三話 戦闘、正体、逃走、一日
足音と共に動悸が嫌に早くなり耳に届く。近づいてくるつれに脱力した身体がまた強張って手に余計な力を入れてしまう。
カッコつけて覚悟を決めてもどうしてもこの状況は萎縮してしまうな。この状況に耐えられるのはやはり慣れなのだろうか経験者なのだろうか。
俺も経験を積んでそういう奴になりたいなぁ、カッコイイし。生きたい理由が些細だが増えたな。
(さあこい、さっきの貸しを返してやるぜ……ッ)
ゆっくりと歩を進ませる敵の足音。奴も警戒しているのかそれとも余裕の表れか、たぶん後者だな。反撃もできずに無様に攻撃されまくって怪我を負って身を隠した弱者のように敵には見えてるんじゃないだろうか。
うわ、そう考えると何としてでも一発くらいは殴りたい。
敵の足音が止まった。踏んだガラスの音で大方の敵の位置を察知、嗅覚から感じるうっすらと敵の臭いと一致間違いなし、意を決し踏み込み床が壊れるほどの勢いでデッキデスクごと持って敵に向かい邪魔なモノも気にせず特攻!
「……ッ」
気づいた敵が暴風並の強風で攻撃を繰り出してきたがデッキデスクを盾替わりにして攻撃を防ぎ、突進し敵にぶつかった感触を確かに感じ奇襲に成功したと思った、だが、
(感触が妙に柔らかい?)
デッキデスクに隠れるように特攻した為敵の姿は良く分からなかった、だがデスクデッキが破壊され視覚に映す事ができ敵の姿を視認する。
そいつは濁った半透明な色と赤い色水をした粘液の塊のような、熊。俺の知っている知識の中で相当しているは国民的に某有名なスライムに似た身体を持つ熊の形をした生物だった。
(熊の形をしたスライム? ていうか、これ効いてねブラッ!?)
見た目通りのスライムの為か突進は効いてる様子はなく熊の腕で腹に殴られ返される。柔軟で弾力のある腕力に吹き飛び、部屋の壁に叩きつけられる。
(くっどんな腕力してんだ、爆発程ではないにしろキツイッつうの、それに腹が炎とは別の意味で焼けるように痛いんだけど)
スライムって事はもしかして腕の部分の細胞からお約束の消化液が出せるんじゃないだろうか、消化液付きの打撃ってそりゃ痛いはずだわ。弱音をつい吐いて膝を折りかけるも意地と根性を張って何とか踏ん張る。
だがスライムのような体をした熊さん、略してスラ熊(ネーミングセンス無い? ほっとけ)と今はそういう名前で呼称する事に決めた敵は隙を逃がさないとばかりに口から炎を噴出した。
クソッと内心舌打ちしながら炎を躱し室内じゃ流石に燃え盛って不利になると気付き、足元に落ちていた器物を気にせず床諸とも踏み砕き、勢いよく跳んでまたガラス付きの窓をブチ破り外に脱出!
(うおおおあっ! ドッコイショラァ!)
弁償代幾らだろと違う所をちょっとだけ気になりながらゴロゴロと地べたを転がり両腕両足の四肢の力で線を作りながら勢いを殺す。
アスフャルトの道路に四本の線の後が刻まれ線の向こう、敵の居る廃ビルを視線を向ける。部屋の中はもうすでに燃え広がりスプリンクラーが設置されてたのか天井から炎を消化するべく大量の水が散水した。
(はあ、はあ、これ以上はキツイ。もう少し楽しみたいけど死ぬのは嫌だしここが潮時か)
他の生物が戦闘際の騒音で集まって来る可能性もあるし、ド素人の初めての戦闘にしては上出来じゃないだろうかと自分で自分を称賛する。逃げ一択に決まった時、炎を巻き込んだ強風が渦を巻いて容赦ないスラ熊からの追撃が襲いくる。
しかーしそう何度も喰らうか! ぶっちゃけ追撃が来るのは半場予想していたので余波の熱風が鱗を熱く撫でただけで俺は上手く避ける。と俺の居た場所が燃え広がり辺り一帯が小規模の火災地帯に変貌、二段構えの攻撃とは炎はやっぱり厄介だな。
さっきから炎を浴びまくって暑苦しい温度にいい加減、頭が参りそうだしさっさと逃げらせてもらいますか。
今の俺は時速百キロ並のスピードで走れるチータービックリの速力、どんな生物だろうと追いつくのは困難の筈、スラ熊は見た感じ鈍そうな奴だし逃げ切れるのも同然だ。
そういう訳で、
「ゴゥオオガァッ!」
(あばよぉーとっつあんっ!)
