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102、抜かりない準備の穴


「では、これより四日後の六将軍襲来の対策会議を始める」


 ブラント団長の掛け声でそれまで雑談をしていた面々が一気に顔を引き締める。

 その顔ぶれにはブラント団長を含む騎士団員数名、国の重鎮と思しき数名、リスチェリカ一の商会であるバーミリオン商会の代表たち、冒険者ギルドの幹部たち、そして筆頭勇者たちがいた。

 けして広くは無い会議室に、中央のテーブルを囲んで二十人近い要人が集う光景は中々に圧巻と言えるだろう。


「本日お集まり頂いたのは他でもない。四日後に襲来する六将軍、ガリバルディ・ソリッドからリスチェリカを守るために皆さんの力をお借りしたい」


 ブラント団長が今日の議題を明確にする。

 静まり返っていた場がややざわめき出すのを、ブラント団長はその威圧感だけで鎮めた。


「まずは、六章軍について、ユート。説明を頼めるか?」


「ええ、分かりました」


 皆の視線がこちらに向き、オレの言葉を待つ。

 だが、国の重鎮たちはひそひそとオレの方を見て何かをささやきあっている。大方、勇者としての職務を全うしていないオレの陰口でも叩いているのだろう。


「紹介いただきました十一優斗です。さる信頼筋から、四日後に魔族軍の筆頭である六将軍ガリバルディ・ソリッドがこの街を襲撃するとの情報を得ました」


「さる信頼筋とは?」


 国の大臣の一人と思しき男性に問われる。


 まあ、突っ込まれるよな、そりゃ。


「情報提供者の立場もあるため詳細は言えませんが、魔族につながりのある人物、と理解していただいて構いません」


「……なるほど、続けて」


 それ以上の追及が無かったことに、ほっと胸を撫で下ろしながらも続ける。もしかしたら、予めブラント団長からの根回しがあったのかもしれない。場合によってはオレ自身が魔族と契約した裏切り者として追及されてもおかしくはなかった。それを回避できただけでも、会議の滑り出しは上々と言える。


「襲来するガリバルディ・ソリッドは巷では『剛王』と呼ばれ、曰く最強の生物、曰く山のような巨魁……と言われています」


「最強の生物とな」


 大臣の一人が笑うようにして呟く。


「情報提供者はオレと同じ程度の実力を持つ人物ですが、その彼を以ってして『ガリバルディとは戦いたくない』と言わせしめるほどです。ことの重大さを間違えないでください」


 オレの釘刺しに大臣が苦虫を噛み潰すような顔をして咳払いをした。

 他の聴衆は興味津々といった様子でこちらの続きを待っている。恐らくまだ耳に入ってきた情報の重大さを受け止めきれていないのだろう。他人事ではないはずなのだが。


「ガリバルディの強さを構成する要素は三つです。一つ、並大抵の攻撃では傷つかない金剛のような体。一つ、数階建ての建築物を楽々と投げ飛ばす埒外な膂力。一つ、傷を負っても即死でなければすぐに復活する再生能力」


 オレが指を折る度に絶望が伝播していくのが分かる。先ほどまで興味深そうに聴いていた面々の余裕が無くなってくる。

 その絶望はオレも通った道だし、何なら絶賛現在進行形で感じている。

 不安げなざわめきと呟きが右から左へと流れていく。だが、オレはさらに情報を伝える。


「性格は戦闘狂そのもの。戦いを好み、強者に戦いを吹っかけては暴れているようです」


「むう……」


 ついにブラント団長の口からうなり声が漏れる。

 動揺が広がり、大臣たちや商人からざわざわと不安な声が聞こえ始める。


「……倒せるのか?」


 龍ヶ城が問う。誰もが思いながら問えなかったことを、確かな声で問うた。

 オレの誇大表現とも取られかねない言葉に疑問を投げかけるでもなく、ただ現実を見据えてその問いを投げられるのは、龍ヶ城が本当に強い証だろう。


「……分からない、というのが正直なオレの感想だ」


「そうか……」


「参考までに聞かせてくれ。お前ら筆頭勇者の中で一番強いのは誰だ?」


「……それは……」


 龍ヶ城が口ごもる。


「みんなそれぞれ得手が違うからね……偏に誰が強いかというのは――――」


「輝政だ」


 龍ヶ城の言葉を遮るようにして、熊野が漏らした。けして大きくは無いが低く、芯の通った声は龍ヶ城の声を抑え、場にいる全員に届いた。


「剛毅……! それは、」


「お前だって分かっているだろう? いいか、輝政。おれたち筆頭勇者は確かに、全員他の勇者たちよりも強い。だがな、輝政。お前だけは別格なんだ。頭一つどころじゃない。二つも三つも抜きん出てるんだよ」


