100、報告
100話!
騎士団寮まではそう時間はかからない。歩けばそこそこの距離はあるが、魔法で空を跳んで時間を短縮すればあっという間だ。
「よっと……」
正面玄関前で無事に着地し、見張りの衛兵に軽く会釈をすると中に入る。
もう見慣れた光景に目を留めることなく、ブラント団長のいる部屋までの最短ルートを早歩きで進む。
「――――はい、分かりました。彼女も――――」
「ああ、――――――頼むぞ」
団長室につき、部屋の扉を叩こうとしたところでブラント団長と誰かの話し声が聞こえる。
声の主はすぐに筆頭勇者、龍ヶ城輝政のものだと気づいた。
「では、失礼しました」
龍ヶ城が扉を開けて中から出てくる。
「よお」
美丈夫はオレの挨拶に一瞬だけ目を見開くも、すぐに何かを言おうと口を開いた。
だが、その勢いのままに言葉がつむがれることは無く、彼らしくない曖昧な表情を浮かべると、最後には笑みを浮かべた。
「君とは、色々と話したいことがたくさんあったんだ。それなのに、中々騎士団寮に顔を見せてくれないから……」
「そうか、オレは特に無いぞ」
「……そうかも、しれないね。何から、話せば良いのか……」
こいつ、人の話聞いてたのか? オレは話すこと無いって言ってんだよ。
あくまで自分本位で話を続ける龍ヶ城に苛立ちが湧き上がる。
「まずは、そうだ。お礼を」
「は?」
龍ヶ城に感謝される覚えなど無い。これは、あれか「お礼参りじゃワレェ!」という名の復讐的サムシングに遭ってしまうのか。
「偽物の凛を、偽物だと見破ってくれて、ありがとう」
「……あ?」
「前も少し言ったかもしれないけれど、僕は気づいていたんだ。彼女が本物の凛ではないことに」
彼女、とは紛れも無くアルティのことだ。
「最初から、ずっと。でも、みんなは彼女こそが本物の凛だと言った」
「……そういう魔法道具を使ってたからな」
「そうだね。……この一ヶ月ほど参ることは無かったよ」
龍ヶ城は自虐げに笑う。太陽にも等しい希望の体現者がそんな表情をすることに、オレは何か得体の知れない焦りのようなものを覚えた。
焦り……? 何で、オレが焦るんだ……?
「僕の記憶や感覚は彼女が、大切な友人である凛ではないと断定している。けれど、僕の大切な友人がそんな彼女を本物だと言うんだ。心底こちらを訝るような目でね」
一瞬、龍ヶ城の表情が悲痛に歪められ、すぐにまた笑みを取り戻した。
その言葉と表情だけでどれだけ彼が苦しんでいたかが分かる、分かってしまう。
彼にとって大切な友人の織村凛。そして同じくらい大切な友人たち。
どちらを信じれば良いのか。葛藤と苦悩があったはずだ。
「だから、僕は一ヶ月間、彼女を監視し続けることしかできなかった。何かあったらすぐに動けるように」
「それはそれで化け物みたいなもんだけどな」
オレの軽口に龍ヶ城は「かもしれないね」と曖昧な返事を返した。
気味が悪い。不気味だ。
何故龍ヶ城がこんな表情をする? 何故、こんな弱みを見せる? 何故、後ろを向いている? ありえない。龍ヶ城輝政は希望だ。勇者であり、英雄のはずだ。
こいつがこんな表情を――――
「ああ、悪かったね、湿っぽい話になってしまった」
オレの考え込んだ表情を目ざとく見て取ったのか、龍ヶ城はすぐに明るい笑顔を取り戻すと、オレの肩を叩いた。
「そうそう、今度僕たちは、魔法都市シャーラントに遠征に行くことになっているんだ。君も来るかい?」
「……魔法都市」
現在の状況はそれどころではないのだが、その都市の名にはそそられるものがある。
「考えておく」
「……ああ、そうしてくれ」
それだけ言うと龍ヶ城は軽く手を振って去っていった。
そのピンと伸びた背筋はいつもの龍ヶ城輝政で、先ほどまでの陰りなど少しも見られない。
てっきり、アルティとの契約の件をちくちくと説教されるんだと思っていたんだが、その話題には全く触れなかった。触れる余裕が無かったのか?
