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11、ダンジョン

ダンジョンは楽しいなぁ。


 勇者ご一行がダンジョンにもぐり始めてから既に二時間ほどが経過していた。


 この大所帯での行軍にも関わらず、既にオレたちは目標である10階層に到達し、開けた場所で休憩をとっていた。傍らでは騎士たちが魔物が襲撃してこないよう目を光らせている。


 あっけなかった。


 今日のダンジョンの感想を述べるとするとこの一言に尽きるだろう。

 大したアクシデントも無く、オレたちは10階層まで来ていた。やはり、勇者たちの力というのは異常らしく、その圧倒的な力を以って襲い来る魔物たちを圧倒し、蹂躙していた。


「あーあ、結局魔法ほとんど使えなかった」


 あのゴブリンとの戦闘以降、オレたち後衛は全く戦闘をすることなくここまで来ていた。

 おかげで出発時からステータスに大きな変化は見られない。

 

 十一優斗 男 17歳


HP100/100 MP622/1950

膂力15 体力25 耐久25 敏捷60 魔力1480 賢性???

スキル

持ち物 賢者の加護 ??? 隠密1.9 魔法構築力2.6

魔力感知2.0


 日々の鍛錬により、MPはもうそろそろ2000に届こうかというレベルにまで爆発的な伸び方をし、魔力にいたっては既にこの世界では横に並ぶものはいないほどの域に達している。

 リア充グループの一番魔力の高いやつでも800ほどの魔力しか無かったから、それほ考えるといかにオレの魔法がアホみたいなことになっているかがよく分かる。


 相変わらず魔法以外の能力値は死んでいるのではあるが。


 まあ、それもこれも神様とやらからもらった借り物の力に過ぎないので、文句は神に言うしかないのが誠に遺憾ではある。


 ちなみに、何故戦闘もしていないのに魔力値が減っているかというと、道中でひたすら無属性の魔法を高密度に練る練習をしていたからだ。無属性であれば周囲に見られることもないし、魔法操作のいい練習になる。


「それにしても、さっきのゴブリンたちが春樹だけを狙ったのってやっぱお前のスキルだよなぁ……」


「うん。僕も、そう思う……」


 そう言って春樹がステータスを表示させる。


香川春樹 男 17歳


膂力60 体力50 耐久30 敏捷45 魔力30 賢性110

スキル

誘引2.4 隠密1.2


 春樹も初期に比べたら相当能力が上がっていた。


 といっても、他の勇者たちの成長に比べると微々たるものかもしれないが。それでも、成長は成長だ。オレはこいつが努力していた姿を知っているし、そのおかげでここまで伸びたのだろう。多分、こいつはこれからさらに成長して化ける。きっとな。


「この『誘引』ってスキル……多分これがモンスターのヘイト……つまり、攻撃優先度を高めてるんだろうな」


「やっぱりそうだよね……道中で出てきたモンスターも僕のことばっかり見てたし……」


 いつの間にか上がっている『誘引』の能力。おそらく今日のダンジョンでの経験から考えるに、モンスターの注意を春樹の方へ向けるのだろう。それゆえ、意識せずともスキルが使われ、勝手にレベルが上がっているのだと推測できる。


「僕には囮がお似合いって、ことかなぁ……」


「そんなわけないだろ、アホか。いいか、逆に考えろ。『誘引』と『隠密』のスキルを使えばモンスターのヘイト管理が自在に出来るんだぞ。それがどれだけ素晴らしいことか、お前は分かってない」


 そう身振りを交えて力説するも春樹は納得していない表情でうなっている。

 そんな風に春樹と駄弁っていると一人の勇者が声を上げた。


「おい! これ見てみろよ!」


 それとなしに声の方を見てみると、そこには先ほどまで無かったはずの横穴が開いていた。道は奥まで続いており、その果てを見ることは出来ない。

 どうやら何かしらの表紙に壁がはがれたらしく、その裏に道が隠されていたようだ。


「おいこれ……もしかして、隠し部屋とかにつながってんじゃねーのか!?」


「すげーな! 財宝とかあるかもしれないぞ! 行ってみようぜ!」


 そう言うと数人の勇者たちが奥へと進んでいく。


「おい、お前ら! 危ないから戻れ!」


 そんなブラント団長のいさめる声も耳に入らない彼らは奥へと進んでいく。恐らく、ここまでの楽勝さから、自分の実力を過信しているのだろう。その足取りに恐怖や緊張は全く感じられない。焦った様子で数人の騎士たちがそれを追っていく。