 熊野が龍ヶ城の反論を許さないように続けた。

 その声は淡々としていたが、その底には様々な感情がせめぎあっているのが窺える。


「……さて、そんな龍ヶ城に質問だ。お前、数日前にアルティと戦ったとき、どう思った? 戦えると思ったか?」


「…………どう、だろうね。未知数なところはあったし、油断していたのもある……」


 龍ヶ城は不意の一撃を食らったことを思い出したのか、表情にやや悔いを浮かべた。


「けれど、次は負けない」


「それは意思か? 確信か?」


 龍ヶ城が目に強い意志を宿し、前を向いて言った。


「……どちらもだよ」


 龍ヶ城の言葉を聞いてニヤリと口の端を歪める。


「なら、さっきの質問に答えよう」


 場の全員に聞こえるよう、はっきりと言う。


「勝てる。オレたちは六将軍に勝てる。いや、勝たなければならない」


 ブラント団長がはっとした様子でオレの方を見た。

 どうやらブラント団長は気づいたらしい。見ればバーミリオン商会の中央にいる人物も肩をすくめながら笑っている。


「だから、ここからは勝つために話し合いましょう。いいですね?」


 場に充満していた動揺や不安が消え去り、全員が再びこちらを見たのを確認する。

 これで何とか全員の士気の低下を抑えられただろう。


「話を続けます。ガリバルディは強力ですが、その軍勢は少数になると思われます」


「根拠は?」


「情報提供者によると、ガリバルディは大暴れするため、大軍を連れて行っても機能しないどころか、味方もろとも吹き飛ばしてしまうらしいです」


「…………」


 一同が微妙な表情を浮かべる。

 敵が少ないのは嬉しいが、そんな危ない奴と戦うのか……といったところだろう。


「逆に言えば、こちらが敵一人あたりに割ける人数が増えるわけです。どちらにしろガリバルディという強敵を倒さなければいけない以上、他に敵が少なくこちらが消耗しないのは喜ぶべきことでしょう」


 と付け加える。


「以上がオレがガリバルディについて持ちうる情報の全てです」


「……うむ。ありがとう、ユート」


 色々な意味の込められた感謝の言葉にオレは軽く目礼を返す。


「さて、今ユートの言ってくれたように我々は六将軍襲来という危機に瀕している。だが臆してはならない。我々は団結してこの有事にあたり、リスチェリカを守るのだ。では、ここから具体的な話に入っていく。まずはバーミリオン商会には物資の提供と、必要時の住民の避難に協力を仰ぎたい」


「ええ、勿論。既に各軍需物資、および避難経路、手段の確保等の準備は進めております。後ほど避難経路や具体的な物資量について詰めましょう」


 バーミリオン商会ズの真ん中にいた壮年の男性が淀みなく答える。話し方から理知的であることは一目瞭然。目の奥を覗き込もうとしても逆にこちらが覗き込まれるような深さがある。


「頼もしいな、マゼラン・バーミリオン」


 マゼラン・バーミリオン、とブラント団長が呼んだ男性は謙遜気味に頭を下げた。マゼラン・バーミリオン……ってことは、この人がシエルのお父さんか……!?


