108、騎士と勇者
「はぁっ!」
気合とともにリアが鋭くガリバルディの首を狙う。
ガリバルディは六本ある右腕の一本で彼女の剣を受ける。
ガキィン、とおおよそ肉体に剣が打ち合わされたとは思えない高音が鳴り響き、リアの剣はたやすく弾かれた。
「ぬぅ」
しかし、ガリバルディは顔をしかめる。
その表皮には決して深くは無いが、確かに傷が刻まれていた。それはリアがつけた裂傷に他ならない。
先ほどのリアの一打は確かにガリバルディを殺すべくして打った全力の一打だ。しかし、彼女は剣士。全力の一打を何十、何百と打ち続ける程度造作も無い。
そうなれば、いずれは金剛のような豪腕も断ち切られる。
そしてガリバルディの唸りの原因はもう一人にもあった。
「――――十一君! 遅くなってしまって本当にすまない!」
「……遅刻した分、しっかり働いてくれるんだろうな……っ、げほげほっ!」
悪態を返すと同時にオレは血反吐を吐き出した。内臓もいかれている。
瞼がやけに重い。全身の痛みは茅場の治癒魔法によって徐々に引いていっているが、動かそうと思っても身体がオレの意思に応じてくれない。
首も動かせないが、彼らの戦いを見届けるぐらいはできるだろう。
「ああ、君の信頼に応えよう」
そう龍ヶ城が呟くと、彼の魔力が爆発する。
それは、爆発と呼ぶ他無い。
せき止められていた何かが、その堰を失ってとめどなくあふれ出る。
「『ギフト《オーバードライブ》』」
龍ヶ城が魔法名か何かを漏らした途端、彼の身体が虹色に輝き始める。『魔力感知』によって鮮明に分かる。場の魔素が、奴に吸い込まれていく。
「僕はもう迷わない。あなたを倒して、みんなを救う!」
龍ヶ城が叫ぶとともに、消える。
少なくとも、オレの目には消えたように見えた。
光の残滓が彼のいた場所に残り、一拍置いて風圧が身体を押した。
「っ!」
次にオレが見たのは、ガリバルディの左腕三本がきれいに切り落とされている光景だった。
まるでコマ落ちした映画を見させられているかのような感触に、オレは自分の見たものを疑う。
「速い…………」
ぼそり、と筆頭勇者の一人である氷魚が呟いた。
それを聞いてようやく今しがたの現象が、ただ龍ヶ城が素早く動いただけだったことを悟る。
悟った上でオレはその理解に苦しむ。
全く目で追えなかった。
残像が残るとか、そういうレベルですらない。
人間が画像の違いを認識できるフレームレートは、せいぜい30FPS程度らしい。勇者補正で多少伸びているとしても、さらにそれを超える速度で龍ヶ城は動いているのだ。
もはや、人間の域に収まるような存在じゃない。
「半分も、もっていかないでくださいなッ!」
一瞬で腕を半分も持っていかれ、体勢を崩したガリバルディにリアが迫る。
無理な体勢でガリバルディが応戦しようとする。
「『クアッド・シュベット』」
一度に四本の剣線が光る。その四つの軌跡がガリバルディの腕の全く同じ点を叩くと、そのまま右腕が切り落とされた。
「ぐぅッ!」
下がろうとするガリバルディの左足が吹き飛ぶ。
オレには結果しか見えないが、龍ヶ城の一閃だ。
ガリバルディは大きくバランスを崩しながらも、残った右腕を強引に振るいながら至近に迫る二人を振り払った。
龍ヶ城、リアはともに剣でそれを受けるとそのまま後ずさる。
「強すぎだろ……」
龍ヶ城とリアの強さを見てオレは思わず呟いていた。
オレがあれだけ苦戦していた相手にここまで一方的な戦いを見せるなんて。
あれだけ苦労していたのがバカみたいだ。最初からこいつらに任せればよかった。
「ん……? あいつ、何で回復しないんだ?」
