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112、騎士vs勇者

 リアの重い掌底で窓から放り出され、背中を地面に預ける。


 遅れて、打ち付けた背中以外に、腹部にも鈍痛を感じた。

 条件反射で治癒魔法をかけながら、ようやくオレが彼女に突き飛ばされたのだと知る。


「……随分と手荒いな、戦闘狂」


 口から酷く冷徹な声が出た。


 湧き上がるのは敵意。

 体温が上昇していくのが仔細に分かる。


「あら。誤解の無い様に言っておきたいのですけれど、手が滑ったわけではありませんので」


「お前……」


「……大切なお友達一人守れない方が、随分と強い言葉を使われますのね」


 それは宣戦布告だった。


 ただでさえざらついていたオレの心。

 燻っていた感情に油を注ぐには十分だった。


 オレが吹き飛ばされた場所は、奇遇にも王城にある中庭だった。

 残った理性が一瞬だけ思考をまわす。リアがオレ目掛けて外へと飛び出した。

 双方が屋外に出てからの行動は一瞬だった。


「『領識(エリアライズ)』」


「しっ――――」


 オレは中庭に『領識』を展開。同時にリアが地を蹴りこちらへと跳躍してくる。

 疾い。どこまでも直線的でただただ敵を打ち倒すための挙動。洗練された跳躍。


「『疾風尖槍(ガストランス)』」


 リア目掛け、遠慮の無い風の槍を飛ばす。

 『領識』でリアが姿勢をかがめに入ったのを確認し、オレも後ろへと下がる。そして、そのままさらなる魔法を顕現する。


「『岩窟籠(テッラケルカ)』」


 せり出す大地。大地の籠はそのままリアを飲み込まんとその口を閉じる。


「はぁッ!」


 リアの怒号にも近しい声。

 ギィン、と甲高い音とともに土の牢が裁断される。気合の一閃の前に、土の防壁は彼女の行動に少しの遅滞ももたらせなかった。リアは自らの切り伏せた土くれに目もくれず、そのままこちらへと突進してくる。


「『空踏(ストライド)』」


 冷静に距離をとるべく、宙へと逃げる。剣士相手への必勝法はレンジの外に出ること。距離さえとってしまえば、冷静に対処ができるはずだ。後は空中からどう戦うべきかを考えればいい。


 そんな風に次の一手を考える思考を、リアの跳躍が妨げる。


 迷いの無い跳躍。既に宙高くへと逃げるオレをまっすぐ目掛けてくる。


 届くはずが無い――――


 その油断は一瞬にして、切り伏せられる。


「なっ――――」


 リアの体が重力にしたがって一瞬空中で静止する。そのまま重力によって落下するはずだった。


 しかし、彼女は驚くオレをあざ笑うようにして、何も無いはずの「空中」を思いきり踏みつけた。彼女はさらに空中で跳躍を重ねると、オレに牙突を仕掛ける。

 それは奇しくもオレの『空踏』に類似する移動方法。

 恐らくはスキルの類。オレの専売特許であったはずの空中は既に、オレだけのものではなくなっていた。


「っ――――」


 魔法名を唱えることも忘れ、『疾風尖槍(ガストランス)』で剣をはじこうとするが、紙一重で間に合わない。

 突き出した右手に彼女の研ぎ澄まされた一突きが飲み込まれる。それは右手を貫通し、さらに二の腕までもを貫いた。


 相手の切り札が、こちらの手札を上回った瞬間。

 その見返りは、鮮烈な熱でもって贖われる。


「がっ――――」


 右手が燃えていると錯覚するほどの熱量に眩暈を覚えながら、辛うじて冷静さをつなぎとめた。たった数手でチェックをかけられたことにゾッとしながらも、冷静に魔法を発動した。