 彼らが消えてからややあってからだろうか、奥に去っていったうちの一人が帰ってきた。


「みんな来てみろよ! すげえもんあるぞ!」


 どうやら特に危険なものは無かったらしい。あまつさえ、その表情から何かいいものでもあったのであろうことが窺える。本当に財宝でもあったのだろうか。

 その声に惹かれて、他の休んでいた勇者たちも次々と興味をもってその道へと吸い込まれていく。最初は警戒していた騎士やブラント団長もほっとした表情で彼らの後を追う。数人の騎士はこの広間に残っているようだ。


 オレは別に興味が無いからいいかなぁ……


「ゆーくん! わたしたちも行こうよ!」


 織村がオレの手をとって無理やり引っ張り上げる。

 少女とは思えない馬鹿力だ。流石の勇者補正。


「おい、肩外れるからあんま引っ張んなって!」


 そう言いつつ、空いている手で春樹の手を掴む。


「ほら、お前も行くぞ」


「う、うん」


 何の疑いもなく奥へ進んでいく。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「わぁ、きれい……」


 織村が感無量といった様子で呟く。


 隠し道の奥の部屋。

 そこは先ほどオレたちが休んでいた部屋と同じくらいの広さの空間につながっていた。


 ただ決定的に違うところがあった。


 それは部屋の明るさ、そして煌びやかさだ。

 部屋の壁や天井には色とりどりの水晶がちりばめられ、まるで夜空の星星のように輝いていたのだ。天井の中央部にはひときわ大きな水晶が生えており、まるでシャンデリアのような様相を呈し、その鮮やかで高貴な輝きは見る者全てに感嘆の息を吐かせた。


 これは、きれいだな。


 あまり優れた審美眼を持ち合わせていないオレではあるが、この景色は素直に美しいと思った。おそらく、この場にいる全員が同じ考えを持っていただろう。いや、オレみたいな陳腐な感想ごときではない、もっと高尚な感想を持ち合わせている者も多いかもしれない。


 皆がこの光景に出会えたことに幸福を感じているに違いない。


 キラキラと輝く壁や天井。プラネタリウムと呼ぶのもおこがましい、夜空の縮図。

 赤、青、緑、黄色、様々に輝く水晶は自らの輝きを競い合うように主張し、無骨な岩肌は彼女らをたしなめるようにその輝きを陰から支えている。

 星星の煌く夜空に抱かれたような錯覚に陥り、オレは今まで息を止めていたことに初めて気づいた。


「これは、すごいな……」


 自分のボキャ貧具合が悩ましいところだが、率直な感想がそれしか出てこないのだから仕方が無い。


「うん……すごく、きれいだ……」


 春樹も感動に目を輝かせ、紅潮した頬でため息を漏らす。

 この光景を厭わしく思うものはまともな美的感覚の持ち主であればまずいないだろう。

 充足感と多幸感を感じる。


 ――――そして、永遠に続くかと思われた輝く幸福は、一瞬のうちに



 絶望へと変わった。



 ブォン……という何かを起動したような音が鳴る。


 皆油断しきった表情で疑問符を頭上に浮べる。


「な、なんだ?」


 急に地面が光りだす。


 それは壁や天井の水晶がかもし出す、淡く美しい光ではない。

 もっと無機質で、鋭さをもった人工的な光だ。


 次の瞬間。ぼんやりと、光の中から次々とシルエットが浮かび上がってきた。

 やがてその影は具体的な形を伴っていく。――――異形の形に。


「なんだ、よ……これ……」


 かすれた声と揺らぐ視界、けれどもオレの感覚はこれを夢だとは訴えてくれない。


 ――――気が付けば周囲には大量の魔物であふれかえっていた。


 唖然とする勇者一同。最初に我を取り戻したのはブラント団長だった。


「くっ! モンスターハウスかッ!」


 モンスターハウス。財宝などを餌にダンジョン探索者を釣り、大量の魔物を発生させることでその命を刈り取ろうとする機構。自然のなせる業なのか、それとも人為によるものなのかは分からない。だが、そこには確かにこちらの命を奪おうとする悪意があった。


