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10、そうだ、ダンジョンに行こう

ようやく主人公が魔法を使い始める・・・かもしれない。



 本日は待ちに待ったダンジョン探索。


 いや、別にオレは待ってないけど。でも、まあ、ダンジョンって響きにはこうワクテカするものがあるわけで。それはオレの隣にいる春樹も同じらしく、


「なんか、ドキドキしてきた……」


 などと顔を紅潮させて呟いている。なんかこの光景怪しい。ビデオ回して、インタビューとかしてたら完璧だった。いや、日本ののリーガル的にはぶっちぎりアウトだけど。


 今オレたちはダンジョンに向かうため、舗装された道路を歩いている。

 既に街から出てかなり歩いたが、このあたりも比較的整備されているようだ。迷宮の低層はすでにあらかた探索済みらしく、街からそこまでの道もしっかりと舗装されているのだ。そのため如何せんピクニック気分が抜けない。


 前日に織村凛との思わぬハプニングがあったものの、あれ以降特に大きな問題は上がっていない。それゆえ、オレはそれなりに落ち着いた気分でダンジョンへと向かうことができている。だが、落ち着きながらも、げんなりとはしている。


 なぜかって? そりゃ……


「おおっ! ダンジョンの入口見えてきたよっ!」


 そう言いながら織村がオレの背中をバンバンと叩く。

 ちょ、お前、その筋力ステータスでオレを叩くな! 普通に痛いからな!? なんか背骨がミシミシ言って……


 早くも回復魔法を使わざるをえない状況に追い込まれているんですがそれは。


「あのな、織村。昨日も言ったけど、あまり話しかけるのは――――」


「すっごいよ! なんか、あんなの日本でも見たことある! なんとか洞とか!」


 人の話をまるで聞いていない。

 そう、昨日オレはこいつにあまり関わるなと言ったはずなんだが、このように朝から絡んできて非常に困ったことになっている。周囲の奇異の視線が痛い。


 昨日と今日で、この織村凛という少女と色々な言葉を交わした。


 彼女はまさに天真爛漫を絵に描いたような少女で、その無邪気な笑みは人を魅了し、和やかな気持ちにさせる。また、その明るさと類まれなるコミュニケーション能力で、他の勇者たちともとても良好な関係を築いていた。それこそ、オレなんかとはレベルの違うカーストの住人だ。


「いやー、ゆーくんはテンション低いなぁ……こう、もっと楽しもうよ!」


「別にテンションが上がる要素が無いだろ」


 ってか、そのゆーくんっていつの間にオレの名前そんな感じにになったの。


「みんなでわいわい騒ぎながら歩いてるだけで楽しいじゃん」


「わいわい騒いでいるのはお前だけだ。オレは別に騒いでない」


「つれないなー……んー、よし。じゃさ、春樹君はどうなの?」


 オレはゆーくん呼びなのに春樹はそのまま名前なのかよ……解せぬ。


「え、ぼ、僕? ……うん、すごく楽しいよ? 優斗みたいな友達と一緒にわいわいしながら歩くなんて、あんまりしたこと無かったから」


 春樹が恥ずかしそうに笑う。


「出来れば、優斗も楽しんでくれると嬉しいんだけど……」


「いやぁ、歩くの超楽しいなぁ!!!」


「ゆーくんは春樹君に甘すぎだよ……」


 突如テンションを上げたオレに、織村が何やらぼやいているが無視無視。


 そんな風に馬鹿みたいに騒いでいるが、その間もオレは織村に心を許さない。


 ひとえに、彼女のその天真爛漫さ、親しみやすさがオレにそうさせるのだ。その完璧すぎるキャラクターは、あまりに整いすぎていて少し歪にも感じる。何が、といわれると難しいが。あまりに一個のキャラクターとして洗練されすぎている。


 明るくて、人懐っこくて、アホの子で、無邪気さが売りで、誰とでもすぐに仲良くなれる。


 そんな、完成された性格がありえるのだろうか。


 ……いや、実際ありえるのかもしれない。


 でも、そう断定するには、織村の見せる笑顔はオレには酷くがらんどうで、完璧すぎるように思えた。


 まあ、オレが穿った考え方をしている腐った人間だから仕方ないのかもしれないけどね! あれ? オレが腐っているのかそれとも織村が猫被っているかだったらオレが腐っている方が確率高そうっ!


