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105、六将軍撃退戦【龍ヶ城視点】

「くっ、このッ!」


 洗練を重ねた一太刀をアルフォードに届かせようとするが、いつも寸でのところで防がれる。そのままアルフォードからの反撃を紙一重で避け、また状況は振り出しに戻る。

 これが先ほどから何度も繰り返されている。


 巧い。というのがこのアルフォードという剣士に対して下す、正直な感想だった。


「いいね、いいね。俺と剣で渡り合える人なんて、中々いないから。君はとてもいい人間だ」


「魔族に僕の評価を語られる云われは無いッ!」


 怒気を孕んだ声で勢いを纏い、鋭い一閃を突き立てる。

 ギィン、と思い金属音が響いて剣は止まった。

 胸中に渦巻く様々な感情。魔族を倒さなければならないという正義感。目の前に立つ強者に対するいくばくかの恐怖。そして、何より、友を殺されたことへの怒り。


「――――悪いが、1対1ではないんでな」


 アルフォードの背後から、剛毅が低い姿勢で迫る。そのまま拳を振りぬき、敵を砕こうとするも、アルフォードは剣に体重を預けるように体をずらして避けてしまう。


 けれど、畳み掛ける。


「……」


 氷魚さんがその細い直剣を音も無く刺突した。

 彼女の型は独特だ。まるで流れる水のように留めどころがなく、雫のように敵を打つ。


「っ!」


 アルフォードがさらに無理な姿勢で避けようとしてバランスを崩す。


 好機――――


「なんてね」


 小さな呟きが聞こえたときには、僕は蹴り飛ばされていた。空中で何とか姿勢を御し、大地を削りながら勢いを殺す。

 直感で何とか防いだものの、重い一撃を喰らった左腕は痛みを主張している。


「大丈夫か、輝政!」


「ああ、こっちは問題ない! それより、来るぞ、剛毅!」


 剛毅めがけてアルフォードが大剣を振り下ろす。一発、二発、三発と、重く研ぎ澄まされた剣撃が剛毅を砕かんとする。剛毅は低い姿勢のまま回避に努め、攻撃をいなす。


「いや、驚いた本当に強いな」


 あくまで軽口を叩くアルフォードに、一瞬で距離を詰め、対応しづらいであろう角度から切りかかった。


「っと!」


 僕の剣は彼の皮膚を薄く裂くに留まり、そのままアルフォードは跳躍して距離をとってしまう。


 強い……これまで戦ったどんな敵よりも。


 この数ヶ月、リア王女陛下と毎日のように剣の打ち合いをしてきた。ダンジョン探索もし、実戦も積んできた。確実に自らの実力の向上を確信していたし、次に魔族と戦えば負けないと自負していた。

