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109、終戦の風

 覚醒。


 意識がまどろみの水底から引っ張りあげられる感覚。

 夢から現への帰還。

 どこか名残惜しく、けれども希望に満ちたそんな瞬間。

 そよ風が頬を撫でた。


「……ぁ、ここは……」


 当たりを見渡せば、視界一面に広がるのは変哲の無い平原だ。

 上体を起こすと、体中の痛みも消え左腕も元に戻っていることに気づいた。

 骨が飛び出したところはやや傷跡が残っているものの、概ね健常だろう。


「……目が覚めたかい?」


「龍ヶ城……」


 そこには疲れきった様子の龍ヶ城がいた。

 見れば、周囲には何人か騎士たちと一部の筆頭勇者も残っていた。


「……一体、どうなった。オレは気絶してたのか?」


 つっかえながらも現状を問う。


「ああ、君は戦いが終わった直後に気を失ってしまったんだ。けど、意識を失ってからまだそんなに時間は経ってないよ……せいぜい30分といったところかな?」


「いや、30分もここで何を……って、うお!?」


 龍ヶ城の奥にようやく目が行って驚く。

 そこには、六本の腕を切り落とされ、鎖で縛り付けられたガリバルディが居た。


「勝った、んだよな、龍ヶ城」


「……ああ、何とかね……他のみんなは先に戻ったよ、今は城の方で治療を受けてる」


「そう、か……」


 他の皆の状況よりも、この状況の説明をしてもらいたいのだが。


「ああ、リア王女様も先に城に戻ったよ。命に関わるような大怪我をしてたわけじゃないけど、まあ、そうはいっても王女様だからね。無理やり騎士団の人たちに連行されていったよ」


 龍ヶ城がその場面を思い出すかのように苦笑した。


「……トイチユートよ」


「……生きてるのか、ガリバルディ……!」


 腕を六本切り落とされて体中切り傷だらけになってなお死なないとは生命力たくましいことこの上ない。

 というか、この状況は何だ。確か最後に見たときガリバルディの上半身と下半身は分かれていた。だが、今見れば奴の上半身と下半身はくっついている。加えて、奴は頑丈そうな鎖で身体中を縛られている。意味が分からない。


「ちょっと待て、状況が分からない。死んだはずだよな、こいつ」


「ああ……僕もそう思っていたんだけどね……」


 そういうと龍ヶ城はどうしようもなく苦笑する。


「何、簡単なことよ」


 龍ヶ城の言葉を遮るようにしてガリバルディが続けた。


「ワシは上半身と下半身を切り分けられた程度では死なん」


「いや、生物としておかしいからね? プラナリアじゃあるまいし」


 いきなり頭のおかしいことを言い出したガリバルディに思わず雑な返しをしてしまうが、上半身を吹き飛ばされたこいつの超回復を目の当たりにしてしまうとあながち否定もできない。


「でも、『見事』とか言って倒れてたじゃねえか」


「そら、ワシの完敗だったからな。勝者をたたえるのは当然の礼儀である」


「……じゃあ、何でお前はここで縛りつけられて、しかも微妙に復活してるんだ」


「それは紆余曲折あったんだ」


 龍ヶ城の話を聞いてみると、なんとも呆れた状況であることが判明した。

 まず、龍ヶ城が切り伏せた時点でガリバルディは生きていた。上半身と下半身をきれいに切り分けられたにも関わらずだ。やつは上半身のまま「殺すなら殺すが良い」とのたまって見せたらしい。龍ヶ城はガス欠で動けなかったものの、そのまま勇者諸君でタコ殴りにすれば良かったのだが、筆頭勇者の一人である狩野忍がガリバルディを捕虜にすることを提案した。確かに六将軍の捕虜という駒は魔族との戦いを有利に進める上で非常に有効なものになることは想像に難くない。だが、現場では判断しかねるという理由で、ブラント団長たちがこの件を城に持ち帰った。そしてとりあえずこの場所に鎖を届けさせ、ガリバルディを拘束、監視として数名の勇者と騎士を付け、今は上層部の指示待ちというわけだそうだ。


