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さゆと千里  作者:
2/2

初会相手

夜はあっけなく来るもので、気付けば太陽は沈んでいた。

番頭が花魁おいらんはんたちと楽しげに喋っているのを見て、吐き気がした。

確かに、番頭は顔が良い。端正な顔立ちをしており、素敵な男性やと思う。

それはすべて外見だけで、中身なんて見れたもんじゃない。(うちのような遊女がゆうことやないのは知っとるけど)

不意に目が合い、うちはすぐに目を逸らした。笑い声が聞こえる。





「さゆも来いや」

「いえ、うちは結構どす」





こんな身分の低い女をからかうなんて、根性腐ってるわ。

ここで怒鳴ってやりたいものだが、そんなことしら言うまでもなく寺行き。

下を向いて時が過ぎるのを待った。すると、若い衆の声が聞こえた。





「さゆねえさん、お客さん来てますよ」

「え?」

「初会やゆうてました。なんや有名なべべ着てはったから、ぼんぼんや思いますけど」

「そう・・ 部屋はどこに通してはるの?」

惣籬そうまがきです」

「まあ、あかんわ。初会やろ?」

「そう言われましても、こんなにもろたら断りきれまへんわ」





惣籬がある部屋は、太夫はんや花魁はんが使う高級な和室。

初会のくせに、と心の中でつぶやいたが、若い衆が持っている銭を見ると、相当な額だった。

名代みょうだいもろくにしたことのないうちが、何故このようなお方と?

一応引っ込み禿やったゆうても、接客なんて聞いた話でしかない。

ああ、どうしよう、不服にも怖いなんて思ってしまった。





「親父はんは、このこと知ってはるの?」

「ええ、承諾済みです」

「・・そう、ほな行ってくるわ」

「行ってらっしゃいませ」





若い衆はひどく浮かれていた。

そりゃあそうやろう。あんな大金、うちも初めて目にした。

惣籬がずらりと並ぶ廊下を歩くと、うちの名前が書かれてあった部屋の前があった。

薄暗い部屋に入り、深々とお辞儀をする。相手の顔は、もちろん見えない。





「さゆと申します。よろしゅう」





やっと顔を上げ、前を見ると、若い男の背姿が見えた。

武士のような威厳は持っておらず、どんな罪でも許してくれそうな雰囲気と物腰が噴出していた。

ただ、うちの自己紹介は独り言のようになってしまい、お武家様はなにひとつ言葉を発しない。





「お武家様?」

「・・ああ、すまんな。ここから見える景色がきれいでな、見惚れてしもうてん」





この人の声は、どんなものでも震えさせるような切ない音をしていた。

もちろん、うちの心臓は小刻みに震え、涙腺が壊れそうだった。

こちらを振り返り、やっと顔をあわせた。

切れ長の目をしており、つきのひかりが照らす肌は白く、

若いのに凛としていて、まるで物語の主人公のようだった。





「名は?」

「・・あ、さゆと申します」

「そうか、 ・・さゆ、か」

「お武家様、失礼ですがお名前なんぞ教えて戴けますやろか?」

「ああ、虎鉄竜貴こてつたつきゆうねん」





苗字持ちさんや、と頭の隅で書きなぐって、そしてすぐに消した。

見るたびに、きれいな人やと感じる。一目で人の心を鷲づかみにする、素敵なお人。

夜風で艶やかな黒髪が揺れると、かいだことのない優しい香りが鼻についた。

すると、竜貴はんは静かに笑って、目線を逸らしながらこう言った。





「実はな、こうゆう店来んの初めてなんや」

「そうやったんどすか、」

「卑猥な店かと思うとったが、さゆを見て見る目が変わった」

「嬉しゅうございます」

「・・それはそうと、酒は飲めるか?」

「ええ」





うちは、日付が変わる手前まで竜貴はんと酒をたしなんだ。

竜貴はんはお酒に強く、うちの話を始終やわらかい表情で聞いてくれた。

ほんまは竜貴はんの話をうちが聞くのが遊郭での常識なのだけど、

構わん、と首を横に振り、うちのお猪口に酒を注いでくれた。

そして、なにもせずに帰っていったのだ。





「さゆ、初会のお方どやったん?」

「・・とても、善いお方でした」

「まあ、こんなにもろたん?」

「断ったんですが、引かんくて、」

「はあ・・ 引っ込み禿出身はちゃうなあ」

「いえ、そんな・・」

「貸し。伽耶かやねえさんに渡しといたるから」

「ええ、おおきに」

「もう寝え。明日も早いさかい」

「はい、おやすみなさいませ」





遣り手と鉢合わせるなんて、ついてない。

でも、遣り手と別れたあとも続くこの心臓の叫びはなんなんやろう。

遣り手と会うたからやない。遣り手に金をぶん取られたからやない。

たぶん原因は、竜貴はん。

だって、“虎鉄竜貴”という名前を思い浮かべただけで、こんなにどきどきしてんねんもん。





ふと思い出した。

今朝の会話、そう、逸枝ねえさんの話を。

逸枝ねえさんは、男に騙されて命と落とした。

もし竜貴はんのこと本気になってしまったら、逸枝ねえさんの二の舞や。

そうしたらうちも寺行き。そんなのは絶対に嫌や。





蝋燭の火を消したついでに、竜貴はんのお顔も忘れればええのに。

(それでもどこかで、明日も来てくれへんやろか、なんて思ってたりするの)


これからどーなるか、雄にも分かりません笑

感想、批評など頂けたら幸いです。

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