異変
……ねえ、なんで笑っているの。
「なんでって……嬉しいからだよ?」
ウレシイ? ウレシイと笑うの。
「そう、嬉しいときや楽しいときは、皆笑うんだよ!」
じゃあ今、なんでウレシイの。
「それはね……-----」
「……」
思い瞼を開けると、隙間から光が差し込んでくる。 眩しすぎて思わず目を閉じた後、再びゆっくりと目を開ける。 そして今が朝だと認識したのは、目が覚めてから30秒くらい後のこと。 私はそれまで寝ていた布団から起き上がり、現在時刻を確認する。
「6時……か。 そろそろ起きないとだな」
この世界の朝は、常にひんやりとしている。 温かい布団が私を誘惑してくるのを断ち切るというのは、17年の人生の中でも馴れない至難の業だ。 それでも自分の体をえいと起こして、周りで寝ている奴らに向かって声を張り上げる。
「アステル、ビビ、クレア、ナオキ、もう6時だ! 起きろ!!」
私の声に反応して、全員がそれぞれに動きを見せる。
「え、もう朝なんすか? もうちょっと寝てたいっすよ……」
体育会系で朝がもっぱら苦手なアステル。
「朝っぱらからうるせえな、もうちょっと女らしく起こせねーのかよ」
俺様で短気だけど、仲間想いなビビ。
「にゃあ!? びっくりしました……すぐに支度しますね!」
明るくてしっかり者だけど、ちょっとビビリなクレア。
「ん?……ナオキはどこだ?」
1人足りないことに気付いた私は、辺りをキョロキョロと見渡す。
「俺は既に起きてるよ、お前より先にね、キール」
私の背後、つまりドア側から聞こえた声の主は、頭脳明晰でクール、私たちの中で唯一の東洋出身のナオキ。 私が探していた人物だ。
「起きてたのか、すまないな」
「ああ。 それよりおっさんが呼んでたぞ、朝飯できたってよ」
「飯っすか!? よし皆早く行くっす!!」
アステルは飛び起きるとさっきの眠そうな態度とは打って変わっててきぱきと身を整え、元気よく下に駆け下りて行った。 滑り落ちたような音が聞こえたのはきっと気のせいだろう。
「アステルさんはご飯のことになると途端に元気になりますねっ! 私たちも行きましょうか!」
「そうだな、じゃあ行こう」
最後に部屋を後にした私は、『Villege Repayment』と書かれた看板がさげられたドアを閉めた。 これは、私達のグループの名前。
『Villege Repayment』、通称『VR』は、スーリ村周辺の森に住む凶暴な魔物や、猛獣を討伐するグループだ。 みなしごでごろついていた私達を拾ってくれた村長と、村長が率いる村への恩返しのつもりで、数年前からこの活動を続けている。
ちなみに村長っていうのは……
「おう餓鬼ども! やっと起きたか! 飯冷めちまうぞー!!」
このやけに威勢がいいおっさん、モンドのことだ。 モンドには今でも住む場所とご飯を提供してもらっている。 私達が死なないでやっていけているのは、モンドのおかげってわけだ。
「「「「「いただきます」」」」」
カウンターテーブルの上から、おいしそうな匂いが漂う。 今日の朝食はパンと、玉ねぎのスープと、オオカミの肉だ。 特に玉ねぎのスープはモンドの得意料理で、スープの中では一番温まるものだ。 『オイシイ』のである。
「モンド、今日のスープ一段とうめえんじゃねーの!? いつもと味が違うぞ!?」
「よく気付いたなビビ! 今日は鶏ガラじゃなくてコンソメにしてみたんだぜ!」
「コンソメがよくわからないっすけど、うまいっす!」
「こんそめという言葉自体始めて聞いたが?」