「……こんな危険な奴、この場で殺しておくべきだと思うんだが……」


 オレの呆れた声に龍ヶ城は曖昧な笑みを浮かべた。


「まあ、仕方ないさ……それに、僕だって出来れば殺しはしたくないんだ」


 そういうと、彼は自分の掌を見つめた。

 その様子を怪訝に思いながらも、オレはもう一つの疑問点をぶつけた。


「そういや、何でオレはここで放置されてるんだ? もしかしてアレか。これはオレへのイジメの一貫か?」


 オレの問いに龍ヶ城は軽く笑いながら答えた。


「違うよ、それについては――――」


「ワシが頼んだのだ」


 オレがその言葉の意味を図りかねていると、ガリバルディ「がはは」と弱弱しく笑った。


「いや、しかし僥倖であった。よもや、再び貴様と話すことができようとは」


「説明になってない。説明をしろ」


「うむ。ワシは恐らくこの場で殺されるであろう。そうなれば、二度と貴様と言葉を交わすことができん。それはあまりに惜しい」


 …………何を言ってるんだこいつは。


「ワシは、トイチユート、貴様に敬意を払っておる。最後の最後こそ、こやつらにやられてしもうたが、ワシをここまで追い詰めたのは間違いなく貴様の功績に他ならん」


 ガリバルディが倒れたままこちらをじっと見て真摯に告げる。


「じゃから、ワシが殺されるのであれば貴様と最後に話したい、貴様の勝利を讃えてから死にたい、とそう告げたのだ。虫のいい話ではあるがな」


 自分を倒した奴を讃えたい。死ぬ前にその相手と話したい。

 その哲学はオレには理解できないが、彼には彼なりの思想があるのだろう。それを頭ごなしに否定することは出来ない。出来ないが、オレには関係の無い都合だ。


「……それで騎士たちはオレを残して帰っちまったわけか?」


「………………反対意見は、凛以外からは出なかった、かな」


 凛……


 その名前を聞いてノイズに思考が霞む。つい数日前の出来事を思い出して嫌でも胸の奥がどうしようもない感情で満たされていく。


 いや、考えても仕方ない。仕方ないことだ。


「気絶した無力な少年を魔族の前に放置してくとか、リアヴェルト王国は鬼畜国家か?」


 オレの言葉に騎士たちがやや殺気立つも龍ヶ城がそれを宥めるように言った。


「そのために僕たちが残ってるからね、それで許して欲しいな」


「お前のその爽やかな笑顔がむかつくから許せない」


 自分でも分かるぐらい理不尽な理由を龍ヶ城にぶつけるとガリバルディに向き直る。


「回復して逃げたりしないのか」


「もう回復能力は品切れじゃい。トイチユート、貴様に上半身を吹き飛ばされたのがちと痛かった」


「お前にも痛覚があるのか」


「ガハハハ! そういう話ではない! 実際に、あの魔法のせいでワシの核は破壊されたのだ」


「はあ? オレが核を破壊した?」


 フォンズから聞いた話では魔族の核は人間の心臓と同じはずだ。それを破壊したというのなら即死して良いはずだ。だというのに上半身を消し飛ばしても復活しやがってこいつ。


「ワシはちと特殊でな。体に核が二つあるのだ」


 おいおい、要するに心臓二つってことか……


 まさかとは思っていた可能性に戦々恐々とする。


「だから片方が破壊されようとも、もう片方で補うことが出来る。貴様に上半身を消されたときに胸部にあった一つは破壊された。もし、もう少し下まで消されておったら下腹部にあるもう一つの核まで破壊されておったろうな! ガハハハハ!!」


 おいおい……実はこっちが王手かけてたんじゃねぇか……くそっ、油断なんてせずに下半身もまとめて巻き込んじまえば良かった……!


 だが、後悔も今となっては遅い。


「核が一つになった今、ワシの力は半減したといってもよい。特に回復力についてはほとんど失われておる。貴様に消し飛ばされた上半身を復活させて品切れだ」


「そういうもんなのか……」


「応とも。長年付き合ってきた体じゃからのう。それぐらいは分かるのだ、ガハハハ!!」


 こいつがこうしたことで嘘をつくとは思えない。


 もし本当だとしたら、こいつの脅威はほぼ去ったと考えてもいいのか……?


