猫の手
ベッドに寝そべりながらサイドテーブルに置かれている時計を確認した。時刻は23時を過ぎており、周囲の民家からも生活音が聞こえなくなってきていた。
寝る前の日課は人それぞれ違うのだろう。となんとなく考える。
コップ一杯の水を飲む。ストレッチをして体をほぐす。読書をする。一日を振り返る。など、例をあげるときりがない。俺も中学生ながら寝る前の日課はある。
ベッドに寝そべり、リモコンで部屋の照明を消す。すると天窓から月明かりが差し込み部屋がほんのりと明るくなる。
俺の日課は天窓から夜空を見ること。いつから始まったかわからないが、気が付けば見るようになっていた。
「にゃー」
飼い猫のタマも月明かりに照らされた部屋が好きなのか、電気を消すといつも俺の部屋にやってくる。
静かな部屋にタマの爪音だけが鳴り響く。そのカツカツとした音は、徐々に俺に近づいてくるのがわかった。
ベッドの横で爪音が消える。
「……うっ!!」
一応心構えをしていても、急に胸に飛び乗られるのは辛い。
「にゃ!」
「よしよし」
胸の上で丸まったタマの頭を撫でる。表情は見えないがゴロゴロと喉を鳴らしているんだから気持ちよさそうにしているのだろう。
頭、顎、背中、お尻と順番に撫でていく。次第にゴロゴロが小さくなり、完全に言わなくなったら睡眠モードに入った証。こっからは俺の番だ。
前足をそっと持ち上げて肉球に触れる。
猫の肉球を揉みながら夜空を見る。これほど心が穏やかになる時間はない。
なぜ、猫の肉球はこれほどまで気持ちがいいのだろうか。もし、俺にも肉球があれば常に触っているだろう。でも残念ながら俺には肉球が存在しない。だから俺は飼い猫のタマの肉球で我慢する。
薄れ行く意識の中で夜空に星がキラリと流れたのが見えた。
<ピピピ ピピピ>
「う~ん」
サイドテーブルに置いてある時計からアラーム音が耳に突き刺さる。
俺は手を伸ばし、時計上部にあるスイッチを押した。
<ピッ>
スイッチを押した右手に違和感を感じた。
寝起きのせいで開かない目を無理やり開け、右手を凝視する。
「なんだこれっ!」
俺の右手――いや、もうそこには人間の右手は無かった。
「……猫の……手?」
なにかを掴む為の指なんてものは存在しない。両手ともに手首から下が毛で覆われ、手のひらには肉球。鋭い爪。完全に猫の手になっていた。
「と、とりあえず救急車!」
慌ててサイドテーブルに置かれている携帯を掴もうとしたのだが、いつものように携帯を掴める指がないので、床に落ちてしまった。
床に落ちた携帯を取ろうと必死に掴もうとしたが、中々掴めない。いや、これが普通なのか。猫はいつも手で掴まずに口で掴む。俺も携帯を口で掴もうとベッドから前かがみになった時、ベッドの下から突然人間の手が出てきた。
「うわぁ!」
慌ててベッドの上に立ち上がった。一瞬にして額に汗が滲む。
あれは明らかに人間の手だった。勘違いとかそういうレベルじゃない。まさか俺が寝ている間に泥棒が入って、ベッドの下に潜り込んだのか? そういえばベッドの下の殺人鬼とかいう怪談を聞いた事がある。
俺はどうする事も出来ずにベッドの上で立ち尽くし、ありとあらゆる可能性を考えた。
「にゃー」
タマの声がベッドの下から聞こえた。
「タマか?」
「にゃーん」
ベッドの上から覗き込もうとしたら、先にタマの鼻が見えた。
「タマ! その下に……」
なにかに怯えているのか、躊躇しながらゆっくりと出てきたタマだったが、その姿に驚愕した。
「おい……その手」
そこに付いているのは猫の手ではく人間の手だった。しかも俺の手だ。見間違いようがない。俺はハッと気が付き、自分についてる猫の手を見ると、タマと同じ模様をしていた。
もう一度タマの方を見ると不服そうな表情を見せながら、こちらに向かって「にゃおーん」と弱弱しい声で鳴く。
『おはようございます。午前7時をお伝えします』
テレビのオンタイマーが作動し朝のニュース画面が映った。
『今日は流れ星が沢山見えましたねー。みなさんは何かお願い事をしましたかー?』
俺はタマの方を見ると、タマも俺の方を向いた。
「俺が願ったのか? それとも、タマが願ったのか?」
「にゃ?」
最後まで読んでいただきありがとうございます。
他にも短編を数作品投稿しているので、よけらば読んでみてください。