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さゆと千里  作者:
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麗しい泡沫

独特のにおいがする和室に、うちはおった。

鏡に映るうちは、厚い化粧で仮面をして、黒目は曇っていた。

隣の女は化粧をしながら、小さな声でこう言った。




逸枝いつえねえさん、足抜け失敗したんと」




どきりと心臓が動いたが、女の顔を見ずに化粧を続けた。

周りの女たちはできるだけ声を小さくしてざわめいた。

開店前の客や、、親父はんなんか聞かれたりなんかしたら・・

そんなこと考えるだけでもおぞましい。背筋が凍った。

そしてひとりの女が、興味有り気に問うた。(要らんことせんでもよろしいのに)




「男に騙されたんやと」

「まあまあ、お気の毒に・・」

「こったいはんがひとりお寺に入ったんやもの。ええ機会やわ」




逸枝ねえさんは、こったい、いわゆる太夫たゆうで、

ここの看板娘とゆうても過言ではないくらいお美しい方やった。

風の噂で、逸枝ねえさんに間夫まぶがおられたと耳に入ったことがある。

その間夫は、逸枝ねえさんを裏切ったということ。

それだけはうちの頭に強く残った。ほんまに、目がくらみそうなほどに強く。

化粧道具を片して、うちはいろんなにおいが充満する部屋から出た。





「さゆ」





さゆ、とはうちの源氏名。

うちの名を呼ぶ声はいやらしく、遠くから呼ばれているのに耳付近で呼ばれたように感じた。

恐る恐る振りかえると、うちの最も苦手とする視線がうちを見つめていた。





「はい、どないしましたか、番頭はん」

朔夜さくやがおまえを呼んどった」





朔夜ねえさんは、うちが禿かむろのときから世話になったお方。

当時うちは朔夜ねえさんの禿をつとめており、

最近禿を脱したうちを心から喜んでくれとった。(そういえばお酒がどうだとかゆうてはったわ)





「すぐ参ります。おおきに」

「ああ。それはそうと」

「はい?」

「逸枝の話はほどほどにするんやで」

「・・え?」

「行き」





にやりと口角を上げ、うちの左肩に大きな手を乗っけたあと、静々と去っていった。

まずい、聞かれてもうた。しかも番頭に。

折檻にあう遊女のことを口に出すのはご法度である。

もしも親父はんに聞かれてたりなんかしたら、うちらの命はないかもしれない。

そんな気持ちを尻目に、うちは朔夜ねえさんの部屋に足を運んだ。





「よう来たね。あがり」

「失礼します」

「禿卒業っちゅうことやし、今日はお酒でもお飲み」

「よろしいんですか?」

「番頭や遣り手には内緒やで」

「はい、いただきます」





朔夜ねえさんが注いでくれた日本酒をのどの奥に流し込む。

じわじわと、のどの先端から熱くなるのを感じ、それからからだ全体に熱が帯びた。

そして先ほどあった出来事を朔夜ねえさんに話した。

朔夜ねえさんは持っていたお猪口を置いて、大きな目でうちを見た。





「逸枝ねえさんが折檻なったゆうのは知っとったけど、やっぱ寺行きやったんね」

「ええ。あんな身分のお高い方でも寺行きなんて、信じられまへんわ・・」

「それで、あんたらがその噂してんの、番頭知ってはったんやろ?」

「多分、ふすまから声が漏れてたんやと思います。面倒なことになりましたわ」

「そう。あの番頭は曲者やからね、あんたも気ぃつけえや」

「はい」





短い極楽のときは過ぎ、これから昼見世ひるみせがはじまる。

身分のお高い方は忙しいが、うちのような振袖新造ふりそでしんぞうは暇を持て余す時間だ。

お酒のにおいを放たないように、いつもより香水を多くふりかけた。

客は来ずとも、気を抜いてはいけない。そんな世界でうちは生きている。

そう、男の天国は女の地獄。逸枝ねえさんの間夫も、今はどこかでのうのうと暮らしているんやわ。





だって、最後に痛い目見るのは、ぜんぶ女やもの。

(もう逸枝ねえさんに会えないと思うと、今さらながら寂しくなった)


初連載です。

難しい言葉が出てきたりするので、

http★://hagakurecafe.gozaru.jp/yosiwaratop.html

など参考に見て頂いたら、

より楽しめると思います。

感想、批評など頂けたら幸いです。

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