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116、異世界らんでぶー

 そんなこんなで街に繰り出したオレとリアではあったが、当然こんな組み合わせでは観衆が沸く。


 片方は喧嘩っ早いと有名なこの国の王女様。もう片方は何とまあパッとしない冴えない男子。こんな組み合わせの男女が歩いていれば嫌が応にも衆目を引くわけで。まあ、オレに関しては何であの王女様がこんな奴と、といった奇異と好奇心の混じった視線が主だったものなわけだが。


 つい先日六将軍を撃退したとはいえ、オレは凱旋には参加していなかったため、民衆たちにオレのことが知られるようなことはなかった。たとえ知られていたとしても、龍ヶ城の圧倒的存在感の前では、オレのことなど忘れてしまって問題の無い些事として処理されているだろう。


 オレ自身としてはその方がありがたい。


「それで、お前の行きたいところってのは?」


「……あの、その前に、このあたりを散策するというのは、どうでしょうか?」


 彼女らしくなく途切れ途切れに提案をする。なんともまあおっかなびっくりといった様子だ。

彼女の住むこの町で散策も何も無いと思うが。まあ、友人とどこかに出かけるというイベント自体に慣れていないのだろう。気丈な剣騎士様と言えど、さすがに緊張しているらしい。


 ここは一つ、ぼっちの年長者としてしっかりとしたところを見せてやらねば。


「あ、ああ、きゃ、か、構わないが……」


 めっちゃ噛んでしまった。


 何その噛み方。オレ史上初だよ! や、ぼっちの年長者としてはむしろ正しいあり方な気もするけどな!


 というか、そもそもリア相手に緊張しろというのがおかしな話なのだ。

 これまで散々、お互いに普通に話してきたではないか。時にはお互いを拒絶し、時には殺伐とした言葉を掛け合い、果てには殺し合いまで……うん? 決して、「普通に」話せては無かったな?


 思い起こす会話の数々に何も参考に出来る部分が無いことに絶望していると、リアが「では、行きましょう!」と歩き出してしまう。


 急に動き出した彼女に驚きながらも、オレは小走りで彼女の後を追う。


 この世界に来て数ヶ月、オレは対等な相手との接し方をほとんど忘れてしまっていた。

 思えば、オレが相対してきた人間は、基本的にオレに悪意やそれに準ずる感情を持つ者か、的外れとも言える純粋な敬意と好意を向けてくる人間しかいなかった。無論、龍ヶ城はこのどちらにも属さないと言えるが、あいつはそもそもオレの中で人間カウントされていないので問題ない。


「あ、このお店、前々から気になっていたんですの」


 リアが足を止める。

 王女様が気になるお店、呉服屋とか装飾品店とかかしら。

 などと適当なことを考えた自分の思考の浅さを一瞬で恥じる。


「まあ、そんなわけないよな……」


 目の前の看板に粗雑な字で書かれた「武器屋」の文字列に、オレは得も言われぬ安心感を得て苦笑を漏らした。


「何ですか、その感想は」


「いや、すごくお前らしいなと」


「あら、それは光栄ですわね」


「言いつつ腰に下げた剣をチャキチャキ鳴らすのやめてね? 怖いから」


 そんな会話をして、お互いに小さく笑う。


 ああ、そうだな。そう。オレたちはこういう距離感だった。こういう関係であるべきだ。

 そんな風にして店の前で笑っていると、中から大柄の親父が呆れ顔で現れる。


「おい、アンタら。店の前でぺちゃくちゃやられちゃ迷惑なんだが。いちゃこらしたいなら、他所に……げっ」


「久しぶりだな、親父」


 意地の悪い笑みを浮かべるオレに、武器屋の店主――――オレに『直剣ハクア』と『魔剣シュベルト』を売った親父は、苦虫を噛み潰したような顔をした。


「お前、随分と久しぶりじゃねえか。三ヶ月ぶりぐらいか?」


 久しぶりの再会を温めあう、というような間柄ではないが知り合いは知り合い。それもそこそこ鮮烈にお互いの記憶に残っている相手だ。多少なりとも近況が気になって然るべきだろう。


