103、勇者vs六将軍
対六将軍戦その2
「三人……ホントに間違い、無いのか?」
「ちょ、といっち酷くない? さすがのおれも、一桁の数を数え間違えるほど馬鹿じゃないんだけど? それにさっき帰ってきた斥候部隊だって同じこと言ってたっしょ」
抗議する狩野に「悪い」と謝りながらも、目の前の平原を睨みつける。
狩野が偵察から帰ってきて一晩が明けた。つい先ほど狩野とは別の斥候部隊が帰還し、こちらに悠然と歩いてくる六将軍とその仲間と思しき3人組を発見したとの一報が入った。
このままのペースであれば、数時間以内にはリスチェリカに到着するとのことだ。
狩野、そして斥候部隊からもたらされた情報はオレらの想像を裏切るものだった。
敵の数はガリバルディを含めて三人。たった、三人だ。
軍、と呼ぶようなものですらない。小規模、というから百人程度を予想していた。だが、実際は小隊以下の人数だ。
迎え撃つこちらは相当の数がいる。
勇者数十人をはじめ、近衛兵1000人前後、冒険者数百人。計1500人強といったところか。
「高々三人相手に」と思うかもしれないが、オレはこれだけの数がいてなお不安を拭いきれない。それだけ敵の底が知れなさ過ぎる。
「作戦の肝は変わらない。筆頭勇者をガリバルディにぶつけて、他の面々で魔族と戦う。……筆頭勇者以外の勇者は戦えるんだよな……?」
最後の最後になって、龍ヶ城に問う。
筆頭勇者たちの戦力はそれなりに分かるが、他の残り数十名の実力については何とも言えない。旅に出ていたオレには、彼らの成長など知る由も無いのだから。
「彼らとてここ数ヶ月、何もせずに過ごしてきたわけではない。私は彼らを信頼している」
ブラント団長がオレの不安に応える。
後ろで緊張した面持ちで控えている勇者諸君を見ながらも、ブラント団長の言葉を信じるしかないので、オレは意識を切り替えることにした。
「ま、皆さんオレよりステータス優秀なんで大丈夫か」
最初にステータスチェックをした際に、全員が全員オレよりも遥かにステータスが高かったことを思い出して気楽に構える。オレでさえ、六将軍と戦えるレベルになっているんだ。他の面々はそのレベルどころか、もっと上に行っていてもおかしくは無い。
というか、むしろこの場に引っ張りだされた冒険者や騎士たちは大丈夫なのだろうか……なんか、冒険者の中にめっちゃ鎧着込んでる人とかいるし……それ重くない?
「来たぞッ!」
そんなことを考えていると、地平線に小さな黒い影が三つ、見える。否、小さいと呼ぶのは語弊があるかもしれない。
真ん中の影。それだけが明らかに大きく、異様な存在感を放っていた。まるで岩がこちらに動いてくるかのような錯覚を覚え、頭を振ってそのイメージを追い出した。
影は徐々に、徐々に大きくなっていく。
遠くからでも感じられた威容は、輪郭を定かにしてなお衰えることを知らない。
「全員、構えろ」
ブラント団長の声を受け、全員が臨戦態勢をとる。
影の輪郭がはっきりしてきたところで、オレは魔力を練る。
「『領識』」
『領識』。場に魔力を満たし情報を読み取る魔法だ。
フォンズたちとの訓練を思い出す。
「――――『領識』は簡単だ。空間に自らの魔力を浸透させて、物の存在や動きを魔力によって知覚する」
フォンズとアルティに向けて、自分が習得するべき魔法の説明を行う。
オレの弱点の一つ、知覚能力の低さ。
遠方の敵や、俊敏な敵、また死角からの攻撃などを察知する能力が無いため、それをされるだけで反撃ができずに詰む。『領識』なら理論上は死角を補い、遠方の像を得ることも可能なはずだ。加えて、魔力による伝達であれば、視覚や聴覚に頼るよりも判断が早い。スキル『魔力感知』は脳との連結が非常にスムーズに行われているのか、その意味を獲得するまでのラグが少ない。これで、オレの反応速度の低さも多少は誤魔化せる。
「私も風魔法で似たことは出来るが……」
「風なら空気が無くちゃ出来ないだろ? これは、魔素がある空間ならどこでも出来る」
この世界で魔素が無い空間というものは聞いたことが無い。それこそ人為的に作り出してやらなければ存在しないはずだ。
「なるほどな。それであれば私のように地形に左右されることも無いわけか」
