あの日
この作品は『輝ける星光』の関連作品です。
今回の筆者はウランです。
その日、僕らの村は火に覆われていた。
ボウボウ、ボウボウ、と。
それを眺めていた黒髪の女の退屈そうな表情が、ひどく場違いだった。
バンッ、と渇いた音が響く。途端、足に急激な痛み。僕は前のめりに転んだ。
後ろを振り返る。
そこには、一人の女がいた。
パッと見14、5くらいの、長く艶やかな黒髪の女。
彼女はうっすらと顔に笑みを浮かべて、落ち着いた声でこう言った。
「死んで死んで死んで! 私のためにっ、私達のためにっ、世界のためにっ! 私の私の私のためにっ!」
銃口を僕に向け、落ち着いた声でそう言った。
またバンッ、という渇いた音。
僕はその場に崩れ落ちた。
――怖い。
それは、幼い僕の切実な思いだった。
――何で? この人は笑いながら、何で自然に笑いながらこんなことができるの?
それは、幼い僕の切実な疑問だった。
「あはは! トッドメェーッ!」
女が銃口に手を掛ける。僕を向いてる銃口に。
僕は何としてでもここから逃げたかった。
彼女――僕のお気に入りの場所に今もいるであろう、彼女のためにも。
「……んー、ワープ? 超能力ってやつですかぁー? あはは、小癪なっ!」
女は銃口の向きを変え、引き金を引く。
バンバンバンバンッ、と耳を突くような音。
でも、僕はそこにはいない。
「効かない? ……まさか、幻覚能力?」
それだけじゃないよ。
「スキップ!」
僕の幻覚とは別のもう一つの能力、瞬間移動能力でそこを離脱する。
おしかったね、50点だよ。
女の罵倒する声が、どこかで聞こえたような気がした。
瞬間転移で、僕は村の近くの崖のくぼみに逃げ行った。
ちょうど、村からは死角になる位置だ。
そこで僕は、頭を冷やすことに成功した。
――足が、痛い。
まず浮かんだのはそのことだった。
しばらく歩けそうもない。
……冷静に考えると、あの女は実に巧妙だった。
致命傷ではなく、ちょっとくらいずれても少なからず歩みに影響のでる足への射撃。
あの狂った言動も、今思えばそれを隠蔽するための演技だったかもしれない。
あの女は、あいつら、村を襲っているあいつらの中では弱い方だった。
だからこそ、あそこまで緻密で、卑怯で、巧妙な手段をもっていたのだろう。
弱いからこその強さ。
――弱き、強さ。
半端に強い奴なんかよりよっぽど厄介だった。
母上の預言では三日後、戦争は終わるらしい。
……その時生きているのは誰なのだろうか?
少なくとも、僕にあの女の死ぬ所なんて思い浮かばない。
――エレーナ。
いや、彼女は、彼女だけは生き残ってほしい。
大丈夫、彼女は結界の中にいる。
村長の作った、優しくて強い結界。
僕もいつか、彼のように……。
逃げ切れた安心からか。僕は超能力の反動に押され、深い眠りについた。
僕が目を覚ました時、戦争は終わっていた。
村からは人の気配がしない。
――そうだ、エレーナ!
しかし、それまでしたこともない長距離の転移の消耗はひどく、結局動けるようになったのは、それからたっぷり一週間も後のことだった。