「まあ、そんなもんだな」


「お知り合いですの?」


 リアがオレと親父を交互に見て尋ねる。


「おうクソガキ、彼女連れたぁいいご身分だな? マセガキに昇格したの……か? は? おい、待て、坊主、こいつ……もといこの方は……」


 親父がリアの方を見てがくがくと震えだす。


「『血濡れのリア(ブラッディ・リア)』じゃねえか!?」


 リアの通り名。街の奴らに片っ端から喧嘩を吹っかけたせいで王女でありながら、こんなにも物騒な名前がついてしまった。ある意味街の有名人だ。


「久々に聞いたなその名前」


「わたくしとしては、大変不服な通り名なのですが……」


 不満そうに口を尖らせるリアに親父はあわてて取り繕った。


「あ、いえ、失敬。これはこれは、リア第四王女様……こんな寂れた武器屋に何をお探しで……? へっへっへ」


「お前、権力に阿るタイプだったのか……」


「馬鹿言うなお前!? 下手なこと言って怒らせでもしたら……」


 リアが剣の柄を指で弾く。その何気ない所作だけで、親父が再び震え始めた。


 めちゃくちゃ面白いな。

 目の前の大の大人が怯える様を意地の悪い笑いを浮かべながら見ていると、リアが今度はオレを見て微笑む。


 お、何だ、リアも親父の姿を見て笑っ……


 彼女の顔に書かれた「話が進まないからさっさと状況説明しろ」という言葉を読み取り、オレは稀代に勝る変り身の速さで双方に簡単な状況説明をした。オレが王女と知り合いであることに訝しそうな態度をとっていた親父も、オレが勇者であることを思い出したようで、何とか得心がいったようだ。


「なるほど……ユウトでも剣とか使えるのですね」


「何そのちょっと人を馬鹿にしたみたいな言い方」


「ああ、いえ、決して馬鹿にしたわけではなく、純粋に感想を述べたまでですわ」


「おいオレに二連敗の戦闘狂」


「うふふ」


「あはは」


 お互いに空虚な笑いを投げかけると武器屋の親父が分かりやすくため息をついた。


「で、痴話喧嘩なら他所でやって欲しいんだが」


「誰が痴話喧嘩だ。一応客だ。王女様がこの店の商品をご覧になりたいんだと」


「……ええ。前から気にはなっていたんですけれど、その、こういう店は一人で入るには……」


 その言葉に思わず鼻白む。血濡れのリアが随分と可愛らしいな。まあ、こいつも何だかんだで女の子だったというわけだ。

 そんな風に一人納得するオレに対して、リアは恥ずかしそうに頬をかいた。


「その、他の客に思わず勝負を申し込んでしまいそうで……」


「お前がオレの知ってるお前で安心したよ!!」


 吐き捨てるようにそう言って店へと入る。

 品揃えは前とほとんど変わっていない。むしろオレの記憶と寸分違わない品揃えに不安を覚える。


「親父、この店ちゃんと経営できてるの?」


「おかげ様でな!! お前らが店の前で騒いでたせいで客が逃げたじゃねぇか!」


「オレたちに責任転嫁するのは良くないぞ」


「客が逃げたのは事実だからな!?」


 そんな風に騒いでいる横で、リアはキラキラとした顔で武器を手に取っている。


「これは……すばらしいものですわね……」


「あ? ああ、王女様には分かりますか、こいつの良さが!」


 リアが握っている直剣。柄の形がやや特徴的なことと、刃の紋様が波打っていることを除けば極めて標準的な剣と言えた。

 オレの完全記憶能力で、疑似的な鑑定はできるが、かなりの業物であるということ以上の情報は読み取れない。


 だが、リアたちの眼には特に違って映っているらしい。


「これは、どこかの名匠が?」


「あー、いや、まあ俺の知り合いがな」


「へぇ、そうなんですの。……どこかで見たことのあるような剣がちらほらとあったものですから」


 キラキラと子供のような無垢な表情で武器を漁るリアにオレは苦笑を漏らす。

 決して呆れているわけではなく、意外な彼女の一面を見つけたという驚きからだ。そんな風にはしゃいでいる彼女を見るのは、決して悪い気分ではない。や、別に断じて嬉しいというわけでもないが。