「ってか、お前さらっとそんな魔法使えるのか……」
「まあ、な」
若干自慢げなフォンズをアルティが揶揄するいつもの光景。
そんな回想もそこそこに、魔力は場に満ちていき、徐々に空間情報をオレに届け始めた。
味方たちの位置、挙動、そして敵三人の情報が魔力を通じて鮮明に脳内に入ってくる。歩いている奴らの姿を睨みつけて、ブラント団長に問うた。
「……ブラント団長、一発撃っても?」
「ああ、構わん」
「了解です。――――『炎陽』」
豪、と音を立てて青い炎が球体をとる。一瞬で5メートル半径ほどに膨張した炎の球をそのまま影めがけて放り投げた。
「なっ、これは……!!」
ブラント団長含め、勇者や騎士たちが魔法の火力にざわつく。
影は炎球を避けることなく、そのまま炎に呑まれた。常識的な存在であれば、有機物無機物問わず一瞬で蒸発する温度だろう。
火柱が立ち上り、草原を一瞬で焦土に変える。
だが、立ち上る煙と熱量から、黒い影が三つ、悠然と歩きながら出現する。
落胆の息は漏れない。
「ま、やっぱりダメですよね」
諦めにも近いオレの声は、百メートル近く先の影からの爆音にかき消された。
「ガハハハハハ!」
音による衝撃。それがおよそ人の声であると気付くのに、時間がかかってしまった。
「随分と熱い歓迎をしてくれたようだな!!!! だが、まだ温い!! もっと、もっとだ!!! ワシを焦がしたいのであれば、空に昇る天道でも持って来ぬか!!!!!」
大地を割るような声が、ビリビリと肌をひりつかせる。その言葉だけで、分かる。その声を発する巨魁こそが、
「ガリバルディ・ソリッド……!」
巨体。巨人。そんな言葉が脳裏を過ぎる。
オレの知る世界において近似するのであればゴリラ……では小さすぎる。キングコング、青色のキングコングだろうか。フィクションから這い出た怪獣のようだ。
「総員、かかれッ!!」
ブラント団長の掛け声とともに、魔法隊以外の全員が突撃をする。勇者たちを先陣に、冒険者、近衛兵たちが雄たけびを上げ、ガリバルディたちに向かっていく。
それを見たガリバルディは嬉しそうに口の端をにんまりと吊り上げた。
「おうおう!! 盛んな歓迎、感謝しよう!!! 我が名は、ガルバルディ・ソリッド!! 強者を求める戦士なり!!! 訳あって、王都とやらを滅ぼしに来たが、今となってはどうでもよい!! さあ、誰からでもかかって来るがよい!!!」
「いや、一応任務は達成しないと後で魔王様にどやされますよ……」
「あらあらぁ、いいじゃないですかぁ、いつも通りでぇ……ふふ」
ガリバルディに緊張の欠片も無い様子で苦言を呈する脇の二人。見れば一人は長身の男性。背中に長く刃幅の広い剣を背負っている。もう一人はローブ姿の女性だ。柔らかそうな物腰で、お世辞にも機敏な動きができそうには見えない。見えないが、この状況であそこまで緊張感が無いのは異常者の類であるからに他ならない。
「ガリバルディさん、とりあえず俺からいっていいですか?」
「いやだ!! ワシが、強いやつと戦うのだ!! アルフォード! お前は後ろの弱そうな人間たちの相手をしていろ!!」
「えー! じゃあ、俺たち何のためについてきたのか分からないじゃないですか!!」
「あらあら、私は誰でも構いませんよ? うふふ」
世間話に花を咲かせる三人に、誰よりも速く筆頭勇者、龍ヶ城が飛び込む。
「悪いが、僕たちはこの街を守らなくちゃならない。ここで切り伏せさてもらうよ!!」
龍ヶ城の鋭い一閃がガリバルディを狙う。その一振りはどこまでも洗練され、軽く見える。だが、もたらす結果は果てしなく重い。
ギィン、という甲高くも重い金属音が響く。
「何をしておるアルフォード、この程度の剣撃からワシを庇うこともあるまい」
「何を仰っているのやら。俺はあくまでこの青年と切り結びたいだけですよッ!」
大剣を抜いた魔族の男――――アルフォードがそのまま龍ヶ城を剣ごと弾き飛ばした。
「ッ……!!」
即座に熊野と剣士である氷魚がカバーに入る。だが、その攻撃もものともせずアルフォードは全て手に持った大剣で受け持った。
「お元気ですねぇ……もう、アルフォードばっかり……ず・る・い」