「『見得ざる御手インヴィジブル・リアクタンス』ッ!」


 オレの右手に突き刺さった剣ごと、彼女の腕を掴む。一瞬の驚愕に目を見開いた彼女を、そのまま地面へと投げ飛ばした。

 ゴォン、と受身をとることすら許されずリアが背中から地面に叩きつけられる。


 勢いよく右手から血液が噴出した。

 いかな握力をしていたのか、吹き飛ばされてなおオレの腕にささっていた剣を彼女は離さなかった。剣を抜かれた腕は、出血と埒外な痛みを以ってその異常事態を知らせる。


 だが、まだ治癒はしない。それに回すMPが惜しい。ガリバルディとの戦いでMPが損なわれている今、治癒魔法を使っている余裕がない。


 水魔法で強引に止血し、大量出血だけはしないようにする。

 リアがダウンしている間にオレは『持ち物(インベントリ)』から塩を取り出し、土魔法で作った掌大の岩球の中に込めた。それを再び『持ち物』にしまう。役に立つかは分からないが、アイツとの戦闘には必要になるかもしれない。


 土煙の中でリアが立ち上がるのを確認する。


 やはりあの程度じゃ、やれないか。

 冷静に考えれば奴の腕を握ったときにそのままへし折ってしまえばよかったかもしれない。自らの即時の判断にそんな低評価をくだす。

 ただただ目の前の存在を敵として認識し、それを打倒するために思考をまわしている自分に一瞬だけ自嘲を覚える。


 だが、その感情はすぐに消えていき、結局その意味を見出すことも出来なかった。


「何事だッ!!」


 騒ぎを聞きつけた城の近衛兵たちが武装をして現れる。

 そりゃそうだ。ここは王城のど真ん中。そんなところでどんちゃん騒ぎをしていれば、優秀な兵隊たちが駆けつけてくるに決まっている。


 だが、必死の形相でかけつけた兵隊たちは困惑に顔をゆがめる。

 何故なら、騒ぎの渦中にいるのが、片や守るべきこの国の王女、片やこの国を守るべき勇者の一人なのだから。


 そんな彼らの困惑もオレの冷たい失笑も気にすることはなく、リアは再び大地を蹴りつけた。


「『不可触の王城(アイソレスフォート)』!」


 リアの攻撃を防いで時間を稼ぐため、防壁を張る。さきのガリバルディとの戦闘では大きな功績を上げた絶対防壁。物理攻撃を無効化できる。


 これで少しの猶予が与えられた――――


 その油断は再び、彼女の声とともに断ち切られる。


「はぁッ!!」


 直感とともに後ろへ飛びのく。魔力感知が、『不可触の王城(アイソレスフォート)』が裁断されたことを知らせる。遅れて、右肩が浅く斬られる。


「おいおい……嘘だろ」


 こいつ、『不可触の王城(アイソレスフォート)』を斬ったってのか!? どうやって!?


 その理由を追うも、明確な答えはわからない。ただ、彼女が魔法やそれに順ずるものを斬る力を得たことは想像に難くなかった。


 その瞬間、脳裏を絶望と敗北の光景が過ぎった。

 適当に魔法を放って近づかせないようにしながら、今後の戦い方を模索する。


 あいつは、オレが見ていないこの二ヶ月ほどの間にオレから「利」を奪い取った。


 一つは、空中の利。


 一つは、魔法による防護の利。


 切り札ともいえる札が既に二枚とも役に立たなくなっている状況に明らかな絶望を覚える。オレの持ちうる札は既にあいつに見破られ、それを上回る札を出されているのだ。ここから挽回するにはさらなる切り札を切らなければならないが、残念ながらオレの手元にはもう伏せ札が無い。つまりは、隠しダネなし、あいつの知っている札で戦うしかない。


 くそっ、くそがっ! 何でこう上手くいかないんだよ!!