 そんなオレの考えを読み取ったわけではないだろうが、リアは頬を赤らめてこちらをにらみつけた。だが、その視線に普段こもっているような殺意は無い。

 いや、普段から殺意を込めるなよ。


「何ですの、その顔は」


「生まれつきこういう顔なんだ」


「もし本当にそうならかわいそうに……」


「お前、やっぱりオレに喧嘩売ってるよね?」


「あら、買ってくださるんですの?」


「マジでやめてくれ。もう死にかけたくない」


 そんな他愛ない雑談に親父が呆れ顔で奥に引っ込んでいく。


「あ、待て待て親父。見て欲しいものがある」


 奥に消えかけていた親父の体がぴたりと止まる。鬱陶しそうな表情でこちらを振り返った。


「何だぁ? 相思相愛アピールはもう十分堪能させてもらったが?」


「そう見えてるなら眼科にかかることをオススメする。実は旅先で大量の武具を拾ってな。そいつの鑑定をしてもらいたい」


 王樹の頂上で手に入れた大量の武具。それらの扱いに困っていたのだ。


「大量ってどれぐらいだ?」


「概ね90本程度。双剣とかもあるんで、多少は前後するけどな」


「90ってお前……」


 胡散臭そうな表情を隠そうともしない親父にオレは言い訳を募る。


「あ、武器商人から強奪したとかじゃないぞ? 武器マニアのちょっとした財宝を掘り当ててな」


「……まあいい。奥に来い」


 依然得心いかない様子だが見てはくれるのだろう。親父が店の奥を促す。

 案内されるがままに進むと、そこは鍛冶場のようなスペースになっていた。店内よりも広く、意外にも整理されている。


「親父、自分でも武器作れるのか?」


「最近は作ってねえよ。それより、ほら、見せてみろ」


 言われるがままに『持ち物』から、王樹で拾った武器を全て転がす。


「おいおいおいおい……マジでこの本数かよ……しかも、業物ばっかりじゃねぇか……!?」


 次第に親父の声のトーンが上がっていく。分かりやすくテンションが上がっているのが分かる。


「マジかよ、いつの時代のだこれ? 骨董品でもお目にかかれねぇ代物だ……うお! こっちは、魔剣の類じゃねぇか……!!」


 親父が口早に何かを捲くし立てているが、大半がよく聞き取れない。


「おい、親父、こいつらどうなんだ」


 苛立ち混じりに尋ねると食い気味に返事が返って来た。


「ああ、錆びてダメになっちまってるのもあるが、そいつらも含めてどれも一級品・珍品ばかりだ。こいつら全部売りさばけば一財築けるぜ……!?」


 ロストドラゴン討伐の報酬で、金には困っていないのでなんとも言いがたいが、やはりダンジョン攻略の対価には見合っているようだ。


「一応、全部がどんな武器で、どれぐらいの価値があるのか調べてもらっていいか? 鑑定料は払う」


「あ? そりゃ構わないが、うちでいいのか? 勇者様ならもっといくらでも使える店があるだろ?」


「残念ながらオレは武器屋をここしか知らない。後、アンタの反応から察するに、ここにある武具はかなり常識外れしたものばかりだ。そんなもんをそこいらの店に任せられるかよ」


 それに言葉には出さないが、オレはこの親父を一定以上信用している。オレの剣を選んだときの誠実な態度には、信頼できる人間性を有していると確かに思わせるものがあった。


「……分かった。引き受けよう。鑑定代も要らねぇ」


「それは困る。給料ってのは責任と等価だ。そいつを放棄するってのは、責任の放棄に等しい」


「いや、こんな上物の武器を好きなだけ見られるってだけで、武器商としてはこの上ない報酬だ! 人生で一回あればいいような機会を何十回も一度に得られるんだぜ!?」


 また興奮のぶり返してきた親父に若干引きながら、オレはため息をつく。


「親父がそれでいいならいいが…・・・……じゃ、こいつら頼んだぞ」


「ああ、承った。つっても本数が本数だからな、十日前後はかかると思ってくれ」


「……となると、シャーラント出発には間に合わないな……」


 まあ、適当に転移魔方陣で戻ってくればいいか。


「分かった。もしオレが受け取るのが遅くなっても預かっててくれ」


「あいよ。勇者様は多忙だな」


「一本でもくすねたら承知しないからな? オレは記憶力がいいんでね」


「アホか。勇者様に喧嘩売るような命知らずな真似はしねぇよ。魔剣で切られちゃたまらねぇ」


 そう言って二人で笑っていると、置いてけぼりのリアが口を尖らせているのが目に入る。

 悪かったよ、とリアに軽く謝ると店内の物色を提案する。


 オレたちはそこからもどの武器がいい、この武器がいいと適当に雑談をしながらそれなりに時間を潰すのであった。


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