「え!? ナオキさんコンソメ知らなかったんですか!?」
「俺は東洋の生まれだからな、そんなの知らねえよ」
「なに、お前コンソメも知らねーの!? やーい時代遅れの石頭ー!」
「あ? ……手裏剣でメッタ刺しにしてやろうか?」
「ふふぁいふぉもふぁふぇふっふ(2人ともやめるっす)!」
「また始まりましたよ、2人の恒例口喧嘩……」
カウンターの左端から5つは、私たちの特等席。 そこでいつもこうやってわいわい騒ぎながら雑談をして、それを私が見ているのが当たり前だ。 奴らにとっては『タノシイ』んだろうな。 私も『タノシイ』し、この状況が『ウレシイ』のだろう。
……『ウレシイ』? これは、教えてもらった感情。 教えてくれたのは……夢で見た、笑顔の人。 あの人は……誰だっけ。
「……い、おい、キール!」
「っ……あ、ああ、どうしたモンド」
「どうしたじゃねーよ、スープとスプーンもってぼーっとしてたぞ?」
「そう、か」
言われてみれば、私の左手にはスープの入った器、右手にはスープに先が少し入ったスプーンがあった。私はこの状態でずっといたのか。
「どうしたキール、随分難しそうな顔してたぞ? 何かあったのか」
モンドは心配そうに私の顔を覗き込む。
「何か……か」
私はスープとスプーンをテーブルに置いて、モンドのほうを見て最近胸に秘めていた考え事を打ち明けた。
「最近、夢を見るんだ」
「夢え?」
「そう、夢。 出てくる人物は同じ女で、場所もずっと同じ場所。 そこでその女は、私に感情を教えてくれるんだ。 『オモシロイ』、『クルシイ』、『アンシン』。 昨夜は、『ウレシイ』だったな」
「っ、そうか……。 夢の中なら、俺がどうこうできるもんだいじゃねえなあ」
モンドが複雑な顔をしたような気がした。 けどそんな素振りも一瞬で、すぐに笑って見せた。
「ただ、夢ってのはいろいろなメッセージが込められてんだ。 その女ってやつが、キールに何か伝えようとしてるんだな」
「メッセージ、か」
「おう、今晩見たら、少し探ってみたらいいんじゃないか?」
「そうだな、そうしてみるとする」
胸にあった悩みが、スウッと軽くなっていく感覚が分かった。 ああ、人に話すってこんなに『アンシン』するんだな。
「キールさん! もうすぐ討伐に行く時間ですよ!」
出入り口のほうから、クレアの甲高い声が聞こえる。
「悪いな、今すぐ行く。 じゃあモンド、行ってくるな」
「死ぬんじゃねーぞ餓鬼どもー!!」
モンドが声を張り上げて皆に呼びかけている中、私は出入り口のそばにあるフックから青いロングジャケットを取り、羽織る。 背中には『VR』の文字。 5人皆がつけている、仲間の証。
「よし、準備はいいな、皆」
「アステル、オッケーっす!」
青色の弓を掲げ、ニッと笑う。
「ビビ、準備完了だ」
掲げた拳からは、紅い光がかすかに放たれている。
「クレア、いつでも行けますっ!」
紫色に輝いた剣を掲げる。
「ナオキ、出れるぞ」
手裏剣を指で挟み、掲げる。
「私も出れる……」
私は赤の杖を掲げ、深く深呼吸をする。
「……『』、いくぞ」
「「「「おおー!!」」」」
それを合図に、私達は森へと駆けて行った。
森は、村から少し離れたところにある。 ここを抜けると町のほうに行けるため、連絡橋のような役割を果たしている。
しかし、その反面、凶暴な魔物や、人を襲ったり食べたりするような獣がここ最近で爆発的に増えてきた。 そこで結成したのが私達、というわけだ。
