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106、六将軍撃退戦【リア視点】

「いぃ、いぃ、いひぃ!」


 目の前の奇人が声とも音ともとれないような奇声を上げながら大刃のナイフで切りかかってくる。その動きは一見支離滅裂で、法則性も型もあったようなものではありません。

 けれど、攻撃一手一手には一つの共通点がありました。


「っ!」


 俊敏なナイフの一切りが頬を掠め、思わず女の体を蹴り飛ばした。


「あは、ぁ……」


 恍惚とした表情を浮かべる女、ベーティアにワタクシはぞっとしたものを覚える。

 戦いの中で相手を恐れたのはこれが初めてです。


「何ていやらしい攻撃……」


 一見全てが出鱈目に見えて、その全てがこちらを本気で殺す一手。全霊の殺意を乗せて、ナイフを振るう。様子見や小手調べなどありはしない。その一撃一撃がただ相手を殺すためだけに存在するかのような攻撃。


 もしかしたら、ワタクシの目指すべき境地もそこにあるのかもしれません。


 戦闘中にすべきではない雑念のような思考は、目の前を光る鈍い輝きに咎められた。


「リアさん、危ないッ!」


 ギィン、と目前で金属音が弾ける。


 目の前に張られた結界に、ベーティアの投げた鎖つきの杭が弾かれたのだと気付く。ベーティアが距離を詰めるまでもなく攻撃してきたことに、自らの迂闊さを呪う。

 一瞬の思考の隙に攻撃を放たれたこと、そして相手は剣士ではない故に間合いなど存在しないのを失念していたこと。そのどちらもが、戦場で犯してはいけない痛恨の過ちであったことに猛省をし、二度と余所見はすまいと精神を研ぎ澄ます。


「感謝します、リン」


「ううん、大丈夫」


 リンの返答を背中に受けながら、地面を思い切り蹴る。


 守りは性に合わない。

 攻めて、攻めて、ダメならさらに攻める。

 それが自分なりの戦い方。


「はッ!」


 気合とともに、手に馴染んだ直剣を振るい、首を刈り取らんとする。


「あらぁ、いい、ですねぇ……!」


 嬌声を上げるベーティアが大きく上体を後ろに逸らす。彼女の頭があった場所を、矢が通過していく。


「ちっ、本当に当てにくいわね!」


 ホノカが苛立ち交じりに次の矢を番えているのを視界の端でとらえる。


「あらぁ、あなたが先にお相手して、く・だ・さ・る・の、かしらぁ?」


 そのまま人間らしからぬ足さばきで強引に姿勢を直すと、距離をとっているホノカの方へ足を向ける。


「余所見ですの?」


 一瞬だけそれた注意の間隙に、直剣を差し込む。


 けれど、ベーティアはそれを見もせずに避けると、忌々し気にこちらに殺意を向けて来る。そのまま、懐から十個以上の円形のナイフを取り出すと、こちらに放り投げた。


 全ては叩き落せそうにない。いくつかは身をよじって避けるとして、いくつかは受けるしかありませんね。


 そう覚悟を決めた瞬間、ナイフの大半が何かに当たって叩き落される。

 残ったナイフを軽くはたき落としたところで、ホノカの矢がナイフを射抜いたことを悟る。


 相変わらず驚異の精度だ。


「ああ、もう、どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして!!! どうして、邪魔をするんですかぁあああ!!」


 発狂した様子で頭を掻きむしる様にうすら寒いものを覚える。ただ、見た目に恐ろしいからうすら寒さを覚えたのではない。それだけ隙だらけのような行動をとっていながら、一切隙の無い様に恐怖に近い感情を覚えたのだ。