 けれど、目の前の敵は僕たちの努力をさらに上回るほど強い。

 この強さでありながら、六将軍ですら無いのだ。

 そのことにわずかな恐怖を覚え、慌てて頭を振った。


「……俺はね、本当なら六将軍になれてもおかしくなかったんだ」


 突然アルフォードが話をはじめる。まるで自分の心を読んだかのようなタイミングにどきりとするも、そんなことは気付いていない様子で続けた。


「でも、なれなかった。天才が、いたんだよ」


 アルフォードは無表情のまま話し続ける。意図が分からないまま、僕らは聞き続けるしかなかった。


「天才、という表現すらおこがましい。剣に愛された男……いや、剣そのものと言っても過言じゃない男がね。僕はその男に負けたんだ。そして六将軍にはなれかなかった」


 アルフォードは一瞬だけ顔を歪めたが、すぐに元に戻した。


「……そして、今はこうしてガリバルディさんの下で戦っている。強者と、戦うためにね」


 何かつっかえるような物言いに、僕は返答をするか迷う。


「――――だから、君らを見ていると腹が立って仕方が無い」


 突然の言葉に虚をつかれる。先ほどまでの無表情が嘘であったかのように表情は憤怒一色になり、声色が冷たくけれども熱を持つ。


「才能がありながら何故手を抜く? 俺を殺す気が無いだろ、君ら」


「それは……」


 アルフォードの指摘に図星を指され、思わず言葉を濁した。

 そんな僕の態度を見て、さらにアルフォードは苛立ちを募らせた。


「君らのように才能に溢れながら、何故本気で戦おうとしない。いいか、それは冒涜だ。戦う者への、血のにじむ努力をしてきた者を踏みにじる行為だ」


 それは甘く考えてしまっていた自分自身への叱咤のように聞こえる。

 この異世界に来て数ヶ月。誰も殺すことなくこれまでやってきた。どこかで、これからも誰も殺さないで済むと思っていたのかもしれない。それで、やっていけると。


「殺せ。生きたければ殺せ。守りたければ殺せ。逃げないのであれば殺せ」


 呪いにも祈りにも聞こえるアルフォードの声は、どこか寂しく、けれども輝かしいと思った。


「ああ、そうか。君らの友達をもっと殺せば、君らも俺を殺す気になってくれるか」


 そういうとアルフォードは目を細め、僕たちの後ろに控えている後方支援の勇者たちに、値踏みをするような視線を向けた。

 カッ、と頭の奥が熱くなるような感覚を覚え、僕は目の前の魔族の男を睨みつけた。


「いい顔だ。そうだ、それでいい」


 満足げな男の表情に奥歯を噛みしめ、瞑目する。

 覚悟を決める。


 ああ、そうだ。


 このままじゃ、ダメなんだ。


 こちらの世界に来て多くの仲間を失った。

 僕がこのままでは、もっと多くのものを失ってしまう。


 誰よりも強く。


 誰よりも賢く。


 誰よりも完璧であってこそ。


 僕は僕であれる。


 否、僕は僕でなければならない。


「……みんな、覚悟を決めるときだ」


「輝政」


「彼は強敵だ。生かしたまま倒そう、なんて考えをしていたら及ばない」


「だから、」


 その言葉を吐くのに未だに抵抗はある。

 けれど、覚悟は決まった。


「――――殺す気で戦おう。そして、理想を勝ち取ろう」


 理想を追い求め、勝利する。

 それが僕の在り方だ。


「覚悟は、決まったようだな」


「ああ……悪いけど、ここからはあなたの命を貰い受けるつもりで戦わせてもらうよ」


 剣を構え、一瞬だけ瞑目する。


 ふっ、と小さく息を吐いて跳躍、一歩で距離を詰めて牙突を放つ。

 当然のようにいなされるが、反動で一瞬だけ隙ができる。


「おいおい、さっきと動きが段違い――――ッ!?」


 その隙間に氷魚さんがレイピアを差し込む。

 何度も試した連携だ。

 アルフォードは超人的な身のこなしでレイピアを避けると、そのまま大剣を横なぎに振りぬいた。

 防御はまずいと直感で感じて剣の腹上を滑るようにして横薙ぎを避けるが、氷魚さんはレイピアで防御してしまう。そのまま彼女は受けきれずに後方に吹き飛んで行った。


 叫びたくなる衝動を抑え、不安定な体勢のまま剣を振るう。

 だが既にアルフォードは次の動きに入っていた。上体を強引に後ろにそらし、僕の剣を避ける。


「今だ、剛毅ッ!」


 声をかけるまでもなくアルフォードに肉薄していた剛毅が、アルフォードの背後から低い姿勢からアッパーを繰り出す。


「連携は上々だけ、ど!?」


 アルフォードが剛毅の攻撃を避けようとした瞬間目掛けて僕もさらに距離を詰めた。よもや、あの無理な体勢から僕が攻撃に転じるとは思わなかったのだろう。双方向からの挟撃に一瞬だけアルフォードが対応に迷う。


 確実にこちらの攻撃が入る隙が出来たと、そう確信した。


 だが、


「甘いね」


 アルフォードが剣を持っていない手で剛毅の攻撃をいなしながら地を蹴り、上空に跳ぶ。僕と剛毅の攻撃は見事に空を打った。そのまま僕と剛毅は衝突しそうになる。


 一瞬の視線の交錯で十分だった。


「頼んだ、剛毅」


「ああ、お前を届けよう――――ぬぅっ!」


 剛毅の組まれた掌に乗り、そのまま剛毅は僕をアルフォード目掛けて放り投げた。僕は弾丸のように射出され、風を切る。


「っ!?」


 空中でバランスをとろうとしているアルフォードが驚愕に目を見開く。身動きのとれないはずの空中にいるにも関わらず、一瞬のうちに彼は剣を振りぬいた。

 剣は重力に法り、重力に逆らう僕目掛けて振り下ろされる。


 このままでは僕は真っ二つにされてしまうだろう。


「……すまないけれど」


 ここにはいない一人の仲間に向けて呟く。彼は今、六将軍を一人で引き受けてくれている。


 この前までは、空を飛ぶというのは、十一君の専売特許だった。


 だから、少しだけ申し訳なくも思う。


 僕は、空を蹴り、軌道をずらす。


「――――僕も、空を跳べるんだ」


 迷い無い一閃でアルフォードの胸に剣を突き立てる。剣は胸に深く突き刺さり、アルフォードが血反吐を吐いた。


 アルフォードが剣を持っていない方の手で僕の剣を握り、引き抜こうとするが当然空中で力を出せるはずも無い。否、出せたとしても、僕のこの覚悟を曲げることはできない。

 そのままアルフォードの腕を掴み、直剣ごと引き抜いた。


「がぁっ!?」


 血しぶきが頬に飛び、服を赤色に染める。


 アルフォードを下敷きにするようにして地面に落下する。

 当然アルフォードは受身もとれず背中から地面に打ち付けられた。

 アルフォードの手から剣が取りこぼされて、がん、と重い音を鳴らす。それが、終了のゴングを告げる鐘に聞こえた。


「……やれば、できるじゃないか」


 魔族の男は、それきり二度と口を開くことはなかった。


輝政君は、空を飛ぶ十一君を見て空を飛べるように練習したら飛べるようになりました。

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