 そんな風に考えていると、王都の方から馬の駆ける音が聞こえてくる。

 馬には一人の騎士が乗っている。恐らくは連絡係だろう。

 騎士がすぐにオレたちの下まで駆け寄り、オレたちを呼び寄せた。


「魔族の男、ガリバルディ・ソリッドに対する国の方針が決定した」


 ガリバルディに聞こえないようにやや離れたところで小声で話す。


「……リスチェリカ王国は、ガリバルディ・ソリッドを捕虜とせず、この場で処刑することとした。伝令は以上だ」


 一瞬だけ場がざわつく。


 だが特に驚きは無かった。


 強靭な肉体と埒外な膂力。確実に捕虜として収容しておく手段が見つからなかったのだろう。もしも内部で脱走と暴走をされたりでもしたら、それこそ国の崩壊に繋がりかねない。保身の上ではここで殺しておくのが最善手だ。


「……分かりました」


 龍ヶ城は表情を変えずに頷いた。その瞳には意志が宿っている。


「すまないが我々の力では奴の身体に傷を付けられない。処刑は勇者の手で速やかに行って欲しい」


 騎士が告げる。


 年端も行かぬ少年たちに魔族とは言え人を殺すことを強制することにやや憤懣を覚えるが、今に始まった話でもない。ふん、と鼻を鳴らすと龍ヶ城を見た。


「僕がやろう」


 その声に他の筆頭勇者たちが黙って頷いた。誰も、反論は無い。


「十一君も、構わないね?」


「別にいいが、勇者様が人殺しなんてできるのか?」


 挑発に近いオレの問いかけに騎士や筆頭勇者たちがこちらを睨みつけるが、龍ヶ城当人だけは欠片も動じずに頷いた。


「大丈夫だ。僕はもう迷わない」


「……左様で」


 オレは肩を竦めると輪から抜ける。

 ガリバルディの方へ近寄っていくと、龍ヶ城も後から付いてきた。


「ふむ。ワシは処刑されるようだな」


「よく分かったな」


「貴様らの顔を見れば分かる」


 話を聞いていたわけではなかったようだ。

 もし彼が処刑されると知ったら死に物狂いで脱走するかもしれないと思った。だが、その心配は無かったようだ。彼の持つ戦士の矜持とやらだろう。山のように泰然として、その場に寝そべっている。