「今回の目的、まさかとは思うが把握していないやつはいないだろうな?」
私は皆を睨む。
「まさか。 最近はずっと同じような依頼ばっかりだから把握していないわけがないっす。 今日は人食い犬の討伐っすよね?」
「正解だ。 モンドが生息数が多いといっていたため、今日は単独行動を禁止する。 危ないからな」
「なら、二手に分かれるのか?」
「ああ。 遠距離攻撃と近距離攻撃、双方ができるようにペアを組む。 クレア、アステル、ナオキが同じグループだ」
「「「了解/っす!/です!」」」
3人は勢いよく森の奥のほうに駆けて行った。
「キール、俺たちもいくか」
「そうだな……だが、その必要はなくなったみたいだぞ」
進めようとしていた足を止め、耳を澄ませる。 だが辺りが静寂に包まれることはなく、獣の呻き声が四方……いや、八方から聞こえた。
「いきなりお出迎えかよ!? いらねえ歓迎だなおい!」
「馬鹿! 大声をだすな!!」
しかし、時既に遅し。 先程まで聞こえていた呻き声が止み、代わりにザザザザザという、草木を分けて走ってくる音が聞こえてきた。
「来るぞ、構えろ」
私は赤の杖を、ビビは構えの体勢をとる。
その……刹那。
『グルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
人食い犬が私達の周りを取り囲むように、一斉に飛びかかってきた。
「『アイアンロット』!!」
ビビが叫び、拳を勢いよく地面に叩きつける。 すると地面は大きくひび割れ、次の瞬間にはボコボコと壊れて犬たちを襲った。 これでほとんどは死んだだろう。
『グアアアアアアアアアアアアアッ!!』
「っ!」
私の背後から、ビビの攻撃を運よく避けた犬がかみつきかかってきた。 噛まれる寸前で杖で防御したとき、その犬を間近でみた。 そして……異変に気付く。
「こいつ……人食い犬じゃない」
そいつを杖で振り払い、互いににらみ合う。
人食い犬というのは、その名の通り人だけを食う犬……というよりは獣だ。 しかし、力の強さ以外は普通の犬と変わりない。
だがこいつは違う。 人食い犬より体が2回りくらい大きいし、牙も人食い犬より鋭い。 この容姿に当てはまるやつはただ一種類。
「……グロックオオカミか? ならば、なぜ生きているんだ。 1000年も前に火山の噴火で絶滅したはずだ」
意味がないとわかっていながらそいつに問う。
『グルルルルルルルルル……アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
すると突然そいつは雄たけびをあげ、私に再びとびかかってきた。
「『ブロッカ』!!」
そう唱えて杖を横に振る。 すると杖の先から紫の光の玉が数発放たれ、そいつに見事直撃した。
「これで死んだな……ビビ、そっちはどうだ。……ビビ?」
呼びかけても返事がなかったので、私はビビがいるほうを向いた。 ビビはぼうっとただ、立ち尽くしていた。 そして私を認識すると、青ざめた顔でこう告げた。
「なあ……なんでこいつら生き返ってんだ? 俺が……確実に……」
ビビが指差す先には、先程ビビの魔法で倒されたはずのオオカミ達が、ゆっくりと、確実に、起き上がって、こちらを睨む。
「ビビ! そいつらは人食い犬じゃない! 今すぐその場から離れて皆を集めて村に逃げろ! そいつらは普通の技じゃ倒せない!」
私はビビを追い越し、狼たちに向かって走る。
「おいキール! 何やってんだ戻ってこい!!」
「構うな、さっさと行け!」