……まあ、何かの気の迷いだろう。あんなに弱弱しい姿など。
そう決め付けて、改めてブラント団長に入室を断る。
「ユートか? 待っていたぞ、入りなさい」
「失礼します」
ブラント団長はいつもどおりの無表情でこちらを見据えると、立ち上がった。
「少し長話になるかもしれないからな、脇の談話スペースで話そう」
オレを促すと団長室内から通じている隣の部屋に案内された。
真ん中に膝ほどの高さのテーブルがあり、その両脇に一見して柔らかそうなソファが置かれている。恐らく来客対応用なのだろう。
「申し訳ない、今茶葉を切らしていてね……」
「ああ、お構いなく」
そんな表面上のやりとりを経てどちらからともなくソファに腰を落ち着けた。
「さて、どこから話そうか……」
「えーっと、旅の話とか、今回の六将軍の少女の襲撃とかオレが魔族と契約したこととか、色々ありますけど、まずオレからいいですか?」
「ああ、構わない。何か言いたいことが?」
どういう風に話すかを頭の中で組み立てながら必要な情報を伝えていく。
「4日後、このリスチェリカに六将軍ガリバルディ・ソリッドが攻めてきます」
「なっ…………」
絶句というものを目の当たりにする。
ブラント団長は思考するように目を泳がせると数瞬のうちに冷静さを取り戻して問うた。
「信頼できる、情報なのか?」
「まあ、恐らく。情報提供の契約を結んだ六将軍から聞いたので」
「君は……話には聞いていたが本当にあの少女……六将軍と契約を結んだのか!?」
「ええ、まあ」
この情報はブラント団長にちゃんと話しておいても損は無いだろう。
実際、彼自身がこの情報を知ってどうこうできるようなものではないはずだ。
それよりも今は目下の六将軍襲撃について、対策を練らなければならない。
ブラント団長が「なんということだ」と小さく呟きながら、額に掌を当てている。
いつもブラント団長を困らせていることに申し訳なさを覚えながらも、苦笑を浮かべるしかできない。
「…………君の契約した六将軍に、我々との敵対の意志は無いと見ていいんだな?」
ブラント団長の問いにオレは確かに頷きを返す。
「とりあえずは。相互利益の契約を結んでいるので一方的に敵対行動に出ることはないかと」
ブラント団長が悩ましい顔で目を瞑り、数瞬だけ思考をめぐらせる。
だが、この件をこれ以上勘案しても仕方ないと思ったのか小さくため息をついた。
「……分かった。とりあえずは君を信用しよう。だが、君の邸宅にいる六将軍……アルティ・フレンには監視を付けさせてもらう。いくら敵対の意志がないとは言え、危険分子であることに違いは無い。状況によってはテルマサたちを向かわせる」
妥当な落としどころだ。むしろ、寛容なまである。
「ええ、構いません。むしろ、怪しげな行動をとっていたらとっちめてやってください」
オレとしてもその方が助かる。
オレの言葉にブラント団長は小さく笑うと、表情を引き締めた。
「もし、アルティ・フレンの言の通り、六将軍の襲撃が事実ならば対策を練らねばなるまいな……」
「ブラント団長はそもそもガリバルディ・ソリッドをご存知で?」
「……噂程度、だがな。騎士団でも六将軍の情報はほとんど収集できていないのだが、何でも山のような巨魁だとか」
概ねオレの聞いた情報と合っている。この通信の発達していない世界で、これだけ情報を集められれば上々だろう。
「オレの知ってる情報と一緒です。どうやらガリバルディは少数人で襲撃をしかけてくるようです」
「少数か……それならば我々にも勝ち目があるか……」
ブラント団長がやや安心したように漏らすがオレは冷たくその言葉をさえぎる。
「いえ、少数ということは、逆に言えばそれだけでリスチェリカを落とすに足る、と向こうが思っているわけです」
「いや、しかしだな……」
「情報を提供した六将軍いわく、『ガリバルディは世界で最強の生物。自分も絶対に戦いたくない』とのこと。情報提供の内容を鑑みるに、単騎で首都を陥落する力があると見ても十分なぐらいです」