ベーティア、と呼ばれていた女性がローブからナイフを取り出し、その見た目からは想像できない俊敏な動きで二人の首にそのナイフを突き立てようとする。
だが、すんでのところでベーティアのナイフを、飛んできた矢が吹き飛ばした。
「あら、あら、あらあら? 一体なんですか、一体一体一体……あら、あら、あら……折角、せっかく、いいところだったのにぃい!!!」
目を剥いて金切り声を上げるベーティアを、弓士、十六夜穂華が不適に笑った。
「私の大切な仲間たちには簡単には触れさせないから」
「ひ、ひひひ!! あぁ、あぁ、あぁあ! なんと殺しがいがあり、そうな!! 殺します、えぇ、殺しましょう、殺したい、殺すべきだ!! コロす、コロす、コロす……!!!」
ようやく追いついた騎士たちがベーティアを止めようと迫る。
だが、決定的に遅い。
ベーティアに肉薄した瞬間、騎士たちの首から血が噴出した。
「なっ……!」
他の騎士たちに動揺が走る。彼らの目には、敵に近づいた仲間が急に首から血を流して倒れ伏したようにしか見えなかっただろう。
だが、『領識』で見ていたオレは違う。
「今の一瞬で、あの人数の首をかき切ったのか!?」
彼女の手に握られたナイフは、宙に真っ赤な血の軌跡を描いている。
ダメだ、あいつはやばい。冒険者や騎士たちの相手になるような――――――
「じゃーま?」
ベーティアが少女のような声を上げながら近づく冒険者や騎士たちを片っ端から殺していく。彼女の手際に思わず震える。彼女の振るう全ての攻撃が確実に人の急所を抉り、絶命へと至らしめている。
一撃必殺。
妖艶な笑みを浮かべた女は、血まみれになりながらケタケタと笑っている。
「ひ、ひぃ……」
まず冒険者たちの心が折れた。
蜘蛛の子を散らすようにして逃げる冒険者たちに、ベーティアは先ほどまでとは一転したつまらなさそうな目を向けた。
「逃・が・し・ま・せ・ん・よ」
ローブの中から取り出したナイフを投擲する。
その一投は確実に逃亡者の首へと迫り、数瞬の後に新たな死をもたらす、はずだった。
「!?」
再びナイフを弾く音。
見れば十六夜が次の矢を番えている。
「あら、あら、あらあらあらあらあらあらあああ!」
ダン、と地を蹴ったベーティアが地を詰めるようにして十六夜に肉薄する。
その動きは既に人の域を超えている。やはり狂人。やはり剛人。人ならざるものだ。
「くっ!」
十六夜が急いで距離をとろうとするも、ベーティアの方が遥かに速い。すぐに距離は縮まる。
「させるか!! 十六夜さんを守れ!!」
追いついた他の勇者たちが十六夜を庇うように前に出る。
「あら、なんて勇敢……か・し・ら!」
ベーティアは走るスピードを落とすことなく、ローブから何かを取り出す。それがチェーンだと気づいたときには、既に遅かった。
「おい、避けろッ!!」
オレの叫びも虚しく、一瞬のうちに勇者の首にチェーンが巻かれる。曲芸を見ているような繊細さ、手際の鮮やかさだが感嘆の息を漏らしている場合ではない。
勇者たちが何をされたか分からずに首元に手を当てた。
まずいまずいまずい。
「鎖を千切れッ!!!」
オレの叫びも虚しく、
「でも、残念。勇敢なだけでは、足りませんでしたぁ……」
ベーティアがチェーンを引っ張ると、ゴキッといういやな音が鼓膜を叩いた。
そのまま声を上げるでもなく三人の勇者が地に倒れこむ。
「いや、いやぁ!!」
茅場愛衣が急いで駆け寄ろうとするのを制止する。
「何で止めるの!?」
「ダメだ、もう死んでる!! 今行ったら殺されるぞ!? 貴重な回復役のお前が死んだら状況は絶望的になるッ!!」
既に目じりに涙を溜めている茅場を嗜める。
いや、もしかしたら状況は既に絶望的かもしれない。冒険者は20人近く殺され、残りの冒険者も戦意喪失か逃走を行っており、未だに戦える数はほんの一握り。騎士たちは流石にまだ戦意を失ってはいないが、目の前で勇者が即殺されたことで思考が麻痺している。
ベーティアは自らが手にかけた者たちの姿を見ることすらせずに、再び十六夜に迫っている。
十六夜の元にいるのは、数名の勇者たちと冒険者、そして凛だけだ。くそっ、後衛部隊を複数個所に分けたのが裏目に出た!