「ガリバルディ・ソリッド。あなたをこの場で処刑する。悪く思わないで欲しい」


 龍ヶ城が聖剣を抜く。先ほどの戦闘のときに見せたような魔力解放はしていないようだが、彼の剣術であれば、下腹部にあるという核を一撃で貫く程度、造作も無いだろう。


「何か言い遺すことはあるか」


「いいや、何も。此度の戦い、誠に愉快であった!」


 ガリバルディは目を瞑らない。自分の最期の瞬間から、決して目を逸らさない。

 オレは一瞬だけ、その姿を格好いいと思ってしまった。


「はっ!」


 龍ヶ城がガリバルディ目掛けて剣を突き刺す。


 それは迷い無く研ぎ澄まされた一撃となって、かの剛王に引導を渡す。


 はずだった。


 瞬間、風が走った。


「っ――――」


『魔力感知』がその存在を察知したと同時に龍ヶ城の剣が弾かれた。


「――――少し待ってもらっても構わないかな?」


 落ち着いた声音に、どこか有無を言わせない重さを感じる響き。その声をオレは知っている。

 一つの影が立っていた。深くローブに身を包んでいるため、姿形は分からないがオレは正体が分かる。


「何者だッ!」


 騎士たちが剣を抜き、龍ヶ城も油断なくローブ姿の男に向かって剣を構えた。


「…………お前ら、この戦いに手は出さないんじゃなかったのか?」


 オレはそう零すと、目の前のローブ姿――――フォンズを睨んだ。


「どういう風の吹き回しだ? オレへの裏切りは――――」


『ユート、ここは我々に合わせて欲しい』


 直接耳に声が届く。

 いや、この表現はおかしいのだが、耳元で呟かれている感覚に近い。周りを見渡すと、どうやらオレにしか聞こえていない声のようだ。


『ガリバルディの戦力は貴重だ。ここで失うわけにはいかない』


「…………どういうことだ。一体何が目的だ」


 オレの声に、風が答える。


『君はやがて訪れる災厄を知っているな』


「なっ……! 何でそれを」


「十一君?」


 龍ヶ城がこちらを訝しげに窺う。


『ダンジョンの奥底で災厄に関する記述を見たのだろう。ガリバルディはそれに備える上で使える』


「いや、っつっても……」


『詳しくは後で話そう。だが、決して君に敵対する意思は無い。これは君にとって利になる行為だ。奴隷首輪によって制限されていないことからも、それが分かるだろう』


 ああ、確かにオレへの敵対行為なら奴隷首輪で制限されるはずだ。

 ということは、少なくともフォンズ自身は本気でこの行動がオレへ利する行為になると思っているわけだ。


 くそっ、何がどうなってる。


「君たちは何者だ? 何をしに来た? まさか、魔族か?」


 龍ヶ城の矢継ぎ早な問いに、フォンズが答えた。


「通りすがりの魔族だ。この男に死なれては困るのでね。回収に来た」


 フォンズの答えを聞いて、龍ヶ城や他の勇者たちの戦意が膨れ上がる。


「待て、龍ヶ城」


「……何だい十一君」


「なあ、アンタ。オレたちがアンタらを見逃した場合、アンタらはこのまま大人しくここを立ち去ってくれるのか」


「なっ!」


 龍ヶ城が驚愕に顔を彩る。

 だが、目の前の男……フォンズは、即答した。


「ああ。君たちに危害は加えない」


 いずれにせよこいつはオレとの契約があるから龍ヶ城たちに手は出せないはずだが。


「……ここは大人しく、ガリバルディの体を引き渡そう」


「十一君!」


「龍ヶ城、お前なら分かるだろ」


 こいつから漏れ出るバカみたいな魔力を、と言外に告げる。

 実際、フォンズは身体から魔力を放出しそれを一切隠そうともしていない。

 龍ヶ城輝政であれば、その瘴気にも近い魔力の存在を感じて然るべきだ。


「……ここでことを荒立てれば、ただでは済まないと」


「オレもお前も全快していない。その状態で戦うのはリスキー過ぎる」


 茶番と言われればそこまでだが、先ほどからオレは何一つ嘘は言っていない。もし仮に龍ヶ城に嘘を見抜く類のスキルがあってもオレはそれに引っかからないだろう。


「…………分かった。連れて行ってくれ」


 騎士たちがざわめく。怒号が飛び、今にもフォンズに飛び掛りそうになっているが、龍ヶ城が視線だけでそれを制した。


「冷静な判断に感謝するよ」


 それだけ言うとフォンズは風魔法でガリバルディを浮かび上がらせ、そのまますたすたと平原の方へと歩いていく。


『また連絡する』


 フォンズはオレにだけ聞こえるようにそう呟くと、そのまま歩き去って行った。