いくら筆頭勇者がいても、と付け加える。
「……そうだな。準備をして、し過ぎるということもない。4日後だったな? 早急に作戦を建て、国の総力を挙げて迎え撃つとしよう」
さすがブラント団長、オレのような若輩の言葉でもその価値をしっかりと見極め、裁量を下す。地位を持ち、年功も得た男に中々できる真似ではない。
「して、ユート。君の助力は得られると考えていいのか?」
「ええ、国とした契約にもありますしね。この国の有事には力を貸すって」
これはリアに決闘を吹っかけられたときに彼女の命を盾に交わした契約だ。国からはオレに不干渉、ただし有事の際にオレは国に協力するという。
「……それと一応伝えておくと、オレは別の六将軍の一人と戦ったことがあります」
「何!? それは本当か!?」
「ええ、結果は勝利とは言い辛いものですが。ぶっちゃけ、純粋な魔法の勝負では負けました。オレはその六将軍との戦闘で全ての魔力を使い果たし、共闘していた他の二人に大怪我を負わせながらも、搦め手で戦いを終わらせました」
凛やギルタールには無茶をさせてしまった。いや、ギルタールは別にいいんだけど。
「六将軍ってのはそういう相手だと知っておいてください」
自分で言いながらそんな危険な存在が我が家に現在二人もいる状況を思い出して、微妙な気持ちになりながらも、真剣な表情を崩すまいとする。
「……分かった。肝に銘じて置こう」
「助かります」
これで舐めプして即全滅、という事態は起こりえないだろう。
もちろん、全力で立ち向かって即全滅という事態は十分にありえるが。
「よし、我々の方で関係者を集め、本日の夕刻に作戦会議を行う。君にも参加してもらいたいのだが、構わないな?」
「ご助力できることはあまり無いかもしれませんが」
「いや、君の魔法はテルマサと並んで作戦の鍵になるだろう。街のため、国のために是非とも頼む」
ブラント団長が座りながらにして頭を深く下げる。
いつぞやの謝罪を思い出して、オレは慌てて立ち上がった。
「大丈夫です。また夜に来ます」
失礼だと分かっていながらも、逃げるようにして部屋を後にする。
後ろ手に扉を閉めると、ふぅと小さく息をついた。
これから六将軍襲撃の情報が関係者各位に知らせられ、てんやわんやの大騒ぎになるのだろう。アルティたちの話を聞く限り、ガリバルディの撃退は困難を極めるだろう。
「夕刻までちょっと時間があるな……」
他の勇者に出会っても面倒だ。さっさと退散するか。
そんなオレの思考を遮る、明朗な声が響いた。
「あはは! もうほのかちゃん、笑わせないでよ!」
声の方を振り向き、何人かの人影を見る。いや、人影というのもおかしい。よく見知った顔だ。
「え、ええ、そうね」
戸惑い気味の十六夜穂華に天真爛漫、明朗快快、空が晴れ渡ったような声を上げるのは凛だ。
「いやあ、それにしてもお昼美味しかったね! 久しぶりに食堂のご飯食べたけどやっぱり美味しいなぁ! あ、旅をしててね、色んなご飯食べたんだけどね? すごい独特な料理もいっぱいあって……そうだ! もしかしたら城下町にその料理を置いてるお店があるかも! ねぇねぇ、穂華ちゃん! 今度いっしょに行こうよ! みんなも、ね!」
ただひたすら凛がまくし立て、筆頭勇者たちが曖昧に相槌を打つ。
そんな光景を見て、何かどうしようもなくおぞましいものを見てしまった気になり、慌てて目を逸らす。
だが、目を逸らす瞬間、凛と目があってしまう。
先ほどまで無遠慮なまでに空元気をぶつけていた凛が一瞬だけ沈黙に口をふさぐ。
オレはそんな彼女に背を向けて、すたすたと歩き出した。
すぐに背後からはまた楽しそうな声が聞こえてくる。
逃げるように歩くオレに彼女の声が追いすがる。
いつまでも、いつまでも。
凛の声だけが、背中から聞こえ続けた。