 そして、モンスターハウスは必ず避けなければならない。

 それは冒険者ならば誰でも知っている常識。りんごが木から落ちるより明白な真理。いくら優れた冒険者であろうともその圧倒的物量で圧殺されてしまうからだ。


「まずいっ! 全員、全力で出口まで走れッ!」


 ブラント団長の掛け声で我に返った勇者たちがいっせいに出口へと向かう。


「うわああああああ!」


 美しい光景が一転。阿鼻叫喚の図へと塗り替えられる。


 陣形も何もなく、おのおのがバラバラになって出口へと駆ける。

 瞬く間に混乱と恐怖が場を支配していた。

 逃げ惑う勇者たち。先ほどの光景とのあまりの変わりように一種の滑稽さすら感じられるほどだった。退廃的な喜劇とはこんなものなのだろうか。


「な、なんだよこいつ! かてぇ!」


 勇者たちが魔物たちと戦いながらうめく。


 この場に沸いた魔物たちは10層レベルの魔物よりもかなり強く、勇者たちも簡単に出口にはたどり着けずにいる。


 全員の表情に絶望の蔭がさしていく。

 もしかしたら、このまま全滅してしまうのではないか。


 だが、そんな暗中でも勇者龍ヶ城はうろたえなかった。


「落ち着くんだみんなっ! 焦らなくていい! 魔物は僕たちが引き受ける! そのうちに早く出口へっ!」


 龍ヶ城およびその一行が魔物たちを打ち倒し、出口への活路を、そして勇者たちへ希望を与える。その姿は本当に世界を救うべくして生まれた英雄。真の勇者はきっとこういった人物なのだろう。


 絶望に押しつぶされそうになりながらも、皆がバラバラに出口へと駆け寄っていく。

 そうして多くの者たちが部屋の出口へとたどり着いた。


 これでようやくこの絶望から逃れられる。


 だが、無事出口へとたどり着いた勇者たちを嘲笑うかのように、絶え間なく絶望が襲い掛かる。


「おい! なんで出られねぇんだよ!」


 出口にはクリーム色の結界が張られ、この部屋から出ることが許されなくなっていた。先ほどから勇者たちが総出になって攻撃をしているが、壊れる気配はない。


 完全に手詰まり。中には死を覚悟して泣きじゃくっているものまでいる。


 先ほどまで龍ヶ城によって与えられた淡い希望でさえ、絶望の闇に呑まれてその光を失ってしまった。


「織村! あれ結界だろ!? お前なんとか解除できないか!?」


 かく言うオレも周囲の魔物を魔法でなぎ倒しながら織村に問う。くっそ、出口遠いなっ!

 勇者たちもてんやわんやでオレが魔法を使っていることなど見ている暇はない。


「うーん……わかんないけど……やってみるっ!」


 そう言ってオレ、春樹、織村の三人も出口へとたどり着く。


 そこでは既にリア充グループの面々が出口を背に、魔物たちから他の戦意を喪失した勇者たちを守っていた。よく見るとすでに怪我人もいる。


 治癒魔法を使えるものも何人かいたが、それでも間に合っていない。


 加えて、魔物たちは切っても切っても減る気配はなくこのままではジリ貧なのは確実だった。


「わたしが解除してみるっ!」


 織村は結界に触れて目を瞑り何かを唱えている。

 オレには結界術は分からないが恐らく解除するための何かを探っているのだろう。

 くそ……予め知識を蓄えておけばよかった……! そうすりゃこんなの一瞬なのに……!


 だが、そんな後悔も今では既に遅く、


「くっそ! もうもたないぞ!」


 一人の勇者が叫ぶ。


 織村が結界を解除するのが先か、魔物たちにつぶされ蹂躙されるのが先か。現状では後者に塩梅が傾いていた。

 恐らくオレの魔法を使ってもこの数を殲滅することはできないだろう。その前にMP切れだ。完全に手詰まり。敗北確定の試合を見届けるしかないもどかしさ。しかも敗北=死のデスゲームだ。


 死期迫る瞬間に頭を過ぎる情景は、思い出の数々。


 くそっ……走馬灯なんて縁起でもねぇぞ……!!