「どしたの?」


 そんなオレの微妙な心情を気取ったのか、織村が首をかしげて問う。

 このポージングすらも作られたものなのではないか――――そんなくだらない疑念が頭を過ぎる。基本的に女の子耐性が無いから、まず疑いから入っていくという情けなさ。


「……いや、お前って、すげーいい性格だよな、って思って」


「……どういうこと?」


 織村が不思議そうに問う。

 だが、軽く問うたような声音とは裏腹に瞳は心なしか真剣みを帯びているような気がする。やべ、皮肉っぽかったか。


 オレは慌てて取り繕った。


「い、いや、別に皮肉とかじゃなくて。無邪気さと天真爛漫さが売りで、いろんなやつともすぐ打ち解けて、オレみたいな奴にも絡んでくれて。なんか、漫画とかに出てきそうだなーと」


「そう、かな?」


 織村が一瞬驚きと何かが混じった複雑な表情を浮べるも、それを問いただす間もなく前から声が届いた。 


「……それにしても珍しいわね、凛。香川君らと一緒にいるなんて」


 そう言って声をかけてくるのはオレらの数歩前を歩いている、十六夜穂華(いざよいほのか)だ。龍ヶ城のリア充グループの二番手立ち位置であり、よく龍ヶ城と一緒にいる姿を見る。

 目元がきつい印象を受けるが、顔立ちはとても整っている。身長はオレより少し高く、すらっとした体躯の持ち主だ。ちらりと隣の織村を見る……あー、うん。やっぱり、生まれつきどうしようもないものってあるよね。どこがとは言わないが。


 などと内心ひたすら失礼なことを考えていると、さらにその隣の青年のような熊……もとい、熊のような青年が非常に渋い声で話しかけてきた。


「十六夜。あまり織村に絡むなよ? さっきからそれしか言ってないぞ」


 龍ヶ城のリア充グループのもう一人の二番手。熊野剛毅(くまのごうき)だ。

その体格はまさに熊という名前そのもの。身長は190近いだろうか? 間違いなくこの場でもっともでかい。加えて、柔道をやっていたらしく、体格もがっしりとしている。オレなんかが戦ったらまず間違いなく片手でひねりつぶされてしまうだろう。


「とは言ってもお前らとは中々話せなかったからな。おれも少し話してみたいと思っていたところなんだ」


 そう言うと熊野はニッとした裏表を感じさせない笑みをこちらに浮べる。

 なんだろう。笑顔っていうのは分かるんだけど、顔つきがいかつすぎて逆に怖い。


「え、えっと……どうも……」


 ダメだ! 春樹が完全にリア充の空気に負けている!


「まあ、と言ってもあんましご期待に添えるような面白い話が出来るとは限らないけどな」


 オレがすげなく言い放つと、


「――――そうかい? 僕も君たちには興味があるな」


 前から、ひときわリア充オーラを放出しているイケメンこと龍ヶ城が話しかけてくる。おう、なんか後光が見えてきたぜ!

 なんて馬鹿なことを考えているうちに織村がどうこうなどという話は頭から消える。


「例えば、……香川君の魔法の話とかをね」


 そう言うと、龍ヶ城はちらりと春樹の方を一瞥する。その視線に射竦められたように、春樹が肩を跳ねさせた。


「……まあ、春樹いわく企業秘密らしいからなぁ……それに、魔法って自分で修練するものだから、なんとも言えないんじゃないか?」


 困り顔の春樹にオレが助け舟を出す。


「……そんなものか」


 熊野が納得した様子でうなずく。


「まあ、うちの凛にはかなわないけどね」


 そう言いながら十六夜が織村を抱きしめて頬ずりする。キマシタワー!


