ミキサー少女
「よい……しょっと」
額に溜まった玉のような汗を袖口で拭い、男は運んでいたトランクをゆっくりと床へ置いた。
狭い部屋の中には男が一人。二つある窓は全てカーテンが閉め切られていて薄暗く、カーテンは動かないよう四隅がガムテープで固定されていた。フローリングの床にはブルーシートが一面に敷かれ、これもまた、動かぬようにガムテープで固定されていた。
男が手探りで壁にあるスイッチを押すと、蛍光灯に明かりが灯り、部屋の中央に一脚の椅子が現れた。直線的なデザインの金属製の椅子で、その脚には何本もの螺子が突き刺さり、まるで縫い付けるかのようにして床へ固定されていた。
「ごめんね、暑かったかな?」
そう言って、男は持ち込んだトランクの留め金を外し、その中身を慎重に取り出した。
それは、一人の少女だった。胸に校章の付いた紺色のブレザーを着ているその少女は、両腕をロープで後ろ手に縛られ、口には猿ぐつわをされていた。ぐったりと両目を閉じている様子からは、意識があるようには感じられない。
男はポケットからカッターを取り出すと、少女の腕を縛るロープを切り落とした。そのまま少女を抱きかかえ、部屋の中央にある椅子に座らせると、ロープを使って両腕をひじ掛けに縛り付けた。両足も同じように椅子に縛り付け猿ぐつわを取り外すと、少女の額や首元をハンカチで丁寧に拭った。全身を汗で濡らしたその様子からは、よほど長い間トランクの中に閉じ込められていたことが窺える。
「それじゃ、もう少し待っててね。まだ準備があるんだ」
男はそう言い残し、部屋を後にした。
目覚めた少女の目に最初に飛び込んできたのは、エプロンを着た一人の男の姿だった。
ピンク色の生地に色とりどりな花の絵が描かれたエプロンを着た男は、今時の料理が趣味とう若者のように見えるが、少女にはこの男が何者か知っている。
自分はこの男に誘拐されたのだ。状況からして、何か身の危険がこの身に降りかかることは容易に想像できる。まさかこの男も、わざわざ誘拐までして自分の手料理を振る舞おうなどと考えているわけではないだろう。
「おはよう!予想より起きる時間が遅いから、ちょっと心配しちゃったよ」
男は満面の笑みで少女に語りかける。その笑顔からは、この男が少女を誘拐した犯罪者などとは微塵も感じとることができない。
「気分はどうかな?調子が悪いなら、水でも飲むかい?」
まるで、その原因が他にあるかのように、男は少女の体調を慮っていた。
「いえ……」
少女は怯えた表情で小さく首を振り、そのまま力なく項垂れる。
「ごめんね。連れてくるのがちょっと荒っぽすぎたかな?」
あれを「荒っぽい」などという言葉で済ますのか、と少女は憤慨したが、それを男に向けるだけの気力はもはや持ち合わせていなかった。少女に反応がないのを見て、男は更に続ける。
「遅くなったけど、ようこそ僕の家へ!歓迎するよ」
「家に……帰してください」
「まあまあ、そう言わずにさ。ゆっくりしていってよ」
少女の願いを否定したうえで、男はあくまで客人のように少女をもてなす。両手両足を拘束されてはいるが。
「何か食べる?色々用意したんだよ」
そう言う男の傍らには、会議室で使うような簡素なテーブルが設置されていた。その上には真っ白なテーブルクロスが敷かれ、左半分には大皿に沢山の果物が盛り付けられていた。ミカン、リンゴ、イチゴ、ブドウ、スイカ、バナナ、メロン……挙げていけばキリがないほどで、さながらフルーツバスケットのようだ。そして右半分には、小ぶりなまな板と果物ナイフが用意されていた。
「さあ、どれでも好きなものを言ってごらん。僕が食べさせてあげるよ」
「いえ……結構です」
少女が俯いたままそう答えると、男は拗ねたような顔で果物ナイフを持ち上げた。そして鞘を抜き、皿の淵をカン、カンと叩く。
その様子を見て、少女は小さく悲鳴を上げた後に「リンゴで……」と答えた。
「よしきた!」
男は再び笑顔に戻ると、皿の中から真っ赤なリンゴを掴み取ると、右手のナイフで器用に皮を剥いていく。
「はい、どうぞ」
八等分に切り分けられたリンゴの一つを、爪楊枝に刺して少女の口元へ近づける。少女は決心して目を瞑ると、そのまま目の前のリンゴに噛り付いた。
切り身の半分ほどを口に含み、そのまま咀嚼していく。しゃくしゃくという咀嚼音だけが狭い部屋の中で響き渡り、それに合わせて少女の口の中に甘い果汁とリンゴ特有の青々とした香りが広がっていく。
「おいしい?」
「……はい」
その答えに満足したのか、男は更に続きを促す。
「バ、バナナを……」
「バナナね」