 だが、既に場の多くの者たちは絶望し、恐怖し、目の光を失ってしまっている。先ほどまでの活き活きとした輝きの影は、どこにも見られない。深い、深い陰が顔に刻まれている。


「ここ、までか……」


 ブラント団長がぼそりと呟いた。

 それは誰の耳にも届かないほどの小さな呟き。


 けれど、偶然隣にいたオレと春樹にだけはしっかりと届いた。




「……僕が、やる」




 誰かが、声を上げた。


 その声が春樹のものだと気付くのに、オレはやけに時間がかかってしまった。


「……今、なんと?」


 ブラント団長が片眉を上げて再度問う。


「僕がやります。僕のスキル『誘引』なら魔物たちの注意を出口から逸らせる、だからそれで――――」


「ダメに決まってんだろ!」


 春樹の発言に被せるようにしてオレが叫ぶ。


 急に叫んだオレを見て周囲の勇者たちが一斉にオレを見る。

 だがそんなことは気にせずにオレは続けた。


「そんなの危険すぎるだろ!」


「でも、誰かがやらなくちゃいけないんだよっ!」


 初めて見る春樹の剣幕に一瞬だけ気圧される。

 その一瞬で全ては決まる。


「――――分かった。我々騎士団が全霊を以ってサポートしよう」


 ブラント団長の決断は早かった。オレの思考や決断などを待ってはくれない。


「ちょっと、ブラント団長!」


「大丈夫だ。ハルキは魔法も使える。いざとなれば自分の身も自分で守れるだろう」


 それは違う! 春樹は魔法なんて使えない!


 そんな言葉がのど元まで出掛かる。否、オレは言おうとした。


 だが、まるで体が自分のものではないかのように動かない。


 代わりにオレの脳内を埋め尽くした言葉――――

 

 ……大丈夫だ。そう、きっと大丈夫だ。


 騎士団の面々も春樹を守ってくれるって言っているし、それにいざとなれば春樹には『隠密』がある。魔物から逃げ切ることもできるだろう。


 だから、大丈夫。


 ……ここは春樹に任せるべきだ。


 それが、最善だ。


 オレの脳がそう結論を出す。


 けれど、


「春樹……オレも行く」


 いくら騎士がいるとはいえ心配は心配だ。オレもついていくに越したことは無い。魔法を使えなくても、剣で魔物の注意を逸らすぐらいはできる。


「ダメだ! お前は魔法も剣術も使えないだろう! それで行ってどうする。足でまといにしかならんぞ!」


 ブラント団長にたしなめられる。

 ここにきて今まで散々ついてきた嘘がオレに仇をなした。


 ダメだ……魔法がばれるわけにはいかない……


 そんな考えが頭を過ぎる。


 それに、ここでもし魔法が使えるのが実は春樹でなくオレだと知られたら帰った後の春樹の立場はどうなる? 今オレは春樹に寄生する屑とみなされているが、その実春樹はオレの魔法を自分のもののように振舞っていたのだ。その評価はガタ落ちすること間違い無しだ。下手したら、オレより酷い扱いを受けるかもしれない。


 そう、春樹のためにもこの秘密はばらすわけにはいかない。


 春樹の、ためにも。


 そう自分を納得させつつ唇を噛む。


「わかりました……春樹……気を、つけろよ」


 そのオレの言葉に、春樹は一瞬だけ悲しそうな、嬉しそうなよく分からない表情を浮べたが、すぐにいつもの困ったような笑顔で強くうなずいた。


「よし、護衛に四人優秀な騎士を付ける。ハルキはこの部屋の外周部、主に出口とは反対側をかけて魔物の注意を逸らしてくれ」


「は、はい。分かりました」


 オレの逡巡をよそに作戦は決行される。


 春樹はオレに「大丈夫」と言い残して騎士たちに囲まれるようにして歩いていく。

 その様をオレは黙って見送るしかできなかった。


 魔物の間を縫うようにして、春樹たち遊撃部隊が魔物の波の向こう側へと踊り出る。その間も、多くの魔物が春樹に攻撃を仕掛けようとするが、近衛騎士たちがそれを漏れなく防ぐ。