 今しがた起きた出来事に誰も何も言うことが出来ず、ただ唖然とその場に立ち竦むしかなかった。

 無論、オレも皆に倣いただ口を噤んで余計な言葉を漏らしはしない。


 沈黙を破ったのはやはり龍ヶ城だった。


「街に戻ろう。このことを国に報告しないと」


 龍ヶ城の現実的な提案に全員が曖昧に肯定を返すと、オレたちは決して軽くは無い足取りで、とぼとぼとリスチェリカへ戻ることとなった。


「ああ、そうだ」


 道中、龍ヶ城が思い出したように漏らした。


「どうした?」


「凛にお礼を言っておいた方がいい」


「は? 凛に?」


「僕とリア王女様が戦闘を終えて、君の方を見たとき君は既に地に倒れ伏していた」


「ああ。意識も飛んでたしな」


 意識が徐々に暗中に沈んでいくあの感覚を思い出して身震いする。


「ガリバルディは君に最後の一撃を加えようとしていてね……僕らは紙一重で間に合わなかったんだよ」


「いや、でも……」


 龍ヶ城の言葉が本当ならオレが今生きているのがおかしい。

 オレが訝しげに彼の言葉の続きを待っていると、龍ヶ城は薄い笑みを湛えた。


「凛が、結界で君を守ったんだよ」


「あいつが、オレを……?」


 凛の必死な顔が想起される。

 彼女が、また、オレを死から守ってくれた……


「ああ。穂華が言うには、どうやら彼女は戦闘中ずっと君の方に注意を向けていたみたいでね」


「何でそんな……」


 言いたいことは言い終えた、と龍ヶ城は再び振り返ってしまう。


 何故。


 その理由の答えは明白だ。

 明白だが、その答えにすら「何故」という疑問を突きつけざるを得ない。

 堂々巡りのように、理由を、原因を、根拠を求め続ける。


 分からない。


 ……そうだ。分からないのだ。


 何故、彼女がそこまでオレに執着するのか。


 何故、彼女はオレのことをそこまで想うのか。


 何故、オレなのか。


「……くそっ」


 どうしようもなく凝り固まってしまった思考は、そうそう解れてはくれない。

 小さく吐き出した感情は、この場の全員の耳に届いただろう。

 だが、誰の心にも届くことはなく、淡い風に流されていった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「全く、世話が焼ける」


 雑木林の奥で六将軍の一人、フォンズ・ヘルブロウは同僚である巨魁を雑に放り投げた。


「六将軍がいくら減ろうと構うものではないのだが……」


 フォンズは少し考えるようにして顎に手を当てた。

 そこに場違いなほどに明朗な声が響く。


「いやー、おひさしぶりだね、ガリバルディのおっさん!」


「……アルティ・フレンにフォンズ・ヘルブロウか……」


 いいところを邪魔された、と言わんばかりに不機嫌な態度を隠すこともしないガリバルディが答える。鎖で身体を縛り付けられ、腕を全て切り落とされているにも関わらず、その眼光は鋭い。


「こわいこわい! やー、まさかアンタが倒されるなんて思わなかった!! こりゃ、魔族と人間の戦争は人間側の勝利かなー?」


 けらけらとアルティが笑うも、ガリバルディは無言のまま返事をしない。


「…………戦争の結果はどちらでも構わないんだ。本当に。だが、魔族の戦力が削れるのは困る」


「仮にも魔族を背負う六将軍が、そのような言を吐くでない」


 フォンズの言葉にガリバルディが珍しく不満げな調子で漏らした。

 その説教臭い言い方にフォンズは小さく鼻を鳴らすと、言い聞かせるように言葉を続けた。


「事態はそう簡単じゃない。我々は今後苦境に立たされるかもしれない」


「魔族がか? ありえん。魔王陛下が健在な限り、魔族はいかなる相手にも敗北することはない」


「そういう局所的な話をしたいわけではない。もう少し大局的に……『我々』というのは、この地上に存在する全ての種族……否、全ての生物にとってということだ」


 突然の話に、ガリバルディの頭では理解が追いつかなかった。

 フォンズ・ヘルブロウという痩躯の男の言葉は、いつも回りくどく、飲み込みづらい。ガリバルディは内心でそう彼を評していた。


「……ワシには分からんが」


「っと、そろそろ来るぞ」


 ガリバルディの問いかけにフォンズは答えず、また別のことを話し始めた。ガリバルディは益々分からなくなり、ついには考えることをやめようとするが、今のフォンズの言葉についてはすぐにその意味を理解した。