男は房からバナナを一本取り出すと、皮を剥いてまな板の上で丁寧に輪切りにし、その一つをリンゴと同じように少女へ差し出した。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
少女は軽く礼を言い、少だけ首を伸ばしてバナナを食べた。リンゴよりも更に強い甘さがねっとりとした食感と共に広がり、そして溶けていく。
「もう一つくらい食べられるよね?」
「じゃあ……ミカンでお願いします」
男は頷くと、ミカンを掴んで皮を剥き始めた。剥き終わってその中から一房取ると、丁寧に白い筋まで取って少女の口の中に入れた。
「おいしいかい?」
男の問いかけに、少女は少しだけ和らいだ顔で頷いた。
「それは良かった。じゃあ、僕は少し準備があるから待っていてね」
男はそう言い残し、再び部屋を後にした。
男が戻ってきたのは一時間ほど後の事だった。
男の右手には、小さな紙袋が提げられていた。それを床に下ろし、男は少女に向かってこう言った。
「いやあ、待たせちゃってごめんね!でも、そんなにすぐには始まってくれないから仕方ないんだ。僕だって、できることならすぐに始めたかったんだよ」
「……一体、私に何をするつもりなんですか?」
無理やり誘拐してきた割には丁寧に果物まで与えて、解せない、といった風に少女が問いかけた。
「いやあ、これを見てもらえば分かるかな?」
そう言って男がリュックサックから取り出したのは、一本のゴムホースだった。ホームセンターなどで売っているような普通のホースで、長さは二メートルほどに見える。
「……?」
「うーん、分からないか。えっとね、これはこうやって使うんだけど――」
そう言うや否や、男は素早い動きで少女の顎に左手を当て、そのまま下へと下げた。そして少女が悲鳴を上げる間も与えずに、その開いた口に右手でホースの先を押し込んだ。何が起きたのか理解できずに困惑している少女をよそに、男はぐいぐいとホースを奥へ押しやっていく。やがてホースが奥で止まったのを見届けると、男はようやく少女の口元から両手を離した。
そして男は、少女の口から数十センチホースが延びているのを満足そうに見届けると、両手から滴る少女の涎を丁寧に舐めとった。
一方少女は、とてつもない食道の違和感と眩暈のするような嘔吐感で椅子から倒れてしまいそうになるも、両手両足を固定されている状態では、目に涙を溜めて胃の中のものを必死に押さえつけることしかできなかった。
「よし、準備完了!」
「な……何を……」
「えっと……簡単に説明すると、今から君のジュースを飲ませてもらうよ!今日は、リンゴとミカン、それにバナナのミックスジュースだ!」
その意味を理解し、少女は涙を流してふるふると懇願するように首を振った。
「いやいや、僕だって楽しみなんだからね?好きな子のお腹で作ったミックスジュース。本当は、こんなホースじゃなくてちゃんとしたストローで飲んであげたいんだけど、なかなか長いストローもないんだよねえ」
「ぶ……ヴェ……」
「あ、吐いちゃ駄目だよ!せっかくのジュースが台無しだ」
男が慌てて少女の顔を上に持ち上げ、内容物の逆流を阻止する。その行為により、一度上がりかけた液体は、再び腹の底へと戻っていった。
「ん゛ー!ん゛ー!」
「じゃあ、そろそろ……いただきまーす」
男は両手を合わせてそう言うと、右手で少女の顔を固定し、左手で少女の口から出ているホースを咥え、思い切りすすり上げた。
男が笑顔でホースを吸っている間、少女は閉じることの出来ない口から唾液を垂らし、狂人のように泣き喚きながら体を痙攣させ、必死に男から逃れようとする。しかし、体を縛られた非力な少女では、目の前の男から決して逃れることはできない。
そして、男がホースを吸い始めて十数秒後。普通のストローと違い、直径が長いホースでは少し時間差があったが、男の口の中に少女の胃液が届けられた。
男は一旦ホースから口を離すと、まだ食感の残る未消化の果実を噛みしめるように数回咀嚼し、口の中で存分に味わってから胃液もろとも飲み込んだ。
「ああ、口の中で小さく切り刻まれ、胃液で程よく溶かされた君のミックスジュース、おいしいよ!体温で程よく温くなっているのがいいねえ!これは、君の体の中でしか作ることの出来ない最高のジュースだ!」
そう言って、男は口の周りに舌を這わせ、付着した胃液を舐めとった。その顔には、目を背けたくなるほど不気味な笑顔が浮かべられている。
「それに、これは元々君の体の一部になるはずのものだったんだ!つまり、これはもう君と僕は一つの生命体になったも同然だろう!?」
そう言って、男は再びホースに口をつける。男がそれを吸うたびに、少女は苦悶の表情を浮かべた。
――長い時間を掛けて少女の胃の中を飲み干した男は、再び問う。
「さあ、次はどれを食べる?」




