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先生、私マメになりました!  作者: さくらみち
先生、私豆になりました!
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衝撃の豆

初めて書いた小説です。楽しんでいただければ幸いです。

※2016年1月15日改稿しました。徐々に改稿していきます。よろしくお願いします。

 私は確かに彼女にマメになれといった。しかし豆になれとは言っていない。

 私は教師だ。提出物忘れが多い彼女にマメになれと注意をするのは至極当然だ。それなのに、注意してきた結果生徒がまさか豆になってしまうなんて。なんてことだ。こんなことなら、マメになれなんて口を酸っぱくして言うんじゃなかった。


 言い訳がましく聞こえるかもしれないが、聞いてほしい。


 担当教師として一年近く彼女をみてきたが、忘れ物以外にも色々と抜けている部分が多いんだ。なにもないところでなぜか転ぶというある種器用な鈍臭さを発揮する彼女をみれば、会うたびいつもぼーっとしてる彼女をみれば、なにもこれは担任の私以外でも誰だって言いたくなるはずだ。



 マメになれとね!



 

 都心高校のある生徒指導室にて。私は冷めきったコーヒーを片手に、向かい席に座る予定の生徒をまだかまだかと待っていた。飲み干そうとぐいっとコップを持ち上げると、数滴しか喉を通らず、気づかぬうちに飲み干してたようだった。コップを書類に当たらないよう静かに端に置き、腕時計の時刻を見る。そして机に肘を乗せ、顔の前で両手を組み、扉を見据えた。


(遅い、遅すぎる。何をしているんだ。開始予定は16時半だぞ。今の時刻は17時だ。これはいつも以上に説教してやらんといかん。だが、待て。あいつのことだ、逆に喜びそうな気がする。あいつの思考回路は本当にわからないからな)


 今から面談するのは相沢香奈、私が今一番に頭を悩ませている生徒だ。素行が悪く仲間とつるんでどうしようもないいわゆる問題児といった生徒……ならまだわかりやすかったのだが、そうではなく、教師生活5年、今まで受け持ったことのない人種の生徒である。何をするか想像がつかないのだ。まあ荒れた生徒ではないからまだマシではあるんだが、どうにもこうにも扱いがわからない。

 

「先生、お待たせしました!」


 見据えていた扉が勢いよく開かれ、待ちかねていた生徒がようやく登場した。怒ろうか諭そうかどうしようか悩んでいたのだが、出てきた瞬間満面の笑みで入ってきた生徒を見たら諭そうという気は失せ、代わりに頭に血が上ってきた。私は立ち上がり、指を差して怒り任せに注意をする。


「入ってきて早々、なんだその笑顔は! 人を待たせたという自覚はあるのか」

 

 私の怒り声が耳に入ってないのだろうか。相沢はまあまあと子供をあやすように両手を前に出しへらへらしながら、スカートを押さえ席に行儀よく座った。着席している生徒を目を細めながらみる。


 肩にかかる程度のお下げにセーラー服をきっちり着こなした彼女の見た目は一見模範的な生徒のようにもみえるのに。


 ため息をつきながら私は腰を下ろし、仕方なしに進路相談を開始した。しかし手が冷たくて書類を持つのも嫌になる。できることならポケットに手を突っ込みたい。なんでこの教室だけ暖房が壊れてるんだ。そしてそれを知っているのになぜ遅れてきたんだ。二月の初めのこの時期、寒くて死ぬだろうから準備を万端にして早く終わらせるためシミュレーションまでして意気込んできたのに腹が立って仕方ない。けれども時間は戻せない。怒るのも疲れるし、さっさと終わらせてしまおう。


「進路希望が出ていないのはお前だけだ。だから先生は考えてきたんだが―――……」


 私が言い終わる前に、相沢は口を挟んできた。しかもなぜか手を元気に挙げてにこにこしていた。


「先生、私今からマメになります!」


 唐突に言われた私は理解ができず、一瞬宙をみてしまったが、日ごろ注意してきたことをようやく心に留めたということなのだろうか。相沢をみると私の返事を待っているかのようにを手を挙げたまま、目がキラキラと輝いていた。心機一転したのであればよいことである。だから私は微笑んだ。


「そうか。頑張りなさい」


 私の言葉を聞いて満足したのか、相沢は手をおろし、そして相沢はなにが楽しいのか声をあげて笑い出した。

 なんだ、気持ち悪い。


「うふふふ、せーんせい☆」


 語尾に星が巻き散らかされているような話し方をして、相沢は突然机に身を乗り出して笑顔のまま私の顔に近づいてきた。驚いた私は後ろへ体を反らしたのだが、相沢は段々と寄せてくる。これ以上限界だというところまで身をそらしたところで、相沢の動きが止まった。至近距離でも笑顔を崩さず私をみつめている。一体全体どうしたんだと心の中でパニックになっていると、一瞬不敵な笑みをした相沢はさっと席に戻り、先ほどと同じ宣言を繰り返した。