一度言ってみたかったこと言いたかったけど蜥蜴人間には発音器官が人とは違うのか代わりに奇声を発してしまい締まらなかったのでちょっと内心ショボンとする。
暫くはスラ熊と対峙したくないので遭遇しない所へ出来るだけ遠く、体力が待つ限りとにかく走って後ろから何か視線のようなもの感じなくなるまで安全だと思うまで廃墟の町中を駆けその場を後にした。
※
(死ぬかと思ったーけど楽しかったなぁ、ああ和むぅ~~)
視線も感じなくなり此処なら安全だと感じた場所で只今絶賛公園にある林の下で休息。日陰は思ったより涼しく時折吹く風が妙に安らぎを与えてくれて、地面から生えた青々とした香りを漂わせる雑草が心地良いクッション代わりにもなり瞼を閉じれば思わず寝てしまいそうだ。
道中そこらの店の近くに落ちてたのを拾ったタオルを公園にある水飲み場の蛇口を捻り水を出す。意外とまだ水道が通ってるのかその水をタオルにかけて適量に絞り、冷やしたい体の箇所に当てる。
(あー気持ちいい)
このままいけば体温を調節と自然治癒が捗って回復を促進できそうだな。
(さっきまで熱気に当てられ過ぎて身体がダルイ、キツイ、シンドイ、の三拍子だったからなあ……間違ってるなこの三拍子)
本質は変温動物みたいだし人に近しい原型だけど外気温で体温が影響を受けやすいのだろうか。だとしたら益々スラ熊は俺にとって相性悪いし難敵だな。
炎は攻撃力抜群だし不利な環境にも変えれる、しかも風を使う力も持ってるみたいだった。
風は炎を強くする相乗関係、あの二つが合わさったら凄まじくヤバい事になるのは必然。
おまけに身体は弾力のあるスライム状で突進とかの物理攻撃は全く効かない。
身体からは消化液のようなモノを出して迂闊に触れられない始末。
今の現在俺にあのスラ熊に対する有効打は無し、炎とか風とか口から吐けるかなーってちょっと練習してみたけど成功する兆しは全く見えない、素手の接近戦で戦り合うと完璧に負ける。
うーんまさしく俺の前にいきなり立ちはだかる強敵の壁だな。まあ、別に無理を強いる事はないだろう、勝算もゼロに等しいのに性懲りもなくもう一度戦いに行っても負けてつまらないだけだ、最悪死ぬ。俺にはまだ圧倒的に足りなさ過ぎる、無知すぎる、勝つための能力が不足している。
故にこんなひどい目に遭ったのは高い授業料だと思っとけば良い。それをコツコツと積み重ねながら何れかは宿敵スラ熊を倒す。時間もあるし気長に行こうじゃないか。
という訳でまずやることは回復するのに専念する事、これ重要。
(あー水に浸かって冷えたタオルを背中に乗っけて寝転んで、そよ風に吹かれるのは何とも心地いい)
そういえば活動拠点も決まってなかったな、この公園なら林が幾つも生えていて見通しが悪いし隠れるのに最適、水飲み場の水もまだあるし水に関しては暫く困らない。
住居なら問題ない、『前の俺』が住んでいた家の記憶は無いけど住む場所は近くの無人の家を使わせてもらおう。住居侵入罪? はて何の事やら此処は人間の法律など破局した無法地帯です。
さて最後は、食料か。はあぁ、結構長い溜息を吐いた。最初コンビニで取った食料は爆発で彼方へキラン☆ て飛んじゃったんだよなーあれ食っとけば良かった。
さっきの戦闘と全力マラソンでもうすっかり腹減ったよ、腹鳴りが起きるレベルで空腹だよ。この辺りの近くに食料が置いてある店なんて精々飲み物が置いてある自動販売機ぐらいで何にもねーよ、あーお腹が空いて動けない空腹で死ぬぅ。
やっぱり食料を探すべきか、いやでも今は休みたい、しかしお腹が空いた、身体が鈍い痛みを訴えてくる、似たような内容の自問自答の繰り返しループが暫く続いた。
(あ、家から食料を拝借すればいいじゃん)
空腹感と倦怠感で軽く思考を放棄していた頭の中でふっと妙案を閃く。
その手があったかと痛みを堪えてよっこらしょと立ち上がり公園から近くに建ててある屋根が少々壊れた二階建ての家にまで歩いて移動、嗅覚で回りに誰もいないか確認して鍵が掛かっているドアを自慢の脚力で蹴り破り堂々と不法侵入をする。
・良い子も悪い子も決してマネしないでね!