「死亡フラグ立ててんじゃねーよ! ……本当に死ぬなよ!?」
「わかってる!」
ビビは私に背を向けたようで、アステル達が行った方向へと走り去っていった。
「この技はあまり使いたくないんだが……」
なぜ使いたがらないか、自分でもわからない魔法。 だけど、これを使えばかなりの確率で皆死ぬ。 周りも巻き添えになる。 だからかもしれない、この魔法を使いたがらないのは。
私が今感じているこの感情は『アセリ』。皆を死なせてしまうかもしれないというキモチ。 こんなことは初めてだ。 だから、使いたくない魔法も使う。
私を狼たちが囲み、一斉にとびかかる。 私は呼吸を整え、杖を高く掲げ、目を閉じ、大きく息を吸い、狼たちに告げる。
「――――――『Death warrant(死の宣告)』」
訪れたのは静寂。 オオカミの叫び声はもう聞こえない。 静かに瞼を開き、上を見上げると、とびかかろうとしていた狼たちが、私の頭すれすれのところで石化して、動かなくなっていた。
私はオオカミを見つめる。 よく見るとその皮膚はただれ、あると思った眼球はなく、目の部分は空洞になっていた。 それぞれから死臭と思われる匂いが漂う。 私のこの魔法にはもれなく死臭が漂うような機能はついていない。 むしろそんな機能はもれなくついてこなくていい。
生きているはずのない獣、生きていられるような状態ではない体、漂う死臭。 これらから推測できるこいつの正体。
「ゾンビ……モンドの法螺話じゃなかったのか」
いつだったか、モンドから聞いた話。 遥か昔のこの国では、呪いによって人を襲うゾンビが発生していたらしい。 空腹から食らうもの、ただ殺戮を繰り返すもの、生き血を吸うもの、様々だったそうだ。その事件は全て、勇者と呼ばれた者が沈めたらしいが、そんなものを見たことがなかった私は、モンドの話を信じなかった。 そのゾンビと思わしきものが今、ここに存在している。
「なにか呪いがおきているということなのか……。 なんにせよ、こいつらをこのままにしておくわけにはいかない」
腰から短剣を取り出し、狼たちの首を切り落としていく。 モンドの話によると、ゾンビは首をしっかり斬り落とさない限りは死なないらしい。 私が首を切り落とすと、空中で石化していた狼たちは、血を吹かしながらドサドサと音を立てて落ちていった。 私の魔法は、息の根を止めると解けるのだ。
「……血まみれになっちゃったな」
私は短剣を鞘にしまい、撤退することにした。
「キールー!! 無事っすかー!?」
奥のほうから私を呼ぶ声が聞こえる。 アステルだ。 他の3人もいる。 無事なのは何よりだが、なぜここにいるのかがわからなかった。
「皆……なぜいるんだ、村に逃げたはずじゃなかったのか」
「何言ってるんすか! キール1人だけ置いていく訳にはいかないっす! それに、単独行動を禁止したのはキールじゃないっすか!」
その強い瞳が、私を見る。 他の3人の目も同じだ。
「……ありがとう。 そうだったな」
私も、皆を強く見返した。 しかし、皆は固まったまま動かない。 今度はなぜか驚いた表情を私に見せる。
「皆? どうしたんだ?」
その問いに、クレアが答えてくれた。
「いや……キールさんが笑ったの、初めて見たなあと思いまして」
「『ワラウ』? 私が、か?」
「無意識だったんですか? ちょっと……びっくりです」
気が付かなかった。 私が無意識にでも『ワラッテ』いたなんて。 あの人にさえ『ワラッタ』ことはなかったのに。
……あの人? あの人? あの人って……誰だ?