「龍ヶ城ッ! 戻れ!! こっちが流石に手薄すぎるッ!」
剣士アルフォードに筆頭勇者の前衛が全員かかりきりの状況に対して、打開を試みる。
だが、
「余所見はしてくれるなよッ!」
「ぐっ!!」
アルフォードがそれを許すべくも無い。
筆頭勇者複数人でアルフォードを囲っているにも関わらず、状況は拮抗。龍ヶ城が逃げ出す隙が無い。特にアルフォードは龍ヶ城を執拗に狙い、意地でも逃がすまいとしている。
まずいまずいまずい……取り巻き二人が予想より強すぎる……! 騎士どころか、並みの勇者ですら対応できてねぇ……!
しかもまだガリバルディは何もしていないのだ。そんな状況でオレは安易に動けない。
どうすりゃいいんだこれ……!
「――――死、ん、で?」
ベーティアがぞっとするようなささやきを漏らし、十六夜に歪んだナイフで飛び掛る。十六夜の後ろには数名の勇者がおり、十六夜が避ければ彼らに襲い掛かるだろう。
「っ……!」
十六夜が弓を番え、放つ。その挙措は一瞬。目に留まりすらしない。
だが、
「いひっ」
ベーティアは空中でありえない角度に体をよじり、矢は空を切った。
「穂華!!」
龍ヶ城の叫びに呼応するように、ナイフが妖しく光った。必殺の一衝きが、十六夜のクビを迷わず狙う。
「ダメ、間に合わない――――」
凛の悲鳴と、ナイフのきらめきが同時に脳に流れ込んでくる。
死んだ、と誰もが確信した。
「――――ワタクシも、混ぜてくださいな」
再び甲高い金属音が響き、ベーティアの手の中のナイフが吹き飛んだ。
ベーティアが初めてその余裕そうな表情を驚きにゆがめ、飛びのく。
ただしそのナイフを吹き飛ばしたのは十六夜の矢ではない。全く違う銀の閃きがナイフを吹き飛ばしたのだ。
十六夜を守るように立つのは、金髪の女性。煌く髪をたなびかせ、白銀に輝く剣を振るう。
その凛とした立ち居姿は良く知るものだ。
「――――リア!!? お前、何でここに!?」
オレの驚きの声にリアは、ふん、と鼻を鳴らした。
「仇敵であるアナタに話すことではありませんわ」
つんとした態度でそっぽを向くリア。
いや、確かにそれはそうだが、何でこいつはそんな拗ねてんだ!
「リア王女、危険です!」
ブラント団長の懇願にも近い忠告にリア王女は振り返りもせず言った。
「自らの力を試すこんなにも良い機会はありませんわ。この女はワタクシに任せてくださいませ。こういうの、何て言うのでしたかしら……ああ、そうそう。剣の錆びにしてくれる、でよろしくて?」
「ひ、ひひっ……」
ベーティアが引きつった笑みを浮かべ、血走った目を向けた。
「リア、お前戦えるのか」
「アナタに答える義理はありませんが……アナタに置いていかれたこの数ヶ月。ワタクシとて何もしてこなかったわけではありません」
つらつらと棘を交えつつ語る。
だが、最後にどこまでも自信ありげな笑みを浮かべた。
「それをこれから証明してさしあげましょう」
「あはぁ……なんですかぁ……もぉ、もぉ、もぉ……ええ、コロせばよいのですね?」
ベーティアがだらんと腕をだらしなくたらして笑う。
気味が悪いことこの上ない異常者だ。
「……王女様に頼るのは癪だけれど、前衛は任せるわ」
「ええ、ホノカ。背中は任せましょう」
十六夜とリアの間で一瞬だけやりとりが交わされ、すぐに二人は目の前の敵に集中する。
そこで今まで沈黙していたガリバルディが吼える。
「ずるいぞ、貴様ら!!! 自分らだけ先に楽しみおって!!! ワシにも譲らんか!!!」
子供のように駄々をこねる巨人に、不気味さすら覚える。
「まあまあ、ここはいつも通り」
「えぇ、えぇ、えぇ……」
アルフォードとベーティアが笑う。
ガリバルディもそれに続いた。
「「「早い者勝ちで」」」
まるで狩りを競争するかのように示し合わせた三人が再び勇者たちに襲い掛かる。
オレらは獲物かよ……!