家中に土足で入った俺は取り合えず金目、じゃなくて食材を探しに掛かった。
やっぱり如何にも食い物があるリビングと思われる部屋に入る。此処の住人は急ぐ用事でもあったのか物が少し散らかっていある。
何かが起きて急いで避難所に向かう的な事になったのだろうかと考えていると冷蔵庫を見かけたので、一旦思考を隅に置き冷蔵庫へ早歩で向かう。
冷蔵庫を開くと中にはまだ食えそうな品々が、ヤベ涎垂れた。賞味期限がどれも過ぎていたがそこは気にしないで食えるので問題なし。
賞味期限が過ぎると食べれなくなるという結構勘違いしている人も多いがあれは美味しさの保証期限だからな。
本当に気をつけなきゃいけないのは消費期限、安全に食べれる期限なのでそこん所を間違えない様に注意だ。できるなら賞味期限前に美味しく食べような。
生でもいける物、お、ベーコン見っけ後で食うか。豆腐か、醤油切れてないかな? 麦茶ボトルの中まだ結構あるな。トウモロコシにもやし、ラップに包まれた半切りのキャベツ、とりあえず生でもいける物全部持っていこう。
気分は何故かバイキング式の食材選びをするアレみたいで少し浮かれた、やってる事はアレだけど。品定めも終わり両手で抱え持ってきた食料を広いテーブルの上に置いて、
(では準備も出来たし食いますか、いただきます)
パンと手を合わせて言葉が出せないので心中で食事の挨拶をしちゃんと洗った手で食事をとり始める。箸とか使わないのは蜥蜴の手だとやり辛いし繊細な力加減がまだ出来ないから無駄に壊すだけなので素手で飯を食うのは仕方がない。
蜥蜴になって初めての食事だけど味覚も食性も何ら変わりないな、蜥蜴だから雑食なのか美味しくいただきました。食事が終わり手を合わせてご馳走様と心中で言い終えてから麦茶の入ったボトルをガブ飲みしてると外は夕焼けで陽が沈んでいることに気づいた。
もうこんな時間か、時計も全然見ていなかったし気づかなかった。
今晩はここに勝手に泊まらせてもらおうかなどうせ無人出し、あ、折角だし風呂も入ろう。十分な食事もとったしあとは体力を回復する十分な睡眠をしようっと。
(あれ? なんか普通だ)
あの死闘は何なのやら、夜は平和でのんびりとした蜥蜴の姿以外まるで淡々とした一人暮らしの人間のような時間を過ごした。
明日は何しようかなーと陽気に考えながら今日起きたことを振り返った、突然のトカゲ男になったり命懸けの戦いありちょっとした安らぎありの非日常が始まりを告げた今日という日を何度も頭の中で何度も再生しリピートを繰り返す。
(……今日は凄かった感動した、それしか言葉で言い表せない濃く不思議な出来事だった)
その感想抱いてソフャーで寝転び瞼を閉じ意識が深い海に沈むかのように暗転し眠りにつく。
(けどちょっとだけ物足りねえ)
ちょっとだけ眠りを妨害されるようなハプニングを期待していたので残念と思う思考を何処かにに吹き飛ばしたのを最後に寝た。