「今からマメになります!」


 これ以上ないような目の輝きが眩しい。まったくもって意味がよくわからない上になんだか不気味で気持ち悪かったが、とにもかくにもやる気になったのであればいいことだ。今まで何十回と注意しても反省しなかった相沢がようやく改心しようとしているのだから、私は教師として応援せねばならん。半ば納得いかないが、そう言い聞かせ、私は頰が引きつりながらも無理矢理笑みを浮かべ、相沢をみつめていた。


 みつめていたのだが、驚くべき事態がおきた。みつめていたはずの相沢が一瞬にしていなくなったのだ。私は慌てて立ち上がって相沢のいた椅子をみる。



「!!?」



 誰も座っていない。どうしてだ。人がいきなりこの場で姿を消すなんてことあり得るはずがない。気が動転した私は壊れた暖房の裏や窓の外、机の下、いるわけがないとわかっているところでも教室中を隈なく探した。しかしどこにもいない。私は途方にくれ、相沢の座っていた席を見下ろす。



(なんでいないんだ……ひょっとしてここに入ってきたと思っていた相沢は実は幻覚だったんじゃないだろうか。待ちすぎて幻覚をみてしまって……って相当疲れてるな俺)



 そんなことを思っていると、椅子の上になにかがぽつんとあることに気付いた。身をかがめてなんなのかをよくみてみる。豆だった。なんだ豆か。ただの豆が椅子の上にあるだけだ。


 はぁとため息をつき、私は頭を冷やそうと教室からいったん出ようとした。


 しかし、出る直前あることに気付く。なんで豆がこんなところに落ちているんだと。単なる豆が、それも節分に使いそうな豆がこの教室の椅子の上に落ちているわけがない。普通の教室ならわからんでもないが、ここは生徒指導室だ。なおさらありえない。


 駆け寄って椅子の前にしゃがみ込み、今度は目を凝らしてよーく見る。  



 豆だ。

 まごうことなき豆だ。

 豆がいる。

 いや落ちている。

 相沢がいたはずの椅子の上に豆が座っている。

 いや、落ちている。



 どういうことだろう。なぜこんなところに? 私は事態が飲め込めなかったが、相沢の「マメになります」という言葉を思い返した。

  

 マメ→豆……?



『先生、私豆になります!』



 頭の中の生徒の言葉が豆に変換されたとき、私はあまりの衝撃に我を忘れた。

 いや教師である私を忘れたといったほうが正しいか。



「っってはぁぁぁ!?? マメってなに、そっちの豆なの!! なれるの! なれたの? 嘘だろすげーな! おまえ」



 絶対にありえないことだが、そうだとしたら納得がいく。ここに豆があり、そして相沢が消えたのは、つまり、そういうことじゃないか。

 

するとありえないことに豆から声が聞こえてきた。相沢の声だった。


豆「先生、私、ずっとマメになれって言われて、豆のこと考えてました。考えて考えて結果、私、豆の魅力に辿り着きました。豆がかがやくのは個人的に節分だと思います。鬼に向かって投げつけて行く豆粒たち……私豆の気持ち考えました。豆の気持ち……」


 ああ、マジでマジなのか!? ってかなぜ豆なのに話せるんだよ!


豆「すっっっっごく快感なんじゃないかって! 連帯的に投げつけられる。ぶつけられる! でも豆だから、死ぬわけじゃないじゃないですか。食べられるけど、ぶつけられたぐらいじゃ死なないじゃないですか!! ってことはですよ、ジェットコースターのような、いやそれより過激な体験ができるってことですよね! ちょー最高じゃん!」


 とりあえずこいつはどうにかしないとという言葉がリアルに出てきてしまった。なんなんだこいつは。なんで豆になっちゃってるんだ。なんで喜々として受け入れちゃってんの? あまりのことに頭がついていけず、思考回路がショートする。



(俺きっと疲れてるんだ。昨日徹夜でこの面接の資料作るの頑張ってたしなあ。もう仕事あげて帰ろう、体調不良ってことで。そうしよう)



 豆はなかったことにして教室から出ることにした。向かう途中に相沢の悲痛な叫びが聞こえてくる。



「先生! 私を投げてくれませんかー……!?」


 とりあえず、一回外に出て落ち着いてから教室にまた戻ろうと思う。


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