「ったく、こんな森の奥に呼び出しやがって。他の騎士や勇者を撒くのにどんだけ苦労したと思ってんだ」


 不満げな声を漏らす少年。

 埒外な魔法をもってしてガリバルディを打ち倒した勇者。


 十一優斗が呆れた表情でそこに立っていた。


「先ほどは話を合わせてもらえて助かった。君にも利のある話だと思ったのでね」


「フォンズ……にアルティまでいるのか。お前らが何を企んでるのかキリキリ全部話せ。ことと次第によっちゃまとめて消し飛ばすことになるが」


「やーん! だーりんこわーい!」


「先に契約を破ったのはそっちだろうが」


「いや、我々は契約を破っていない。むしろ律儀に履行していると言っていい」


 アルティやフォンズの軽口は相手にせずに視線だけで話の続きを促した。


「ユート。君はフローラ大森林のダンジョンに潜っていたな」


「……ああ。そうだな」


「そこで何かを見ただろう」


「何かって、そりゃまあ色々と見たが」


「我々は備えなくてはならないんだ。……君なら、分かるんじゃないか、ユート」


「備える……」


 フォンズの言う「我々」には魔族以外も含まれているように聞こえた。それこそ人間も魔族も、世界中の人々が……


「やっぱり、お前も災厄のことを知ってるのか?」


「……ああ。神聖歴1000年。災厄が世界を襲う。この記述を、君はフローラ大森林の最奥で見つけた、違うか?」


「んー? なんの話?」


 アルティが目を燦燦と輝かせながら食いつく。面白そうな話を聞いたと言わんばかりに。


「面白そうな話だし、アタシだけ仲間はずれはずるいんじゃない!?」


 というか、口で言った。


「フォンズ。お前から話せ。知ってる情報を全部吐け」


 奴隷首輪の効果に任せて、災厄の説明と併せてフォンズから情報を引き出す。


「私が知っている情報はそんなに多くは無いんだがね。……神聖歴1000年、世界を災厄が襲う。それはとても一人や一国家で太刀打ちできるようなものではない。世界で手を組みこの災厄に立ち向かわなければ、全ての生命が途絶え得る」


 フォンズは一息に語った。


「昔、北方大陸にあるダンジョンに潜ったことがあってね。その地下の資料に書いてあったんだ」


 こともなげに言うが、フォンズは一つのダンジョンを制覇していた。

 その事実に若干の眩暈を覚えながらも質問を続けた。


「……お前はそれを、信じてるのか?」


「最初は馬鹿にしたさ。くだらない終末論だとね」


 最初は、ということは、今は。


「だが、今は信じている。馬鹿げた戯言と切り捨てるには、あの地下にあったものは少々異質すぎた」


「他に何があったんだ?」


「北方大陸のほぼ全ての情報が書物として保管されていた。土地、魔物、気候、文化、技術、魔法……あの情報群のおかげで魔族の生活水準は大きく改善されたと言っても過言じゃない。……私が六将軍入りできたのも、その発見の功績によるものも大きいからな」


 与太話と言いたげに加えた言葉はどこか自嘲的だ。

 やはりダンジョンにあるのは技術、そして情報だ。

 なら、フォンズは知っているのだろうか。


「『大罪人』って言葉に心当たりは?」


「ダンジョンの持ち主と思しき人物にそのような記述が残っていた。私も国中の文献を漁ったが、該当するものはほとんど無かった」


「ほとんど、ってことは」


「ああ、あった、一冊だけ。何気なく手に取った旅人の旅記だったはずだ。確か……『神の怒りを買い、世界に災厄をもたらした者たち』……」


 そう、記されていたよ。


 フォンズは、間違いないと頷きながら言った。

 神の怒りを買い、世界に災厄をもたらした者。


 それが、『大罪人』。


 リスチェリカの地下で、王樹の頂上で見た二つの死体。彼らが世界に災厄をもたらした人物だった……? じゃあ、記述は? 再び世界に災厄がもたらされるという彼らの言葉は一体……