 募る苛立ちを必死に宥めながら、思考をクリアにする。


 空中戦は無しだ。あいつが空を飛べると分かった以上、わざわざオレが動きにくい空中に飛ぶメリットはあまり無い。むしろあいつの方が空では融通が利くまである。

 だから、オレが仕掛けるべきは地上戦。その上で、魔法を駆使して有利な地形を作り出さなければならない。

 土魔法で地形を弄る。直線を減らし、障害物を増やす。

 あいつは視覚と聴覚に頼るしか無いが、オレには『領識(エリアライズ)』がある。視界の悪い地形では、オレの方が格段に有利だ。


「『アースオペレーション』」


 リアが地を蹴ると同時に土を動かし、土の台、壁、塔を生み出していく。


「ま、待ちなさい! 何をやっているんだ!」


 近衛騎士がオレたちの対応をどうすべきか悩み、中途半端に丁寧な言葉遣いになっている。

 構うものか。今はそれよりも目の前の「敵」を排除することが優先だ。


「ッ――――」


 リアが地面の隆起を器用に避け、オレへの道を探す。


 そう、探してしまう。


「やっぱりお前は単純なんだよ……オレは、お前とは、違う」


 閉じかけた土の壁の隙間を縫ってリアが飛び出す。オレへと至る道は、そこしか残されていなかった。


「『蒼斬(アオギリ)』」


 その隙間を目掛けてオレは既に魔法を放出していた。

 水の線が、けたたましい声をあげながら走る。

 前傾姿勢で飛び出してきたリアがアレを避けきるのは不可能だ。


「くっ――――」


 だが、オレの予想に反し、リアは予知能力にも近しい反射神経で右手の剣を思い切り下から切り上げた。


 ガキィン、と鋼鉄と鋼鉄を衝突させたような耳障りな轟音とともに、リアの体は遥か後方へと吹き飛ぶ。あの姿勢では地面に踏ん張ることなどできはしない。


 その間にもオレは地形を変化させ、見通しを悪くする。

 いくらリアが魔力を斬れるとはいえ、既にある物質の速度まで消し去ることはできない。つまり、あらゆる魔法が「無効」になるわけではないはずだ。


 『領識』越しに、リアが空中を蹴って静止したのを確認する。そのまま地上戦が不利と見た彼女は、空中へと躍り出た。


 かつてはオレが空から彼女を見下ろしていた。


 今では宙を蹴る彼女をオレが見上げる形だ。

 一見すれば立場は逆転している。ただ、皮肉にも状況は逆転していない。


「遠距離戦は、オレの得意分野だ」


 誰に言うでもなく独りごち不敵に笑うと、オレは背中から赤い尾を生やす。

 生やすと言っても、無論、生物学的に実際に尾を生やしたわけではない。

 その赤の由来は熱。魔法で模った炎の尻尾だ。

 そしてその数は九本。オレを苦しめた九尾のそれに相違ない。仇敵の吼える姿、尻尾から発せられる熱線、自らを実際に焦がした熱量、そのすべてを想い出して再現する。


 尾の先に熱球が蓄えられる。

 砲門は九つ。そのすべてが仇なす敵を焦がす、熱射砲。


「灼き、還せ――――『九重の勾玉(ココノエのマガタマ)』」


 背中に設えられた砲門から一斉に熱線が放出される。

 そのすべてが文字通り即死の火力を持ち、青空さえも焦がさんと奔る。

 リアがその端整な顔を一瞬だけ歪めるが、すぐに毅然とした表情を取り戻し、こちらへの即時接近を試みる。


 だが、九つもある砲がそれを許すはずが無い。

 一発放たれるごとに、轟という空気を焼くような音が聞こえ、熱風が砂埃を舞い上げる。

 彼女の逃げ道を塞ぐようにしながら、オレは熱線を撃ちつづける。かつて九尾がオレにそうしたことを思い出しながら。


 右へ、左へ、華麗に舞い続けるリアを撃ち落とすべく。


 放て。放て。放て。放て。


 ただ無心に熱線を撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。


 まるで射的でもしているかのような錯覚に陥り、妙な高揚感を覚える。


「がっ――――」


 ついにその一つが彼女の背中を掠め、苦悶の声が漏れた。リアが空中でバランスを崩し、そのまま自由落下してくる。頭からの急落下だ。数秒の後には地上で大惨事となることは免れない。


 気絶でもしたか――――


 一瞬、落下する彼女を受け止めるべきか逡巡する。

 そしてその逡巡が間違いであると悟るのも一瞬だった。


 自由落下していたリアが、その方向をほとんど直角に折り曲げてこちらへ直進してきた。恐らく宙を蹴ったのだろう。


 速い――――


 このままでは避けきれないと判断し、咄嗟に魔法を行使する。


「『瞬雷』!」


 雷を纏い後ろへと飛ぶ。その数瞬だけ、オレは周囲の状況が読めなくなる。


 一瞬の断絶。


 再び周囲の状況を確認したとき、目の前にあったのは肉薄するリアの顔だった。


「っ、『瞬雷』!!」


 驚愕を覚える暇も無く、重ねて『瞬雷』で飛びのく。感覚が戻るよりも先に前方に『風撃(ブロウショット)』を撃ち、二の轍を踏まないようにする。


 胸部に鮮烈な痛み。


「うっ――――」


 思わず胸に手を当て、掌がべっとりと血で濡れていることに気づく。これは、先ほどの右腕の怪我でついたものじゃない。『領識』で確認すると、ざっくりと左肩から右腹部にかけて袈裟切りを食らわされていた。