「む、無理だ!」
勇者の一人が叫ぶ。
「お、俺はまだ死にたくない!!」
他の勇者が恐怖に声を震わせながら叫んだ。
「そ、そうよ! なんで、私たちが戦わなくちゃいけないの!?」
恐怖が、伝播していく。
戦意が、凋んでいく。
「お前らなぁ!」
戦意を喪失した勇者たちにオレは怒りをぶちまけそうになるが、ぐっとこらえて叫んだ。
「ああっ、くそがっ! 全員聞け!! 作戦変更だ!! 男の魔族は龍ヶ城含め筆頭勇者が、女の魔族はリアと十六夜、そして残った後衛部隊で処理しろ!! 冒険者、近衛騎士、戦意の無い勇者は後方待機!! ぶっちゃけ邪魔だ!!」
「っ……ユートの指示に従え! 勇者を残して我々は一旦退避し、支援に徹する!! 負傷者の運搬などに専心しろッ!!」
ブラント団長が矜持を捨て、支援に回ることを宣言する。
ありがたい。本当に、ありがたい。
「十一君、君は!?」
龍ヶ城がアルフォードを蹴り飛ばしてできた隙で問うてくる。
「決まってんだろ……!」
正直、彼らと一緒に逃げたいことこの上ないが、目の前の状況を見てそうも言ってはいられない。
「何だ、逃げるのか? つまらんのう……」
「……安心しろ、オレは残ってやるから」
苦虫を噛み潰したような顔でガリバルディに話しかける。
正面にガリバルディを見据えて、オレは不敵に笑う。自らを鼓舞するために。相手をひきつけるために。
「むぅ、しかし貴様は他の勇者どもに比べいかにも軟弱だが……戦えるのか?」
「その答えは今から体で知ってもらう。――――『見得ざる御手』!!」
魔力を練って作った腕で、ガリバルディの顔面を思いっきり殴り飛ばす。
「吹ッ飛べ!!」
爆発に近い轟音を上げて、ガリバルディが地上を這うように飛んでいく。巨岩にも近しい肉体が、軽く数十メートルは飛んだところで、大地を穿って静止した。
「うお!! すごいな! ガリバルディさんが吹き飛ばされるなんて、初めて見たかもしれない!」
アルフォードの驚きが遠くから微かに聞こえるが、硝煙の中で動く巨体に意識がとられそれどころではない。
「……おおお!! まさか、ワシを吹き飛ばす人間がいるとはなぁ!! いや、天晴れ!! 舐めてかかっていたワシを許して欲しい!! 人間、名を何と言う!!!?」
ノーダメージかよ。
「十一優斗だ。覚えられるか? 脳筋」
「良い。良い。非常に素晴らしいぞ!! トイチユート!! 貴様を認めよう!! そして、全霊を以って貴様を破壊することをここに誓おう――――!!!!」
先ほどよりもさらに大きな声、爆音で恐怖の宣言を叫ぶ。それはもはや声などという生ぬるいものではない。
咆哮。
強者のみが許される、大地を揺さぶる雄たけび。
だからオレもそれに負けないほど大きな声で叫んだ。
「龍ヶ城、リア! 頼むから早くそいつら倒してオレのこと助けに来い!! こんな奴、オレ一人で戦うの絶対無理だから!!」
オレの情けない叫び声を以ってして、ようやく勇者対六将軍の戦いが始まる。




