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110、眼前に眠る忘却

お久しぶりです……三章最後まで書き上げたので、一カ月ぐらいは毎日投稿します。

 フォンズたちと別れて王都に戻ると、そこは熱狂の渦だった。


「勇者様万歳!」


「我が国の英雄に喝采を!」


「ありがとう! ありがとう勇者様!」


 などなどなど、辛うじて聞き取れた語句の全てが勇者を礼賛するようなものばかりだった。


 人、人、人……右を見ても左を見ても人ばかりだ。

 六将軍討伐から既に数時間ほどが経過しているというのに、この民衆たちはわざわざ勇者を讃えるためにずっとわいわいやっているのだろうか。


 暇人しかいねぇのかよ。


 げんなりとしつつも城へと続くメインストリートを見やると、何やらやぐらのようなものがゆっくりとしたスピードで城の方へと向かっている。よくよく見ればやぐらの上では筆頭勇者たちが各方面に笑顔を振りまいている。


 龍ヶ城が視線を動かす度に四方からキャーキャーと黄色い歓声が聞こえるあたり、筆頭勇者龍ヶ城輝政の圧倒的人気っぷりが窺える。


「おいマジか。これ、パレードの類なのか……」


 無理を言って抜け出して良かったと思わざるを得ない。もしあのまま龍ヶ城たちと城に戻っていれば、今頃はやぐらの上でスキル『隠密』を使い存在感を消すことになっていただろう。想像するだに恐ろしい。


 思わず身震いし、オレは深く考えずにメインストリートから逸れる。


 ……一応、王城には向かうか。


 龍ヶ城たちと別れる際に「あとで必ず王城によるように」ときつく言い含められたのだ。オレの完全記憶能力のせいで奥の手である「てへっ、忘れてました」も使うことが出来ない。


「…………人に酔いそうだ」


 どうしようもなく庶民くさい呟きを漏らして、オレは王城までの道を独り歩いていった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「あまり辛気臭い顔をするものではないよ」


「満面の笑みで対応し続けられるお前の方が狂気じみてるっての」


 龍ヶ城の浮かべた苦笑にオレは悪態を返す。

 場所は王城の前。オレは道端に座り込み、龍ヶ城たちがパレードを終えるまで待っていた。

待ちたくて待っていたわけではない。ただ、一方的とはいえ約束は約束だ。一応は、王城に顔を出してやる義理はあるだろう。


「十一君? どこへ?」


「家に戻る。約束は王城に寄ることだけだ。お前がここに来た時点で約束は守った。もう用はないだろ」


「いや…………一応、君からも国王陛下にことの顛末を報告するべきだと思うんだけど」


 龍ヶ城の提案にオレは至極面倒である旨を隠すこともなく、ため息を漏らした。


「オレたちがあれだけ国民に万歳されていた時点で、ことの次第なんてもんは全部国に伝わってるだろ?」


「それは……そうかもしれないけれど……」


 そこまで言って言葉を濁すと、龍ヶ城はオレにだけ聞こえる声で言った。


「最後にガリバルディ・ソリッドを連れ去った魔族の男について、君の口からも話を聞きたい」


「何でオレである必要が?」


「……君は何かを知っているだろう?」


 彼の言葉にオレは少しだけ視線を揺らす。

 龍ヶ城の目には確信が宿っている。


 勘が良すぎるな。

 龍ヶ城の勘の鋭さに内心で焦りながらも、オレは意味が分からないなと大仰に肩を竦めた。


「何のことだか。別にオレが同伴したところで何も変わらないと思うけどな」


 ここで変にゴネてボロが出ても仕方ない。

 大人しく付いていったほうが吉だ。


「助かるよ」


 薄い笑みを浮かべて感謝の言葉をのたまう龍ヶ城に軽く手を振ると、オレは再び踵を返した。

 いざ、久方ぶりの王城へ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「国王陛下、お変わりないご様子で」


「テルマサか。良い。今更かしこまらんでも」


「は」


 龍ヶ城が手慣れた様子で国王――――フリードリヒ・アストレアに挨拶をする。オレは彼の隣で依然頭を垂れている。


 この国王陛下とオレの関係は非常にナイーブなものと言って差し支えない。

 具体的に言えば、オレにリアという狂犬を押し付け、オレは国への協力を拒むばかりかこの人を魔法でぶん殴るという、他に類を見ない関係を築けている。


「貴公らの活躍は耳に入っている。テルマサはともかく、トイチユウト、お主もだ」


「私の活躍は未だ不足かとは思いますが、陛下にそう仰って頂けるとは、この上ない僥倖でございます」


 すらすらと口上を垂れるが、当然、本心の欠片も無い。

 無論、国王もそんなことは分かりきっていると思うが。


「して、魔族の支柱であり、我々人間を苦しめてきた六将軍。その一柱の征伐は成ったと、そう聞いているが異存は無いな?」


 龍ヶ城が様子を窺うように小さくこちらへ目配せしてくる。


 オレは縦に首を振った。


「…………だが、同時に彼奴の遁走を許した、とも。そう聞き及んでいるが?」


 国王からの圧が強まる。

 当然、国としてはガリバルディは死んでいて欲しいはずだ。あんな国にとっての災害に他ならない存在、許容するわけが無い。やつを逃がしたという報せは、この国や国王にとっては耳に入れたくない話だろう。