 致命傷足りえる深い傷ではないものの、鮮血がぽたぽたと地面に染みを作り続けている。


 オレの様子を見て、リアは考える暇も与えずに再び跳躍した。

 『瞬雷』での回避はダメだ。移動後の一瞬を突かれて、攻撃を食らう。

 右腕と胸部の痛みが思考にノイズを混ぜるのを必死にどかしながら、オレは土の迷宮へと逃げ込む。それは先ほどオレが作った起伏にとんだ地形だ。


 逃げながらもオレは魔法を練る。


 リアは壁を蹴るようにして移動して、異常な速度でこちらを追う。


「行き止まりっ――――」


 眼前には数メートルほどの土の壁。行き止まりだ。リアは好機と言わんばかりに、こちらへまっすぐに突っ込んできた。


 どう見ても詰みの状況。


 だからこそ、窮鼠は猫を噛めるのだ。


 逃げながら土魔法で作り出した掌サイズの岩球を、リア目掛けて発射する。

 リアは歯牙にもかけないようにして、その岩を一瞬で切り落とす。

そのはずだった。


 彼女の剣が岩に触れたその瞬間、岩が爆裂し岩片が彼女の体中に突き刺さる。


 オレが打ち出したのはただの岩石じゃない。中に高圧の空気を閉じ込めた特別製だ。それがリアの剣による衝撃で爆裂したのだ。


「本当に学習しないな、お前は――――『蒼斬』」


 体中に突き刺さった岩の欠片に表情をゆがめるリアに追い討ちをしかける。

 彼女は持ち前の反射神経で『青斬』を弾くが、衝撃で爆散した水しぶきを体中に浴びる。彼女に刺さっていた破片がぼろぼろと崩れ、傷口が開く。


 体中から垂れる血が、彼女の皮膚を真っ赤に染め上げていく。


「生憎オレも血まみれでね。おそろいってやつだ」


 オレが憎まれ口を叩くと、彼女は獣のように吼えながら突進してきた。


「それしか、能がねぇのかよッ!」


 唾棄するように叫び、魔法を放つ。

 当然のようにそれを避け、いなしながらこちらへ距離を詰める。彼女の顔は血に濡れ、目は鋭く光っている。あれだけの傷を負いながら、なおこちらへ猛進してくる姿に若干の恐怖を覚えた。