「……ルさん。 キールさん? どうしたんですか?」
「っ、あ、いや、なんでもない。 とにかくここは危険だ、あいつらと戦っても今じゃ埒があかない」
「……撤退、か」
「ああ、作戦は失敗としてモンドに報告し、この森の現状を伝える」
「「「「了解」」」」
その後は、ただひたすら無事に帰ることだけを目的とし、森から抜けた。 途中でまたゾンビと遭遇し、ナオキがクレアを庇って軽傷を負ってしまったが、誰一人死ぬことはなかった。 モンドの店に帰った時、どれほど『アンシン』したことだろうか。
私はこの日、初めて死に対する『キョウフ』を覚えた。
「アステルさん……本当にすみませんでした」
「気にすることないっすよ! むしろ手当までしてくれてありがとうっす!」
夜の9時。 客のいないフロントのいつもの特等席では、アステルがクレアにやってもらったらしい包帯が巻かれた右腕をぶんぶん振り回していた。
「ほら、俺はこんなにげん……ったああああああああああああ!!」
「ああっ! だめですよ動かしちゃ! 傷口開いちゃいます!」
痛がるアステルを慌てて介抱するクレア。 それを見て『ワラッテ』いるビビと、呆れるナオキ。 ああ、いつもの日常だなと、『アンシン』する。
「アステルの手当終わったんだな。じゃあ、話を始めるぞ」
奥からモンドが出てきて、私たちに温かいココアをくれた。 ふんわりとしたあまい香りが、私たちを包み込む。
「これから話すことは、実に突飛だし、受け入れがたいものかもしれん。 だが、それを現実として受け入れてほしい。 ……特にキール、お前にはな」
「私? どうして私なんだ?」
「それもこれから話す……」
モンドは一瞬だけどこか『カナシソウ』な表情を浮かべた。 一息ついてから、私たちに語った。
「数年前に俺がお前らにゾンビの呪いの話をしたことは覚えているな?」
「ああ、あの時俺は法螺話だと思っていたが、さっきキールから本当にいたことを告げられた」
「だから本当だって言っただろ? 俺は嘘なんざつかねえよ」
そう言うと勝ち誇ったような笑みを浮かべて、腕を組んで私たちを見下ろした。 何もそこまで居間らなくてもいいのに。
「モンドさん、話ずれてるっす」
「あー悪い悪い。 元に戻そう。 今から話すのはその呪いの発生原因についてだ。 この本を見てくれ」
モンドがカウンターの上に出してきたのは、1冊の古びた赤い本だった。 ぱらぱらとめくっただけでも、激しい劣化がわかる。
「そいつは呪いが起きたときに勇者が記した
ところどころが土や赤いシミで見えなくなっていた。 そしてもう一つ、致命的な欠点があった。
「これ……私たちの国の言葉じゃないですよね?」
「そうだ、だから俺もところどころしかよめねえ」
この本に書いてあるのは、東洋の文字である漢字やひらがな、カタカナばかりであった。 その文字の存在を聞いたことはあるが、実際に目にしたのは初めてだ。
「東洋ってなると、石頭しか読めねえのか?」
「誰が石頭だ馬鹿野郎。 読めないことはないが、数年間こちらの言葉しか使ってないから完璧に覚えているかどうか……」
「それでもいい、読んでみてくれ」
「わかった」
ナオキは本を手に取り、関連性のありそうなページを探す。
「これだ。 『ゾンビは、本来墓や土の中で眠っている亡者の死体に魂が入り再び動き出した、一種の化け物だ。 ゾンビは既に死んでいるため、人やすべての生物において致命傷となる傷を負っても死なない。 唯一の弱点は、首を胴体から完全に切り離すことだ。 したがって、遠距離からの攻撃や、間接的な攻撃は足止め程度の効果しか得られないだろう。』……ここまでいいか?」
「首切るだけっすか!? 俺の弓使えないじゃないっすか……」
「俺の拳技でさえ駄目だったんだ、遠距離が使えねえのは立証されてる」
「だな、私が首を切り落としてようやく死んだからな」
「何か対策を練らないといけませんね……」
私達の生きる術を、一つ奪われたような気分になった。 部屋の空気が重くなる。
