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奇跡は必然

作者: 柴崎まつり

 特急に乗って二時間弱、ホームに降り立った私は一直線に目当ての場所に向かった。

 バッグの中には充分に充電した携帯ゲーム機が入っている。

 私がこんなものを持っているなんて、学校内で知っている人はいない。

 私の見た目はどちらかと言えば派手目な方だし、学校ではゲームの話なんて絶対しない。

 いかにもオタクの同級生たちが私の好きなゲームの話をしていても、絶対仲間になんて入らない。

 そうやって隠してきた、私の一番の趣味。


 今ゲーム機に入ってるゲームは小さい頃からずっと遊んでたシリーズで、最初は細かいことは気にしないでただキャラクターの可愛さだけで遊んでいたけど、大きくなってきたらキャラクターの性格とか個体差とかをチェックして、強いパーティの組み合わせや対戦相手との相性なんかを考えることが出来るようになると、それまで以上に楽しめるようになった。

 ゲームから派生したアニメや漫画もチェックするし、絵や話が気に入ればそのゲームを題材にした同人誌を買うこともある。

 お小遣いを自由に使える年齢になってからは特にちょっとオタクっぽくなったことは否定できない。

 だからこそ、誰にも言わないで隠していた趣味だ。


 そして、夏休みまっただ中の今日この場所で、一週間限定で配信されるキャラクターを受け取るためだけに出かけてきた私。

 配信エリアには親子連れがミニゲームに興じているけれど、さすがにそれには参加する気はなく、バッグからゲーム機を取り出してダウンロードの準備を始めたときに、聞き覚えのある声で呼びかけられた。

「あれ? 三浦?」

「えっ……佐々木……!」

 あんまりに驚いて、手に持っているゲーム機を落としそうにはなるものの、残念ながら隠すことはできなかった。

 脈拍がどんどん早くなるのがわかる。

 それとは逆に血の気は一気に引いていく。

 指先から冷たくなっていって、手のひらには冷たい汗が浮かんでくる。

「こんな所で会うなんてなー。あ、三浦もこのゲームやるんだ?」

 と、すっかり冷たくなった私の手の中にあるゲーム機を覗いた。


 佐々木は、クラスの中で目立つ方ではないものの、成績運動神経ともに悪くはない。

 ……見た感じも、悪くもない。

 普段は制服姿しか見たことがなかったけど、グレーのアメカジっぽいプリントが入ったTシャツにジーンズ、ボディバッグを背中に背負ったシンプルな服装で、手足がすらりと長い細身の少年体型は、スタイルがよく見える。

 でも別に、今まで何か特別に意識したことは全然ない。

 いわゆる『ただのクラスメイト』だ。


「え、いや、これは……」

 言い訳のしようがない、ゲーム機はピンクのラインストーンでデコってあって、どう見ても私のものだ。

 自分でがんばって作った、とってもお気に入りのデコだけど、今日ばかりはこんな目立つようにしておくんじゃなかったと後悔した。

「弟がこのゲーム好きでさ、このイベントにどうしても行きたいって言うもんだから。家族で来たんだよね」

 佐々木には小学生の弟がいるって聞いたことがあった。

「そ、そうなんだ」

 と、相槌を打ってみるけど、頭の中では今ここから逃げるためにはどうしたらいいか、そればかり考えてる。

「……なんて言って、俺のもあるんだけどさ。限定の配信貰いたくて」

 と、佐々木は背中に背負っていたボディバッグから、私のと同じ機種の携帯ゲーム機を取り出した。

 趣味が合うと言えばそうなのかもしれないけど、私としては同級生とゲームの話で盛り上がる気は全くない。

 もう早くこの場所からいなくなりたかった。

「ねえ、三浦ー。せっかくだから、やらない?」

「な、なにを?!」

「え、対戦」

 そんなことをして遊ぶ気は毛頭ない私は、ダウンロードが終了すると同時にゲーム機を閉じる。

「……学校では、絶対言わないでね」

 そう、口止めすることも必要。

 絶対絶対、 必要。

「なにを?」

「今日、ここでわたしと会ったってこと」

「なんで?」

 コイツ、天然なの?