 歩幅で10歩ほど先。リアが、そこに到達し、


 その姿が一瞬消えた。


「は――――」


 否、『領識』では補足していた。そして脳でもどうするのかが分かっていた。だが、そのあまりの速度に、オレの体が付いていくことができなかった。


 今まで見たことの無い「速さ」への動揺。『領識』と五感で得られる情報が食い違うという初めての経験に、思考が混乱する。


 その動揺を認知するよりも前に、オレは『持ち物』から岩球を取り出していた。


 『領識』が彼女がオレに剣を振り下ろす様子を鮮明に伝えてくる。

 彼女の剣が描く軌道の先には、先ほど『持ち物』に入れた岩石。


 思考が過熱していくのが分かる。

 『領識』が伝える零コンマ1秒の情報を、脳が正確に処理していく。


 彼女は一瞬だけ剣に迷いを載せた末に、岩石ごとオレに剣をたたきつけた。


「がはっ!!」


 漏れなく肺から空気が抜けていく。

 そのままオレは後方に吹き飛ばされると、受身もとれずに無様に転がった。


「ぺっ、けほっ、けほっ!!」


 誰かの咳き込む音が聞こえる。


 自分の咳かと思いきや、リアの咳も聞こえていた。

 ようやく肺が空気を獲得することに成功し、目の前の敵に視線を戻す。岩石の中に封入されていた塩を浴び、彼女が白くなっているのが分かる。


 傷口に塩を塗る、ということわざをまさに体現してしまった彼女は、ついぞ苦痛の表情を隠すことさえできなくなっている。


 無論、オレの狙いはそれだけではない。

 ここまで傷を治癒せずに来たのが、ここに来てようやく役に立つ。


「『朱斬(アカギリ)』」


 溜めていた血を使い、『蒼斬』を撃つ。

 リアは吼えながら剣を振り下ろすと、『朱斬』を断ち切った。

 まだそれだけの力が残っていることに驚きながらも、オレは口の端を歪める。

 あたりは血だまりだらけだ。オレもリアも血まみれで、リアにいたっては塩までかぶっている。


「来いよ、これで最後にしようぜ」


 『不可触の王城(アイソレスフォート)』を展開する。当然、この防壁が既に彼女にとって意味を為さないことは証明されている。そしてガリバルディ戦で消費したMPが回復しきっていないため、魔力もほとんど残っていない。恐らくこれ以上戦いが長引けばオレの負けだろう。


 オレの挑発にリアは、笑った。


「いいえ、違いますわ」


 それは戦闘を始めて、初めて彼女が発する人間らしい言葉。


「これが、最初ですのよ」


 その意味を問う前に、彼女は地面を蹴る。


 瞬間、再び彼女の存在を五感では追えなくなる。恐らく、1秒もしないうちにオレの体は彼女に切り裂かれるのだろう。当然、『不可触の王城』は切り破られる。


 そして、オレの魔法の発現速度、そして身体能力を超える彼女に直接攻撃を当てることは不可能だ。

 だから、やるしかない。


「『雷走』ッ!!」


 両の手から雷電が迸り、大地を這うように駆ける。

 微量な放電量にも関わらず、あたり一体に通電する。


「ぁ――――――――――」


 バチバチという音の中に一瞬だけリアの悲鳴が混じるも、雷鳴にかき消されてすぐに聞こえなくなった。雷光に目をやられないように目を瞑る。


 それは無差別な雷撃。自爆テロにも等しい、全方位全域への放電。そんなものは本来であれば不可能だ。だが、条件を整えてやればその限りではない。


 パチ、パチと雷が逃げ、焦げ臭い匂いが鼻に届いた。


「……きついな」


 『領識』で標的が地面に倒れ伏したのを見届けてから、『不可触の王城(アイソレスフォート)』を解除する。目の前には、ぷすぷすと体を燻らせているリアが倒れていた。


「死んじゃ、いないだろうな……」


 凄惨な姿に思わず零すも、あまり本気で生きていて欲しいとも思っていなかった。


 紙一重だった。


 わざわざオレもリアも血まみれになって、あたりを血だらけにしたのには当然理由がある。


 それは電気伝導性だ。

 物質ごとに電気の伝わりやすさはことなっている。空気や純水は電気を通しにくい絶縁体だ。だが、水に関しては不純物さえ混じればその限りではない。塩水や血液は適度にイオン、不純物を含み電気伝導性が一気に跳ね上がる。


 それこそ、少し電気に触れれば通電する程度には。


 だからこそ、この閉所にリアを誘導し、あたりを血まみれにし、彼女に塩と水をかけて伝導性を上げたのだ。人間の皮膚は絶縁体だが、表面が濡れていたり傷口があれば体中を電気が走る。

 そして電流は人体に走れば脅威だ。筋肉繊維が焦げ、神経が断絶し、心臓組織が異常をきたす。雷電はそれだけ生物にとって危険なものだ。


 もちろん、奴が電撃を大人しく食らってくれる算段は無かった。オレの反応速度を上回る以上、回避できる可能性は十分にあった。だからこそやつを閉所に誘い込み、決して回避できない状況で狙いを定める必要の無い全方位雷撃に頼ったのだ。


「……くそっ、なんだよ、くそがっ!」


 目の前の敵は倒した。倒したはずなのに、心の中のざらついた感情は消えない。

 それどころか、どす黒い感情が強くなっていく。溺れるような濃霧の中で、もがき、叫び続けている。


「……何、やってんだよ……オレは……」


 遠くで騎士たちの声が聞こえる。


「本当に、何、やってんだっけ……」


 ボロボロと、熱い雫が頬を伝い降りてきた。


この後も一話のつもりで書いてたんですけど、長すぎたので途中でぶつ切りしました。

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