 織村もなんだかんだでされるがままになっているので、こいつらは本当に仲がいいんだろう。それこそオレと春樹みたいな関係だろうか?いや、オレは別に春樹と抱き合ったりしないけど。

 と、思考が腐りかけたところでブラント団長の掛け声が聞こえた。同時に皆の足が止まる。


「皆! そろそろ到着する! 道中魔物と遭遇することもなく、気が緩んでいると思うが、ここからはダンジョンだ! 危険は無いとは言い切れない! 各自、決して気を抜くなよ!」


 その一言で今まで行楽気分だった勇者たちの表情が引き締まる。

 うーん、流石の統制力。王国騎士団長の名前は伊達じゃない。


「何かあれば我々騎士団に言うように。では、行くぞ。陣形は昨日伝えたとおりだ」


 陣形は至ってシンプル。


 龍ヶ城筆頭に能力の高いリア充グループが前衛。そのほか中級程度の力を持った者たちが中衛をつとめ、最後にオレや春樹および補助スキルを持った者たちが後衛となる。

 あのリア充グループ、リア充なだけでなくこの中では頭一つ抜きん出てステータスが高い。あの熊野だって、膂力では既にブラント団長を越しているし、弓師の十六夜も敏捷や弓ステータスは非常に高い。しかも、リア充グループの中には魔法使いや回復術師などもいて、もう全部あいつらだけでいいんじゃないかな。


「では、行くぞ」


 こうして、オレらの楽しい楽しいダンジョンピクニックは、始まった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「はっはー! 余裕だなぁ!」

「ホントホント!ダンジョンって言うからどんなものかと思ってたけど、大したことないのね!」

「燃え上がれ、オレのコスモ!」


 ダンジョンに入ってから一時間ほど。勇者たちはその行軍速度を遅めることなく下の階層へと進んでいた。


 最初は魔物が出現するたびにビクビクとしていたものたちも、その圧倒的な力で簡単にねじ伏せることができることが分かってからはまるでゲーム感覚で魔物を討伐している。

 そして今のように興奮状態になっているものたちが多数いるというわけだ。ってか、最後のなんか違くない?


「なんか、ヌルゲーだな」


「そだねー……まあ、前の龍ヶ城君たちがほとんど倒してくれるからね」


 そう。前衛のはたらきが優秀すぎて、というか敵を殲滅するせいでこちらにほとんど敵が来ない。あまりの殲滅力に、ブラント団長が「中衛と後衛のものたちにも少し回してやってくれ。経験にならない……」とたしなめられていた。


 あいつら、楽しそうだな……オレはめちゃくちゃ楽しくないのに……


 恨めしそうな目をやつらに向けて春樹と話していると、一人の勇者が声をかけてきた。


「おーい、十一。水出せよ水」


 軽い調子でかけられた言葉にオレは唇を尖らせる。


「お前さっきから何度目だよ! もう自分で持っとけよ!」


「手かさばるからやだよ。それに、お前どうせ何もしないんだからそれぐらいやれって。ま、頑張れよ? 荷物係」


「……へいへい」


 そう言いながら、オレは何もないところから水筒を取り出す。


 ……オレが今回の行軍で憂鬱になっている理由がこれだ。


 オレのスキル『持ち(インベントリ)』は、別空間に様々なものをストックしておくことができるというものだ。しかも、ストックしたものは時間の経過をすることがない。


 そういった能力はこうした探索では貴重らしく、大して主戦力でもないオレはブラント団長およびその他勇者諸君から名誉ある荷物係の任務を賜ったのだ。畜生。


「な、なんかごめんね優斗」


「なんでお前が謝るんだよ春樹」


「だって……」


 そう言いながら申し訳なさそうな表情を浮べる春樹。


「別に、お前は悪くない。ってか、誰が悪いわけでもない。適材適所。言うならばオレの才能が如何なく発揮される場所がここだったってだけだ」


 その場所が荷物運びというのもどうかと思うが、それを言うと自分が苦しくなるだけなのであえて目を背けている。ほ、ほらみんなの命の綱である食料や水を運んでいると思えば! そう、彼らはオレによって生かされていると言っても過言ではない! ……いや、流石にこれは過言だわ。