「……続けるぞ。 『死体が蘇る原因は、Requiemにある。 この国を統治するデスパイアーの末裔にだけ受け継がれる呪いの歌で、それを歌えば死者が蘇ってしまうのだ。 かと言ってRequiemを歌う者もすでに死者と同じような体、もしくはそれより再生能力が上がっているため、殺すことは不可能である。 仮に殺せたとしても、呪いが終わることはない。』」
「退路思いっきりたたれてんじゃねえか」
「それはほおっておけと言う話か?」
「続きがある。 『ただし、AntiRequiemという魔法があり、それを使えば歌う者を静めることができる。 しかしそれを使いこなせる者もデスパイアーの血を引いたものだけであり、それ以外のものが手に入れると魔力が増大すぎて体が耐えられなくなり、死に至る。 もし私がこの本を記した時以降に呪いが起きてしまったとすれば、デスパイアーの血を引いたものを探し、AntiRequiemの魔力が宿った石を覚醒させて欲しい。 そうすれば、呪いが静まる。 どうか私が成し遂げられなかった呪いの断ち切りを、この本を手にしたものに託させてくれ。』……」
そして次のページをめくったところで、ナオキが読むのをやめた。 皆は不思議に思ったが、次の言葉を静かに待っていた。 しかししびれを切らしたビビ。
「おい石頭! 続きを読まねえのかよ!」
するとナオキは本に向けていた目線を私達に向け、開いていたページを私達に見せた。
「破かれている。 目次に書いてあったが、次にはデスパイアーの所在が書かれているはずだったようだ」
「そんな……折角道が開けたと思ったのに」
「モンド、この勇者は今どうしているんだ? 勇者さえいれば、所在がわかるだろ?」
ナオキの問いに、モンドはためらいながらも口を開いた。
「死んださ、呪いでな」
「えっ!? 勇者はAntiRequiemで封じたんじゃないんっすか!?」
「別の書物に書いてあったんだが、勇者は首を斬るという方法で歌う者を倒したんだ。 デスパイアーの血をひくものは見つけたが、そいつが幼くて、戦いに巻き込ませる訳にはいかないと思っちまったらしく、できなかったんだとよ。 そして呪いが国に行かないように特殊な方法で自分に呪いを取り込み、自ら谷底に落ちていったらしい」
「まじかよ……」
その壮絶な最後に、全員が言葉を失った。 そしてそれを実行に移す勇気なんて、誰も持ち合わせていなかった。 いや、今すぐ持ち合わせられるほうがすごい。
「でも……どうしましょう。 勇者がいなければ誰もデスパイアー家を探せないじゃないですか。 今は統治者が変わっていますし……」
「いや、俺は既に一人知っている」
「「「「「えっ」」」」」
突然のカミングアウトに、誰もが『オドロイタ』。
「まさか、モンドとか言い出さないだろうな」
モンドは嘘はつかないものの、時々冗談を言ってくるため、信用ができなかった。
「ンなわけねえだろ! それならとっくに行動を始めてるさ」
「じゃあ、だれなんっすか?」
「それはな……」
モンドは言うのをためらっているように見えた。 しかし、何かを決意した表情を浮かべ、まっすぐ私を見て、ただ一言、こういった。
「デスパイアーの血をひいてんのは……お前なんだ、キール」
「……は?」
突然のカミングアウト第2弾であった。 皆の視線が一斉にこちらに来る。 待て、理解が追い付かない。 私がデスパイアーの血を引いている? なんで?
「モンド、冗談なら今すぐ取り消してくれ。 シャレにもならない」
「いや、冗談なんかじゃねえ、お前が正真正銘、デスパイアー家の末裔だキール……いや、『ファインテスト・デスパイアー』」
……ファインテスト・デスパイアー? ソレハダレ? 私なのか? 私が? デスパイアー家の末裔? 違う、私の名前はキール。 ファインテストなんかじゃない。 でも、そうなのか?
「お前らには悪いが、今日で『VR』は解散だ。 これからキールには、Requiem静止への旅に出てもらう」
「理解が追い付かねえよ……モンド! どういうことか説明しやがれ!」
再びしびれを切らしたビビがモンドの胸ぐらをつかんだ、その刹那。 ガシャーンという窓の割れる音が、フロントに響き渡った。
それがこれから始まる悲劇の物語の、始まりの合図だった。