 オレの驚き混じりの視線に気づいたマゼランが、ニコリと微笑む。その笑顔に何か得体の知れない恐ろしさを感じながら、恐縮してオレも歪に笑みを返した。


「避難について不足する人員は冒険者ギルドからも提供して欲しい」


「是非に。やや不謹慎な話ではありますが、お国直々の仕事は割がいいので人員には困らないでしょう」


 そう答えたのは、エヴァン・ワイゲルト。リアヴェルト王国冒険者ギルド、リスチェリカ本部長だ。以前にお世話になったことがあり、顔なじみと言えなくもない。


「冒険者ギルドには街の防衛にも力を借りると思うのでよろしく頼む。人員の割り当てはお前に任せる。逐一報告だけはしてくれ」


「心得ました」


「さて、次に実際の陣形についてだが……」


 珍しくブラント団長がやや口ごもる。


「ガリバルディと戦うのは、僕たちに任せてください」


 龍ヶ城がブラント団長が躊躇ったであろう言葉を継ぐ。


「しかし、」


「分かっています。簡単に勝てる相手ではないでしょう。でも、僕たちがやらなくてはいけないんです。だから、みんなで戦います」


 龍ヶ城の強い一言に、十六夜や熊野たちが頷く。


「そうか……心強いな……」


 ブラント団長が感心のこもった呟きを漏らし、最大限の感謝を龍ヶ城たちに示した。


「もちろん、君も協力してくれるんだよね、十一君」


「……お断りだ、と言いたいところだが状況が状況だ。オレもこの街が陥落すると困る身だからな。出来る限りはさせてもらう」


 オレの言葉を聞いて龍ヶ城が安心したように頷いた。


「ただ、オレは魔導士だから前衛は張れない。後ろから魔法で援護する形になるけど構わないな」


 質問の形をとっているが、これは絶対条件だ。オレが前衛に出てもすることがない。


「ああ、勿論。君が背中を守ってくれるのは頼もしい」


「背中から刺されないことを祈っておいてくれ」


「……君の魔法を食らうのはあまり考えたくないな」


 龍ヶ城が最後にオレの魔法を見たのはリアとの決闘のときだが、あの時点で既にオレの魔法の異常さには気づいていただろう。


「出来る限り誤射が無い様に心がけるが、もし魔法が飛んできたら避けてくれ」


「分かった」


 無茶振りにも近い注文を、龍ヶ城は難なく受諾した。

 彼の表情を見ても冗談を言っているようには見えず、本気で実行するつもりだろう。


「とりえあえず、オレと筆頭勇者諸君で出向いてガリバルディを担当。他の勇者と近衛騎士、冒険者たちでガリバルディ以外の奴らを担当、ってのが無難な落としどころじゃないですかね」


「まさか、勇者を全員、戦いの最前線に行かせるのか?」


 大臣の一人が苦言を呈する。

 恐らく彼の考えでは、勇者の一部を城の防衛などに回したいのだろう。


「街中での戦闘は被害の拡大を招くし、出来るだけ広い場所で戦ったほうがいいはずです。それに、筆頭勇者に勝てない相手なら、この国にガリバルディを倒せる人材はいない。なら、初めから総力をぶつけるべきです。ですよね、ブラント団長」