見ればガリバルディの腕は肉が少しばかり盛り上がろうとしているものの、オレとの戦闘のときに見せたような超回復は見せていない。
まさか。
「龍ヶ城、リアッ! そいつの再生能力の限界が来てる可能性がある! 今のうちに畳みかけろ!!」
オレの声に弾かれるようにして、龍ヶ城とリアが一気に距離を詰める。
ガリバルディが辛うじて左腕を一本だけ復活させると、飛び込んでくる二人にぴったりと拳を合わせて振りぬいた。
剛撃を受けてリアと龍ヶ城が吹き飛ぶ。
龍ヶ城は直前で拳を蹴り付けて後方へと跳んだようだが、リアは剣で庇うしかなかったらしい。後方に吹き飛んでいく。
「リア王女陛下ッ!」
ブラント団長および数名の騎士が駆け寄っていく。あいつのことだ、死んじゃいないだろう。
「くっ、時間が……」
龍ヶ城が呟く。
その呟きにオレは疑問符を浮かべるも、すぐに一つの推測が立った。『魔力感知』が感じるあいつの魔力が徐々に減衰している。
恐らくあの埒外なパワーアップは制限時間がある。それが一分か二分かは分からないが、彼の口ぶりから察するに恐らくはあと数手で切れる。
「次で決めよう」
「ふ……ふははははは!! 良い、良いぞ!! ワシをここまで追い詰めたのは貴様らが初めてだ!! 剣士よ! 名を問おう!!」
「乗るな龍ヶ城! 時間稼ぎだ!」
実際にガリバルディに時間稼ぎをするような頭脳があるとは思えないが、悠長に答えている余裕は無い。
だが、勇者君はオレの焦りにも響かない。
「僕は龍ヶ城輝政。君を倒す、勇者だ――――」
龍ヶ城の言葉を受けてガリバルディが構える。
だが、その構えは意味を為さなかった。
煌き。
カメラのフラッシュをたいたかのような一瞬の閃光の後、龍ヶ城の姿はガリバルディの背後にあった。
ふっ、と龍ヶ城の身体から光が消える。と同時に彼はその場に膝を負った。
ダメージを受けた様子は無いが、恐らくはスタミナ切れだろう。
思わず息を呑む。
場にいる人間のほとんどが、何が起こったか分からなかっただろう。
それを理解できたのは、恐らく龍ヶ城とガリバルディの当人たちだけ。
「見事」
ガリバルディが満足げに笑うと同時に、ぼとぼとと彼の残された右腕が落ちた。
ついで、彼の上体がずるりとずれる。
そのまま上体は重力に逆らえずに、下半身から滑り落ちた。
ドシン、と建物が倒れるような音と土煙とともに剛王が地に伏す。あの咆哮のような笑い声は聞こえてこない。
「この戦い、僕たちの勝利だ」
龍ヶ城が告げた勝鬨に、場の面々は勝利の雄たけびを上げたのであった。
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――――それでいい。
誰かの声をした、誰かが笑う。
――――お前の進むべき道はそっちだ。
明かりも無い霧の中を、ただ声にしたがって進む。
――――償いたいのだろう。取り戻したいのだろう。
誰かの声をして、そっと耳元でささやくその声は甘美で。
だからこそオレは迷い無くそちらへ進む。
「違うよ」
ぞっとするほど冷たい声が唐突に頭蓋を揺さぶった。
そうして初めて今のオレには耳も頭蓋も、手も足も何もかもありはしないことに気づいた。
「違う。そっちは、違うんだ」
明瞭な声が、オレの選択を否定する。
何が違うんだ。
「君の楔は、そっちに行っても抜けはしない」
急に体が重くなる。体が出来た。胸には何本も楔がささっている。
「君の楔は――――ー」
ただ、目を開くだけいいんだ。
冷たい声は、誰よりも温かく、そう漏らした。
短いですが、前回のお話を龍ヶ城とリアが駆けつけて来るところで一旦切りたかったのでこんな感じになりました……