「あああああ!!」


 懐からまた見たことのない武器を取り出すと、体をうねらせるようにしてこちらに肉薄してきた。

 またしても奇妙な挙動で攻撃を。

 反撃を試みるも、当たらない。


 掴みどころが無い。


 ただそれだけで、こうも攻撃が当たらないなんて。

 これまで相手をしてきたのが、騎士や勇者といった実直な戦い方をする人たちであったことを痛感する。


「こ、れ、な、ら、ど、う?」


 野暮ったいローブからまた新しい武器を取り出す。二つの鎌が、鎖で繋がれている武器だ。

 ベーティアが両手の武器を上手く使いこなし、猛攻をしかけてくる。

 近距離かと思えば、鎖を使った中距離攻撃に転じ、鎌でこちらの剣を叩き落とそうとしたかと思えば、はたまた鎖をワタクシの腕に巻きつけてこちらの動きを削ごうとしてくる。

 見たことのない武器の対応に追われながらも、何とか致命的な一撃だけは受けずに強引に彼女の懐に潜り込んだ。

 そのまま横なぎに切りつける。


 だが、剣先に手ごたえが無く、ただローブの布片だけが宙を舞う。

 ローブがはだけ露になった彼女の肢体には大量の武器が布や皮で固定されている。


 彼女が体勢を建て直すよりも早く、もう一歩踏み混んでそのまま突きを放とうと―――


 ベーティアの首にかけられたペンダントの石が赤く光る。


 ――――ざ、ん、ね、ん


 彼女の口が、そう動いた気がした。

 視界が真っ白に染まる。

 そして、すぐに世界は暗転した。


「!?」


 一瞬で真白から漆黒に染まった世界で、何かが揺らぐ感覚に咄嗟に剣を振るった。

 ギィン、と音を立てて何かが剣を弾く。


 一息間を置いてから再び何かを察する。二回目にしてその存在の意味に気づく。


 殺意。


 ただ、殺意だけが研ぎ澄まされ向けられた感覚。

 すぐに耳が情報を拾い始めた。


「ちょっと! 大丈夫!? アンタ、今見えてるの!?」


 ホノカの声です。

 何が起こっているのか分からないままに、暗黒のこの世界が先ほどまでと同じ世界であるという事実を確認する。


「……いいえ、残念ながら、何も……これは、何を……」


「アンタ、目の前でフラッシュ使われたのよ!」


「ふらっしゅ……何のことでしょうか?」


「ああ、伝わんないのか! えっと、要するに、強い光を発するもので目を焼かれたってこと!」


「目を――――」


 その意味を嚥下するよりも先に、また真っ暗な世界でうごめく殺意を感じ取り、直感にしたがって剣を振るった。今度は絶え間なく攻撃が続き、そのどれもを尽く切り払う。

 やがて攻撃が止み、苛立ち前の声が鼓膜を叩いた。


「どうして……どう、して!! どうしてどうしてどうして!! どうして見えているんですかぁあああ!? おかしい、おかしいですよね、おかしいだロォ!?」


 裏返るような金切り声で叫ぶ声。ベーティアの物で間違いないはずだ。


「ええ、見えていませんわ」


「なら、どうして!!!」


「……なんとなく、動きを感じるのと……そうですわね、後は勘ですわ」


「ふざけるなぁぁぁぁァァァァ!!」


 ダン、と地を蹴る音が聞こえた。


 何故だろうか。先ほどまでよりも感覚が研ぎ澄まされている。

 視界を失ったという圧倒的不利の中で、何故か鋭敏な感覚がどう剣を振ればいいかを伝えてくれる。


「死ね死ね死ね死ね死ね死ねシねしねしねしねしねしね!!」


 呪詛にも近しい怨嗟の雄たけびが鼓膜を叩くも、同時に叩きつけられる殺意をただ直感のみで回避する。


「危ないッ!」


 かすかに何かが空を切る音、弓を射る音、金属音が連続して聞こえた。

 ベーティアが投擲した何かを、ホノカが打ち落としてくれたのでしょう。


「っ――――」


 左肩と右太ももに鋭い痛みが走る。何かが突き刺さったような異物感が残り、痛みと熱がじわじわと存在を主張する。

 ベーティアの呼吸を目の前に感じる。


「いひっ」


 ベーティアのかすかな哄笑。そのまま、ワタクシはいつも通り剣を振るった。


「ぁが?」


 何かを切る手ごたえと、裁断音。そして珍妙な声が聞こえ、何か重いものが落ちる音が聞こえた。

 もう殺意も、邪悪な気配も感じない。

 倒れ伏しているだろう敵の顔を、見たいとも思わない。


「……ありがとうございました」


 思わず礼を言う。

 アナタを見て気づけました。


「ワタクシの目指す強さは、そこにはありませんでしたわ」


 自分の求めているものの答えに一歩近づいた気がした。


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