「ええ……ですから、私の活躍は不足であると、そう申し上げたのです」


 ガリバルディが逃亡したのは事実だ。オレはそれがフォンズによるものだと知っているが、国からしたら急に現れた謎の男が六将軍を連れ去った程度の認識しかないだろう。

 国王の目はオレたちを観察している。


 いや、違う。オレだ。


 あの瞳には、オレが映り込んでいる。


 こちらの魂胆を見透かそうとする目だ。


「貴公は、この件について何か知り得ぬか?」


 名前は言っていない。だがその言葉は確実にオレに向けて放たれた。


「私からお話できることは、何も」


 国王の目を睨みつけるようにして真っすぐに見つめる。


「……陛下、発言をお許しください」


 控えていた大臣らしき男の一人がおずおずと手を挙げた。


「許可する」


「は。トイチ殿は六将軍の一人と契約を結んでおられるとか」


 大臣の言葉にオレは眉根をひそめる。


 まあ、そこは突いてくるわな。


 魔族に関して今オレは非常にセンシティブな立場にある。アルティとの契約は周知の事実となってしまっているからだ。むしろ、国賊として追われていないだけ恩情があるのかもしれない。


「……それも踏まえて、私からお話できることは何もありません。ただ、この件に、私と契約した魔族、アルティ・フレンは関わっていません」


「そんな話信用できるわけが……!」


「信用していただくほか無いですね」


 オレの強弁に大臣はこめかみをひくつかせた。

 国王が自らの立派な顎鬚をゆったりと指で撫で付けている。それは思案のポーズに他ならない。他の大臣たちも困惑しつつも、オレの話をどうするべきか考えを巡らせている。


 まあ、そうだよな。オレなら信じない。


 だから、こちらから一手を打つ。


「六将軍を征伐し得なかったことは、心から悔やむばかりです。しかしながら、六将軍の征伐は今回の本当の目的では無かったのではないでしょうか」


「それは……」


 そう。今回の戦闘の主目的は首都リスチェリカの防衛だ。

 六将軍という戦力の襲撃にも関わらず、数名の死傷者しか出ておらず、首都は無傷で済んでいる。これは本来の目的である防衛については、ほぼ完璧に遂行されたと言って差し支えは無い。


 主目的の防衛は果たせた、だから六将軍を殺せなかったことは見逃して欲しい。


 そんな打算が透けて見えるような進言を行うことで、裏の嘘を見えづらくする。


「こちらの損害は軽微、本来の目的である防衛は果たせたと――――」


「損害が軽微、だって?」


 これまで黙っていた龍ヶ城が突然声を上げ、オレは思わず言葉を途切れさせた。全く予想外の乱入者にオレは言葉を失う。


 見れば龍ヶ城は立ち上がり、見たことの無い怒りを湛えてこちらを睨みつけていた。


 そう、それは怒り。


 感情だ。


「人が、死んだんだぞ……!? それも、僕たちの大切な仲間が!!」


 …………ああ、確かに殺されていた。


 オレの確認する範囲でガリバルディの側近たる女に3人は殺されている。もしかしたら、オレの見ていないところでもう何人かは殺されたのかもしれない。


「……感情的には軽微じゃないかもしれないが、勇者はまだ40人はいるんだぞ。筆頭勇者であるお前らだって残ってる。だから、客観的に見れば損害は軽微だ」


「君は……!! 君は、もう忘れたのか!? 香川君が死んだときのことを!」


「ッ!」


 名前を出されてはっとする。

 香川春樹。友になろうとして、そして死んでいった少年。

 忘れるはずが無い。忘れてはいけない。忘れるなどあり得ない。


「忘れるわけ、無いだろ……」


 震える声で返す。


 今も鮮明に瞼の裏に蘇る悪夢がある。


 否、今もなお目の前でリフレインし続けている。


 そして、理解する。理解してしまう。

 彼の怒りの意味を。

 自らの発した言葉の意味を。


「なら、どうして彼の死をそれだけ悼んでおきながら、そんな言葉が吐ける!?」


「それは……」


 忘れていない。忘れていなかったはずだ。

 あの時の悲しみも、怒りも、後悔も、自責も、何もかもを。


 どうして。


 ふと自分の足元を根底から揺さぶられたような錯覚に陥る。


 否、それは決して錯覚ではない。


 オレは、いつから――――


「…………君には、失望した」


 ドクン、と心臓が嫌な高鳴り方をした。

 龍ヶ城の目はまっすぐにこちらを見ている。


 侮蔑。嫌悪。そして、憐憫。


 やめろ、そんな目でオレを見るな――――


 ……オレは、間違っていない!


 実際そうだろ! 勇者を魔族に対する戦力リソースと考えるのであれば、その量的観点から見ても質的観点から見ても今回の損害は軽微だ! 無論、感情論的には軽微とはいえないかもしれない。だがオレはきわめて客観的に今回の六将軍襲来という災害に対する損失とリターンを測って―――――


 ギリッ、と奥歯を噛み締める。


 ああ、そうだ! オレの進むべき道は、進んできた道は、進んでいる道は!! 何も間違っちゃ……!!


 ふと立ち止まって、自分の進んできた道を振り返る。


「あ、れ……?」


 そこには道など見えない。


 霧。


 深い、深い、落ちて行きそうな濃霧がそこにあるだけ。

 白い壁のようなものだ。


 急に、自分のいる場所が分からなくなる。

 混乱する。動揺する。狂乱する。


 霧、霧、霧、霧。


 来た道も、これから行く道も、右も、左も、何も見えない。


 ここまで目を瞑って歩いてきた報いだ。


 ここまで耳を塞いで走ってきた報いだ。


 ただひたすらに盲目に。

 合理主義を追求してきた結果がこれだ。

 全てを掬うと嘯いて、何も見ていなかった男の、末路だ。


「オレは……」


 そこから、オレの意識はぼんやりとしていた。

 何か、適当に受け答えをしていたような気がする。


 気づけばオレは謁見の間の扉を背中に立っていた。


 龍ヶ城がこちらを振り返ることなく、廊下を歩いていく。

 気が付けば独り。オレはただただすることもなく、突っ立っていた。


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