「……ああ、そうだな。大臣、これは我が国の総力をかけて行うべきことです。少しでも手を抜けば我が国を破滅に導きかねません。ここは英断を」


 ブラント団長の後押しを受け、渋っていた大臣が後ろに控えている他の大臣に相談を始めた。


「私は賛成です」


 一人の大臣がすぐにそう決断を下す。


「ネッケル補佐官……! しかしながら、城の防備をおろそかにするのは……」


「彼らの言うとおりです。此度の戦いは熾烈を極めるでしょう。我々の保身を図るばかりに本来果たすべき国防をおろそかにしては本末転倒。それこそ意味がありません」


 ネッケル、と呼ばれた初老の大臣は、渋る他の大臣をそう嗜めた。最初からずっと無言でいたが、どうやら彼があの大臣たちの中でもっとも発言力を持つ男のようだ。


「……国王補佐がそう仰るのであれば、私からこれ以上は」


 渋っていた大臣も観念をしたのか、同意を示す。


「よし、では可能な限り早い段階で六将軍を捕捉。捕捉次第こちらから出向いて行き、リスチェリカから離れた平原で迎え撃つ。作戦の概要はこれで行こう」


「偵察はどうします?」


 ギルド長のエヴァンが手を挙げて問うた。彼の言葉の調子から鑑みるに、冒険者の中に何人かアテがあるのかもしれない。


「そうだな、近衛騎士団から選出しようと思っていたが冒険者に相応しい者がいるのであれば、そちらを頼るのもありだろう」


 エヴァンの問いにブラント団長が答える。


「……ちなみに『隠密』スキルの値はどんなもんですか」


 オレの問いに今度はエヴァンが答えた。


「そうですね、ウチに登録している者で隠密や諜報活動に長けているものが確か2.5だったはずです」


 2.5っていうとオレより低いな……

 スキルの値としては、0~1.0が未熟、1.0~2.0が一般的、2.0~3.0でかなりの熟練度、3.0~4.0だとその道で食べていける職人レベル、4.0以上は天才が努力を重ねなければ到達できない域、だそうだ。ちなみに5.0を超えているものは化け物相当らしく、オレの魔法に関するスキルはそのレベルにある。


「……じゃあ、おれやってもいいっすよ!」


 会議には似つかわしくないほど軽い声が、筆頭勇者の中から聞こえる。

 茶髪の髪をだらしなく流したチャラそうな青年が笑いながら手を挙げている。


 あいつは確か、


「忍……大丈夫なのか?」


「てるっち、心配しすぎっしょ! おれ、これでも『隠密』、6.8あるんで!」


 そうだ、狩野忍。筆頭勇者の一人だ。

 直接会話したことはほとんど無いが、やたらとちゃらちゃらしていたことだけは覚えている。彼の性格は相も変わらずのようだ。

 狐のような鋭い目は開いているのか閉じているのか良く分からない。


「シノブ、大丈夫なのか?」


「ゆーて、よゆーってやつじゃないっすか? 隠れて、見つけて、帰ってくりゃいいんすよね? 地獄のダンジョン攻略に比べたら、朝飯どころか夜食前っすね!」


 お調子者よろしく、べらべらと口が回る。凛にどこか似た雰囲気があるが、その軽々しさは決定的に凛のそれとは異なり、彼の本質、性質からして軽さを感じる。


「そうか、なら君に任せたいが……」


 ブラント団長がやや不安を交えながらも狩野に託すことに決める。


 まあ、やると言っているならオレの止めるところではないが。

 狩野の自薦を受け、偵察は決定した。

 後は細かい議論をつめていくだけだろう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 それからガリバルディが来るまでの数日はあっという間だった。


 作戦会議に避難計画、物資や人員の手配に要人たちへの連絡。市民たちへの公表も行い、リスチェリカは混乱の渦にあった。

 だが、ここの国のトップ陣は決して無能ではなかったらしい、発生した混乱の手綱をしっかりと握り、致命的な事態が発生することなく3日ほどが経過した。


 ……そしてついにその日を迎えた。できれば、迎えたくなどなかったのだが。


「偵察が、帰ってきたッ!!」


 落ち着かずに待機していたオレや筆頭勇者たちは、そんな報告を受けて急いで席を立つ。

 場所は街の中央に位置する宿屋。どの方角から来ても対処できるようにここを待機場所に決めたのが二日前。


 そしてたった今、偵察の狩野忍が帰ってきた。


 それが意味することは明白。


 肩で息をする狩野が飛び込んでくる。けして短くは無い距離を全力で走ってきたのだろう。


「はぁはぁ!! 魔族が! 来た! たぶん、あいつが六将軍っしょ! やばいって、あれ! でかすぎっしょ!」


 要領を得ない説明も、頭に酸素が行っていないことが原因かもしれない。

 あくまで冷静に情報を引き出す。


「ガリバルディと思しきやつはいたんだな?」


「いた! いたいたいた! ……っ! 4メートルぐらいの身長で、ゴリラみたいなやつ! 他にも二人魔族がいたんだけどあいつら絶対やばいやつらだわ……!」


 息を切らしながら説明する狩野。まさかと思い、改めて確認する。


「……狩野、敵の人数は何人だ」


「――――それで、全員だっての……!! 三人! 三人だ! 敵はガリバルディ含めて、三人っ!」


 その予想をはるか下回る人数に誰もが言葉を失い、ただ立ち尽くすしかなかった。


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