 順調だ。作戦通りにことが進んでいる。

 こちら側の勇者諸君も健闘し、未だに犠牲者は出ていない。


 春樹がモンスターの壁の向こう側からこちらを振り返り、すっと息を吸った。


 次の瞬間、こちら側にうじゃうじゃと迫り来ていた魔物の多くが、一瞬だけ動きを止める。


 異様。その光景はまさに異様だ。

 魔物たちが何かに引っ張られるかのように一斉に動きを止めたのだ。そしてそのまま身体を反対側へと向ける。スキル『誘引』が最大限に発動したのだ。


 大量の魔物が春樹たちへと向かっていく。おかげでこちらは手薄になり、筆頭勇者たちの負担も目に見えて減っていった。

 春樹も『隠密』と『誘引』を上手く使いこなし、見事に魔物たちを避け、かく乱している。

 やはりオレの言ったようにあのスキルはヘイト管理に向いているようだ。


「よし、もうちょっとで……」


 そんな春樹の努力の甲斐あって、織村の結界の解除が後一歩というところまで完了する。

 だが、向こうも悠長には待っているだけではない。

 部屋の真ん中でひときわ大きな光が輝く。


「まだ、何か来るのかッ……!」


 光が収まると、そこには全長10mは超えるであろう一つ目の巨人がオレらを睥睨していた。


「ここにきて、大型ボスかよ……!」


 サイクロプスと思しき巨人はその巨体でこんぼうを振り回し、周囲の魔物たちもまとめてなぎ倒している。

 あれ、まずいんじゃないか……あんなのに襲われたらまず間違いなくこちらは全滅だ。龍ヶ城たちも消耗している今、まともにやりあって勝てるビジョンが見えない。


「よし! できた!」


 織村がついに結界の解除に成功する。見ると、クリーム色の結界が無くなり道が開けていた。

 織村の声に俯いていた面々も顔を上げる。


「おい、どけよ! おれが行く!」「ちょっと! あたしが先よ!」


 などと勇者たちが我先にと出口へ駆け込んでいく。


「よし! 僕たちも春樹君を助けてから脱出しよう!」


 前線で戦っていた龍ヶ城が汗と血をにじませながらも告げる。


 だが、その身体は既にボロボロで、疲弊しているのが目に見えて分かった。

 他の筆頭勇者たちも、既に満身創痍といった様相でとてもあの魔物の波につっこんでいって春樹を助けられるだけの余力があるとは思えない。

 他の面々も、苦々しい顔でその言葉に首を振り出口へと向かっていく。薄情な奴らだ。


 ……別にいい。ここは、オレが行く。


 オレは幸いまだMPを温存している。

 これだけあれば、春樹を拾って戻ってくるぐらい何とかなるだろう。騎士や勇者たちが軒並み外に出た今、オレの魔法を見咎められる相手もいない。

 そう考えた矢先。


 サイクロプスの痛烈な一撃が、部屋の壁へと直撃する。


 部屋全体が揺れ、壁や天井の水晶にひびが入っていく。

 オレの甘すぎた概算が、水晶とともに音を建てて崩れ去っていく。


「おい、まさかこれ……」


 水晶の割れる甲高い音が頭蓋骨の中を反響する。


「くっ! まずい! テルマサ! 他の皆も早く出口へ! 崩れるぞ!」


 最後まで残っていたブラント団長が警告を告げる。


 言い終わった直後、天井から大きな水晶の塊が一つまた一つと轟音を上げて落下してくる。

 岩のかけらが散弾のように飛び交い砂ほこりが舞う。


 おい、やばいぞこれ!!


 オレが急いで春樹の救援に向かおうとすると、何者かに襟を後ろに強く引っ張られた。


「どこに行く気だッ!」


 手の主はブラント団長。鬼のような形相で叫ぶ。


「決まってるでしょう! 春樹を助けに行くんですよっ!」


「ダメだ! この状況では無理だ!」


 天井から水晶が落ちる中オレとブラント団長が問答する。

 筆頭勇者たちも、龍ヶ城を残して全員が離脱していた。


「じゃあ、春樹を見捨てるんですかっ!?」


「彼の犠牲を無駄にするなっ! 君たちを一人でも多く生きて帰らせなければならん!」


「ふざけんな! 春樹は死んでないし死なせないっ! 離せよッッ!」


 オレがブラント団長に魔法を打とうとしたその瞬間。オレのみぞおちに衝撃が入る。

 その衝撃は脳を揺らし、オレは胃の中の全てを吐き出しそうになる。

 薄れ行く意識の中、オレはブラント団長に殴られたことを悟った。


「はる……きぃ……」


 魔物の渦と降りしきる水晶の中で狼狽する春樹の方へ手を伸ばす。

 既に春樹に付いて行った騎士たちの姿は見えない。やられたのだろう。


「―――――――」


 春樹がこちらを見て何かを告げる。


 こんな状況だというのに春樹は、いつものように困り顔で、オレを見て笑っていた。


 水晶が、落ちる。


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