 そんな現実逃避によって精神の安寧を保っているとやたらと元気な声が届いた。


「まーまー、元気出しなよーゆーくんー」


「……なんで織村は当然のようにここにいるんだよ」


 何、そのあだ名定着させんの? 誰だよゆーくん……


「だって、わたしの技って全部防御なんだもん! 出てきた魔物ほとんど輝政君とかがすぐ倒しちゃうから。……わたしぶっちゃけ足手まといなんだよねー」


 そう言うとより一層の笑顔を浮べる。

 けれど、オレにはそれが笑顔に見えない。

 どこか、酷く空虚に見えるのだ。


「……そうかい。じゃ、仕事が無い者どうしここは一つ仲良く雑談タイムと洒落込もうや。オレもぶっちゃけ話す相手がもう一人ぐらい欲しかったし」


「……え?」


 はとが豆鉄砲食らったってこういう表情なんだろうな、などと思いつつ織村の顔を見やる。


「なんだよ、そんなキョトンとした顔しやがって。ってか、そもそもオレたちと駄弁るためにわざわざこんな後衛まで来たんじゃないのか?」


「あ、う、うん! そうだよ! そうそう! 分かってんじゃん! いやーゆーくんもついに私無しでは生きていけない人間になってしまわれましたかっ!」


「何その果てしなくうざいポジティブシンキング。ってか、ついにって言うほどお前と付き合い長くないんだが。むしろ累計時間で換算して三時間弱だからな」


 そう言うと織村はいつものように無邪気に笑い始めた。


「優斗が女の子口説いてる……」


「別に口説いてねえからな!?」


 春樹の不当な発言に突っ込みを入れつつ、オレらは和気藹々とダンジョン散策を続けるのであった。


 酷く気楽で、酷く楽しく。ダンジョン内だというのに、酷く明るかった。





「うーむ……騎士団員が目を張り巡らしてるせいで、思ったように魔法が使えん」


「流石に僕が使ってるように見せ続けるのも色々無理があるしね」


 ダンジョンならば魔法の試し打ちが自由にできると思ったがそんなことはなかった。

 オレは周囲からは魔法が使えないことになっているため、騎士団員がオレらの安全に目を光らせている以上、むやみに魔法を使うことはできない。

 だからといって、春樹が使ったように見せるのも中々難しい。二人の息が合わないとすごくちぐはぐなことになってしまうのだ。


「なんでみんなに言わないの?」


 織村が首をかしげる。そりゃ当然の疑問だわな。


「面倒なんだよ。バレたら色々あるのは目に見えてるしな」


 面倒事は避けたい。現状、オレたちの身柄を預かっているのが騎士団、すなわちこの国である以上、その意思を拒むことはできない。もしオレが主戦力級のはたらきができると知られたら、まず間違いなく筆頭勇者たちの仲間入りをする羽目になる。龍ヶ城みたいにな。


 あいつらは気付いていないだろうけど、要するにオレたちはある種の人間兵器みたいなもんだ。国はその兵器を利用して魔族との戦争を有利に進めようとしているだけにすぎない。

 そんな状況で自分の力を明かし、兵器として利用されにいく真似などさらさらしたくない。幸い、春樹はそれなりの魔法使いだと思われているが、総合的な能力で他の勇者たちとそこまで大きく変わらないどころか大きく劣るレベルであるので、目を付けられてはいない。まあ、そもそも魔法を使う機会が少ないからなんだけど。模擬戦でもほとんど魔法使わなかったし。