「なんでって……ゲーム好きのオタクだと思われるでしょ」

「俺もこのゲーム好きだよ?」

「……そういう意味じゃなくて……」

 佐々木はそう言うと、ちょっと考えるような間が空いた後、ひらめいたとばかりに口を開いた。

「ああ……この配信のために二時間も特急電車に乗ってわざわざ出かけるくらい好きって思われたくないってこと?」

「……うん、まあ……」

 二時間もないけどね。

 二時間弱よ。

 そこは重要なのよ、私にとっては。

「でも俺は、三浦に会えてちょっとラッキーっていうか、うれしかったけど」

 と言って、佐々木はにっこりと笑った。

「……なんで」

「わかんないの?」

「意味わかんないよ」

「じゃあ、弱み握ったってことにしとこうかな」

「ちょ……最悪」

「とりあえず、親には別行動って言ってくる。この後じいちゃんちに行くって話だったけど、地下鉄で行けるし」

「は?」

 ……どーしてそういうことになるの?

「ちょっと待ってて。逃げんなよ?」

 と佐々木は笑って、ミニゲームのコーナーに向かって行った。


 今ここで逃げたら、佐々木につきあわなくて済む。

 でも、佐々木の『逃げんなよ?』の言葉が頭をよぎる。

 逃げたら、二学期始まったら学校で散々言いふらされるってことになるの?

 それは、かなり困る。

 大したことじゃないって思う人もいるかもしれないけど、私としては死活問題と言えるくらい、大きな問題だ。

 恥ずかしくて生きていけない。

 いや、このゲームは本当に好きだし、楽しいんだけど、なんだかやっぱり子どもっぽいというか……。

 それなりに大人になってからゲームに夢中になるのって、どうしても『オタク』なイメージで見る人も多いから、そんなふうに見られるのは嫌だったりして、中学生になった頃からはずっと隠してきたのに。


