるのか。

 さらにオレがげんなりとしてると、凛が申し訳なさそうにぼそぼそと呟いた。


「ご、ごめんね……わたし、やっぱりここにいない方がいいよね……ゆーくんも嫌だよね……」


「だー! お前は別にいいんだよ! いや、良くもないけど! 少なくともここの中では比較的マシ!」


「えー、だーりん、ひどーい!」


「自覚はあるようだな、アルテ……もとい小さい商人。原因の9割はお前だよお前」


 勢いで名前を言いかけて口ごもる。アルティの名前自体は勇者たちに知れ渡っているので、フォンズと違い彼女の名前は隠す必要がある。しかしそんなオレの虚しい努力を踏みにじるように、アルティはオレのことを「だーりん」と呼ぶ。無論、凛や氷魚からは非常に疑念の眼差しをもらったが、「異世界特有の敬称みたいなもんなんだろ!」と適当に誤魔化した。

 しかしまあ、アルティという奴はすぐに台風の目になりたがる。面白おかしく囃し立て、ケラケラと笑う。その屈託のない笑い方に毒気を抜かれ、苦言を言う気も失せてしまう。


「……十一って、もしかして、面白い人?」



「どう考えてもオレに面白い要素無かったよなぁ!?」


 そしてちょくちょく予想だにしない角度から切り込んでくる氷魚。この空間、本当にオレの安寧を妨げるものしかない。

 移動中ぐらい大人しく脳内読書に集中させてくれないものか。

 だが、そんなオレの苦悩はまるで解決することもなく、やいのやいのとオレを被害者とした騒ぎは続く。


 きっと永遠に続く地獄があったらこんな感じなんだろうな、とやや悟りを開きつつあった。


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