 だが、もし魔法の能力がさらに高いとなると話は別だろう。その一級の魔法はそれだけで兵器利用としての価値が格段に上がる。


 いつか、春樹と一緒にこの勇者陣から抜け出して冒険者とかになってみるのもいいかもしれないな。少なくともオレはこのまま勇者を続けるつもりは全く無いし。

 それに元の世界に帰る気も無いからオレは気楽なもんだ。両親だってとっくに死んで一人暮らしだったし、さして心残りがあるわけではない。


「うわっ来たよ!」


 そんな戯言を繰っていると、春樹の声で思考の渦から引き戻された。


 春樹の睨む先には、低級の魔物、ゴブリンがいた。

 ゴブリンは身長50cmほどの小型な人型の魔物で、主に木のこんぼうなどで攻撃をしてくる。個々の能力はそれほど高いわけではなく、腕っ節もせいぜい人間の大人と変わらないくらいだ。ただ、群れで行動することが多く、そうなると討伐難度は上がるらしい。肉はそこまで美味ではないが、肝臓は薬の原材料になるし、強靭な骨は剣などの柄に使われることも多い。


 今しがたオレらの目の前には三体のゴブリンが。周囲にいる騎士も目線で「戦ってみろ」と促している。どうやら、この程度の魔物ならオレらでも狩れると思われているらしい。


「やらなきゃダメみたいだな……」


「うわっ……なんかきもい……」


 織村が率直な感想を述べる。うむ、オレもきもいと思う。

 ……さてと、あんまし長いこと見ていたい顔でもないし、ちゃちゃっとやりますか。そう思い直して『持ち(インベントリ)』から鉄の剣を取り出す。


「じゃあ、一人一体でいいか?」


「わ、分かった……」


「りょーかいっ!」


 まあ、騎士団員の面々もいるし滅多なことは起きないだろう。


「さあ、来いよベネット。武器なんて捨ててかかってこい」


 なんて某コマンダーなセリフを吐いて挑発する。うん、誰にも伝わってないんだけどね。

 と、オレが剣を構えて相手の出方を待っていると、その三体のゴブリンは全員迷うことなく、春樹の方へ向かっていった。


「ええ!? なんで全部こっちに来るの!?」


 春樹が悲鳴を上げる。


 何で目の前にいるオレをスルーして春樹の方へ行くんだよ!

 魔物にも無視されるとか、何これ酷くない!? もう既に十分に勇者たちから無視されてますよ!


 そう毒づきながら、ゴブリンの一体を後ろから思いっきり切りつける。

 すると、ゴブリンはフゴッという断末魔と血しぶきを上げながらくず折れていった。切り伏せられるその瞬間まで、ゴブリンはオレのことに気づかないままだった。


 はっ! オレを無視するからこういう目に遭うんだぜ!


 などと、不当な八つ当たりに気を晴らしていると、隣で織村の詠唱が聞こえる。


「『――――走れ、ウィンド!』」


 織村が数秒にわたる詠唱を終え、魔法を発動させる。


 ……何だよ、こいつ魔法使えんじゃん。

 風魔法特有の風の流れがオレの前髪を撫でる。

 織村によってつむぎだされたその風の魔法は、春樹めがけて走るゴブリンに――――



 そよ風をもたらした!



「威力よっわ!?」


 ゴブリンの薄い毛を軽く揺らした程度のそよ風。あんなのでは葉っぱすら飛ばせない。


「し、仕方ないじゃんっ! わたし、結界術以外うまくできないんだもんっ! だからゆーくんに魔法のししょ――――」


 自然な流れで秘密を暴露しそうになる織村にアイアンクローを決めることで口を封じる。


「いたたたたた! いたい、いたいから! だいじょうぶ! もう言わないってっ!」


 手を離してやると、解放された織村は頭を抱えてうめいていた。お前耐久力のステータス的に、絶対痛くもかゆくもないだろ。


「なんてやってる場合じゃない! 春樹!」


 そちらを見やると春樹は、二体いるゴブリンのうち一方を切り伏せていた。

 だが、剣を振った後の硬直を狙いゴブリンが春樹に肉薄する。


「危ないっ! くそっ……『ファイアレイ』!」


 オリジナル火魔法『ファイアレイ』が発現する。


 橙赤色の炎の閃光が春樹に迫るゴブリンを射抜く。

 ジュっという嫌な音とともにゴブリンが蒸発した閃光は、その勢いをとどめることなくダンジョンの壁を溶かして穴を作る。ドロリと、ダンジョンの壁が赤く溶けているのが見える。