「私はこう考えている」


 フォンズは続けた。


「『大罪人』は死んだ。だが、何かしらの方法で、再び世界を災厄に陥れようとしているのだと」


 それは、……違う。


 カシュール・ドランの手記に綴られていたのは怒り。

 理不尽と不条理に対する怒りだ。


 そして、自分の代わりに世界を救って欲しいという願い。


 ――――これを読む者へ。お前が誰だかは知らないし、知りたいとも思わないが、災厄を止めてくれ。

そう、彼は残していた。


 ファルッド・ゲッコーの手記に綴られたのも怒り。

 彼は不条理に耐えかね、自ら命を絶った。

 復活し世界を陥れようと目論むものが、後世に希望を託すだろうか。

 そんな者が自ら命を絶つだろうか。


「答えは否だ」


「?」


「フォンズ。オレはリスチェリカとフローラ大森林のダンジョンを攻略した。その上でお前の推理は間違いだと言ってやる」


「ほう?」


 フォンズの目が鋭く光った気がした。


「どちらの最深部にも手記があった。だがその内容は世界を災厄から救えと、後世に希望を託すものだった。だから、お前の推理は間違ってる」


 何百年前の人間の思いなど本当は分かるはずもない。

 だが、彼らの残したものに込められた怨念にも近い激情を、オレは知っている。


「……そうか。北方大陸のダンジョンは、ただ災厄が起こることだけしか書いていなかったからな……まあ、いずれにせよ、だ」


 オレの言葉を肯定するでも否定するでもなくフォンズは話を戻した。


「その災厄が世界規模で降り注ぐのであれば、それがどういったものであれ、人間にしろ魔族にしろ戦力を損なうべきではないと思わないか?」


「……なるほどな。そう繋がるわけか」


「ああ、そうだ。私としてはこの戦争もさっさと終わらせてくれればいいのだが……」


 フォンズが微妙な表情で唸っていると、アルティがぼやいた。


「その、サイヤクっていうの? がヤバイのは分かるけど、ガリバルディのおっさんは死にたがってるんだし、別にいーんじゃない?」


「君はまたそうやって考え無しなことを……」


 呆れるフォンズにアルティが笑顔を返す。アルティの笑顔は愛嬌があると言えばその通りだが、どこかむき出しで獰猛さが見え隠れするのでオレは怖い。


「なあ、ガリバルディ。今の話を聞いてどう思った」


 オレの問いにガリバルディは喉の奥を鳴らした。


「ワシにはよく分からん話だ。ワシは目の前の敵と戦い、戦い、ただ、戦う。それだけだ。世界がどうだとか、サイヤクがどうだとかは分からん」


 ガリバルディらしい返答に小さく笑いを漏らしてしまう。


「…………だが、戦士として、もしこの惨めに死に損なった身を駆使する機会がもう一度与えられるのであれば、それは僥倖であろうな」


 ガリバルディが少年のような顔で言った。


「どうする、ガリバルディ。その命、世界のために使ってみる気はあるか?」


「むぅ……」


 ガリバルディが閉口して悩む。


 そう、悩んでいるのだ。


 先ほどまでは「殺せ」と言っていたガリバルディが、提案を受け入れようか悩んでいる。彼奴の決意を十分に揺らがせることができた。


「決断しろ。戦士だろ、お前」


 トドメの一押しで決断を急く。

 ガリバルディはオレの言葉にぎゅっと分厚い瞼を閉じると、これでもかと大きく見開いた。

 何を言うかとオレが待っていると、


「ガハハハハハハハ!!!」


 とガリバルディが突然大声で笑い出す。


 至近距離で笑うガリバルディの声はビリビリと空気を震わすほどだ。これ、現代日本だったら騒音被害でご近所から苦情が来るな。


「面白い!! うむ、うむ!! 良かろう! ワシを倒した勇者にこの命を預ける!!」


「……ってことは」


「うむ。惨めにも生き残ることは慙愧すべきだが、サイヤクとやらのためにワシは死ぬわけにはいかん。それまで生きて、この力を振るうとここに誓おう」


「…………そりゃ良かった」


 ふぅ、と小さく息を吐いてフォンズに視線を送ると、奴も満足そうな笑みを浮かべて頷いた。


「……一応聞いておきたいんだが、またこの街を襲撃したりはしないよな」


「ガハハハ! 流石にワシもそこまで恥知らずではおれん。陛下の指示があったとして、人間の集落を襲うような真似はせんわい。ワシは既に死体のようなものだからのう!」


 そりゃ良かった。


「そもそもだな。市井の人間はワシには貧弱すぎるのだ。ワシは人間よりも屈強な獣人や、竜種などと戦いたい」


 腐っても戦闘狂なガリバルディに引きつった笑いを返すしかないが、今回の戦闘で死に掛けたかいは大きかった。


「これで、六将軍のうち二人はオレの側、一人は中立になった……」


 六将軍を半分削れたというのは非常に大きいだろう。人間側が即座に敗北するという事態には陥らないはずだ。


「話もまとまったことだし、オレは王都に戻る」


 別れ際の龍ヶ城の言葉を思い出す。


『君が何を考えているかは分からない。けど、王城には寄って欲しい。色々と話したいこともあるからね』


 本当は断ろうとしたのだが、断ればその場から離れるのすら認めてもらえなさそうだったので渋々了承した。


「では、我々は機を見るとする」


「えー、あたしもだーりんと帰りたい」


「同伴帰宅禁止」


「えー!!!」


 アルティの不満げな声を背中に受けて、さっさと王都の方へ走り出す。


 分からないことは多い。

 だが、確実に一歩ずつ進んでいる。

 そんな実感があった。


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