「よし、オッケー。行こうか」

 佐々木が戻ってきて、無邪気な笑顔を浮かべた。

「……何、するつもり?」

「んー、飯食った?」

「いや、まだ、今来たとこだから」

「じゃあ、飯食おうよ。飯食いながら何するか決めよう」

「……いいよ」

 正直、やらしいことされるのかと思って冷や汗ものだったけど、佐々木は私のそんな頭の中を想像もしてないのか、私の隣に並んで歩き出す。

「飯食うーとか誘っといてあれだけど、俺あんまり金ないんだ。ラーメンあたりでいい?」

「あ、いいよ。上にラーメン屋さんが何軒かあったよね?」

 そう言って、上の階に向かうエスカレーターに乗った。

「三浦は、いつからあのゲームやってんの?」

「その話は……ちょっと……」

「ああ、いいよ、誰にも言わないし」

「……小学校の、一年生。誕生日プレゼントで貰って」

 その前からずっと欲しくて欲しくて、やっと買ってもらった初めてのゲームだった。

 それからちょうど十年。

 あの頃とは違うゲーム機になったし、シリーズ作品は何本もプレイしたけど、やっぱり初めてのソフトのことはよく覚えている。

「俺も同じだなー。テレビでアニメ観て、欲しくて欲しくて」

「……うん、そう」

 自分がアニメと同じ世界にいるような気分になって、とてもワクワクして、楽しかったのを覚えてる。

「三浦はやり込むタイプなの? 俺は結構育ててるけど、偏りはあるかなー。気に入ったのをずっと連れ歩いてる。個体値とか気にする方?」

「ちょっと……結構、気にするかな」

「へえー、なんとなく三浦強そうだな」

「……まあまあ、かな」

 自信は無くはない。

 それくらい、やりこんでる。

 小学生の頃から大切に使い続けてるキャラだっているくらい。

 ……だけど。

「さっきから言ってるけど、こんな話すんの、イヤなんだけど」

「いいじゃん、俺しか聞いてないんだし?」

「でも」

 そのうちに目当てのフロアに到着する。

 何軒かのラーメン店が集まっているフロアで、その案内板の前で立ち止まった。

 精巧に作られた見本が盛りつけられたどんぶりが、いくつも壁に張り付いているもので、本来であればそれを見るだけでおなかが空いてきそうなものだ。

 今はとてもそんな気分じゃないけど。

「ラーメン、どれがいい?」

「わたしの話聞いてる?」

「うん、ゲームの話はダメとか」

 と言いながらも、私の方は見ないで見本のラーメンどんぶりをじっくりと眺めている。

「聞いてるならそれについては何かないわけ?」

「そんなの、三浦に決定権あると思ってんの?」

 ……こいつ、案外性格悪い。

「ラーメン決めさせてあげるから」

「そりゃどうも。じゃあ、味噌が美味い店で。ここなんかどう?」

 と、ひとつのどんぶりを指差して、歩きだす。

「じゃあ、そういうことで」

「でも、それとこれは別でしょ」

 そう言って佐々木はやっぱり無邪気そうな笑顔を見せる。

 無邪気『そう』なだけで、全然そんなんじゃないことはもうわかっているけど。

「いやいやいや」

「ほら、ここ。一回食べてみたかったんだよなー。あんまり並んでないな、ラッキー」

 と、暖簾をくぐっていく佐々木の後ろ姿についていく。

「だから、わたしの話聞いてる!?」

 佐々木がこんなに飄々としたタイプだとは知らなかった。

「聞いてるってば。三浦も味噌でいいの?」

「いいけど」

 と、返事をすると、佐々木はお冷を運んできた店員にすぐに注文をした。


「だからさ、」

 店員が離れてから、佐々木が口を開いた。

「弱み握っちゃったって言ったよね?」

「そ、それは……でも、それって、ひどくない?」

 誰にだって、他の人には内緒にしておきたいことくらいあると思う。

「別に変なことするとかないんだけどさ」

「じゃあ、何よ」

「だから、こうやって夏休みに会ったのも何かの縁って」

「……え?」

「運命とか感じちゃったりしない?」

「……はあ?」

「俺、けっこう三浦のこと悪くないなあって思ってるんだけど」

「……それって、もしかして告ってんの?」

 言ってから、自意識過剰だったかなって思った。

「告ってるような、脅してるような」

 佐々木は、告白してると言う割には悪戯っぽく笑って、どこまで本気なんだかさっぱりわからない。

「ちょ……脅さないでよ」

「冗談だよ。でも、三浦の秘密を知っちゃったしさ。勝手に運命感じちゃったわけで」

「やだ」

「言う前に断らないでくれる?」

「な、何を言う気なの」

「つきあってください?」

「……ラーメン屋で告るのってどうなの。そして疑問形ってどうなの」

「返事は?」

「わたしの話聞いてる?」

「聞いてるよ。で?」

 聞いてる感じが全くしない。

「……返事って……片方しか認めない気なくせに、よく言うよね……」

「よくわかってるじゃん」

「じゃあ、オトモダチから」

「そう来たか……前向きに取ってオーケー?」

 今までだってそんなに話したこともないから、佐々木がどんなヤツなのか、よくわからない。

 だけど、弱み握られたとかじゃなくて、……なんとなく。

 今日これだけしゃべってて、佐々木のペースにつられてるところはたくさんあるけど、でも、嫌な感じがあまりしない。

「……まあ、いいんじゃないの」

 そう返事をしたら、佐々木はまたにっこりと無邪気『そう』に笑った。


 こんなに家や学校から離れた場所で、夏休みのただ一日、今日のこの時間に、佐々木と会うなんて。

 奇跡、と言ってもいいかもしれない。

 ゲームでは、一緒に旅をする人、ライバルになる人との出会いはあらかじめプログラムされている。

 もしも、今日のこの奇跡が、 何かのプログラムだったとしたら。

 佐々木とは、一体どんな関係になるんだろう?

 まだ全然わからないけど、この奇跡は必然だったって思う時があるかもしれないって思った。

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