 うお、思ったより火力出ちゃった……


「大丈夫か! 春樹!」


 急いで春樹の下へとかけよる。


「う、うん……ありがとう」


 体勢を崩して転んでいた春樹が起き上がるのを手伝う。


「い、いやぁ、織村の魔法が無かったらやばかったな!」


 すかさずオレは周りの騎士たちにも聞こえるような大声で春樹に告げる。


「ふぇ? わたし?」


「ちょっと来い、織村」


 どういうことか分からないといった表情の織村を小声で呼びつける。


「いいか、今の魔法はオレじゃなくてお前が使ったことにしてくれ」


 耳元で織村に普請する。


「え、え?」


「大丈夫だ。騎士たちは春樹の方に目をやっていたから、魔法が発動した瞬間は見ていない。つまり、オレとお前のどっちが魔法を使ったかは分かってない」


「でも……」


「これもオレから魔法を教わる授業料だと思って、一つ話を合わせてくれ」


 それだけ言うとオレは返事を聞かずに再び春樹の方を向く。


「春樹。聞こえてたと思うけど、合わせてくれ」


「う、うん……分かった。……あ、ありがとね!織村さん!」


「だ、ダイジョウブダヨー! ぜ、ゼンゼンナンテコトナイカラー!アハハハ!」


 ゼンゼンダイジョウブじゃない大根役者っぷりなんですけど。ってか、春樹も織村も色々下手すぎんだろ! こいつら嘘とかつけない性質だな!? なんか、一人だけ上手く嘘がつける僕の心が汚いみたいでちょっとへこむわ。


 そんなオレのメンタルダメージを引き換えにした甲斐あってか、周囲の騎士たちも「なんだ、あの子がやったのか」と、安心した表情を浮べている。お前ら、何のためにいんの? オレが魔法使ってなかったら春樹が怪我してたよ? ちゃんと守ってくれよ。ってか、前衛の耐久力お化けたちと一緒にすんなよ! 勇者だからゴブリンの攻撃ぐらい大丈夫だろう? ちげーよ、オレらは脆いんだよ!

 などと無能な騎士たちにひたすら心の中で罵声をぶつけていると、トントンと春樹がオレの肩を叩いた。


「あの、ありがとね」


 申し訳なさそうに春樹が告げる。


「ん? ああ、いや。気にすんな。お前が怪我したりすると話し相手がいなくなってオレが困るんだ。つまり、これはウィンウィン、双方にメリットのある関係。ああ、助け合いって素晴らしい」


 まあ、後は春樹なしだとオレがおおっぴらに魔法使えないから困るって理由もあるんだけど。


「何だよそれ」


 そう言って春樹が笑う。やっぱこいつは笑ってるほうがいい顔してんね。


「なんか春樹くんにだけやさしくない?」


「そそそそ、そんなことないぞ!」


 凛の指摘に思わず声が裏返る。あれ、こんなにキョドるなんて……ま、まさか、オレ……春樹のことが……


 うん、ないわ。


「さ、気を取り直して駄弁るか」


 露骨に話を逸らすも、凛はさして気にしていない様子で、


「うんっ、そうだねっ」


「あ、いや、そこは『気を取り直して駄弁るって何だよ!』って突っ込んで欲しかったんだけど……」


 天然なのか故意なのか。ボケ殺しにより既にタジタジになっているオレなのであった。


 初めてのダンジョンがこんなに緩くてもいいんだろうか……


 そんな疑問が脳裏を掠めるも、織村と春樹の明るい声にかき消されすぐに思考の波の中へと消えていった。


次回、タイトル回収。

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